番外編1-1. 2人を救うために私は夢を見た。
ネメが夢で出会った「闇の巫女ネメ」のその後の話です。
「12年と2ヶ月目 私ともう一人の私。【ネメ視点】」の、『外』の世界から転生して来た事がネメにバレた直後のミノリさんからの話になりますので、先にそちらをお読みください。
また、本編には特に問題ない内容の為、飛ばす場合は「12年と6ヶ月目 この家で君と暮らしたい。」へお進みください。
一体どうして自分が転生してこの世界へ来たことをネメが気づいてしまったのか。そんな顔をしているミノリの前にはネメが真剣な目でミノリを見つめている。
その目は、ミノリに出会えていなかったら自分たちはどういう運命になっていたのかを受け止める覚悟を決めた目だった。横で2人の顚末を見ていたトーイラもネメの隣に並んで同じような表情をしている。
「おかあさん、『外』からこの世界について知っていたことを全部話してほしい。多分、私はそれを受け止めなくちゃいけない気がする」
「おねがいママ。聞かせて」
できることなら話さないままでいたかったが、バレてしまっては仕方ないと悟ったミノリは、覚えている限りの2人が辿るはずだった破滅への道を洗いざらい2人に話すことにした。
予言の通り、ネメとトーイラがキテタイハの町を追放されたその日のうちに、光と闇、それぞれの使いに連れ去られること。
ネメは闇の力を与えられ続けてモンスター化し、キテタイハの町への復讐心からモンスターを侵攻させて町を壊滅させること。
トーイラは、ネメと引き離されたショックから性格がねじ曲がり、傲慢な態度をとる巫女となり、最終的には仲間になるものの、ゲーム本来の主人公を困らせる役回りになること。
15歳になった時に、トーイラによって光の祝福を受けた主人公が、ネメを討ち取ること。
……そして、トーイラは自分が光の祝福を授けた主人公が討伐したのは、大好きな唯一の姉妹のネメだったことにショックを受け、後悔のあまり泣き叫びながら後を追うように自害してしまったこと。
今の自分たちと全く違う世界の、それも全く救いの無かった現実をミノリから聞かされ、2人は言葉を失った。
「それで、モンスターに囲まれてた2人を偶然助けて、名前を聞いた時に私は思ったんだ。ネメにトーイラ、あなたたちを救ってあげられるのは今ここにいる私しかいない、って。だからモンスターだって自覚しながら、あなたたちに手を差し伸べたんだ」
本当にただの偶然で、なんの打算もなかった決意。そんなミノリの想いが結実し、2人は死ぬことなく無事に今を生きている。
「そっか……。ありがとうママ。気づかないうちに私たちを救ってくれてたんだね」
「おかあさんは否定しようのない本当に女神様」
「いやぁ……、うん」
女神云々は兎も角、2人に改めてお礼を言われて、無言のまま照れたように頬を掻くミノリ。
「……でもネメ、どうして私が転生……いや、『外』の世界から来たってわかっちゃったの?」
「夢の中で黒い私が教えてくれた。色々話した後で『りせっと』とか『つよくてにゅうげえむ』とかしらない言葉を言って消えてった」
「……黒いネメ? ……あぁ……なるほど」
ミノリが思い浮かべたのは敵として出てくる『闇の巫女ネメ』のことだ。今ここにいる『ネメ』と『闇の巫女ネメ』はあまりにかけ離れている為に、ゲームの世界としては2人を別の人物として扱い、結果的に、2人が同時に存在してしまった状態になったのだろう。
言ってしまえば、ゲームで最初は敵として戦った後で仲間になるキャラが、フラグ管理ミスで先に仲間になってしまい、敵として出てきた時に仲間にもいる状態になっているようなものだ。
ネメの視界にデバッグモードがバグで表示されているような状態のこの世界だ。それぐらいの事は起きていても不思議では違いない。
そして、『リセット』や『強くてニューゲーム』という言葉から推測するに、ネメが夢で出会った『黒いネメ』は再びネメとして平行世界へ生まれ直し、また破滅する運命へと向かってしまうに違いない。
(……できることなら助けてあげたいけど……私にはできそうにないや……。世界がそもそも違うもの。)
自分にはどうする事もできないと、一人宙を仰ぎ見ながらため息をつくミノリ。
「ちなみに、私とトーイラはどこに連れてかれるかわかる?」
「あ、えっとそれは──」
そしてその後も、ネメとトーイラからの質問は日が沈むまで続いた。
……その夜、転生した事と、2人が本来辿るべき運命について話したからだろうか、ミノリはある夢を見た。そしてその夢は、別の世界のネメとトーイラを救うための『もう一人のミノリの物語』になる事をミノリは知るよしも無かった。
*****
「あれ……ここはキテタイハの町?」
気がつくとキテタイハの町に一人佇んでいたミノリ。変装用のローブを身に纏い、手には初めて訪れた時に調達した調味料を持っていた。その調味料は、ここで入手した後は替わりになるものをシャルにお願いしていたので、最初にキテタイハの町に来た時の一度きりしか手にしたことはない。
それによってミノリはここが夢の世界だと気がついた。そしてどうやらここはミノリが初めてキテタイハの町訪れた時の夢のようだ。
「となると、まだ町の中にはネメとトーイラが……?」
