55. 9年目 15歳になりました。
「とうとう2人も15歳かぁ……。今年が本来のゲームの流れに引き戻されるかそのままかの運命の分かれ目……」
窓の外に降り続ける雨を眺めながらミノリはぽつりとつぶやいた。ネメとトーイラがゲームに出てくる時点での年齢も15。今までの時間は言ってしまえば準備期間でもあったといえる。
ゲームと同じであれば、闇の巫女として覚醒したネメはトーイラと決別し、人間を憎む存在としてキテタイハの町へ魔物を侵攻させて滅亡させてしまう。一方光の巫女となったトーイラは、主人公の仲間となってネメを討ち取るが、たとえ決別してしまっていても自分の姉妹に手を掛けたことを悔やんで後を追って自害してしまうはずだ。
「……という風に本来はなるんだけど、今の2人からは全くそんな悲惨なことになると想像できないなぁ。すごく仲がよいし」
そう言いながらミノリはネメとトーイラの方を見た。今日は2人の誕生日でもあるのだがそれと同時に3人が家族になった日でもある。そして2人はミノリを労いたいと、現在一緒にご飯を作っている。
そんな和気藹々とするトーイラとネメはすっかり誰もが見とれるほどの美少女へと成長していた。ついでに身長もミノリをとっくに抜きさっており、端から見るとミノリの方が妹のように見える状態だ。
(育て始めた最初はあんなにやせ細っていて弱々しい見た目だったのに、すっかり大人らしく……。)
また、15歳に成長するまでの間、ネメとトーイラは魔法や体術を練習するなど強くなる努力をし続けた結果、今ではこの周辺のモンスターなら魔法すら使わずに指先ひとつで倒せるまでになり、おそらくはゲームでのラストダンジョンに出現するモンスター相手でも、余裕で勝てると言っても過言ではないほどに強くなっていた。
(あんなに成長してくれて嬉しいけど、どうしてまださらに強くなろうと努力してるんだろう……。もう十分強いはずなんだけど……?)
2人が努力する理由が『ミノリを守りながら、3人で平穏に暮らすため』だという事をミノリは未だに知らないミノリ。
「それにしても私は全く成長してないなぁ……。転生前の自分ならびっくりするわ」
この9年もの間、流石にどこかしら変化するのではと少しは考えていたミノリだったが、相変わらず見た目に変化が出るような兆しは一切無く、転生した当初から身長体重はおろか皺ひとつ増えていない。
衣装は男たちに襲われてミノリの身体もろともボロボロになった事はあったが、ネメの回復魔法によって何故か衣装まで元通りになり、それ以来解れる事すら一度も無かった。
そして狩猟目的でこのあたりのモンスターを何百、何千とこの9年もの間に数多く倒してきたが、今以上にミノリが強くなる気配もない。どうやらゲームにおける経験値でレベルアップ的なものもミノリには適用されないようだった。
「……まぁ、多分私モンスターだからその関係ないんだろうね。でもこの姿割と気に入ってるし、このあたりのモンスターを倒すだけなら今のこの強さで全く問題ないから別にいいけど」
そろそろ考えるのが面倒になったミノリは頭の中で適当に結論づけてなあなあにしようとしたのだが、先程の自分の発言の中に一つ、おかしな箇所がある事に気がついた。
「……あれ? だけど私がモンスターだから、経験値でレベルアップみたいなのが適用されない為に強くならないとするなら……なんでネメはどんどん強くなっているんだろう……?」
トーイラは、ゲームでは一時的にではあるが仲間になるキャラだった為成長して強くなるのはわかる。しかし、ネメが仲間になる案はゲームでは最終的にボツとなっている為、仲間になる事が無い。
それを踏まえると、仲間にならないネメはただのザコモンスターであるミノリと同様に、成長して強くなることは無いか、せいぜいゲームで出てくる「闇の巫女ネメ」並みの強さで止まるはずなのだが、今のネメは明らかにそれ以上に強い。
一体どういう事なんだろうかと、ミノリは再び考え始めようとしたのだが、トーイラとネメお手製のご飯がちょうどできあがったようだ。
「ママー、できたよー!」
「快心の出来」
その声を聞くと同時に、ミノリは考えるのをやめ、食卓を見渡した。そこにはいつもよりも遥かに豪勢な料理が並んでいた。料理の腕もすっかり2人に抜かれてしまったようである。
「うわぁ、すごいごちそうだね。たはは……これならもう私が作らなくても2人に任せちゃってもいいんじゃ……」
そうミノリが冗談交じりに言うと、
「そんな事無いよー!ママのご飯は世界一!!」
「私たちがおかあさんにとって特別な存在なのだと感じるレベルのおいしさ」
真剣な目をしながら2人が言葉を返した。
(なるほど……つまり、2人にとって、私のご飯がおふくろの味って事になるのかな。私のご飯をそう思ってくれるの、ちょっぴり恥ずかしいけど……嬉しいな)
少し照れるミノリだった。
「ほらほらママ、早く食べてー! せっかく作ったご飯が冷めちゃうよー!」
「できたて一番」
娘たちにせかされたミノリは、それじゃ早速、と2人の料理を食べ始めた。
「うん、すっごくおいしいよ」
そのミノリの反応を見て、2人は『やったー!』と嬉しそうにハイタッチを交わした。
