表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/251

58. 10年目① 覚悟。

 ミノリがこの世界に転生し、ネメとトーイラを保護して家族となってから今日でちょうど10年目。初めて出会った時点で6歳の誕生日であったネメとトーイラは、2人が本来命を落とすはずだった15歳を乗り越え、無事16歳になっていた。


「……結局2人には何も起きなかったなぁ……。キテタイハの町も健在だから、特に気にしないで主人公達もスルーしてもうどこかへ行っちゃったのかも。……もしかして私が最初に2人を保護した時点でゲームの進行を壊しちゃっていたのかな?」

 

 ネメとトーイラが15歳になった時に発生した戦闘の事を全く知らないミノリは、ストーリーがそこで元に戻ろうとしていた事など微塵も気づいていない。

 

「きっと今頃主人公たちは時間軸的にストーリーの終盤に入っているだろうから……これはつまり2人のバッドエンドは回避できた……という事なのかな?」


 ミノリは2人の悲惨な結末回避に結果的に成功したのだが、顔色は晴れないままだ。


 ……それは、今日がミノリにとって最期の日になるのだから。


「……これで、自分の役目も終わり……かな。もう2人とも十分に独り立ちできるだろうから、……もう私がいなくても大丈夫だよね」


 母親として2人を大切に育ててきたが、結局ミノリはモンスターで、キテタイハの町の駆除依頼によって一度殺されそうになった身でもある。そんなミノリは、確実に2人の足枷あしかせとなる存在だ。


 さらに先月、突如ミノリを襲った『モンスターとしての本能』。あの日ほどの衝動は、まだ一度も起きてはいなかったのだが、頭痛は相変わらず酷いままで、確実に自分をむしばみつつあると、ミノリは自覚していた。


 そして、その衝動を抑えるのもそろそろ限界で、もって数日である事も感じていた。


「……2人には、こくなお願いになっちゃった。……()()()()()で悪い親だね……」


 一人、自嘲気味に笑うミノリ。そのお願いは、あの日以来、覚悟を決めていた『2人に自分を殺してもらうこと』という、ミノリを大切な母親として慕っている2人からすればあまりにも残酷としか言いようがない願い。



 そして、ミノリはその夜、ついにその事を切り出すことにしたのだった。



 *****



「……と、いうわけでトーイラもネメも大きく成長して、私がいなくてももう大丈夫。十分に独り立ちできると思うよ。

 ……なのでこれが私からの最期のお願い……。2人の母親として10年過ごしたけど……結局私はモンスターなんだ。今は普通に接しているけどいつ理性を失って2人を襲うかわからない。

 現に先月、モンスターとしての本能が抑えきれなくなって、2人を襲いそうになっていたの。だけど、私から何も言わないままだと、恐らく2人は私を倒すのに抵抗があるよね?

 だから、今、この場で2人の手で私を倒してほしいんだ。私を余裕で倒せるぐらいに2人は十分に強くなっているし、私も、他の誰かに倒されるぐらいなら2人に倒された方が本望なんだ」


 ……そのミノリの最期のお願いを、トーイラもネメも黙って聞いていた。


(……きっと理解してくれたよね……。これで私は、二度目の人生を幸せに終えられる……よね……)


 そんな風にミノリは考えていたのだが、当の2人の表情は非常に暗い。それこそ、最初に出会った時のような顔をしている。

 その2人の表情のあまりの暗さにミノリが内心あたふたしていると2人は立ち上がってミノリにしがみついた。しがみつかれたミノリは驚いたが、2人の手が震えているのに気がついてしまう。


 これはきっと最期の別れの為のハグに違いない……などと考えるのも束の間、段々と2人の締め付けが強くなってきた。


「……い、いやなんかすっごく締め付けてくるんだけど!? ちょっ、ちょっと待って2人とも痛い痛い! なんだか異様に力入ってない!?」


 そんなミノリの慌てた反応を合図に、2人は堰を切ったように口を開いた。


「お母さんのバカ、そんな事言うのやだ。私絶対お母さん殺さないもん」

「ママ、そんな悲しい事言わないで……」


 その声は震えている。思わずミノリが2人の顔を見ると2人とも思い切り涙を流している。それは当然の事だろう。今まで母親として2人を受け入れ、ここまで育ててきてくれたミノリが2人に対して自分を殺してと言ってきたのだ。


