74. 12年と6ヶ月目 この家で君と暮らしたい。
今日もまたいつもと代わり映えのしない朝。いつものように朝ご飯を済ませたミノリが皿洗いをしていると……。
「おかあさん、シャルの事で相談したい事がある」
ネメが、緊張したような面持ちでミノリに話しかけてきた。
(おっ、これはついにあの話かな……?)
前々からネメがシャルをこの家に住まわせるにはとトーイラに相談していたようだったが、ここでついにミノリにもその話がきたようだ。
「んーと、シャルをこの家に住まわせてあげたいことかな?」
「!? おかあさん知ってたの?」
「そうだよ、私ネメのお母さんになってもう12年だよ。考えてることぐらい言わなくてもわかるよ」
「ということは、もう既にこの家にシャル用の部屋を増築してたことも?」
「待ってそれは知らない! いつの間に!? いやそもそも何処に!?」
ネメから相談されてから、倉庫にしていた部屋を改築したり、新たに増築したりして、シャルの部屋にするものだとばかり思っていたミノリだったが、ミノリのあずかり知らぬところで既に増築が始まっていたようだ。
しかしそんな作業をしている様子は微塵も無かったし、そもそも増築などしていたら家の外観も変わり、工事をする騒音が聞こえるはずなのに、ミノリには外観に変化があった事も、騒音があった記憶も無い。
どういうことだとミノリが頭に手を置いて不思議がっていると、ネメがその答えを示した。
「おかあさんに気づかれないように、数ヶ月前から認識阻害の魔法をおかあさんにかけてた。それで私とトーイラで一所懸命造ってた」
「また私に魔法をかけたの!? 普通に許可したからそれはやめてほしかったよ……」
また気づかないうちにミノリはネメに魔法をかけられていたようだ。
「おかあさん魔法耐性全く無いから手っ取り早いと思って」
「いくら手っ取り早くても私をまるで魔法の実験台みたいにするのは本当にやめてね!?」
それは兎も角、新しく作った部屋が気になったミノリは一体何処に造ったのだろうかときょろきょろと見回している。
「それで、一体どこに造ったの? 多分未だに認識阻害の魔法にかかっているみたいだから私にはわからないんだけど……」
「ここ」
そうネメが言いながら、指を鳴らすと、ミノリにかかっていた魔法が解けたのか今までただの壁だったところに新しくドアが現れた。
「本当に造ってたんだ……。開けてもいい?」
「うん」
ミノリが恐る恐るドアを開けると、10m程ある廊下の先にまた別のドア。おそらくあそこがシャルの寝室になるのだろう。
「すごい……ちゃんと造ってる。これらは魔法を使って造ったの?」
「うん。釘打ったりみたいな手作業が必要なのところもあったけど、大抵はそう。
ちゃんと本読んで勉強したし、おかあさんが狩りでいないときに、土魔法で地面を揺らしたり、トーイラの風魔法を当てたりして崩れないかも確認したから頑丈」
「へぇ……ちゃんと作ってるんだね」
(でも何で廊下まで設けたんだろう。ドアを開けてすぐ寝室でもいいと思うのだけれど……)
そんな風に疑問に思っていると、その答えをネメが教えてくれた。
「夜寝る時はシャルと私がそっち。音があまり届かないように……」
「ああ……なるほど」
2人は言ってしまえばふうふになる。それはつまり愛し合う時がある事で……その配慮をしたかったようだ。
「シャル、すごくいい声で鳴くけどちょっとうるさくて。ついでに汗が甘いし首が弱い」
「ちょっとネメそれは暴露する必要性は微塵もなかったと思うよ私!? というかやっぱりしてたんだねそういう事」
「うん、実は。一人で出かけてた時の半分ぐらいそれ」
あんなにちっちゃかったのに、今ではすっかり大人らしくなった娘の、恋人との蜜月の一端を垣間見た気がして思わず動揺するミノリ。そしてそれを気にもとめず涼しい顔をして話すネメ。大物過ぎる。
「あと廊下を長くしたのはまだ理由があって……。いつになるかわからないけど、子供も欲しくて……。
私もシャルも女だから、養子になると思うけど、その子のための部屋が必要になった時にそこの廊下から新しく部屋を造ろうと」
「あぁ、なるほど……。そうしたらネメも私と同じく『親』になるんだね」
「うん。そして私もおかあさんみたいな最高の『親』になりたい。だからおかあさんは私の永遠の目標」
「そっか……。ありがとう、ネメ」
「それとおかあさんに一つお願いがあって……。えと……」
「うん?」
先ほどまで、ネメにしては饒舌にしゃべっていたが、ここに来て急に言葉に詰まり始めた。なんだろうとミノリが見ていると顔を真っ赤にしながらミノリに向かって口を開いた。
「私とシャルは……ふうふという関係になるけど……やっぱり、私はおかあさんの娘だから、これからも、時々でいいから……おかあさんの隣で一緒に寝たい……」
「なんだそんな事……。当たり前でしょ。トーイラもだけど、ネメ、あなたも大切な私の娘なんだから」
そう言いながら、すっかり高くなったネメの頭を少し背伸びしながら優しく撫でるミノリ。
(おかあさん、私よりちっちゃくなっちゃったけど……やっぱり敵わないな……。だいすき、おかあさん)
そう心の中で思いながら、子供の頃のように頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めるネメなのであった。




