番外編1-3. 私たちはこれから。【トーイラ視点】
ネメが夢で出会った「闇の巫女ネメ」のその後の話です。
本日3更新目で、続きの話となりますので、未読の方は2回分前に戻って先にそちらをお読みください。
「もうやだ…………。光の巫女になんかなりたくない。ネメ…………会いたいよ」
私、トーイラは6年前に生き別れた妹の名前を呼びながらどこかの草原を走っていた。
まだキテタイハの町にいた頃に妹のネメから聞かされていた、『私たち2人を救ってくれる存在』。前世の記憶があると不思議な事を言っていたネメから、それを話半分に聞いていただけだったけれど、今の私はその事だけが心の支えとなっていた。
多分、ネメから聞かされていなかったら、私はとっくにネメと再び会えることを諦め、おとなしく光の巫女となる道を選んでいたと思う。でも私は諦めなかった。
というわけで私は現在進行形で、連れてこられた神殿から隙を見て逃げ出していた。『ネメと再会する』こと。ただそれだけの為に私はこの6年もの間、訓練してたんだから。
逃げ出した私が向かっているのは、キテタイハの町近くにある森。もしも無事に逃げ出すことができたら、そこで落ち合おうとネメと決めていたから。ただ……、走りながら私は一つ悩んでいた。
「ここ、そもそも何処なの!?」
ここへ連れてこられた時に、確か海を越えたような気がする。という事は、ここはキテタイハの町がある大陸とは別の大陸である可能性が高い。
「一体どうやってあそこまで行けばいいの……?」
考えがまとまらないけれどひとまず神殿からは離れたい。だから私は走り続けていた。すると……、どこからともなく邪魔者がやってきた。
「あららー、こんなところに人間がいるなー。ちょうどいいわ。私の魔法の練習台になって、そのまま死んでもらいましょうかー? ……えいっ!」
桃色の髪をした耳の長い魔女型モンスターがどこからともなく現れ、いきなり私に攻撃を仕掛けてきた。
……邪魔だなこいつ。人間の姿に似せているのが非常に腹が立つ。人間に殺されるためだけに存在しているモンスターのくせに。
だから私はこいつを全力で叩き潰すことにした。
「なんだ弱い。さっきまでの威勢はどうしたの?」
「ひ……ひぃ……、ごめんにゃしゃいぃ……。あぐっ」
私が唱えた魔封じによって何もできなくなったこいつのお腹を私は殴打し続けた。やがてもう抵抗ができないほどに弱って地面に倒れ伏せようとしていたけれど、そうはさせない。私はこいつを無理矢理起こして胸ぐらを掴んだ。
「さてと、口封じもしないとならないし、あなたにはここで死んでもらうからね。人間に殺されるために生きているモンスターなんだから別にいいよね」
「ひ、ひぃ……お願い……、殺さないでぇ……死にたく……ないぃ……」
こういう人間型モンスターは、人に似せた姿をする事で、人間にとどめを刺すことをためらわせるのだけれど、私にはそういうのは通じない。
「許さない。私は早くネメを探しに行きたいのにそれを邪魔したあなたに許す価値があるとでも?」
「ま、待ってください!ネメって言いました? ということはあなたトーイラ・・・さん?」
どこで聞いたんだろう。この魔女は私の名前を知っていたようけれど、一体何処で……。
「なに? なんで私の名前知ってるの?」
「む、昔あなたとネメという子を探してる女性型モンスターにキテタイハの町近くで会いました。褐色で耳の長い……」
「!?」
思ってもいない情報がこいつの口から舞い込んできた。
それはかつてネメから聞いていた『私とネメを救ってくれるであろう存在』の情報と一致していた。ということは……ネメが昔はなしていた事はやっぱり本当だった……?