まだ2人はミノリの存在を知っているはずがない。しかし、夢の中だろうと2人を見捨てるという選択肢が最初から無いミノリは2人を探し始めた。夢の中でも親子の関係でいたい、それ程に大切な存在なのだ。しかし……。
「どういう事なの……、なんで2人ともいないの……?」
町の中であちこちと駆け巡ったのだが、一度たりともネメとシャルに見かけなかったのだ。
ミノリは何か言いしれぬ恐怖に襲われたミノリは、すぐさま道行く人に声をかけていた。
「ね、ねえそこのあなた! 双子の女の子見なかった!?」
「……なんだよあんた。あの厄介者は昨日町から追い出されたろ。今頃町の外でモンスターの胃袋ン中だろうな」
「!?」
鬼気迫った表情のミノリに話しかけられた男は面倒そうに答えるとなるべく関わりたくないとでも言うかのように、すぐさまその場を立ち去ってしまった。
その場に一人残されたミノリは、先程の男の言葉に耳を疑ってしまい、一歩も動けない。
「この夢は……私が1日遅れてキテタイハの町へ行った場合の……? え、そんな! それじゃ2人は……!」
ミノリは顔を青ざめさせながら急いで町を出ると、町から追い出された2人がモンスターに襲われていた場所へと駆け出したのだが……。
「…………」
その場には当然ながら誰もいなかった。2人とも光と闇それぞれの使いに既に連れて行かれた後で、ミノリはトーイラとネメに会うことも、ましてや娘として迎え入れることもできないまま、一人、森へと戻っていった。
*****
誰も使うことのない2つの空いたベッドを脇目に、ミノリは一人ベッドに入った。しかし、この状況ではこれが夢である事は関係なく、寝付けるはずもなかった。
「一人って……こんなに寂しいものだったんだ……」
一緒の布団で眠ったこと、畑を作ったこと、狩りをしたこと、ミノリの名字を名乗りたいと言ってくれたこと、そして……ミノリのことを母親として心から慕ってくれていたこと、それらがすべて幻と消えたこの世界。
2人の存在を知らないままであれば、どれほど幸せだったろうか。それほどまでに、トーイラとネメのいる 『当たり前』 がなくなったこの世界を、ミノリ一人で生きるにはただ辛いだけであった。
――翌朝、当然のことながら、全く寝付けなけないまま朝を迎えたミノリは、ふらふらと森の中を彷徨っていた。
「トーイラ……ネメ……」
連れ去られてもういないはずの2人が実はまだこのあたりに隠れているのかもしれない。ミノリは僅かな可能性にかけて、森の中を探していた。しかしそんな事はあるはずもなく、結局ミノリは森の外まで来ていた。
「…………やっぱりいない」
ミノリの瞳からは、すっかり光が消え失せ、絶望に打ちひしがれた顔となっている。そんな時だった。聞き覚えのある声が上空から聞こえてきたのだ。
「あっれー、こんなところでなにしてるんですかあなた」
それはシャルだった。
「シャ、シャル……!」
「んんー? 私、あなたは初対面のはずなんですけど。ハッ、私ってば知らない間にそんなに有名になっていたんですね!」
それは、ミノリが初めて会ったときの不遜なシャルだった。
トーイラとネメに殺されそうになった事も、ミノリに窮地を救われる事も無かったので、当然ながらミノリを 『お姉様』 と親しげに呼ぶ事も無い。
……あの残念美少女のシャルはこの世界には存在しない。
しかしミノリにとってはそれよりも大切な事を尋ねなければならない。トーイラとネメの事だ。
「そ、そんな事より……! ねえシャル! トーイラとネメを見なかった!?」
シャルに掴みかかりながら問い詰めるミノリ。しかし身体を揺すられたシャルは機嫌を悪くしながらミノリを押し返し、突き放すように口を開いた。
「やめてください! だいたいなんですかあなた! 私はそもそもトーイラとネメってのが誰なのか知りません!! 全くもう!」
「あ……、ご、ごめん……」
やはり今目の前にいるシャルはミノリの知っているシャルではない。その事に気がついたミノリは、謝りながらシャルから離れたが、一方のシャルは明らかに不快そうな目でミノリを見ている。
「あーあ、折角私を知ってるみたいだったから仲良くできそうと思ったのにわけがわからない事ばかり言い出して話にならない。もう行きますよ私は。それじゃさいなら」
シャルはミノリを一瞥してからどこかへと飛び去っていき、再びミノリの周りには誰もいなくなった。
そして暫しの静寂が流れた後、ミノリはその場に崩れ落ちてしまった。
「やだ……やだよぉ……。一人なんていやだよぉ……。トーイラァ……ネメェ……」
一人取り残されたミノリは、ただただその場で泣き崩れ、決して届くことのない2人の名前を悲しげに呼び続けるしかなかった。
しかし、やがてミノリは涙をぬぐいながら何かを決意した顔で立ち上がった。
「2人を……助けに行かなきゃ……」
ミノリの今の姿であるこのエルフに似たモンスターは別に強いわけではない。助けに行っても道中でむざむざと殺される可能性が高いのは目に見えていた。しかしそれでも行かないわけにはいかなかった。
「それが……親ってもんだから。ハードモードすぎるけど私はやっぱり2人とは家族でいたいから……」
その言葉を発した時だった。先ほどまで自分の目線で見ていたはずの景色が、急に第三者視点に切り替わったのだ。今ミノリの視界にあるのは、たった今2人を探し出すと決意の言葉を発したミノリの背中。
(え、あれ?どういうこと!? なんで私が私の背中を見ているの?)
