221. 15年と9ヶ月目 ノゾミが欲しいもの
お久しぶりです。
ミノリさんの続きの構想ができたのですが早くても来年春まで暫く取り掛かる事が厳しい状況の為、こぼれ話を不定期に投稿したいと思います。
「お母さん、可及的要解決事項あり」
「んー、どうしたのネメ?」
春にネメとシャルの間に待望の娘であるノゾミが生まれた年の冬。
少し困った様子のミノリの次女ネメが相変わらず独特な言葉遣いでミノリに尋ねてきた。
「私とトーイラが幼く無力な少女期だった冬の頃に、お母さんが施してくれた冬の贈り物をノゾミに贈呈したく」
「えーっと……あ、クリスマスプレゼントのこと?」
「ざっつらいと」
今ミノリたちが暮らすこの世界は前世とは異なる世界である以上、当然ながらこちらの世界にはクリスマスが存在しない。しかしそれでもミノリがトーイラとネメという大切な娘たちの為に何か贈り物をしたくて始めたクリスマスプレゼント。
その際、クリスマスプレゼントは子供である2人へのお祝いという体としていた為、こちらの世界での成人である16歳を迎えたトーイラとネメにクリスマスプレゼントを渡すことはもうなくなっていたが、三女であるリラはまだ未成年。その為プレゼント自体は今も継続中である。
「今年はネメもお母さんになったからそれをやりたい……ということなんだよね?」
「御意、あの時の感動をノゾミにも分け与えたく。贈り物を受諾するノゾミの破顔によって私とシャルも莞爾というお互いに満足のいく結果になると堅実な予想」
そして今年はノゾミが初めて迎える冬。だからこそ母親となったネメはかつてミノリが自分たちにしてくれたことを今度は自分がノゾミに行いたくなったのであろう。
確かにこうしたプレゼントは親であることの特権。愛娘の喜ぶ顔が見たいとなれば当然実践したい、だからこそこうしてミノリへ事前に相談をしたわけである。
「ちなみにお母さんが私たちへのプレゼントを決めた采配は如何に」
「えっとー……初めてのクリスマスプレゼントは確か二人が今も身に着けてくれている髪飾りだったよね? 初めてという事で頑張ってキテタイハに買いに行ったよ」
この世界においてミノリが6歳だったネメとトーイラへ渡した初めてのクリスマスプレゼント、それは二人が今も身に着けている太陽の形の髪飾りと月の形の髪飾りである。当時はまだ人間に顔を見られた瞬間、モンスターだと恐れられ運が悪ければその場で討伐されていた可能性もあったという死と隣り合わせの頃であったが、それでもミノリは大切な娘たちのために顔を隠して買いに行ったのである。
その髪飾りを2人は大切な宝物として今も身に着けているのだが流石に15年という歳月が経っている事もあって若干くたびれているようにも見え、いい加減新しい髪飾りに変えてもいいのではと内心思ったりもするミノリなのだが、ミノリ狂信者状態を長年続けているトーイラとネメがそれに素直に従うとは到底思えない為、ミノリもそのままにしている。
「あの時はサプライズという事で2人には内緒で買って、結果的に2人が満足してくれたから良かったけど、がっかりされる事もあるから結局はノゾミが欲しいと思っているものが一番いいと思うよ。クリスマスプレゼントは何が欲しいかって子供に聞くときもあるしね」
「ふむふむ。確かにお母さんの話は至極当然。しかし私としてあの頃私とトーイラが味わった震天動地の感覚をノゾミにも分け与えてあげたい故にサプライズは必至。しかしノゾミは聡い。プレゼントについて聞いた途端感づかれる可能性も否めない」
ノゾミは今年生まれたばかりであるが妙に勘がいいどころか5歳児並の知能を既に有している。確かに迂闊にミノリやネメが直接ノゾミに聞いてしまえばその途端に感づかれてしまう可能性が否めない。
「うーん、ネメが言うように確かに……でもどうしよう。多分シャルを介してでも気づかれそう……というかシャルの場合はノゾミの圧に押されてうっかりポロっと言ってしまいそうだし」
2人がどうしたらいいのかと悩んでいると……助け船が現れた。
「んー、ネメおねーちゃん。そしたらあたしが聞いてみる? 多分あたしだったらそういった事に気づかれないと思うの。あ、ごめんね2人の話に割って入っちゃって」
