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60. 10年目③ 賭け。

「ねぇネメ、もう一つ『デバッグモード』の板から探してもらいたいものがあるんだけど……」


 ミノリはその可能性を信じて、ネメにお願いをしてみた。


「多分、透明な板が見えているネメなら、自分の今の生命力や魔力も数字で見えているんだよね?

 それならさっき掘り起こそうとしていた『デバッグモード』の板の中に今の自分と同じ数値が無いか探してみて。

 その近くにもしかしたら私やトーイラと全く同じ数値があるかもしれない。それらを見つけて3人の数値を比較すると、多分1箇所、ネメとトーイラのは同じで私の部分だけ違う数値があるはず。それを同じ数値にしてみて」


 ミノリがネメに探すようお願いしたのは、仲間キャラのステータスがある領域だ。もしミノリのデータが残っているのなら、きっと今のミノリのステータスと同じ数値があるはずだ。


 そしてネメとトーイラは共通しているけど、ミノリだけが異なっている数値。

 それは『仲間になっているか、なっていないか』のフラグ。これを同じにすれば、きっと……。



(ネメがさっき言ってた『デバッグモードにある見たことのない文字』はきっと項目内容が書かれた日本語の事だよね……。

 恐らく私が見ればすぐにこれを変えればいいと言えるはずなんだけど『デバッグモード』の板はネメにしか見えていないから……お願いネメ……なんとかそれを見つけて……。)


 心の中でそう懇願しながら、2人に16進数について説明をしたミノリは、ネメにはまず16進数に変換したネメ自身の能力と同じ数値を探してもらう事にした。


 その間にミノリは、トーイラからトーイラの能力の数値を聞き出して、16進数に変換する作業を、トーイラには、ゲームウインドウを見ることができないミノリの能力の数値を鑑定魔法で調べてもらう事に。


「うぁぁぁ……。何かが体を走査しているような変な感覚がぁ……。あ、この感覚は前にも感じたことが……、確か3人で最初に狩りに行ったときの……」

 鑑定魔法をかけられながらそうミノリがつぶやくと……。


「あ、それ多分私が間違えてママに掛けちゃった麻痺魔法だよ」

「あれか! あれが私に麻痺魔法掛けた時なのか!! そういえばあの時、身動きできなかったけど……物理的に動けなかったんだねぇ私……」


 今更ながらのトーイラの衝撃告白を受け、ただ愕然とするミノリだった。


 その後、どうやら自分の能力値と同じ数値を見つけたらしいネメに、今度はその近くにトーイラ、ミノリそれぞれと同じ能力値の数値が近くにないか探してもらった……が……。


「……トーイラと同じ数値はあった。でもおかあさんと同じ数値はなかった」


 悲痛そうにネメがつぶやいた。……残念ながらここまでのようだ。


「そう……。残念だったね。でも探してくれてありがとうネメ。トーイラもありがとう」


 既に泣きそうな顔になっている2人にお礼を告げると、2人はミノリに抱きついてきて、声を出して泣き始めた。わずかな望みもここで絶たれてしまったのだ。泣くのも仕方がない。


「あぁもう2人とも……そんなに泣いていちゃせっかくの美人さんが台無しだよ……」


 泣きじゃくる2人をミノリは抱きしめながらなだめた。


「ふふ……、それにしても2人とも本当に大きくなったね。あんなに最初は小さくて弱々しい感じだったのに、すっかり大人らしくなっちゃって……。

 最初は私の狩りに一緒についてきて、2人で協力してモンスターを倒していたのに、今では一人でも余裕で倒せるほどに強く……あ」


 ミノリの「あ」に、2人が顔を上げた。


「……ねぇ、ネメ。これは完全に賭けになっちゃうけど……。もうひとつ探してもらいたいものがあるんだ」

「……ん、何、お母さん」


 ネメが涙で赤くした瞳をミノリに向けた。


「さっき探してもらったネメとトーイラの数値の中にものすごく数の多い数値が無かった? 数値自体はバラバラなんだけど2人でそれほど差がないぐらいの」

「ん……、あったけど……」


「その近くに、2人と同じぐらいにものすごく数の多い数値がもう1箇所無い?」

「! ……そういえばあった」


 ……どうやらビンゴのようだ。それはきっと今までモンスターを狩って得てきたミノリの経験値だ。


 恐らく敵モンスターとしてのミノリと、仲間キャラとしてのミノリは能力値が異なっていて、今のミノリの能力値はデバッグモードでは表示されない敵モンスターのデータ領域に同じ数値があるのだろう。


 そして経験値は仲間キャラとしてのみ数値が存在するはずで、今までミノリがいくらモンスターを倒しても強くならなかったのはそれが要因だ。敵モンスターでありながら仲間キャラ、という矛盾した状態が今のこの状況を作り出していたのだ。


 それに、このゲームの本来のスタートは2年前、つまりネメとトーイラが14歳の時からだ。しかし、ミノリもネメもトーイラも10年前からモンスターを狩り続けて経験値を積んでいる。


 たとえ本来のゲームの主人公がいくらゲームのスタート開始から強くなろうとモンスターを倒しても、この10年分溜まりに溜まった3人の異様に高くなった経験値にはそう易々と追いつけないはずである。


