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76. 12年と8ヶ月目① 娘、空を飛ぶ。

「あれ?2人も一緒に来るの? それにほうきなんか持っちゃってどうしたの?」

「うん、私ちょっとシャルさんにお願いしたい事あってねー」

「みーとぅー」


「んー? まあいいか。それじゃ一緒に行こうか」


 今日はシャルが宅配を持ってくる日。


 実に12年以上もの間、シャルは毎週ほぼ欠かさずにミノリたちの元へ宅配を届けていたが、来月からはシャルもミノリたちの家に住むことが決まったため、このように宅配をミノリたちが受け取りに行くのも今日で最後。


 来月からは、ミノリたちの家からシャルのほうきにネメも一緒に乗って買い出しに行く事になっている。なお、キテタイハの町に買いに行くという選択肢は相変わらず存在しない。


 そんな宅配最後の日に、2人は何かシャルにお願いしたい事があるようで、2人ともほうきたずさえている。ミノリにはいまいちその理由が何かはわからなかったが、ひとまずみんなで一緒に行くこととなった。



「あ! こんにちはお姉様、ネメお嬢様、トーイラお嬢様―♪」


 今日も相変わらずミノリたちよりも先にいつもの受け取り場所へ来ていたシャル。嬉しそうに手を振る仕種しぐさが、激しく尻尾を振る人なつっこい犬みたいで、ネメがペットと認識していたのも頷ける。


「こんにちはシャル。今日で宅配最後の日だね。本当に今までありがとうね」

「あ、いえ! お姉様たちの為なら私、なんだってしますもの! それに今度からはネメお嬢様と一緒に買い出しに行く事になるので、それも待ちきれないんです!」


 ミノリがシャルに今までの感謝を述べると、トーイラとネメが続けてネメに口を開いた。


「その事なんだけどー……私、シャルさんにお願いしたい事があるんだけどいいかなー?」

「私も」

「え? あ、はい、なんでしょうかトーイラお嬢様、ネメお嬢様」


 宅配最後の日にお願い事をされるのが予想外だったのか、一瞬顔をポカンとさせたシャルだったが慌てて2人の方へ振り向いた。


「んーと、シャルさんが空を飛ぶ際に使ってる飛行魔法。あれ、私たちも使えるようになりたいなーって」

「私たちも覚えてれば、シャルが飛べない時に代わりに買い出しに行ける」

「あー、そっか……なるほど……。いいですよ」


 ここでミノリは、2人の考えをようやく理解した。確かに今ここにいる4人の中で空を飛べるのはシャルだけだ。であればネメもトーイラも、飛行魔法を覚えた方が急用などでシャルが飛べない時に代わりになれるのでは、と考えたのだろう。


 ちなみに、シャルから教わろうとした事にもちゃんと理由がある。飛行魔法は人間の間では既に廃れた魔法で使える者が存在しない。実際にゲーム上でも飛行魔法を使える仲間キャラは誰一人いなかった。その為、2人に対して友好的なシャル以外からは教わる術が無いのだ。


 ちなみにミノリはそもそも魔法を使えないので今回は見学。嗚呼ああ哀しきかな仲間はずれ。



 *****



「……というわけで、こんな感じにすれば多分飛べると思うんですけど……どうですか? ちなみになれればほうきじゃ無くても飛べるようになりますよ」

「うーん、よくわかんないや……」

「難しい」


 魔法を使う感覚が人間とモンスターとでは異なっているのだろうか、魔法の腕がたっているトーイラとネメが苦戦している。


「うーん、そしたらこうした方がいいかもですね……。失礼しますねトーイラお嬢様」


 そう言うと、シャルは箒にまたがっているトーイラの後ろから抱きついた。


「ちょ、シャルさん?」

「すみません、多分私が後ろに直接くっついて飛行魔法を使うと感覚がわかると思うんですよ。ではいきますね」

「あ、なるほど……。おねがいシャルさん」


 トーイラの言葉を合図に詠唱を始めたシャル。そのシャルから放出される魔力を肌で感じたのか、トーイラはなるほどという顔をしている。


「ありがとうシャルさん。多分わかった気がする」

「それはよかったです。では次はネメお嬢様の番ですよ」

「ん」


 ネメの後ろに回ったシャルは、トーイラの時と同じように抱き着きながら詠唱を始めた。そんな2人を見ながら何か考え事をしているトーイラ。一体どうしたのだろうと、ミノリは気になってトーイラに問いかけた。


