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72. 12年と3ヶ月目 ミノリさん、考察する。

「まぁ……もうほんっとうに今更だけど……。私はそもそもどうしてこの世界に転生したんだろう」


 既にこの世界に転生してから10年以上。今まで全く考えもしなかった 『どうしてこの世界に転生したのか』 を今更になって考え始めたスロースターターミノリは、もうすっかりおぼろげとなっている前世の記憶のうち、死ぬ前日から思い返すことにした。



 *****



とある町の山間部に住む女子高生、隠塚おんづかミノリは、大雨が降る夜、家の1階にある自室でゲームをしていた。両親は結婚記念日祝いに2人で旅行に出かけており、今日家にいるのは私1人だけだった。


「本当に出るのかなぁこれ……」


 ミノリが半信半疑になっているのは、今遊んでいるゲームについてだ。実はゲーム内にあるモンスター図鑑がどうしても1箇所埋まらなくて周回プレイをしていたのである。


「情報によるとモンスター襲撃イベント発生前にキテタイハの町の東側にある森と重なったときだけに、まれにエンカウントするそうなんだけど……本当かな」


 かれこれ3時間以上その周辺をうろうろしているが一向に出る気配が無い。あまりの出現しなさに、これはデマなのではと疑いたくなっていたが、もう今更後には引けない。出るまで頑張ろうと意気込んだものの、体の方は正直だった。


「……眠い」


時計は天頂を指すどころかすでに真横を指しており、流石に眠気の方が強い。


「いいやもう……。こうしよう……」


 そう言うとミノリは布団に入った。しかし、ゲームテもレビも電源はつけっぱなしにしたままで、さらに手にはコントローラーまで握りしめている。


「寝ながら十字キー動かしてたらいつかは出るでしょ……」


 ミノリは眠りに落ちるまでの間、コントローラーの十字キーを動かして出てくるのを待つことしたのだ。幸いにもこのゲームはエンカウントした時点ではボタンを押すまではだれも行動しない。リアルタイム制のゲームならできない芸当だ。


「私が先に眠りに落ちるかモンスターが出てくるかここが正念場……」


 そう思いながらミノリは目をつぶりながら十字キーを動かし続けるのであった。





 それからどれくらい経っただろうか。うつらうつらとしていたミノリだったが、環境音とかしていたゲームのBGMに変化が訪れた。それは戦闘用のBGMで思わずミノリが体おテレビに向けると、テレビに移されていた戦闘画面に、今まで埋まらなかったモンスター図鑑の最後の1枠、ダークアーチャーが出現していたのだ。


「わ、本当に出現してる! 逃げられる可能性あるから、ひとまず鑑定魔法使って図鑑コンプ……」


 ミノリはコントローラーを握り直してゲームを再開したが、鑑定魔法を使った後は眠気で頭が働かないのもあって、操作ミスでダークアーチャーに攻撃するのに失敗した。


「あーダメだ……、眠いせいで連続で鑑定魔法かけちゃったし、3ターン目は指が滑って攻撃の下の防御選んじゃった。…………あれ?」


 しかしミノリは、4ターン目に入った時点である事に気がつき、急にボタンを操作するのをためらってしまった。


「……なんでこのダークアーチャー、攻撃してこないでずっと身を守り続けているんだろう……」


 情報によると、このダークアーチャーはちゃんと弓で攻撃してくるそうなのだが、ミノリが遭遇したこのダークアーチャーはひたすらに身を守り続けている。それも3回連続でだ。


 確率で言えば0ではないはずだが、何故かミノリは気になってしまった。


「…………うーん……。見逃してあげるか。鑑定魔法使ったからひとまず図鑑は埋まったし」


 数回攻撃すれば倒せるはずなのに、どうしてだかはわからないがこの時、このモンスターは倒さない方がいいのではと何故かミノリは思ってしまった。


 倒さなくとも鑑定魔法を使えば図鑑データは埋められるので目的自体は達成できたからとミノリダークアーチャーを倒すことなく、逃走コマンドを押した。


「あーあ、折角出現したのになにやってんだろう私……。いいや、寝直そう」


 その時だった。突然スマホの大地震が起きた際の災害アラームが鳴りだしたのだ。しかも震源が近いらしく鳴り出したと同時に大きく地面が揺れた。


「わわっ!」


 その直後だった。家の裏にある崖の方から大きな音がしたのだ。そしてその後の事はもう覚えていない。多分大雨で地盤が緩んでいたところにこの大地震で土砂崩れが発生し、ミノリは巻き込まれ、それで即死した。



 *****



「……そして即死した時に、握ったままだったコントローラーを介して意識がゲームと繋がってしまって、私が直前に見逃した、今の私の身体であるモンスターの『ダークアーチャー』として転生してしまった。……それしか浮かばないんだよなぁ。

 ただの偶然かもしれないけど、これが運命だったという気も……。それにしてもあのとき死ぬとわかっていればなぁ……」


 前世でやり残したことは山ほどある。友達と遊びに行く約束をしていたり、発売されたばかりのコンビニスイーツの期間限定商品を食べたかったり、読んでいた漫画のアニメ化決定と発表されて楽しみだったり……。



(そして何より……大人になりたかった)



 しかし、それを悔やんだり悲しんだりすることはもうミノリには無い。


「もうとっくに終わったことをくよくよしても仕方ないもんね。だって、この世界に転生したおかげで私は……ネメとトーイラという素晴らしい娘たちに出会うことができたから……」


 その小さくつぶやいたミノリの言葉が聞こえたのだろう、何か話し合っていたネメとトーイラが、ミノリの方を見つめている。


「おかあさん呼んだ?」

「ママどうしたのー?」

「あ、ううん、なんでもないよ。2人の母親になれてよかったなぁって改めて思っただけ」


 そう答えたミノリに、2人は笑顔で応えて、また何かを話し合い始めた。



「それにしても……もうわかっちゃってるから早く相談してくれてもいいのに……」


 ミノリは今度は2人に聞こえないほどの小声でポツリとつぶやいた。それはシャルの事だ。

 ネメとシャルが恋人として付き合うようになって1年近くになる。露骨に表には出していないようだが、お互いの左薬指に同じ指輪をはめている事から関係も良好で、ミノリの感覚的にはシャルはネメの婚約相手という認識になっている。


 それに、何やら裏でこっそりとネメとトーイラがシャルをこの家に住まわせるにはどうすれば、と相談しあっている事もミノリにはバレバレだ。2人の親をやって12年、それくらいわかってしまう。



(私にとってもシャルはかわいい妹みたいな感じになっているから、話してくれたらすぐに了承するのに……。……ちょっと……いや、かなり残念な部分がある子だけど)



「……そういえばネメとトーイラは私にとっては娘だけど、ネメが正式にシャルと結婚した場合、シャルも義理の娘に? ……なんだろ、妹という感覚だったのに娘と呼ぶのはちょっと違和感が凄い……。うーん……」



 まだ決まってもいないから悩む事すら無意味な事を何故か思い悩むミノリなのであった。



 そして今日もまた3人、そして時々+1人の他愛のない一日が始まっていく。

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