「ねえ……、あなたは飛べるのよね?」
「は、はい!」
いてもたってもいられなくなった私は、胸ぐらをつかんだままこいつに尋ねた。殺さないでおけば役に立つかも知れない。
「私の足代わりになってキテタイハまで飛んで! そうすれば見逃してあげるから」
「あ、は、はい! 私はあなたの為なら足でも豚でもなんでもなりますぅ!」
……なんかこの魔女、さっきまでの怯えたような表情から一転して目を輝かしているけど……何かに目覚めてない? まあいいや。今はそれよりもここから移動することだ。私が逃げ出したことに気づいた追っ手がやってくる前に。
*****
「もっと早く飛べないの!?」
「ごめんなさいいいい!!! これで精一杯ですぅぅうう!!」
私が逃げ出したことに気づいてしまった光の使いをはじめとした追っ手がだんだんと近づいてくる。海を越えて別の大陸までは来たけれどこのペースではそのうち追いつかれてしまう。
そんな焦りだけが徐々に増していく私だったけれど、その視界の彼方に見覚えのある町並みがついに見えてきた。
「ねえ! あそこってもしかして……!」
「そうです! キテタイハの町です!!」
「やっぱり……! ということは……急いで! 早く!!」
「はいぃぃいい!!!」
速度を増していく私たちの眼下に幼い頃に見た記憶のある建物が軒を連ねていた。ここが私たちを追放したキテタイハの町……、ということはあの近くの森に行けばきっとそこには……。
「あ!」
その時、私はついに、会いたくて会いたくて仕方が無かった人物をこの目に捉えることができた。
「あそこにいるのは……! ピンク髪高度を下げて!」
「え!? あ、はい!!」
キテタイハの町の北側にある草原を何かに追われるように森に向かって走る、黒いローブを身に纏った少女ともう一人。
記憶にある姿と全然違っていても、私には一目でわかった。あの少女こそ、私がずっと会いたかった妹のネメだ。……そして、一緒にいる褐色肌の女性型モンスターが……ネメが言っていた『私たち2人を救ってくれる存在』だというミノリさん。
そして、こちらも私たちと同じように闇の使いに追われているようだ。
「ネメーーーー!!!!」
飛び降りても大丈夫なほどに高度が下がったのを確認すると、私は箒から飛び降り、転がりながらネメの近くに降り立った。
「あ、ト……トーイラ!!」
6年ぶりの再会。ネメが今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ネメ、再会を喜ぶのは後、まずはこいつらをなんとかしよう!」
「う、うん!」
*****
普通に考えれば私たち2人の力では光と闇それぞれの追っ手に対して、かなり実力不足だったと思う。でも私たちはがんばって戦った。そうしなければ私たちは幸せになれないから。
それに戦ったのは私たちだけじゃない。 ネメから話を聞いていた、ミノリさんも一緒になって戦ってくれた。
ミノリさんはモンスターだから、ミノリさんを攻撃魔法の巻き添えにしないようにするのは苦労したけれど、光と闇どちらの追っ手に対しても攻撃ができるその弓に私たちは助けられた。
……あとピンク髪の魔女も何故か共闘してくれた。モンスターで、さらに魔法しか使えないピンク髪は光の追っ手相手にしか攻撃できなかったけどそれでも十分、私たちの補助になった。
そして、何時間経ったかはわからないけれど、私たちはものすごくボロボロになりながらもついに光と闇、両方の追っ手を撃退することができた。
「やっと、やっと撃退できた……のね? よかったぁ……」
嬉しそうにその場にしゃがみこむネメ。
「つかれた……。ハードモードすぎるよこの世界……」
疲れたのか地面に寝そべっているミノリさん。ちょっと何を言ってるのかわからないけど、私たちの為にここまで来てくれた、モンスターなのにとてもいい人だ。
「…………!」
そして私のことを何か期待するような目で見ているピンク髪の魔女。そういえばこいつの名前聞いてなかったけどまあいいや。それよりも今はネメだ。あ、なんだかショック受けたような顔してる。面白いけど今はほっとこう。そんなことよりも……。
私は、ネメの方に歩み寄った。
「ネメ……やっと会えたね。……よかった……ほんとうによかった……」
「あ、トーイラ……。トーイラ……あ、あ、うわぁああああん!!!」
6年ぶりにようやく再開することのできた私たち姉妹は、周囲の目を気にする余裕も無いほどに大泣きをしながら抱き合った。この温もりを二度と手離さないように……。
そんな私たちを暖かく見守るミノリさんと、……ピンク髪のあいつ。
*****
ひとしきり泣いて、漸く気分が落ち着いたネメと私は、改めてミノリさんにお礼を述べた。
