222. 17年と7ヶ月目 隣の家のぐらう゛ぃてぃ乳児。【挿絵あり】
本編中で貼る機会のなかったホプルの設定画を後書きに貼っています。
「あれ? ホプルちゃんが一人で歩いてる」
午前中にすべき家事を全て終えたミノリが暇つぶし目的でなんとなく森の中を一人当てもなく散歩していた時のこと。そろそろ冬支度を始めないとねー、といった事をぼんやり考えながら歩いていると対面方向からクロムカとザルソバの一人娘であるホプルが一人で歩いてくる姿がミノリの視界に入った。
「ザルソバさんもクロムカもいないし……うーん、どうしたんだろう」
まだ幼いどころか生まれてまだ数ヶ月しか経っていないホプルが母親であるザルソバやクロムカの同伴なしに歩いている、という事はもしかしたら2人に黙って出歩いているのかもしれないと少し心配したミノリは念のためホプルに声を掛ける事に決めた。
「こんにちはホプルちゃん、今日は一人でお散歩?」
「これはこれはお義祖母さまこんにちはー。あいあいー。ザルママは森のお外へお出かけしてクロママもお洗濯してて、暇だったからホプはふらふらと歩いてるのですー」
「お、お義祖母さまはまだちょっと早いんじゃないかな……?」
「いーえー。もう決まったことなのだからー。だってホプは絶対ノンちゃんと結婚するもんー」
ホプルはミノリの孫であるノゾミと非常に仲が良く、既にお互い将来を約束し合っている間柄である事はミノリも把握済みであるが、流石に義祖母と呼ぶには時期尚早にも程があると少し感じてしまう。
その為、義祖母認定についてやんわり否定しようとミノリは試みたのだが、ホプルには全く引く気配が無い。なんとも意志の固い乳児である。
ちなみにだがホプルが先ほど口にした『あいあいー』は肯定の事らしい。
「ま、まぁ、義祖母云々については今はいいとして……えっと、いうことはもしかしてホプルちゃんが一人で出歩いている事ってもしかして2人には話してなかったりする?」
「あいあいー。お散歩してたら少し飽きてきたので次はノンちゃんに会いに行こーって思ってたとこー」
今はいくらまだ早いと言っても聞く耳はもたないだろうとなんとなく察したミノリは否定することを諦め、ひとまず義祖母がどうのこうのについてこれ以上は触れないことにし、改めてホプルが一人歩きをしている事について尋ねると、どうやらミノリの予想通り、ホプルは誰にも何も言わずに一人で出歩いていたようである。
その為、ミノリはやんわりとホプルを窘めた。
「えーと、黙って出歩いちゃうのは流石に駄目だと思うよホプルちゃん。何も言わないで出てきたって事はザルソバさんもクロムカもホプルちゃんがどこに行ったのか知らないって事になるからホプルちゃんがいない事に2人が気づいたらすっごく心配するよ。だから一旦帰ろ? 私も一緒についていくから」
「あー……。むー、言われてみたら確かにママたちに悪い事したかもー。できたらノンちゃんとも会いたかったですけどママたちを心配させるのはよくないー。帰って謝らないとー」
「ノゾミと会うのはまた今度ね。よーし、それじゃそうと決めたら一緒におうちへ帰ろうね。転ばないように私と手をつなごうか」
「あいあいー」
こうして始まったミノリにとって初めてのホプルと行動を共にする時間。
……そしてミノリはこのわずかな時間の中でホプルが持つ愛の重さを思い知ることとなるである。
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「──そんな感じでホプは自分がホプだってクロムカママのお腹で気づいた時から、とても心地よい気配がどこからか伝わってくる感じがしていたのー。その気配がノンちゃんなんだよー。その時からホプはノンちゃんの事が大好きなのー」