「あ、リラ。なるほど……確かにリラならすんなり教えてくれるかも」
そこへ現れたのはリラ。
リラはノゾミとは当然血は繋がっていないもののノゾミの叔母であり、家族内ではノゾミの姉という立ち位置を確立している。ノゾミにとってもリラに対してであれば、何か裏があるのではと勘繰られる事もなくもらって嬉しいと思っているものをすんなり教えてくれるに違いない。
「うん、リラに任せるのが一番いいと思うけど、ネメはどう思う?」
「最適任で最適解」
ミノリがそれでいいかと尋ねるとネメも同意見らしく、即座に頷いた。
「それじゃ、近いうちにそれとなく尋いてみるね。」
「お願いね、リラ」
「リラに信託」
というわけで今ここに『ノゾミへのサプライズプレゼント』の為の、リラによる極秘ミッションが幕を下ろしたのである。
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「──あ、そうだ。ちょっとノゾミちゃんに聞いてみたいんだけどノゾミちゃんがもらって今一番嬉しいものといったら何かな?」
「ノゾの嬉しいもの?」
「うん、ノゾミちゃんの事をあたし、もっと知りたくて。だから教えてくれると嬉しいな」
家族全員での夕食後のお風呂までの空き時間、ノゾミに読み聞かせをしていたリラは、読み聞かせを終えてちょっとした雑談をノゾミとしている時にそれとなく極秘ミッションを開始した。
突然のリラの質問にノゾミは2,3度目を瞬かせた後、少し間を開けてからリラに問い返す。
「うーん……本当に何でもいいの?」
「うん、何でもいいよ」
少し考えた様子のノゾミだったが、何でもいいというリラの言葉に押されて、ついに一番欲しいものを口にした。 いや、確かにしたのだが……。
「えっとね、ノゾがもらって一番嬉しいものはねー……、おばあちゃんのおへそを眺めてたいから、おばーちゃんのおへそが一番かなー」
「ふーん、へそなんだねー……って、臍!?」
一瞬流しかけたが、予想外の言葉がノゾミの口から出た事で思わず二度、臍を口にするリラ。
そんなリラに対してノゾミは満面の笑みで言葉を続ける。
「うん! 『おばあちゃんのおへそは至高の一品』ってネメママが言ってて、ノゾもそう思うの。おばあちゃんはいつもおへそ出してるから見放題触り放題だけど、あのおへそをね、常にノゾの手元にも置いておきたいの。だから、おばーちゃんのおへそ欲しいの!」
「……そ、そうなんだ。あと別に触り放題じゃないと思うよ……?」
まさかミノリの臍が欲しいだなんて思っても見なかったリラは、相槌を打ちつつ触り放題を否定するのが精一杯なのであった。
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「──というわけで、ノゾミちゃんが欲しいといったのは……かーさまのおへそ……多分だけどおへそを模ったものでいいんだと思うけど……えっと……どうするのかーさま? 本当にそれをノゾミちゃんにあげるの?」
「……」
ノゾミが欲しいものをリラが聞いてから数時間後、ノゾミがネメ達と共に寝室へ向かった後で、リラはミノリにノゾミが今一番もらって嬉しいものを伝えた。
すごく言いづらそうな顔をしながらもノゾミが欲しいものを伝えるリラの言葉を聞いたミノリはというと、矢張りというかなんというか……絶句してしまっている。
(孫になんちゅう教育してるんだネメってば……どうしよう、すごく頭が痛くなってきた)
ミノリは一人頭を抱えてしまったのであった。
その後、結局クリスマスプレゼントはどうしたのかというと、ノゾミの要望は不採択として、シャルが編んだ手袋とマフラーに落ち着いたわけなのだが、それはそれでノゾミは大喜びだったのでとりあえずよしということにするミノリ。
しかし……。
(でもこれって、近い将来、私のお臍のレプリカをノゾミが欲しがる可能性が非常に高いってことだよね……うーーーん……どうしたらいいんだろう……)
その不安がミノリの頭から消える事は無かったのであった。