「おか……み、ミノリ!…………ありがとう。あなたのおかげで私はトーイラと再会できた」
「ありがとうございます。見ず知らずの私たちを助けてくれて……」
その言葉に何か引っかかることがあったのか、一瞬きょとんとした顔をしたミノリさん。そして……。
「……私たちはもう見ず知らずの間柄じゃないよ。
私は、あなたたちと家族になりたいという気持ちを持った別の世界の私から分離してこの世界に生まれた存在で……正直なところ、別の世界の私たちみたいに、ここでは親子という関係はなれそうにないし、かなり不格好なスタートだとは思うよ。
それでも、私たちは私たちなりの家族になれると思う。……だから、これから私も家族になりたいな、2人と」
幼い頃にネメから聞いていた話だと、私たちに救いの手を差し伸べられるはずだったのは町を追放された直後で6歳の時。でもこの世界で私たちが実際に救い出してもらえたのはそれから6年後で、私たちはもう12歳になってしまっている。
正直なところ、身長差があまり無いのと、見た目が私たちより少し上ぐらいでお姉さんみたいなミノリさんの事を今から親と呼ぶのは抵抗があった。
だから親子という間柄よりはむしろ姉妹や友達という関係の方が良さそうだ。そして私はそれでも一向に構わない。ミノリさんのおかげで私たちは再び巡り会えたのだから。
「……うん、私もミノリさんと家族になりたい」
「わ、私も、ミノリと家族から始めたい!」
私たちの返事を聞いたミノリさんは、私たちに笑顔を向けながら手を差し出した。
「それじゃ2人とも、よろしくね」
それは、これから家族になる私たちへの誓いの握手。
「「うん!」」
私たちは、ミノリさんの手を取り、強く握り合った。
「あ、あのー……私のこと、忘れてませんか……?」
「「「あ」」」
ピンク髪の魔女の存在を忘れていた。忘れ去られたあまり、涙目になってしまっている。
……一応この子も一緒に戦ってくれたのだから、この子も友達という関係でいいのかもしれない。だから、私はミノリさんに一応尋ねた。
「ミノリさん、これ飼ってもいい?」
「え、シャルを? 前に軽蔑してきた目で見てきたからいやだなぁ……」
「そっか、じゃあ責任もって始末するね」
「わかった! 飼っていいから殺さないであげて!」
今初めてこの子の名前を知った。シャルっていうのねこの子。さっきまで私はこの子を殺すことしか考えてなかったけど、もうどうでもよくなっちゃった。人なつこい犬みたいで、なんというか……すごく調教しがいがありそう。
私がそう思いながらシャルを見ると、その視線で何かを感じ取ったのか 「あひぃん」 と変な声を出した。
……もしかしたら早まったかもしれない。
私が、その事を悩みそうになっていると、ミノリさんが私たちに呼びかけた。
「さあて、森の中にある私たちの家に帰ろっか、ネメ、トーイラ。
スタートが6年も遅れちゃったからきっと家もボロボロだし、この先も色々大変な事があると思うけど、きっとなんとかなるよ」
「そうだねミノリ、みんなでがんばろ!」
「3人……いや4人いればなんとかなるよ」
「トーイラ様……! 私も数に入れてくれて……私、感激……!」
そして森の方を指さしながらその方角へと歩き出したミノリさんと、その後ろからついて行く私たち。
「……ありがとう、もう一人の私。あなたたちの世界とは関係が全然違っちゃったけど、私もようやく幸せを掴んだ気がする……。
そして、私から別の私が平行世界へさらに分離したとしても、その時もきっと、また別のミノリが救ってくれる気がする……」
その途中、隣にいたネメが小声で何かをつぶやいた。誰かにお礼を言ったみたいだけど聞き取れなかった……まぁいいか。
そして草原から家に向かう途中、私は気になったことをネメに尋ねた。
「ねえネメ……」
「なに、トーイラ」
「一応聞くけど、あなたミノリさんと親子関係じゃ無くても大丈夫だったの? 確か別世界だと私たちとミノリさんは本当の親子みたいに仲がよかったんでしょ?」
「うん、そうだけど……私はこの関係でいいの」
「……どうして?」
「だって……、友達という関係の方が、親子という関係よりも恋愛に繋がる可能性高そうじゃない」
そう口にしたネメの表情は、まるで恋をした乙女のような顔になっていた。そこで私は悟った。
ネメは、私たちを救ってくれたきっかけになったミノリさんに恋をしたんだと。
そして、そんなネメを素敵だなと思う私。
がんばってネメ。私たちの生活はまだ始まったばかり。だから、姉としてあなたの恋を応援するよ!
別世界のミノリさんの話はこれにて完結ですが、12時に本編後のミノリさんたちの話の続きを更新する予定です。(※明日からは12時に1日1回更新予定です。)




