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70. 12年と1ヶ月目 ネメの価値観と左薬指。

「そういえばネメ」

「どしたの、おかあさん」

 横で、野菜の皮むきのお手伝いをしてくれていたネメに、ミノリは尋ねた。


「こないだ、数字と見たことの無い文字と記号しかない『デバッグモード』という板で私の数値を切り替えたんだよね」

「うん」


「その透明な板、たとえばネメの魔力の強さとか体力の量も書き換えられそうだった?」


 転生ものの小説といえば、ステータスMAXやアイテム全所持、全魔法習得や特殊スキルのようなチート要素の強いものが基本で、決して、ミノリとネメのような仲間キャラ変更のようなデバッグ要素が強い方ではないはずである。

 その為、念のためではあるが、ネメだけに見える『デバッグモード』で、同じようにそれが出来るのか確認したくなったのだ。


「うん、書き換えられそうだった。だけど……」

「だけど?」


「それは世界のことわりにも、己の義にも反する行い。強くなるのは己の力で。だからしない。でもおかあさんの為になる事は別、それの為なら世界のことわりに徹底的にあらがう」


 いわゆるチートでステータスMAXみたいなのはしない。やるなら実力で。それがどうやらネメの価値観のようだ。

 そんな高潔な考え方のネメに、思わず口笛を吹きたくなってしまうミノリ。そしてネメはさらに言葉を続けた。


「ちなみにシャルは、おかあさんのように書き換える事ができなかった。だけど私にとって大切な存在だから、何かあったときは、前にシャルやおかあさんに回復魔法をかけたときのように、私の方を切り替えて助ける。それぐらいの事はしてもいい」


 そう言いながらネメは左手で握り拳を作り、胸元に掲げるのであった。ちなみに現在のシャルは、ネメが覚えている限りの補助魔法をかけられているそうで、ものすごく丁重に扱われているのがわかる。


「やだ……ネメってばものすごい凛々(りり)しい……」


 これはちない女なんていないわ……、と娘に対して思わずドキッとしてしまうミノリ。そんなネメを見ていると左手にある物がついているのにミノリは気がついた。


「あれ……? 待ってネメ。どうしたのそれ?」

「ん、これ? シャルからもらった。シャルも同じ位置につけてておそろ


 ネメの胸元に掲げられた左手につけられたあるもの、それは指輪だった。しかも左手の薬指にはめられていて、シャルも同じ位置につけているのだそうだ。それはつまり……。


「……そっか、おめでとうネメ」


 この世界では、指につける位置での意味合いは恐らく前世と異なっているとは思うが、同じ位置にお揃いでつけている、それだけで2人が相思相愛だというのがミノリにも感じられた。なので、特に深い意味はなかったが、つい祝福の言葉を述べてしまった。


「おかあさん……意味がわからないけど急におめでとうと言われると……なんでか恥ずかしい」


 ミノリは、娘として育ててきたネメが滅多に見せない照れる顔を見た。それは先程の凛々(りり)しい表情を見せた時とは違い、年相応のかわいらしい少女の顔だった。



「ちなみにおかあさんからおんなじように指輪をもらったら、シャルのは捨てておかあさんのを左手薬指にはめる」

「それはシャルがかわいそうすぎるからやめたげて!?」


 ネメと相思相愛になったがまだまだミノリの方が扱いは上。がんばれ、シャル。



 *****



 ちなみに、『デバッグモード』で、ステータスMAXなどのような事はやらない主義のネメだが、とりあえずどんな事ができるかはいろいろ試しているらしい。


「そういえばこないだ『でばっぐもーど』で面白いことができた」

「んー、どんなの?」

「見てて」


 そう言いながらネメが向かったのは壁。一体何をするのだろうとミノリは見ていると、ネメはそのまま壁に向かって歩き始めた。そして……壁をすり抜けた。


「!?」


 どうひいき目に見ても人間離れした行動に思わず目が点になるミノリ。


「……というわけでこんな感じに壁も木もすりぬけられる。そしてこの時だと雨にも濡れないからお外にも出かけやすい」

「……なんだかネメ『デバッグモード』使いこなしてない? 魔力や体力の数値をいじる以上にそっちの方が世界のことわりに触れてない?」

「気のせい」


 やはりネメの価値観はわからない。そんな風に思ってしまうミノリなのであった。

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