218. 17年と4ヶ月目⑨ じゃあね。
分けるのが難しい場面だった為、1万字と長めになります。
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「あ、秋穂……どうしてこっちにいるの? もう結婚式も終わったからこっちには戻ってこないはずじゃ……それに披露宴の後は二次会とか三次会あるはずだよね? そっちには出なくていいの?」
秋穂の結婚式に出席するため、転生先の世界からこちらの世界へやってきたミノリたち。 式も無事終わり、返し忘れていた鍵を実家の郵便受けに入れてミノリ人形も回収したことであとはもう帰るだけとなったのだが……その場に何故か秋穂が現れ、慌てたようにミノリを引き留めた。
しかし秋穂は本来ならもうここにいるはずがない。それがどうしてここにいるかミノリが呟くと秋穂はその理由を話し始める。
「二次会は終わってこのあとは三次会だけど、二次会が予定よりも早く終わって空き時間ができたからこうして戻ってきたんだよ。だからこの後すