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57. 9年と11ヶ月目 兆候。

 ネメとトーイラが15歳になってから11ヶ月が経過した。


「あと1ヶ月で2人も16歳かぁ……。今のところ2人に何か起きる様子は無いけど……気を引き締めないと……」


 そう言いながら、両手で握り拳をつくるミノリ。


 ……ちなみに、ミノリが懸念けねんしている『二人が、光と闇それぞれの巫女になって15歳で死んでしまう事』については、既に2人が15歳の誕生日を迎えた日に、ネメとトーイラの暴力によって解決済みなのだが、ミノリにそれを知るすべはなく……。


 そんなわけで、ある意味空回りしている状態のミノリなのだが、それを指摘できる者は誰一人いなかった。


「……しかし、今日はいつもより頭が痛い……」


 転生してから今まで、体調を崩すような事は無かったミノリなのだが、ここ半年ぐらいから時々、頭痛がするようになっていたのだ。

 ただ疲れているだけで安静にしていれば大丈夫だろうと、最初は深くは考えていなかったのだが、その痛みは日に日に増していき、最近に至っては、一瞬だけ意識が飛んだりするようにまでに悪化してきていた。


 それは、まるで自分の思考回路を何者かによって徐々に乗っ取られていくような……そんな感覚……。


 それでもなんとかこの痛みに耐えようと、テーブルに突っ伏しているミノリ。するとそこへ……。


「ママ、大丈夫?今日も頭痛……?」

「最近調子悪そうで不安」


 その様子を見て心配したのだろう、トーイラとネメが不安そうにミノリを見つめている。

「あ、トーイラ、ネメ……、ううん、なんでもな……」


 そう言いかけながら途中で2人の姿を見た瞬間、頭の中を何かが覆い被さってきたような感覚に襲われ固まるミノリ。

……さらに、自分の意識とは別の、何者かの声までもが聞こえてきて、それは頭の中でハッキリとミノリに対して告げた。



──目の前の2人は人間だ。敵だ! 殺せ!!──




 ここでミノリは、以前シャルが言っていた事を理解した。


(……これが……『モンスターとしての本能』……。でもどうして今になって……)



 今までは、『転生前は人間だった隠塚ミノリ』としての自我が非常に強かった為、そのおかげで、結果的に『モンスターとしての本能』を封じ込める事ができていた。


 しかし、既にミノリは転生してから10年近くこの世界で過ごしてきた事もあり、徐々に精神がこの世界になじみ始めてしまっていた。数か月前にミノリが前世の文字を思い出そうとして、散々な結果になったのはその為だ。


 そしてとうとう、『モンスターとして本能』の封じ込めにほころびが生じ、それが徐々にミノリの精神をむしばみはじめてきたのだ。


 普段のミノリにはあるはずのない、2人に対する悪意、敵意、殺意、あらゆる負の感情が満ちあふれてくる感覚。ミノリは親となって今まで育ててきた2人に危害を加える事に対して恐怖し、必死に抵抗した。



(いやだ! 私はモンスターである前に……2人の母親だ!!)



 頭の中へ響く声に対して必死に抵抗するミノリだったが、自分の意識をむしばもうとする力の方が遥かに強い。このままでは、完全に意識を乗っ取られてしまう。


「ママ……、どうしたの? すごく怖い顔してる……」

「瞳のハイライト消失……」


 トーイラもネメも明らかに動揺している。おそらく、今のミノリの顔は、このモンスターが本来持つ、人に対しての憎悪に満ちた表情をしているのだろう。



(やめて! 絶対に私は2人を襲いたくない! やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!!!)



 必死になって抵抗するが、徐々に意識が呑み込まれていき、体の自由までも徐々に無くなっていくミノリ。



(あ…………もうこれは…………だめかも…………)



 そう諦めそうになった時、ミノリの視界に壁に貼られた2枚の絵が見えた。あれはネメとトーイラが7歳になった時にミノリにくれた3人が一緒に並んでいる絵だ。


 すっかり色あせて所々見えなくなってしまっているが、それでも絵の横に描かれた『ママだいすき』『おかあさん最高』の文字は今もハッキリと見える。



(いや……、まだ諦めたくない……! せめて2人が16歳になるまでは…………!)



 その時ミノリは気がついた。まだ自分の意志で体がなんとか動かせると。それに気づいた瞬間、最後の抵抗とばかりにミノリは立ち上がるなり近くの柱まで全速力で駆け出した。

 そして、その勢いのまま己の頭を柱へ強打させ、反動でミノリは仰向けに倒れてしまった。


 そんな突然のミノリの奇行に思わず驚き固まるネメとトーイラだったが……。


「ママ、なにしてるの!?」

「おかあさん乱心!」


 倒れたまま動かないミノリを心配して慌てて駆け寄る。


「あたたたた……」


 ミノリはむくりと起き上がった。先程の突拍子のない行動が功を奏したのだろうか、胸中にわき上がっていた2人への憎悪の感情が、嘘のように無くなっていた。頭の痛みも、先程までの内側から湧き出したような感覚とは異なり、物理的な痛みになっている。

 

 「あはは……、うん、ごめんね2人とも驚かせちゃって……。頭が痛かったから、そこへさらに頭に痛みを加えたら相殺そうさいされて少しマシになるんじゃないかなって……」


 不安そうな顔をする2人に対して、ひとまず誤魔化そうと笑いかけるミノリ。


「もう、ママなにやってるの……」

「おかあさんが……不思議ちゃん化……」


 2人が呆れたような顔をしている。さらにいつも不思議キャラなネメにまで不思議ちゃん認定をくらうミノリなのであった。


(うぐ……、ネメに不思議ちゃんと言われると、何故か悲しくなる……。)



 *****



──その後、2人から今日は安静するように言われたミノリは、1人ベッドの中で、水で濡らしたタオルをおでこに乗せながら、物思いにふけっていた。


「今回はたまたま抑えられたけれど、完全に意識を乗っ取られて本能のままに2人を攻撃してしまう日が来てしまいそう……。それはつまり……」


 その先の言葉を言うのを躊躇ためらうかのようだったミノリだったが、一呼吸置いて、覚悟したかのようにつぶやいた。



「……私には、自我を保っていられる時間がもう残り少ない」



 実力的には既にネメとトーイラの方が遥かに上である。しかし、10年もの間、母親として育ててきてくれたミノリを、いくら襲ってきたからといってその場で即座に2人は倒せるだろうか。いや、できるはずがない。

 それほどまでに一緒に歩みながら積み上げてきた思い出がたくさんあったのだ。



「……すごく申し訳ないけど……2人が16歳になったら……お願いしないと……」



 それを確信したミノリは、2人が誕生日を迎えるまでの残り1ヶ月を耐え抜き、無事誕生日を迎えることが出来れば、母親として2人に『最期』のお願いをする事に決めた。


 それは、ミノリが男たちに襲われたあの時から、心の中で思っていた事。





(私が2人にする最期のお願いは……2人に私を……殺してもらうこと……)

ミノリさん、本編最終話まで残り4回(9/10投稿分)です。

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