「へぇ、そうなんだね。そういえばノゾミもホプルちゃんがまだクロムカのおなかの中にいた時に同じような事話していたね。友達になりたいって」
「えへへー、ノンちゃんもそう思ってくれてうれしいー。でもホプにはノンちゃんと友達以上になりたいんだよー」
ミノリとホプルが話していたのホプルが生まれてくる前の、まだクロムカのお腹にいた頃の話。既におぼろげに意識はあったらしいホプルはその頃からノゾミの事が好きになっていたようで、その事を聞いたミノリは『なんてノゾミは幸せ者なんだろうなぁ』などとうっかりのほほんと思ってしまったのだが……実際はそんな生やさしい感情ではなかった事に、この直後気づいていしまう。
「それでお義祖母さまー、ホプがノンちゃんと結婚するのはまだダメってことだけどー、もう少し早めてもらう事できないのー? まだダメでも通い妻にだったらもうなってもいーいー?」
「ぶふっ、か、通い妻!? い、いや、ホプルちゃん!? 流石に気が早すぎるよ!? 前にも話したけど、ザルソバさんとクロムカにとっても初めての子供なんだからまだ2人にとって初めての愛娘を甘やかさす期間ぐらい設けさせてあげてね!? ……というか通い妻なんて言葉一体どこで覚えたの……一応、通い妻もまだダメだよ……」
いきなりの早く結婚させろコールである。
「ということはノンちゃんと結婚できるのはやっぱりホプが大人になる16年後ー……むー。ホプは早くノンちゃんとどーせーせーかつを送りたいのにー」
「あははは……悪いけど我慢してね……」
人によっては婚約すると決まった後なら早めに一緒に住まわせてもいいと考える人がいるかもしれないがミノリはその点についてはあまり妥協したくない。その為にミノリはまだ早いだろうと、今思っている事を口にしたわけなのだが……。
「……もしかして、お義祖母さまは、ホプがノンちゃんと結婚することを……あんまり、よく……思って……ない?」
その途端、ホプルの口調が急に変わり、さらに周囲の空気が突然重たいものになったようにミノリは感じた。よく見ると表情も乳児でありながらあまりにも鬼気迫っているものへと変貌しかけている。
「!? い、いやそんな事は無いよ!!? 私個人としては2人が幸せになってくれること自体は大いに歓迎だよ!? ただあまりにも早すぎるし、大人になるまではそれぞれの両親にいっぱい甘えて育ってほしいなって思うだけだよ!? 多分ノゾミも母親のネメやシャルにそうするつもりだから!まだだよ、っていうだけだからね!?」
口調が全く間延びしなくなったと代わりに、0歳児ホプルの周囲に纏わり付くように表出してきてしまったどす黒く、重い感情。
ミノリはそんなホプルのどす黒感情に思わず中てられそうになりながらも本能的に今この状態が非常に危険なものだとすぐに察知し、慌てながらホプルがミノリに対して抱いている疑惑を否定して、逆に喜ばしく思っていることを告げることでそのどす黒感情を抑えようと試みた。
「……そうなの?」
一瞬だけホプルの周囲に渦巻いていた重い空気が和らいだ、そうミノリは判断し、ホッと安堵したのだが……残念ながらその和らいだ空気は一瞬だけであった。
「ただね、ノンちゃんは……お義祖母さまに対しても家族としての愛情以上のものを抱えている気がするの……ノンちゃんのそういった愛情は全部ホプに向けてほしいのに…」
「ひっ!?」
(あ! 今度は私に嫉妬し始めてる!?)