「ほらほら、私にばかり食べさせるんじゃなくネメもトーイラも一緒に食べよ」
「「はーい」」
ミノリの呼びかけに応じたネメとトーイラも椅子に座ると、3人は家族団欒の中で料理に手をつけていき、そして30分も経つ頃には食卓に並べられた皿はすっかり空っぽに。
「それじゃ、私たち後片付けするからママは休んでてねー」
「おかあさんは今日だけは働いたらダメ」
料理の片付けくらい自分が、と考えていたミノリだったが、2人に止められてしまった。それならば今日はもうとことん2人に任せる事にしたミノリは、そのまま休むことにした。すっかり至れり尽くせりである。
そのミノリを見てから、2人が片付けを始めようとしたが……。
「あ、でもその前に2人とも」
皿を片づけようとしていた2人をミノリが呼び止めた。そして……。
「……私ね、あの日、2人を引き取ってから今日まで頑張って育ててきて、慣れないこともあって、沢山失敗もしちゃったと思うけど……それでも2人が娘になってくれて、今日こうして祝ってくれてすごく嬉しい。
……今日は本当にありがとうね。2人とも大切な私の娘だよ」
普段であれば恥ずかしくて言えない気持ちをミノリは照れ隠しに頬をかきながら笑顔で2人に伝えた。その笑顔を見た2人はというと、ミノリの言葉に何故か固まっている。そして肩をわなわな震わせたかと思うと……。
「うん、私もママ大好き! ……あーもう! ママかわいい! 食べちゃいたいくらいかわいい!」
「私もおかあさんへの親愛で胸いっぱい。……おかあさんほんとかわいい。籠に閉じ込めて愛でたい」
ミノリにとっては一部予想外の反応が返ってきた。
(う、うーーん……? 愛されているのは分かるけど段々2人の愛が変な方向で重くなってきたような……?)
その反応にちょっと引きつつ、娘たちの将来が少しだけ心配になったミノリであった。
*****
──その夜、ミノリが寝入ったのを見計らって、ネメとトーイラが起き上がり、小声で話していた。
「……ネメ、そっちの方はどう?」
「感じる。もう時間は無さそう。トーイラの方は?」
「うん、こっちも。ここにいるのがとうとう気づかれたっぽいね」
どうやら、未だに諦めていなかった光と闇それぞれの使いが、とうとう2人の居場所に気がついてしまったようで、2人に対してこちらへ来いという念のような強い反応を送り続けている。
その念には今日までに2人を連れて行かなければ巫女としての役割を果たさせる事が出来なくなってしまう、だがそうはさせまいという思惑が込められているようにも感じられる。そしてその思惑には、果たせないと何かが崩壊してしまうような、強い焦りのようなものも含まれていた。
しかし、今の生活を手放したくはないネメとトーイラ。そう易々とそれに応じるはずがない。
「そうなると今日中につぶした方いいかも」
「そうだね。それじゃ行こっか。ネメ」
「うん」
全力で叩き潰す事にした2人。その為に今日まであんなに魔法だけでなく不得手だった体術も鍛えて強くなる努力をしていたのだ。その理由はもちろん……。
「「家族での平穏な生活のために」」
そう同時に声を出した2人はお互いの手を握りながら、家を抜け出し、光と闇の反応のする方へと歩き出……さなかった。忘れ物を取りに行くような感覚で家の中へと2人は戻り、眠っているミノリの前に立った。
「その前に、おかあさんが起きてこないように睡眠魔法を念入りにかけねば」
「そうだねー、私もママに麻痺魔法かけよう。起きてきて私たちを探しに来たら逆に困るから……。ママが起きる前には麻痺魔法解けるはずだし」
……ミノリの事を思っての行動なのだが、如何せん方向性が間違っている気もする。しかし2人はあまり気にせず、魔法をかけ終えるともう一度家から出て、今度こそ光と闇の反応のする方へと歩き出した。
*****
──その後、夜が明ける前に2人はボロボロになって帰ってきた。その様子から戦闘が激化していたと思われるが、2人の手それぞれには「もう二度と近づきません」と書かれた証文。
……どうやら戦いに勝ったようである。
「おわったね、トーイラ」
「ほんとー。つかれたね……。でもこれで……」
「「3人で安心して暮らせるね」」
その2人の言葉通り、それから光と闇の反応が現れることは無かった。そして、2人は戦いの疲れのあまり、見合いながら笑うとそのボロボロの姿のまま玄関で眠りこけてしまうのであった。
なお、当然ながら2人が夜の間にそんな戦闘をしていた事も、2人に睡眠魔法と麻痺魔法をかけられていた事も気づきもしないミノリ。朝になってボロボロになって寝ている2人を見て思わず悲鳴を上げ、一体何があったのか問い詰めたのだが……。
「昨日のママの言葉が嬉しくて2人とも眠れない程に嬉しくて興奮しちゃってー……、だから思い切り運動したくなっちゃったの。つまりママが原因だよ!」
「おかあさんの言葉が甘美すぎるのが悪い。魅了スキルすぎる」
そんな風に誤魔化されたあげく何故か自分のせいにされてしまい、思わずミノリは、
「どういう理屈!?」
頭の上に疑問符を浮かべながら叫ぶのであった。