 2人の心の一番大きな拠り所になっているミノリを、今ミノリが自ら引き抜こうとしているのだから。


「……でも、結局モンスターである私は2人の足枷あしかせになっちゃうから」

「人間だとかモンスターだとかそんなの関係ない。お母さんはお母さん」

「そうだよママ、私たちにはママしかいないもん!」


 2人ともミノリを倒したくなくて必死に説得をしている。


(……よかったなぁ、私、2人にこんなにも愛されていたんだね。……もう本当に……これで死んでも本望だよ……)


 などとミノリは思っていた。


 ……が、ミノリは気づいていなかった。心の一番大きな拠り所を今まさに失おうとしている者は、必死になってそれをつなぎ止めようと足掻あがく為、たがが外れて大暴走してしまう事を……。



「それにお母さん倒すぐらいなら監禁して首輪つけて一生愛でたい」

「そこはせめて監禁じゃなくて一緒に暮らしたいとか無難な言い方してほしかったなー!!!」


 ネメの突然の爆弾発言に思わずミノリが叫んだ。


「こらネメ! 監禁とか言うとママ困っちゃうでしょ!」


 ネメの投下した爆弾にミノリが困惑しているのに気づいたトーイラがネメをたしなめた。


 いい子だなぁトーイラは……などと思ったミノリだったが、当然トーイラもたがが外れているわけで……。



「それに監禁するんじゃなくて麻痺魔法でママを動けなくしてから、好き放題にまさぐり尽くして、私たち無しでいられない体にするのが筋ってもんでしょ!」

「トーイラもトーイラで私の貞操の危機に繋がる怖いこと言わないでほしかったなー!!!!」


 こっちはこっちで欲望スロットル全開な上ネメよりもたちが悪い。


(どうしてこうなった!?)


 混乱しているミノリだったが、それは当然2人を大切に育ててきたミノリ自身が原因である。


 ネメとトーイラは、愛情も温もりも与えられないまま町を追放されてから、一心にミノリの愛情と温もりを受け続けて育った結果、2人ともミノリ無しではいられない依存体質になっていたのである。


「というわけでお願いママ! 私の麻痺魔法をくらって、3人一緒にどこまでもちていこうよ!」

「一蓮托生」

「おかしいなー!!! 昨日まであんなにいい子だったのにここで急にヤンデレになっちゃったよトーイラもネメも!!」


「ちなみにおかあさんは数回トーイラの麻痺魔法にかかったことある」

「だから多分今も私が麻痺魔法を唱えれば一発でかかるに違いないよ!!!」

「ナニソレコワイ……」


 2人が突如としてヤンデレ化したのは勿論先程の「自分を殺してほしい」発言したミノリが原因である。2人の愛は確かに徐々に重くはなっていたもののここまでの事態にならなかったのはこれからも3人で仲良く暮らせるから、というトリガーがあったからだ。


 それがミノリの手によって外されてしまった今、もうネメもトーイラも暴走するしかなくなっていた。


 ミノリを殺すくらいなら、監禁しようがとそうが、ミノリが生きていてくれる可能性が高い方を選ぶ。それがこの2人のヤンデレ化に繋がってしまったのである。


「ほら落ち着いてネメもトーイラも!! 確かに2人とも母目線だけじゃなくて、同性の視点から見てもかなりの美少女だから想いを寄せてくれるのは嬉しいけど、それでも私にとってはやっぱり大切な娘だからそんな2人が母親を性的な目で見るのはどうかと思うなー!!?」


 ミノリは2人の気持ちを落ちつかせる為に説得を試みたが、ヤンデレ化して暴走状態となった2人にはあまり効果がないようだ。


「そんな事無いもん!!! 私たちにはママしかいないもん! 折角私とネメをまた連れて行こうとした光と闇の使いを撃退してこれでいくらかは安心して暮らせるって思ったのにこれじゃ意味ないもん!!!」

「いつの間に!?」

「私たちが15歳になった時」

「1年前!?」


 ミノリが2人を育てると決めた際に決意していた『本来15歳で死んでしまう2人を、なんとしてでも15歳で死なせずに幸せにする』事が、ミノリのあずかり知らぬところで既に達成されていたと2人に聞かされ、ミノリもこれには流石に動揺を隠せない。