「どう、トーイラ、飛べそう?」

「あ、うん。シャルさんのおかげでこつがつかめた気がする」


 ミノリの気のせいだったのか、特に何でも無かったようだ。


「そう。それじゃそのまま練習しててね。私、この宅配を一度家に置いてからまた戻ってくるから」

「あ、はーい」


 ミノリはそう言うと一人先に家へと戻っていった。そんなミノリを見送るトーイラ。


(……背中に当たった感触だけで判断するしか無かったけど……、シャルさんって意外と胸大きいんだね。……これママに話すと、なんとなくへこみそうな気がするから言わないでおこう)


 謎の配慮をするトーイラだった。



 *****



「わ、飛べた! ママー、飛べたよー!」

「空が近い」

「そう、良かったね二人ともー」


 空を飛ぶ事が出来た2人が地上にいるミノリに向かって手を振っている。

 ああ、本当にこの子たちは天才だなぁ……、と嬉しく思ってしまう相変わらず親バカなミノリ。やがて、初めての飛行魔法に満足したのかトーイラとネメが地上に降りてきてミノリの方へとやってきた。


「それじゃあ私たちが飛べた事を記念して……」

「おかあさんも一緒に飛ぼ。あおぞらどらいぶ」


 そう言うなりミノリの腕をつかむトーイラとネメ。しかし、一方のミノリの脳内は危険信号がともって顔面真っ青に。ミノリは高所恐怖症なのだ。


「ちょ、ちょっと待って!前も言ったけど私高いところは本当にダメで……! ひぃいいい!!!」


 拒否する時間すら与えられないままトーイラとネメに腕を捕まれたミノリは、為す術もないままそのまま空へ。

 ミノリは、どちらかの箒にまたがる前に上空へと連れていかれた為、宙ぶらりん状態で……今どちらかが手を滑らせてミノリの腕を離してしまうとミノリは高確率で地面へと落ちる。


 そんな恐怖に高所恐怖症のミノリが勝てるわけもなく……。


「…………」



 ミノリは失神した。



 *****



「う……あれ、ここは……地上? ……というか何やってるの2人とも……? なんで穴掘ってるの?」


 意識を取り戻したミノリが辺りを見回すと、地面へ穴を掘ってそこに収まるように土下座をしているトーイラとネメの姿があった。


「ごめんなさいママ……。ママが高所恐怖症なのを忘れてました」

「心が叫びたがっていたのを我慢できず……」


 ミノリが失神したことに責任を感じたのか、ミノリが起きるまで掘った部分で土下座をしていたようだ。許さないなら埋めてくれと言う程に覚悟まで決めてしまっている。


 そして、2人がそんな事をしているのには理由がある。


 滅多に怒らないミノリが怒ると非常に怖いのだ。強さに関して言うとミノリはトーイラとネメよりも弱いのだが、怒ることに関しては別問題。


 完全に反省しきっている2人に、毒気を抜かれ、もう怒るに怒れなくなってしまったミノリ。というより、万が一2人を許さなかったら、2人は覚悟を決めて埋めてくれとわめくだろう事も察せられてしまっている。


「……もういいよ2人とも……。反省してくれたならもうそれでいいから。だからそんなに自分を責めないで」


(つくづく私は2人には甘いなぁ……。まぁこれが私の性格だから仕方ないか)


 許してくれたミノリに抱きつきながら泣いて謝る2人に、すっかり大人になったようでも、子供らしい部分もあるんだねと、2人の親としてまだまだ頑張らなくちゃと思ってしまうミノリなのだった。

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