45. 6年と5ヶ月目 朝の挨拶。
今日もいつものように朝ご飯の準備を終えたミノリ。しかし今日はいつもと違う。普段ならもう起きているはずのネメとトーイラがどちらもまだ眠っているのだ。
「そういえば昨日2人とも夜更かししてたもんなぁ。……起こしてこようかな」
そうつぶやくとミノリは、2人が眠っている寝室へと足を運んだ。
「ほーら2人とも。もう朝だよー」
ミノリは未だに眠っている2人に呼びかけたが、熟睡しきっているようで全く反応がない。揺すって起こそうとしたミノリだったが、ここでミノリにしては珍しくイタズラ心が芽生えた。
「うーん……あ、そうだ。それじゃまずはトーイラから……」
ミノリのイタズラ、それは『ほっぺにキスをして起こすこと』だった。前世では海外の挨拶がそれと聞いたぐらいで実際にはやったことがない。それを今ここで試そうとひらめいたのだ。
早速ミノリはトーイラの寝顔をのぞき込める位置に座り、少しずつほっぺに唇を近づけていった。
「ほーら、トーイラ朝だよー。……ん」
「!???!!?」
ミノリがトーイラの頬にキスをした瞬間、一気に覚醒したのかトーイラは目を見開き、条件反射のように体を跳ね上がらせた。
トーイラの驚きように、思わずミノリまでも驚いてしまった。
「こんなに反応が良いと私までびっくりだわ……。それじゃ次はネメ……。ネメも起きてー……ん」
「?!!!!?!?」
すると、ネメまでも先程のトーイラと同様に見たことのない速度でベッドの上に直立した。
「あはは……2人とも驚かせちゃってごめんね。でももう朝だから早く朝ご飯食べてね」
そう言いながらミノリは寝室を後にした。去り際に2人の顔を見たが、どちらも顔が真っ赤だった。驚かせすぎたのかなとミノリはちょっと反省したのであった。
「ねぇネメ。さっきのあれ、最高すぎない……!?」
「祝福の 鐘が 鳴り響いた」
「明日もあんな風に起こされたいね……」
「同意以外の選択肢が存在しない」
「それなら……」
「うむ……」
また明日もミノリのほっぺにキスをされたい2人は、なにやら企てているようだが、いつも間の悪いミノリはそれに気がつくことはなかった。
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次の日、また今日も2人は朝ご飯の時間になっても起きてこない。
「うーん、これは今日も起こしに行かないとダメかなぁ」
ミノリは昨日に引き続き、2人を起こしに寝室へと足を運んだ。
「ほーら、2人とも起きてー。……おや?」
しかしミノリは2人の表情が何かを期待しているように目をつぶっている姿から、2人が狸寝入りをしている事にすぐに気がついてしまった。
(ははーん、2人とも昨日と同じ挨拶をまた今日もされたいんだろうなぁ)
ミノリはそう察した。
「まぁ、ただのあいさつだから別にいいけど……」
そう小声でミノリがつぶやくと、まずはトーイラから起こすことにした。しかし今日のトーイラはキスをされるのがわかっているのか、ベッドの横からでは微妙に遠い位置に仰向けに寝ているため、頬にキスがしづらい。
仕方ないので、ミノリはベッドの上に乗り込むとトーイラの上で四つん這いになった。それは端から見るとミノリがトーイラを組み敷いているような体勢になっており、ミノリにしてみれば非常に恥ずかしい状態だった。
ミノリがなんとかほっぺにキスをすると、トーイラは目を開けた。
「まるで小さかった頃にママが読み聞かせてくれた白雪姫みたい……」
うっとりとした瞳でそうつぶやいたトーイラは、それはもう『キュンッ……』という効果音が聞こえてきそうな顔をしている。
なんとも恥ずかしくなってきたほっぺにキスをし終えたミノリはすぐさまトーイラの上から移動し、ネメの方へと向かった。ネメも同じように仰向けだったがこちらはベッドの端で、少しでも寝返りをうったら確実にベッドから落ちる位置だ。
「ほら、ネメも起きてー。……ん。……!?」
ミノリがネメのほっぺにキスをした瞬間、ネメはミノリが逃げないように腕を回してきた。まるで擬態したクモに捕らえられてしまった蝶のように身動きが取れないミノリ。そしてネメは、目を開けて潤んだ瞳でミノリにおねだりをしてきた。
「わんすもあほっぺちぅ」
「あ、ずるいネメ! 私も私もー!」
(ネメさんもトーイラさんも何度もせがむのは挨拶とは別の何かじゃありませんか?)
心の中で2人を何故か『さん』付けし、さらには敬語にまでなってしまったミノリは、今の状況を甚だ疑問に思うものの、かわいい娘たちのお願いとあっては断る事もできず、結局2人が満足するまでほっぺにキスをするのであった。
それから5回ほどミノリからほっぺにキスをされた2人は、すっかりご満悦という表情をしているのだが、何故かミノリを両サイドからがっちり掴んでいて離そうとはしない。
「あ、あのー2人とも?もうそろそろ朝ごはんを……」
「あとは私たちからママに挨拶のキスしていない……。いいよね、ママ?」
「これは挨拶だからセーフ。やっぱり挨拶、百回キスしても大丈夫」
そう笑顔で答える2人だが、その言葉にはねっとりとした感情がこもっており、何故か言いしれぬ恐怖感に襲われるミノリ。
「待って2人とも! なんだか目が血走ってるよ!?」
2人を落ち着かせようと孤軍奮闘するミノリだったが、抵抗むなしくミノリはこの後2人に何回もほっぺにキスをされてしまうのであった。
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「なんだか心が晴れ晴れー」
「最高の朝」
「そ……、そう……。よかったね……」
2人は満足した顔をしているのだが、一方のミノリは朝から何故かげっそりしてしまっている。そしてミノリは、ほっぺにキスをするという挨拶は不向きだったと判断したようだ。
「うーん……。ほっぺにキスして起こすのはもう封印しよう……」
それはあまりにも突然の終了宣言で、ものすごくショックを受けたような顔をする2人。
「えー!!!」
「無情」
有頂天になっていた気分から一転、天国から地獄へと真っ逆さまに突き落とされてしまった面持ちになってしまったトーイラとネメなのであった。