「それじゃ、ネメ……。その数値の近くで、さっき私が言ったネメとトーイラは同じだけどこっちでは違う数値があるはずだから、それを2人と同じにしてみて」

「……うん」


 覚悟を決めたかのような表情をしたネメは目をつぶって何かつぶやき始めた。恐らくこれがコードの書き換えなのだろう。トーイラも固唾を呑んでネメを見守った。


 しばらくすると、ミノリは自分の体内で何かが変化していくのを感じた。先程まで続いていた頭痛がピタリと収まり、さらに、今まで押さえつけられていた力が目覚めるかのような……。


 そしてようやく書き換えが終わったのであろう、ネメが目を開けた。


「どう、2人とも。頭痛が治まったから多分成功だと……思うけど……」


 その言葉でミノリを見た2人は「あっ…………、あっ…………!」と感極まって声にならない声を漏らしていた。


 どうやらこの賭けは無事成功し、敵一覧からミノリの名前が消えて、仲間一覧の方に表示されたらしい。ネメとトーイラは再びミノリに抱きつき、声を上げて泣き出した。


 しかし、それは先程の悲痛なものとは違い、嬉しさのあまり泣いている……そんな表情だった。


「やっとママが敵じゃなくなった……。これで安心して一緒に暮らせる……嬉しい……」

「それにおかあさんすごく強くなってる。おかあさんなんばーわん」


 ネメの言葉から推測するに、先程感じた、力が目覚めるような感覚はどうやらゲームでいう所のレベルアップのようだ。仲間キャラとしてのフラグが立ったことで今まで蓄積するだけ蓄積していた経験値が一度に押し寄せ、一気に強くなったのだろう。


 しかし今は強くなったことよりも、運命を変えられたこと、そして、2人がこうして喜んでくれる事が嬉しい。ミノリは再び2人を同じように抱きしめた。2人はそのままミノリの体に顔を埋めてしまったので、気づいていなかったが、ミノリも目から涙が流していた。


 ザコモンスターで無くなった以上、ミノリが2人に対してモンスターとして危害を加える可能性もついに無くなったのだから。


 (あぁ……、よかった。これで2人と幸せに暮らせる…………ん?)


 涙がこぼれないよう上を見上げていたミノリだったが、視界に違和感を覚えた。


(何か見える……)


 目の移動に併せてそれも動くので、恐らく自分以外には見えないのだろうが、透明な四角い板のようなものが視界にずっと収まっている。


(……あー、2人に話を聞いていたけど、これがかぁ……)


 そう、ゲームウインドウである。仲間キャラとなったミノリの視界にもとうとうそのウインドウが見えるようになっていたのだ。

 しかし……どこかおかしい。具体的にはミノリの名前部分。もう文字のていをなしておらず、グラフィックの欠けなどで構成されている感じで、どうがんばっても読めない。それはつまり……。



「私の名前バグってんじゃん!!!」



 そもそもミノリはボツキャラなのだからある程度不具合は起きるだろうと思っていたが、まさかこれとは……。

 なんとも扱いに困る箇所で不具合が出てきて、微妙な表情をしたくなったミノリだったが……。


 「うーん……。まぁ、これぐらいの小さな代償なら別にいいや。ネメとトーイラとこれからも安心して暮らせる事がわかったもの」


 この、ようやく掴み取る事のできた幸せの前では些細なことと最後まで楽天家なミノリ。仕方ないものは仕方ない、と割り切った。



 ……結局、ミノリたちは、ゲームの本来の流れからは外れた状態になったものの、埋もれていた部分を含めたゲームシステムの範囲内で動き回っていただけで、ゲームシステムの枠を飛び越えるような事をできたりはしなかった。


 実質、昔にミノリがつぶやいた、『ゲームデータという名の掌の上でただ踊らされていた』だけだったのかもしれない。


 しかし、そのゲーム上では本来はありえないはずの組み合わせで、3人は今まで親子として共に過ごし、一緒に泣いたり笑ったりの日々を過ごしていたのも事実。そこに、ゲームシステムという制約は感じられなかった。



「それにしてもこのゲームウインドウ……いや、この透明な板って邪魔だね。視界に入るようになってようやく気づいたよ……」

「すっかり慣れたけど全くもって」

「でもママにも見えるようになって3人でおそろいって感じがするから私はそこだけは好きだよ」


「ま、それもそっかぁ」

「いつも一緒の仲良し家族」

「そうだねー」


 先程までの重苦しい雰囲気はどこへやら。危機を乗り越えたかと思うと何事もなかったかのように笑い合う、ミノリの楽天的な性格まで似てきてしまった親子なのであったが、まだここで一つだけミノリは確認しなければならないことがあった。


「……それで、最初の話に戻っちゃうけど、2人はもう十分独り立ちできるほどに強く、立派に成長したと思うんだ。私のことは構わないから、2人の好きなようにしてくれていいからね」


 それを聞いたネメとトーイラはお互いに顔をしばし見合わせ、笑みを浮かべながらミノリの方を向いて話し出した。


「何言ってるのママ。さっきも私たち言ったでしょ」

「お母さんと一緒がいいに決まってる」


 2人の答えは最初から決まっていて揺らぐことはなかった。

 そしてそれはミノリも同じ気持ちだ。いつか2人が巣立とうと思うその日まで、ミノリも一緒にいたい、一緒に生きたい。


「そっか。……それじゃ、私はこれからも2人の母親でいられるように一所懸命がんばらなくっちゃね」


 そのミノリの答えを聞いて、ネメとトーイラは目を輝かせた。


「だから……、これからもずっと一緒だよ、ネメ、トーイラ」

「「うん!!」」



──3人の日々は、これからも続いていくのだ。

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