39. 4年と6ヶ月目 寿命、ところにより恋慕。
会話の内容にR15をにおわせている箇所があります。
苦手な方はご注意ください。
ミノリがネメとトーイラを娘として育て始めて4年と半年が経過していた。間もなく目標だった2人が16歳になる10年までの折り返し地点となる。今のところ2人に対して脅威が訪れるような気配もなく子育ては順調だ。
しかし、その中でミノリはある不安が芽生え始めていた。それは……。
「私って……、寿命どれぐらいだろう……」
よくエルフは長寿だと言われたりするが、そもそもミノリは見た目だけがエルフで根本的にはモンスターだ。その為、ミノリはあとどれぐらい自分の寿命があるのか検討すらつかない。
(自分が2人を置いて先に逝くのか……それとも自分よりも先にネメとトーイラの方が……)
考えたくはない事だが、いつかはくるおしまいの日。特にミノリの方が先に……それもあと5年半以内に寿命が来るとなってしまえば一大事だ。2人が16歳になるまで育てるという目標に達せないのだから。
「この事を相談できるのは……シャルだけかな……。今日このあと宅配を受取に行くから、その時に聞いてみよう。……2人には聞かせたくないから今日はお留守番をしてもらおう」
流石に自分の寿命についてネメとトーイラに尋ねるわけにはいかない。万が一尋ねてみようものなら2人とも真っ青な顔になるだけだ。
そんなわけでミノリは同じ人型、それも女性型モンスターのシャルに宅配の受取がてら聞いてみることにした。
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「あ、お姉様ー♪」
いつもの場所にミノリが着くと今日もまたシャルが先に来て待っていたようだ。
「こんにちは、シャル。……今日も先に来ていたみたいだけどどれぐらい待っていたの?」
「3時間ぐらい前からですね!」
「愛が重い!!」
愛の重さについては一旦スルーすることにしたミノリは、先程の疑問をシャルに尋ねてみた。すると、普段なら残念美少女そのもののシャルが真面目な口調でミノリに話し出した。
「んー……、私もわからないんですよね。モンスターって大抵……天寿を全うする前に人間に殺されますから」
シャルの口から出てきたのは寿命以前の厳しい現実だった。
「ミノリお姉様もそうだと思いますけど、気がついたときにはもうこの地に立っていたんですよね。全く自分がわからないまま『自分がモンスターである事』、それと『人に出会したら襲いかからなければならないモンスターとしての本能』という2つの感覚だけは備わっていましたね」
シャルも気づいた時にはその姿でこの世界に立っていたようだが、ミノリのように前世の記憶があるわけではなさそうだ。
「だから、お姉様が人間の子供であるネメお嬢様とトーイラお嬢様を育てているというのには正直耳を疑いました。絶対にモンスターとしての本能が台頭してきて2人を襲うはずなのに」
「なるほど……だから私が2人を子育てをしていると聞いたときに驚いたんだね」
「えぇ、驚きと同時に……うらやましかったですね。変装して街に行くときもモンスターとしての本能を抑えるのが大変なのに、それが全く起きる様子も無く普通に接せられるお姉様が。
……あ! でも勿論今は違いますからね! 一旦屈服させられてしまうとその相手に対しては本能が出にくくなるんですよ! なので今ではお姉様の一家の犬として付き従う所存ですよ!」
「だから重いよ!?」
愛の重さにミノリは聞き流してしまったがナチュラルにネメとトーイラに対して『お嬢様』とつけたシャル。これはミノリ一家の侍従として身を捧げたい気持ちの表れだったのだが、残念ながらスルーしてしまったミノリに気づかれることはなかった。
「あ、あとそれとですね、モンスターって色々な種類いますよね。このあたりだと猪型とか狼型、鳥型にスライム型とか。
あれらは知性が無いも同然なので本能のままに自分が死ぬまで襲おうとするんですけど、知性があるタイプのモンスターだと逃げたり、命乞いしたりとなんとか生き残る方法を考えるんですよ。明日はあれしようこれしよう、と考えていた中で突然死ぬ恐怖に落とされるわけですから。
その中でも、ミノリお姉様や私みたいな女性型モンスターだと生き残る確率が比較的高くなるんですよね。見逃してくれるかわりに……その……色々と」
女性型モンスターは容姿が端麗であることが多く、ミノリもシャルも御多分に洩れずその類なのだが、それは生き残る可能性を上げるための生存戦略の一環だったようだ。
『色々』というのもなんとなくだが意味はミノリにも察せられる。なかにはその手段が全く通用しない相手や、その『色々』を味わった上で殺そうとしてくる相手もいるそうだが……。
「……だけど、時々思うんですよね。どうしてこんな風に生まれちゃったのかな……って。
もし、女性型モンスターじゃなくて、普通に人間の女の子として生まれていたら、きっとこんな苦労はしなくてすむのにって。
……すみません。長話をしてしまいました。そろそろ行きますねお姉様」
「あ、うん……。色々とありがとうね、シャル」
いつものおちゃらけたことばかり言って顔面崩壊している時とは打って変わってあまりにも切なそうに語ったシャルに、ミノリもただ相槌を返すことしかできなかった。
話を終えて飛び立とうと箒に手を掛けたシャルだったが、途中でその動作を止めて何か考え始めたようだ。そして何か決意したかのような顔をするとミノリの方へと戻ってきて、小声でミノリに聞こえるように耳元でささやいた。
「……あと女性型モンスターの場合は、見逃してくれたり助けてくれたりした相手に対して好意や恋慕を抱いたりする事もあるんですよ。結ばれる事は少ないですが……。
……だから、お姉様に呆れられたり、雑に扱われたりしていても、ネメお嬢様やトーイラお嬢様に刺々しい反応をされてしまっていても、……私がお姉様をお慕いする気持ちは本物です。
……それではまた、お姉様♪」
そう言い終わるやいなやすぐに飛んでしまい、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「……中身は残念だけど結構な美少女にあんなに真面目な顔でそんな事言われたら、そういった方面はよくわからない私でもドキッとしてしまうよ……」
先程の重たい言葉が脳裏に離れないまま、シャルの真面目な顔での告白を受けてしまったミノリ。複雑な心境が入り交じってしまい、気分は晴れないしため息まで出てきてしまうのに顔は赤面して、心臓はバクバク。
もうどういう顔をしているのか自分でも全くわからないミノリなのであった。




