78. 12年と8ヶ月目③ 最初で最後の訪問。
シャルの住処から荷物を運搬する事が決まり、ただいまシャルの住処がある北の大陸方面へと移動中のミノリたち。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「うん、なんとか……」
「あと少しで着きますから……我慢してくださいね」
ミノリはうっかりしていたが今は冬真っ盛り。
デフォルトの臍出しスタイルにすっかり慣れてしまい、今では住んでいる森周辺の気候なら、真冬でも防寒着を着る事無く外に出られるようになっていたミノリだったが、現在の状況は全くの別問題。
地上よりも気温の低い上空にくわえて、向かっているのはさらに寒い北の方角。その上ミノリは高所恐怖症。
寒さに関しては、ネメとトーイラに防寒用の魔法を掛けてもらったものの、流石に臍出しスタイルでは効果が薄かったようだ。
飛行魔法の練習を兼ねているネメとトーイラを飛ぶことに集中させたいからと、ミノリは飛ぶことに慣れているシャルの後ろに乗っている。
これはシャルにしてみれば、敬愛しているミノリが背中に密着しているという非常においしい状況なのだが、寒がっている上に、高所恐怖症なのを我慢してまで一緒に来てくれたミノリに対して、大っぴらに喜ぶのは流石に憚ってしまったのかいつも以上に大人しめな様子。
そして、ミノリが無事に目的地であるシャルの住処がある洞窟近くへ降り立つ事が出来たのは、シャルが最初に話した通り、飛び始めてからおよそ2時間が過ぎた頃だった。
「うぅ……寒かった……」
「ママ大丈夫……?」
「小刻みぶるぶる」
地上に降り立って安堵する反面、寒さで体の震えが止まらないミノリと、それを心配するトーイラとネメ。
「お姉様……、私の住処に毛布がありますのでそれに包まって体を温めましょう。こっちです」
「うん、ありがとうシャル……」
シャルの好意に甘えることにしたミノリは、トーイラとネメと共にシャルが案内されるままに洞窟の中へと入っていく。その中を進んでいくとやがて行き止まりへと辿り着いた。
「というわけで、ここが私の住処です。結界魔法で他人には見えないようになっています。今解除しますね」
そう話したシャルが、結界解除の魔法を詠唱し始めると、何もなかった洞窟の壁部分に戸が現れ始めた。
「それじゃ、中にご案内しま……あっ!」
戸を開けようとしたシャルだったが、何かまずい事を思い出したのだろうか、小さく叫び声をあげたと同時に、しまった! という顔をしている。
「どうしたの、シャル?」
「えっと、ごめんなさいお姉様。部屋に入っても驚かないでくださいね……」
気まずそうに言いながらシャルが戸を開けると、ここが洞窟の中とは思えない程に普通の形状をした部屋が広がった。床は地盤そのままではなく木の板を敷き詰めたフローリングで、その上には絨毯。そしてベッドや机もあり、ミノリでも快適に住めそうな部屋だ。
「へぇ……すごいしっかりした部屋なんだね。……あ」
天井を見上げたミノリ、そこには、かつてシャルがミノリを盗撮した写真の大判が貼ってあった。おそらくシャルはあの写真をポスターとして飾っていたようだった。先程シャルが顔を青くしたのは恐らくこれが原因だろう。
ミノリが呆然としながらそのポスターを眺めていると……。
「すっごい大きいママの写真! 私も飾りたい!」
「うらやま……。欲しい……」
トーイラとネメがまるで宗教画を見て感動したかのような表情をしてそのポスター見つめている。
「いや2人とも……家には飾らないし、そもそもこれはいらないと思うよ……?」
「「えー!?」」
顔をひきつらせながら持って帰るのを不許可としたミノリ。そして、それをすごく残念そうにするトーイラとネメ……いや、シャルまでもが 『そんな!?』 という顔をしている。
「……まぁどうしてもというなら止めはしないけど……ほら、まずシャルは持っていくものを選別をしてね。私たちは詰めていくから」
その後、シャルから持っていきたいと渡されたものを順次箱に詰めていく3人。
シャルの私物である魔導書は、モンスターの間だけでのみ伝承され、人間の間では途絶えてしまったような貴重なものも多く、魔法を使うトーイラとネメにとっては垂涎ものだったらしい。
その証拠に一冊一冊手渡されるごとに、2人は歓喜の声を上げている。
「すごい……見たことのない魔導書がたくさんある……私も後で読みたいな……」
「おたから発見伝」
