35. 3年目 お花見。
「あ、なんだろうあの木。桜色の花を咲かしている」
朝の家事を終えたミノリが、シャルから宅配を受け取りに行く時間にもまだ早いからと、のんびり森の中をお散歩がてらフラフラ歩いていると、森の出口近くの一角が桜色の花で色づいているのに気がついた。
「見た目も桜っぽいけど……なんだろう。それにしても綺麗だなぁ……」
転生前の世界と似たような植物は多くあれど、やはりここは異世界でどれもこれも知らない植物だ。当然あの木も桜ではないだろう。しかしそれでも、桜色の花を咲かせた木を見るとつい目が釘付けになってしまうのは元日本人だからだろうか。
「あんな色の花を見ると、お花見したくなっちゃうんだよね。木の下にお弁当を広げて……」
残念、色より食の方が強かった。まさに花より団子少女ミノリ。
「そうだ。今日は天気もいいしみんなでお花見しよう。たまには外でご飯食べるのもいいよね」
そうと決めたミノリは、早速家に戻るとお弁当作りを始めた。
「ママもうお昼作ってるの?」
「せっかちさん?」
いつもよりもかなり早めにお昼を作り始めているミノリの事を不思議に思ったのだろう、トーイラとネメがミノリの両側に立つと、ミノリの事を見上げながら問いかけてきた。
「今日はね、お外でご飯食べようかなって思って準備始めていたんだ。森の中できれいな色の花を咲かせている木があったからそれを見ながらね。2人ともどう?」
2人にもお花見をしようとミノリが提案してみると、2人とも快諾した。
「いいよー! お花を見ながらお外でご飯どんな感じなのかなー」
「食で栄養。心にも栄養」
どうやら2人とも乗り気のようだ。それならみんなで一緒にお弁当を作ろうかとミノリが提案すると、これも快諾。3人は一緒にお弁当を作り始めた。作るものは持ち運びのしやすいサンドイッチやおにぎりなどだ。ここは異世界なのだから和洋が混淆していてもそれを気にする者など誰もいない。
その後、お弁当を作り終えた3人は、すぐさま外に出て先程ミノリが見つけた桜色の木の元へ。
「あれがそうだよ」
「うわぁ……、本当に綺麗だねー」
「絶景」
お弁当を広げようとしたまさにその時、ミノリは気がついてしまった。
「シャルがいる……。え、まだお昼前だよね……?早くない……?」
少なくとも宅配の時間までは1時間はある。なのにシャルが既にいつもの宅配の受取場所に立っていたのだ。しかし、どうにも不思議なことに、シャルもどうやらミノリに気がついているようなのだが、一向に近づいてくる気配がない。どうしたんだろう。
「ほうっておけばいいんじゃない?」
「こっちのピンクはよいピンク、あっちのピンクは悪ピンク。よし」
相変わらず2人には雑な扱いをされるシャル。ネメに至っては指差し呼称までしている。
「だめだよ2人とも……あとネメは人に指さしちゃダメだよ。ちょっとシャルも呼んでくるね」
「ママが言うなら……」
「むぅ……。了解」
2人とも渋々ながら了承してくれたようなので、ミノリは、シャルに近づきながら声を掛けた。
「おーい、シャルー」
「あ、お姉様~♪」
「……宅配の受取時間まであと1時間はあるけど……。どうしたの?」
「お慕いするお姉様のためなら1時間前行動は当たり前ですよぉ!!」
「なんだか重い!!」
いきなりの愛の重力攻撃に思わず叫んでしまうノリ。
「それはともかく……、今からお花見しながらご飯にしようと思ったんだけど、シャルもどう?」
「お姉様の手作りごはん!? 喜んで食べます!!! それこそお姉様が地面に投げ捨てたものd」
「だから重いよ!! 普通に食べて!」
シャルの連続重力攻撃をスルーしたミノリは、シャルの腕を取ってとっとと連れて行くことに。
……その最中「お姉様ってば強引……。でもそこが……」 みたいなよくわからない言葉が聞こえたような気がしたがミノリは一切聞かなかったことにした。
「こっちを見てたって事は気づいてたんだよね? 声ぐらい掛けてもいいのに」
一緒に桜色の木の元へ向かいながらそうミノリが言うと、シャルは 「うーん……」 と言いながら空いている方の手を口元に運んで悩み始めてしまった。
「えぇと、確かにお姉様の姿は見えていました。でも、何故か森の外からだとお姉様がいるなーぐらいにしか思えなくて、お姉様に誘われるまで入ろうという気持ちが起きなかったんですよね。どうしてなのかはわからないですけど……」
(なんでだろう……。ゲーム上でこの森に出現するのが私だけなのも関係していたりしてるのかな……? 3年過ごしてるけど確かに未だに森の中で私以外のモンスター見たことないし……)
シャルの発言が少し気にはなったが、2人を待たせているため考えるのはそこそこに切り上げたミノリ。
「2人とも、お待たせー」
「ママおそーい!早く食べよー! ……あとシャルさんも」
「よいピンクもお待ち。悪ピンクも早よ」
シャルに対してどういう反応をするかミノリは少し心配だったが、先日ネメがシャルに対して矢をわざと射った為にミノリに怒られてしまった後ろめたさもあるからだろうか、素っ気ないながらも普通に対応してくれたようだ。
「ほら、シャルも空いてるところに座って」
「いいえお姉様! お姉様が汚れてしまっては大変です! だから私がお姉様の椅子になりますからどうぞ私の背中に!」
そう言いながら大地に四つん這いになるシャル。愛の重さが先程から振り切りっぱなしになってしまっている。
「怖っ!? いや、そんな事しなくても普通にするだけでいいんだよシャル!?」
その反面、相変わらずぶっ飛んでいる思考のシャルについ本音を漏らしてしまったミノリ。
そんなシャルにとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのか、トーイラとネメは立ち上がるとシャルのお尻をゲシゲシと蹴り始めた。
「だからママを取るなこの泥棒猫ー!」
「蹴りたいおケツ」
「痛っ! ご、ご安心下さいお二人とも! 私は決してお姉様を取りません! 私はただお姉様の尻に敷かれたいだけなのです!!!」
「だから怖いよ!! あと2人ともシャルを蹴るのはやめてあげて!」
止めに入ったミノリだったが、2人とも本気で蹴っているわけではない事に気がついた。以前ならシャルを殺しかねない雰囲気すらあったのだが、今日はそこまでではなくどちらかというと嫉妬心の方に近いようだ。
(あー、これは私が取られると思ってヤキモチを焼いているのかな?)
今の状況は置いておくとして、成長しつつもまだ子供らしい一面もある2人に、なぜだかほっこりしてしまうミノリ。
……そして、すっかり花のことはそっちのけになってしまったが、なんだかんだ楽しい一時を過ごしたミノリたちなのであった。




