62. 【幕間】家族になった日。【トーイラ視点】
私と妹のネメが生まれたキテタイハの町は、『双子』という存在を忌み嫌っていて、運悪くその双子として生まれてきた私たちは、記憶が残っている最も幼い頃から既に奴隷のような扱いをされてきた。実の両親の顔は知らない。生まれた時点で私たちは捨てられたんだと思う。
それでも私たちは、生きていればいいことがあるかもしれないと信じ、怒鳴られ続け、暴力を振るわれ続けても必死になって生き続けた。
そんな変わらぬ日々のまま6歳になった私たちはいつもと変わらず、朝からろくにごはんも与えてもらえないまま、馬車馬のように働き続けていた。死んだ目のように働く私たちを見ても誰も心配したり助けようと行動を起こしたりする人なんていない。
それどころか汚らわしいものを見るかのような目で見ているだけだった。
お昼を過ぎた頃だろうか。僅かな施しをもらってそれを食べている最中に、私たちをこき使う男によって、私とネメは無理矢理どこかの家の地下へと連れてこられた。
「おい、あれに魔力が尽きるまで魔法を使い続けろ」
男が指さしたのは、確か魔法を吸収してため込む素材で、主に魔封じ用の道具に使われるものだった。でも私はそれをためらってしまった。
だって、それをしてしまうと午後働く分の魔力が無くなってしまう。
「え、でも魔力無くなったら私たち午後働けなく……」
「いいんだよ、おまえらの役目はもう終わりなんだから」
役目が終わり……一体どういう事だろう。ネメも不安そうに男を見ている。
「それってどういう……」
私が訪ねるよりも先に、ネメの方から男に尋ねた。
「あまりにも幼い時に町から追い出すと俺たちの良心が痛むからな。6歳になったら町から追放するって取り決めがあるんだよ。いやー、ようやくこの役目から解放されてせいせいするな」
……どの口が良心だなんて言うのだろう。しかし、ここで逆らうと決まって暴力を振るわれる。だから私たちは言われるがまま、必死に魔法を唱え続けた。
私たちの魔法は、ハッキリ言ってこの男なんてネメと2人掛かりになれば余裕で倒せるはずだった。しかし、世界の理なのか、攻撃魔法は基本的に人間が人間に対して使っても無効化されてしまうのだ。
少ない例外があるとすればモンスター化した人間の時だけ。だから、反抗しようにもなにもできない。
それから数時間経っただろうか……。先にネメの魔力が尽きて、その場にへたり込んだ。それからすぐに私の魔力も尽きて、その場で膝をついてしまった。
「も、もう無理……魔法使えない……です」
「お、そうかそうか!」
ぐったりした私たちをみて、なんとも晴れやかな顔をした男……。
その直後、私とネメは、首根っこをつかまれるように町の外まで引きずられると、そのまま投げ捨てられてしまった。
魔力が尽きたのと、投げ捨てられた痛みで動けない私たちを尻目に男は笑いながら町へと戻っていった。
「これからどうしよ、トーイラ……」
先に痛みが治まってゆっくりと立ち上がったネメが、不安そうに私に尋ねてきた。
「わかんない……。ひとまずあっち行こ……」
行く当てなんか無い。でもあの町には『町を追い出された双子は、光と闇の使いにさらわれていく』 という言い伝えがある。もしその話が本当ならば私とネメはここで引き離され、永遠に離ればなれになってしまう。
私たちが今まで、この苦しい日々に必死に耐えてきて、なんとか心を保てられていたのはお互いの存在があったから。それをここで引き離されてしまえば……多分私たちはもう心が壊れてしまう。
だから、すぐに離れた方がいいと思った私たちは東の方に見えた森へと歩き始めた。特に理由なんて無い。森の中ならモンスターがいるかもしれないけど食べ物だってあるかもしれない、ただそれだけだった。
でも弱っている私たちは格好の獲物だったのだろう、すぐさまモンスターに囲まれてしまった。私たちの魔法ならなんとか1匹ずつ倒せるはずだった。だけど追い出すために魔力を枯渇状態にされた私たちは、ただの無力な子供でしか無かった。
取り囲んでいたモンスターたちは敵意むき出しで、中にはよだれを垂らしているものまでいた。
光と闇の使いにさらわれるよりも先に、モンスターに食べられて死んでしまう。その恐怖が現実となって襲いかかったことにようやく気づくと、私は無意識の中で金切り声を上げていた。
「もういや……いやぁああああぁああ!!!!!」