ホプルはなんとミノリにまで嫉妬心を持ってしまったようで、まるで闇墜ちしかけているかのように再びホプルの周囲には非常に重い空気が纏わり付き始めていた。よく見たら瞳にはハイライトもなく完全に闇堕ち状態である。
「違うからねホプルちゃん! それはただの祖母と孫の関係だからね!? 恋愛感情みたいなものは一切無いからね!」
「……わかってるよー、ごめんねお義祖母さまー。ちょっと小粋な乳児ジョークなんだよー」
焦りながらもミノリがなんとか弁明すると、謎の『間』があった後で、先ほどまであんなに激重な空気であったのが嘘であるかのようにホプル周りの空気が急に穏やかなものへと激変した。
どうやら先程の言葉はホプルなりの冗談だったようなのだが……それも束の間、周囲の空気が一瞬にして再び重くなる。
「ただ……ホプとノンちゃんの関係を本当に邪魔しようとした時には……絶対にホプ、許さないからね。たとえそれがノンちゃんにとって“らいく”なひとたちであっても。それだけホプのノンちゃんへの“らぶ”は重いんだよ」
「う、うん、ダイジョウブデス……ワタシ、ナニモシマセンカラ……」
愛が重すぎる故に圧倒的な重力をまとうこの乳児ホプルに対して、恐怖心が平常心に勝ってしまったミノリはもうホプルに対して片言丁寧語でしか言葉を返すことしかできないのであった。
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「──あ、クロムカ。ホプルちゃんが一人で森の中歩いていたから連れてきたよ……。ちゃんと見てた方がいいよ……」
「へ!? あ、ごめんなさいですのミノリさま!! もう、ホプルちゃん! 一人で出歩いちゃ駄目ですの」
「あいあいあー、ごめんねークロママー」
「それじゃ、私はこれで帰るね……」
「あ、はいですの。それではミノリさま、またですのー」
「ばいばーい、お義祖母さまー」
その後、クロムカに無事ホプルを引き渡す事ができたミノリは、2人が家の中に入るのを見てから踵を返して自宅へと向かうさなか、独り言ちる。
「いや……なんというかすっごい冷や汗かいた……もしかしたらザルソバさんの前で自分がモンスターだと明かした時や結婚式に行った時以上に緊張したかも……というか、なんだか私の周りって、こう……重たい感情ばかり持っている子がいっぱいいるような気が……」
何故か自分の周りは娘たち含めて大きな爆弾を抱えているような子ばかりが勢揃いしているようにしか思えてならないミノリ。
それらの感情は当人たちが生来持っていた性分でもあるのだが、全員が全員その方向へ舵取りをしてしまったのは確実にミノリが原因の一端を担っているであろう。しかし……。
(まぁ、でも、みんななんだかんだ幸せそうだから子育てに失敗したとかは全く思っていないんだけどね)
それに対して全く後悔はしていないミノリはまぁいいやと気持ちを切り替え、自宅へと向かうのであった。
(ただ、みんなの時もそうだけどあの重い空気だけは今後も慣れない気がする……)
……新たな悩みを一つ増やしながら。
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「あ、おばーちゃんおかえりー!! ……あれ、どうしたの? なんだか汗びっしょり」
ミノリの帰宅に気づき、うれしそうにお菓子を片手に駆け寄るノゾミ。
「あ、ノゾミ。ただいま。……えっとね、ノゾミ。ホプルちゃんのこと、大人になったらいっぱい愛してあげてね」
「?? うん、ノゾはホプルちゃんと結婚するから愛するし、今も大好きだよ?」
「そう、それはよかった……。えっと、私少し横になるね。なんだか疲れちゃった……」
「? はーい、おばーちゃんお休みー!」
ただ散歩に出歩いただけなのに心労が一気にたまってしまったミノリはお昼までの間、少し横になることにしようと決めて帰ってくるなり寝室へと向かった。
(まぁ、軽く仮眠すればいいかな。はぁ……あれ、そういえばノゾミがさっき持っていたお菓子。どう見ても私が元いた世界のものなんだけど……。あんなお菓子、買ったっけ? まぁいいっか……今は何も考えたくない……)
寝室へ向かう途中、先ほど言葉を交わしたノゾミが手にしていたお菓子に対して違和感をミノリは覚えたのだが、ホプルのどす黒感情に中てられてしまいすっかり疲労困憊してしまっていた為についうっかりその事をスルーしてしまった。
そして寝室へ向かうミノリの背中を見送るノゾミはというと、ふと自分が手にしているお菓子を見て何かに気づき、内心で慌てながらもミノリに気づかれないよう平静を装っていた。
(……あ、しまった! これ、タカネおばーちゃんにこないだ会ったときにもらったお菓子だった……よかった、おばーちゃん気づかなくて……。気づかれてたら絶対おばーちゃんに怒られてた……)
ミノリが先ほど覚えた違和感は正しく、ノゾミが手にしていたお菓子は秋穂の結婚式に行った際に買ったお菓子ではなくその後で発売されたものなのである。
それはつまりノゾミがミノリとの約束を破って向こうの世界に行っているという事実にあたるのだが、うっかりミノリはスルーしてしまった上、今日の出来事のインパクトが強すぎたせいですっかり忘却してしまい、結局ミノリがその事実に気づくのはもう少し後の事となってしまうのであった。