一人混乱するミノリだったが、目の前にいるミノリが振り向き、こちらに話しかけてきた。
「…………よりによってここで分かれるの!? ああもう、こんな気持ちを抱えてしまったなら行くしかないじゃない!」
(え、なんで私が勝手に話してるの!? というか、私が話してる相手も……私!?)
一人混乱するミノリに対して、目の前にいるミノリが言葉を続けた。
「ねえ、あなた。そう、私と同じ姿のあなた。あなたはモンスターとしての意識よりも人間だった頃の意識が強いから忘れてると思うけど、ザコモンスターって、おんなじ姿の子が何度も出てくるでしょ。
私たちの場合は必ず一人ずつになるけれど、中には複数同時に存在したり。
それはね、倒されてこの世界から消えても、一定数以上は存在するようにこの世界が復活させているからなの。姿は同じでも記憶は基本受け継がれないから別人ではあるけどね。
今あなたがただの夢だと思っているここは実は平行世界で、そして今あなたは元の世界に戻ろうとしてこの世界から消えそうになっているから、たった今あなたから分離したのが私というわけ」
(つまりは彼女は私であって私でない……姿だけが同じ別の存在。)
「……で、本来記憶は受け継がれないんだけど、今回の場合、あなたは別に誰かに倒されたわけじゃないのにこの世界から消えそうになっているもんだから、あなたの記憶を受け継いでしまったわけ。私自身の体験じゃないからすごく不思議な気分ではあるけれど……。
というか、さっきの悲痛な気持ちと助けに行くという決意をした上であなたから分離しちゃったもんだからネメとトーイラをあなたに代わって助けに行かざるを得なくなったじゃないの。あのまま放置するなんてできないわよ」
(ご、ごめん……。)
『もう一人のミノリ』に文句を言われて謝るミノリ。しかし文句を言う割には不満な様子は感じられず、『やってやろうじゃない』という決意が『もう一人のミノリ』の表情から満ちあふれていた。
「いいわよ謝らなくて。……任せて、あなたが2人を助けたように、私だって2人を救って家族になってみせるから。かなり大変な道になるとは思うけれど、あなたにできてわたしにできないはずがないもの」
もう一人の私が親指を上に掲げると、こちらに背を向けて歩き始め、次第に姿が見えなくなった。彼女が向かったその方向は、連れ去られたネメが闇の巫女となる為に幽閉されているとされる……ダンジョンの方角。
そしてそのままミノリの意識は薄らいでいった。
*****
「……ママ、大丈夫?」
「すっごく魘されてて汗までぐっしょり。……昨日色々話したから? だとしたらごめんなさい」
「……あ、トーイラ、ネメ……?」
魘されていたミノリを心配したトーイラとネメは、ミノリの身体を大きく揺すってミノリを起こしてくれたようだ。
「ありがとう、2人とも。……大丈夫だよ」
今のミノリたちがいるこの世界は、ゲームが本来進むべき道から外れてしまった世界。
そして夢の中でミノリが見たのは、本来通りにゲームの流れが進行している平行世界。
そして、2人がミノリを起こそうとしたことで、夢だと思っていた並行世界から目を覚まして、消えそうになった為に、直前でミノリから分離した『もう一人のミノリ』。
もう彼女と会うことは無いだろうけれど、彼女ならきっと平行世界のネメとトーイラを助け、そちらでも家族になってくれる。
ミノリは不思議とそんな気がしていた。
番外編全3回分はあまり間隔を開けない方がいいのではと判断した為、この後10・11時に連続更新予定で、
後日談は9/21 12時から1日1更新予定です。




