46. 6年と7ヶ月目 大空へ。
今日はシャルが宅配を持ってくる日。ミノリはいつものように一緒に来るかどうか2人に尋ねた。
「それじゃシャルから宅配受け取ってくるけど2人はどうする?一緒に行く?」
「あ、私行くー」
「随行」
いつもと同じように答えた2人は玄関へとやってきていそいそと靴をはき始めた。
最初の頃はミノリと2人きりにさせるのが嫌だったからという理由で一緒に来ていた2人だが、最近はシャルへの警戒心も緩くなり、例えるなら『道で会ったら挨拶する5軒程離れた近所の人』くらいの関係にはなってきているようだった。
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「こんにちはお姉様ー♪」
待ち合わせ場所にしている森の入口付近にミノリたちが着くと、今日もまたシャルが先に待っていた。ミノリたちの方が先に着いたのはシャルが怪我をした時ぐらいで、日によっては何時間も待っているようだ。シャルの愛が重い。
「シャルこんにちは、……本当にいつも先に来ているよね……」
「そりゃもうお姉様に会うためですもの。お姉様に会えるのを今か今かと待ちわびていました!」
「そ、そう……」
シャルの相変わらずな愛の重さに少し引くミノリだが、もうおなじみの事なので以前のようにドン引きするような事はなくなっていた。
「こんにちはシャルさん」
「やほ、ピンク」
「トーイラお嬢様とネメお嬢様もこんにちは」
シャルはトーイラとネメの挨拶を受けて、ニコリと挨拶を返した。出会った当初が嘘のように今ではすっかり普通に挨拶を交わしている。
……と、いつもならここでミノリがシャルから宅配を受け取って、暫く雑談した後で解散という流れなのだが、今日はいつもと違っていた。
「ねぇシャルさん。私シャルさんに聞きたいことがあるんだー」
同行していたトーイラが珍しくシャルに話しかけた。
「は、はい。な、なんでしょうか、トーイラお嬢様」
予想外だったのだろうか、シャルの質問に思わずおどおどしながら返事をするシャル。
「シャルさんって箒に乗って飛んでくるけど、あれって他の誰かも一緒に乗ることもできるの?」
「あ、はい。できますよ。といっても私ともう1人ぐらいですが……」
「ふーん……、そうなの」
その答えを聞いたトーイラは目をキラリと輝かせた。
「えっとー、そしたら私、シャルさんの後ろに乗せてもらって一緒に空飛びたいんだけどいいかなー?」
「空をですか? はい、別に構いませんよ?
……あ、でも空でコントロール失ったら地面に真っ逆さまですから結構危険ですけど……」
どうやらトーイラが今日ついてきたのはこの為だったらしい。
確かに、トーイラは多種多様な魔法を使えるものの飛行に関する魔法を使う様子がなかったので、箒で空を飛ぶシャルに興味を持ったのかもしれない。
ちなみにミノリは当然のこと、ネメも同様に飛行するような魔法を使うことが出来ない。
「あー、ごめんねシャル……。よかったらトーイラのお願い聞いてくれるかな……?」
「は、はい! お姉様の頼みなら喜んで!」
「それと、他人にはなるべく見つからないで欲しいから、あまり町側には行かないようにしてもらえるとありがたいかな」
「わっかりましたお姉様! それじゃ飛びますから絶対に手を離さないでくださいねトーイラお嬢様」
「はーい」
トーイラの返事を聞くと、すぐさまシャルは勢いよく空へと駆け上がった。高さは森の木々の2倍ほどで、地上にいるミノリたちからもトーイラのはしゃぐ声が聞こえてくる。
……それから5分ほど上空を周遊すると、満足したのか2人はゆっくりと降りてきた。
「あー楽しかった! ありがとうねシャルさん」
「あ、いえいえ。トーイラお嬢様に喜んでもらえるなら……」
珍しくトーイラにお礼を言われたのが嬉しかったのか、頬を掻きながら照れているシャル。するとネメがシャルの肩をぽんぽんと叩いた。
「ヘイピンク、次は私」
「えっ、ネメお嬢様もですか!?」
「……だめ?」
シャルの驚きを拒否と捉えたのだろうか、少し残念そうに俯くネメ。
「い、いえいえそんな事無いです! 喜んでお受けいたしますとも!」
鼻息荒くシャルが答えた。そして先程のトーイラと同様にネメもシャルの腰に手を回して、落ちないようにしっかりと抱きしめている。ただ先程と大きく異なる点があり、それは……。
「……ピンクなのに顔が真っ赤。ピンクだいじょぶ?」
「ひゃ、ひゃい!! 大丈夫ですよ!!」
ネメに指摘されるほどにシャルの顔が真っ赤になっている。想い人が後ろからしがみついているのだ。まあそうなるのも無理はない。
「ネメも気をつけて行ってきてね」
「ほいほい。それじゃピンク、れっつらごー」
「は、はいぃーー!!」
ネメの言葉を合図に、シャルはまるで逆バンジーの如く一気に上空へと飛び上がった。ネメはあまり騒がないタイプなので、トーイラの時と違い上空からは特に何も聞こえてこないが、それでも楽しそうにしているのを下から見ても感じられた。
暫くするとネメも満足したらしく地上へと降り立った。
「ありがとピンク」
ネメがお礼を言いながらシャルの頭をなでなですると、シャルの顔から視認できるレベルの湯気が一気に立ち上がって赤面し、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「い、いやぁ、えへへ……」
それはミノリすらも見たことがないほどにとても嬉しそうな表情で、恋する女の子を体現したような様相のシャルだった。その様子を見たトーイラは急に女の勘が冴え渡ったらしく、シャルとネメの関係に気がつき、ミノリにだけ聞こえるぐらいの小さな声でミノリに話しかけた。
「ママ、もしかしてシャルさんって……ネメの事……?」
「うん、そうらしいんだよね。以前、大怪我した時にネメに回復魔法で助けてもらってから、私へは敬愛、ネメには恋慕になったみたいなんだ」
「ふーん……あれ?」
ミノリから、そういう関係になったなれそめを聞いたトーイラだったが、ここで何かが変だと気がついたようだったが、ミノリにはそれが何かはわからなかった。
*****
「2人とも、満足した?」
「「うん!」」
「それは良かったねぇ。シャル、本当にありがとうね」
今まで2人をこんな風にして遊ばせてあげられなかった事もあって、ミノリもまたシャルにお礼を言った。するとシャルは何かを期待した顔をしてミノリを見ている。
それは『あと1人乗せてない人がいますよね』という顔だった。
「それでは次にお姉様もどうですか!? 私と一緒に空の旅しませんか!」
「私は別にいいや……」
「そんな!?」
実はミノリは高所恐怖症なのだ、よってシャルの『ミノリと空の旅』という願望はここでもろくも崩れ去るのであった。
*****
──シャルと別れて家に戻る途中、トーイラがこっそり探りを入れようとネメに尋ねた。
「……ねえ、ネメはシャルさんの事、どう思っているの?」
「どう、とは?」
トーイラの質問の意図がよくわからなかったネメは、質問を質問で返した。
「んー、ネメにとって、どういう存在なのか、とか、人間関係としてどういう立ち位置なのか、とか」
「……大きいペット?」
「…………そっかぁー」
残念シャル、ネメにとってはまだまだ愛玩動物レベルだった。
トーイラはネメのその答えを聞いて、ああこれはまだまだ時間かかりそうだなぁなんて思ってしまうのであった。
想いに気がついてもらえるまではまだまだ時間がかかりそうだ。がんばれシャル。