「うわぁ、この1年間1人で空回りしてたのかぁ……。安心はしたけど拍子抜けもしてしまった……」

「……おかあさん、私たちが15歳になったら連れてかれるって思ってたの? どして?」


「え!? それは……なんとなく……」

「ふーん……」


 2人が連れ去られるどころか死んでしまうはずだった事を知っていたミノリは、それを伝えることがどうにもできず誤魔化してしまった。

 それに対してネメは見透かしたような眼差しをミノリに向けていたが……、それは些細な事とばかりに話を元に戻した。


「まあいいや。今はそれよりもおかあさんの事の方が重要案件。おかあさんの名前が敵一覧にあるのとかも安心して暮らせない一因」 

「本当にそう! これのせいでずっと回復魔法はママに使えなかったし攻撃魔法は真っ先にママに向かおうとするから使えなかったもん! きっともっと親密にならないと消えないに違いないもん!」

「え、2人とも何それ……? 敵一覧……?」


 2人にとっては昔からのことで当たり前になっていたが、ここで驚愕の事実を言われるミノリ。


「出会ったときからおかあさんの名前がね、私とトーイラの視界にずっとある透明な板の敵一覧にずっと名前があるの」


 透明な板ってなんだろうと、一瞬考えたミノリだったが『敵一覧』という言葉からすぐに【ゲームウインドウ】のことだと気づいた。


(なるほど、私はザコモンスターだからそのウインドウが見えなくて、メインキャラである2人にはそれが見えていたのか。やっぱりここは現実であると同時に……ゲームの世界なんだ)


 そしてそのゲームウインドウはあれから10年、一緒に住んできたにも関わらず未だにミノリを敵だと言い張っているのである。


「つまり……親子としてじゃなく、私はずっと2人には敵として認識されていたって事なのかな……?」


 本人の意志とは関係ないだろうと思ってはいるが、10年も親子として仲良く過ごしてきたのに未だに敵扱いされている事実を突きつけられてショックを隠せないミノリだった。


「そんな事ないもん! ママは私たちにとって大切な人だもん! 敵だなんてあり得ないもん!

 だから今ここでママをとせばきっと敵一覧から仲間一覧の方にきっと移るから! だから一緒に気持ち良くなることしよ!!」

「ついでに首輪して監禁されて」


 すっかりトリガーがはずれた今、もう欲望を抑えきれない2人である。ここへきてようやくミノリは自分を殺してほしい、などという発言で2人を暴走させてしまった事を悔いた。


 しかしこのままではいけない。ミノリはこの事態を一旦沈静化する方法を考えた。それは……。


「2人とも、ごめんなさい!!!」


 それはもう見事なまでの土下座であった。突然のミノリの土下座に驚き戸惑うネメとトーイラ。その姿勢のまま、ミノリは、言葉を続ける。


「そうだよね。今まで親子として3人で暮らしてきたのに、ここで突然殺してなんてお願いされたら悲しくなって暴走しちゃうよね……。

 私もう2人にそんなお願いしないよ。だから2人とも、本当にごめんなさい。……だからお願い、一緒に解決できる方法を考えてくれる……かな?」


 そのミノリの突拍子のない行動に毒気を抜かれたのか、2人は一瞬、ぽかんとした後、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。


「あ、……うん。ママ、私の方こそごめんね」

「ごめん」


 たとえ暴走して大変な事態になっても、既に親子になって10年。こうしてすぐに謝罪すればすぐに和解できるほどに心を通わせているのだ。


 そしてトーイラとネメは、土下座をしたままのミノリの傍までやってきて、屈んでミノリに語りかけた。


「……ママ。私たちはあの日、ママがこうして手を差し伸べてくれたからこそ、こうして幸せに過ごせている『今』があるの。だから、次は私たちがママを助ける番だよ」

「親子だから、水入らず」


 ミノリが顔を上げると、あの日、町を追放されて絶望しきっていた2人にミノリが手を差し伸べたように、今度はトーイラとネメが、ミノリに向かって手を差し伸べてくれていた。


 それを見た瞬間、この10年間でつちかってきた3人での幸せな想い出の数々がミノリの脳内で、一気にフラッシュバックされた。


(あ……、本当に、私がやってきた事は……間違ってはいなかったんだね……)


「……ありがとう、2人とも」


 涙ぐみながらミノリは2人の手を取り、立ち上がった。


「だけどもしまた同じような事言ったら、本当にとすからねー? 今度こそママを。うふふ……」

「おかあさん くびわかんきん しちゃうから」

「は、はい……」


 2人の笑顔に潜む邪悪な深淵しんえん部分を覗いてしまったかのような感覚に突如襲われ、思わず冷や汗を流したミノリだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