「トーイラお嬢様、ネメお嬢様。みなさんの家まで運び終えた後でしたら、好きに読んで構いませんよ」
「ホント!? シャルさん太っ腹!!」
「シャルの評価うなぎのぼり」
共通の話題で盛り上がる3人。ミノリは魔法が使えないため、その輪に入る事は出来なかったが嬉しそうに盛り上がっている3人を見ていると自分まで嬉しくなっている。
「それにしても……シャルが私を撮った写真って、本当に盗撮したのはあの1枚だけなんだね」
ミノリにとって意外だったのは、シャルが撮ったミノリの写真のことだ。事前に話してくれたら撮ってもいいとは言っていたが、覚えている限りではお願いされた記憶がない。その為、てっきり盗撮しているのではと少し疑ってしまっていたが……。
「そうですね。事前に撮る事を話してくれたら別に撮っても構わないという事だったんですけど……、あの写真以上のものを撮れる気がしなくて結局あれだけです」
(そっか……。疑ってごめんシャル……)
シャルはミノリとの約束をちゃんと守り、盗撮していなかったようだ。そして少しでも疑ってしまった事を心の中で謝罪するミノリ。
「確かにあれは奇跡の1枚。腋。腰のくびれ」
「ママのあらゆる美がこれ1枚に濃縮されてるもんねー。ママの凛々しい横顔が……神々しいもの……」
「!! ですよねネメお嬢様! トーイラお嬢様!!」
再び3人が共通の話題で盛り上がっている。しかし何故だろう、先ほどとは違い、今度は3人が何を言っているのか何故か理解したくなかったミノリだった。
ミノリがその話題について敢えて触れないようにしていると、シャルが何かを思い出したのか机の引き出しから何かを取り出した。どうやら写真のようだ。
「あとは以前にお願いされた写真だけです。お姉様にも渡したこれですよ」
そう言ってシャルが見せたのは、まだネメとトーイラが幼い頃に撮ってもらった3人の写真。ミノリも複製してもらったものを所持しているが、男に襲われた際になんとか死守したもののボロボロになり、これ以上破れたりしないように今では家の引き出しの中で大切に保管している。
「改めて見ると、こんなにちっちゃかったんだね2人とも……」
「そうですね、……私もいつの間にか身長抜かれちゃってました。こんな小っちゃくてかわいらしかったネメお嬢様が今では私の……婚約者で……。はうぅ……」
ミノリの横で写真一緒に見ていたシャルが、自分自身が口にした言葉で赤面した。
(……シャル、本当にネメの事となるとすごい可愛いな……。そしてそんな照れているシャルを見てネメまで頬を赤く染めちゃって……本当にお似合いだなぁ2人とも)
そんな2人をにんまりと眺めるミノリと、バカップルだなぁという顔でちょっと困ったような笑みを浮かべるトーイラ。
「あ、しまった。つい脱線しちゃったね。それじゃ荷造り再開しよっか。でもその前に……」
「? どうしたんですかお姉様」
作業を再開しようとしたミノリだったが、何かを思いついたらしくシャルにもう一度話を振った。
「写真といえば、そのうちもう1枚撮りたいな」
「あ、はい。勿論、お姉様が言ってくれたら私、撮りますよ」
「あはは、違う違う。シャルに撮ってもらうんじゃなくてシャルも一緒にだよ。家族4人でね」
「え、あ……、はい!」
ミノリにとってはもうシャルを含めた4人が家族という認識になっているのだ。そのミノリの言葉の意味に気がついたのだろう。はにかみながらシャルは返事をした。
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「それじゃシャル、荷物はこれで全部? シャルは2往復になっちゃうけどなんとか一度で運べる量で良かった……」
「はい、あとはいらないものと当日持っていくものだけです。みなさん本当にありがとうございます」
色々手が止まってしまった為に時間がかかってしまったが、漸く、荷造りが完了した。そして、あと数日もすればシャルはミノリたちの家にやってきて、本当の家族になる。ここへ来るのも今日が最初で最後になるだろう。
しかし、ミノリにはまだあと一つ難関が待ち受けている。
「そしてこれから帰路かぁ……。はぁ……」
きつい空の旅はまだ往路分が終わっただけで、復路分がまだ残っている。
海を越えた場所なので歩いて帰るのはほぼ不可能。帰るためには高所と寒さにひたすら耐えるしかない。
がんばれミノリ。シャルから借り受けた毛布に包まりながら耐えるんだ。




