65. 10年と11ヶ月目 好感度の下がる音。
「えぇ!!? お姉様によって愛の巣へご招待ですって!?」
「愛の巣言うな」
ミノリたちが住んでいる森は、何か不思議な力で守られているかのように、森の中にある家はおろか森自体もミノリたち3人以外の誰も入る事が出来ない。
そんな不思議な場所なのだが、以前にお花見をした際にシャルを連れて入る事が出来たことから、3人のうちの誰かによって連れてきてもらうと森の中に入ることができるとわかっている。
その為、普段宅配でお世話になっているシャルをお礼代わりにと、今日は家に招待することにしたミノリだったのだが……いきなり世迷い言を並べ出したシャルに思わずミノリは失敗したなぁという顔をした。
しかし、一度誘った手前、掌を返したかのように無碍に扱うのもとあれだからと、シャルを家まで連れてきたわけなのだが……。
「というわけで、私もお姉様たちと一つ屋根の下で暮らす権利があると思うんですよ!」
「いきなりなにその理屈」
家に入るなり早速とんちんかんなことを言うシャルに、ミノリは既に連れてきた事を後悔していた。
「だって、ここが愛の巣なんですよねお姉様!!」
「だから愛の巣言うな」
シャルが小さなテーブルに身を乗り出して対面に座るミノリに向かって暴走をし続けており。その瞳にはハートマークまで浮かんでいるように見える。
(あーだめだこれ。何言っても通じないやつだわ。というか顔が近い)
半ば諦めモードに入ったミノリだったが……。
「こらピンクおかあさん困らすな」
ネメが後ろからシャルに向かって軽く蹴りを入れた。最近シャルといい感じになってきているネメも思わず苛立ちを隠せなくなったらしい。さらに名前でなく好感度が低かった時の『ピンク』呼びだ。
そして蹴られたシャルは反動で『キャインッ』と言いながら、テーブルから地面へと落下した。
「ぶべっ」
それもヒキガエルがつぶれたような声を出して顔面から。あまりにも残念美少女すぎる。
「うぅ……ひどいです。ネメお嬢様」
「ひどいと思うなら帰ったらどうですかー?」
今度はトーイラが笑いながらシャルに向かって帰るように促した。
トーイラも最近はシャルに対して、かつてほど嫌悪してなかったはずだったのに、先程の暴走行為に苛立ってしまったのだろうか目が全く笑っていない。
「あひぃ……ネメお嬢様の暴力とトーイラお嬢様の冷たい目線を向けられると何故かぞくぞくとして……興奮する……」
「…………」
「うわぁ……」
普段あまり表情が変わらないネメまでドン引きしている。トーイラに至っては汚物を見るような目でシャルを見ている。好感度の下がる音が幻聴となって聞こえてくるようだ。
「よもやここまで気持ちの悪いピンクができあがるとは、匠の手を持ってしてみても予想不可能」
「……びっくりするほど今日のシャルさん気持ち悪い……」
すっかり2人から散々なことを言われているシャル。
その後、2人に家から叩き出されるまで、ずっとこの家で住みたいと訴え続けるシャルなのであった。
*****
「……というわけで、シャルさんがこの家に住んだ場合あんな風になるんだけど……。どうするのネメ?」
「……少し考えさせて」
トーイラの問いかけにネメが頬杖をつきながらがっかりしたような顔をしている。
「……折角の計画が水の泡」
実は最初にシャルをこの家に招待したいと言い出したのはなんとネメだった。シャルに対する気持ちが少しずつ友情から恋愛感情へと遷移し始めていたネメは、宅配で大変だろうから宅配に来てくれた日にはこの家の一角に泊まらせてあげたいという思いで、ミノリに相談して今日の招待になったのだ。
そして、特になにも問題が起きないようだったらゆくゆくは一緒に住まわせてあげたい。それを期待しての行動だった。
しかし……そんなネメの思いに反しての今日のシャルは大暴走。
ネメに対しては普通の女の子らしい態度で接してきていたので、それをそのまま維持できていれば余裕で住まわせてあげられただろうに……ミノリが絡むと途端にアホの子になるシャルに思わずネメも思わずため息。
「シャルのばか……」
追い出されてもうこの場にいないシャルに対して、一人寂しげに悪態をつくネメだった。




