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56. 9年と6ヶ月目 忘れかけてきた文字たち。

「うーむ……自分でもびっくりするほどのこの忘れ具合……」


 そう言ったミノリの前には1枚の紙。そこには転生してからは一度も使う機会の無かった前世で使っていた文字たちが書いてある。


 ミノリがこの世界に転生してきてから既に9年も経っており、もう前世のことを思い出す機会も少なくなってきていたのだ。その事に気がついたミノリは、記憶力の確認がてら前世で使っていた文字を紙に書き記していたのだが……。


「いやもうどうしようこれ……。ひらがなとカタカナはわかる。でも漢字に関しては自分の名字に使われてる字や簡単な字ぐらいしか覚えていない……」


 楽天家のミノリでも流石にこの惨状にはがっくりきていたようだったが、気を取り直して次はアルファベットを書くことに。だがこちらも結果はかんばしくはなかった。


「……これはひどい。あまりのひどさに頭まで痛くなってきた……」


 思い出した順番に書いていったのだが、こちらも散々な有様だ。アルファベットの歌を歌いながら思い出そうともしたのだが、歌は出てきても書き方が分からない。そんな字が大半で、結局書く事ができたのは大文字で20字ほど、小文字で14字ほど。


「17年も使ってきたはずなのに、どうしてここまで忘れちゃってるんだろう……」


 思わずミノリは頭を抱えてしまった。


「なにしてるの、おかあさん」


 そこへネメがやってきて、ミノリが書いていた紙を不思議そうに見ている。すると突然、何かに気づいたような表情をしたかと思うとミノリに尋ねてきた。


「おかあさん、この()()知ってるの?」


 ネメが指さしたのはアルファベットのA。


「うん、『エー』って読むんだよ。もう何年も使ってないけどね」

「ふーん……。これは?」


 次にネメが指したのはB。


「それは『ビー』だよ」


 それからネメは、C、D、E、Fも同様に指差してミノリになんと読むのか尋ねると、一通り満足したのか、


「わかった。ありがと、おかあさん」


 そう言いながら、またふらりとどこかへ行ってしまった。


「どうしたんだろう。見たことのない文字だったから気になったのかな?」


 ネメがよくわからない行動を取るのはよくあることなのだが、どうしてその6文字だけが気になったのだろう。そして、先程のネメの行動にはもう一つ不思議な事があった。それは……。


「あれ? 順番をバラバラに書いたのになんでネメはちゃんとABCの順番で聞くことができたんだろう?」


 紙の上に書かれた文字はアルファベットだけではない。ひらがなやカタカナや漢字もあって、さらに全てが思い出した順番、つまりランダムに書かれているものだ。それにも関わらず先程のネメは、AからFまでのローマ字を順番通りに尋ねたのだ。


「うーん……、ただの偶然かな。それにしてもこの記憶力の無さ……どうしよう……」


 しかし、その疑問よりも自分の記憶力の無くなり具合の方に気を取られていたミノリは、ただの偶然と片付けてしまい、この事に対して深く考える事は無かったのであった。



 ……ネメが意図してその順番で聞いたとは微塵も思わずに。そしてネメが、Aの事を『数字』といった事も気づかずに。



「あー……それにしてもこれをやったせいなのか頭が痛い……。もう今日はやめよう……。あ、でもおひるごはんは作らなくちゃ……」


 そう言うとミノリは紙に文字を書くことをやめ、台所へと向かうのであった。

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