多分生まれてきた時の産声以上の大きな声だったと思う。どうして、どうしてこんな目に遭わなきゃならないの。私は……私たちは、ただ……こんな私たちでも愛してくれるぬくもりがほしかった、それだけなのに。
しかし不幸は次から次へとやってくる。視界に入る透明な板の『敵一覧』にさらに名前が増えたのだ。
ここへきてさらにモンスターが……もう無理だよ。ネメ……私たち、幸せになることも、誰かのぬくもりを知ることもできなかったね……と私は諦めの境地に陥った。
しかしどういうわけだろう。その『モンスター』は、鬼気迫った顔で 『そこの2人、伏せて!』 と叫んだのだ。
予想外だったことに思わず言われるがまま私たちが伏せると、その……女の人の姿をしたモンスターは弓を放って、私たちを取り囲んでいたモンスターを倒してくれた。なんと、モンスターが私たちを襲うどころか助けてくれたのだ。
「大丈夫? どこも怪我無い?」
「う、うん……ありがと……おねえさん……」
その女の人は、見た目は人間に近かったけれど、確かにモンスターだった。敵一覧で見る限り、名前はダークアーチャー……の後ろになにか書いていたけれど、そこの部分だけぐちゃぐちゃしていて文字として全く読み取れない。
「でもおねえさんもモンスターなんだよね……? なんでモンスターがモンスターを倒したの……? 共食い……?」
私が単刀直入に尋ねると、そのモンスターのおねえさんは、何故かがっくりとした様子になった。それにどこか泣きそうな顔をしている。変なモンスター……。
「違うよ、ただあなたたちを助けたかっただけ。あ、でもこのヤワニクウルフは結局私が食べるから結果的には共食いになっちゃうのかな。ほら、町の外は危ないから早く帰った方がいいよ」
そう言いながら去ろうとするおねえさん。私たちは人間で、向こうはモンスター、決して相容れるはずが無い。だから関わらない方がいい……はずなのに、私もネメも、気がつくとおねえさんのマントを掴んでいた。
「町にはもう帰れない……」
「私たち捨てられたの……」
今でも、なんであの時おねえさんのマントを掴んだのかわからない。でも、ここでおねえさんとの関わりが終わってしまった瞬間……私たちの手のひらから『幸せになれる最後のチャンス』がこぼれてしまう。そんな風に感じたのかもしれない。
その言葉を聞いたおねえさんは、モンスターなのに沈痛そうな表情で私たちの話を聞いてくれた。そして……。
「よしわかった! 私が2人の面倒をみるよ! これからは私がお母さんになるよ!」
モンスターが私たちの母親になると宣言し、私たちに手を差し伸べたのだ。普通に考えたらなんともおかしな話だと思う。甘言で誘いながら私たちを殺す可能性だってあるのに。
でも、このおねえさんは真剣な目をしながら私たちに向き合い、私たちに手を差し伸べてくれたのだ。その行動に嘘は無い、私たちはそう感じた。
「……いいの?」
「でも私たち、多分おねえちゃんを不幸な目にするよ……」
「私はそんな迷信信じないから大丈夫だよ。それに、既に人生詰んでるからせめて2人だけでも幸せにしたい!」
そう言いながら、そのお姉さんは、私たちの事を抱きしめてくれた。それは、今まで欲していても決して与えられることの無かったぬくもりだった。
「お母さんとしては新米な上にモンスターの私だけど……よろしくね、2人とも」
きっとおねえさんも、自分自身がモンスターである事を不安に思っていたんだと思う、でもそれを覚悟した上で母親になると決めたんだ。
信じても……いいんだよね。
私もネメも、おねえさんに抱きしめられて、気がつくと涙が止まらなくなっていた。
*****
それ以来、私たちはずっと親子の関係を続けている。
時々私たちが悪いことをしたからママに怒られることや、ママがモンスターだった為に魔法が使いづらい、ママが泣きじゃくる姿を見て何故かぞくぞくとしてしまった、みたいにママを困らせることもあったけど、それでも関係は良好だ。
「トーイラー、ネメーちょっと手伝ってー」
「はーいママ」
「了解」
……私たちとママは当然ながら血は繋がっていないし、種族も違う。そして、ママは種族がよくわからないからママが先か私たちが先かはわからないけれど、いつかは永遠の別れが来ることもわかっている。
でも、その日が来るまでは……いや、その日が来ても私たちの大切なママです。
私もネメも、あなたのことが……心から大好きです。




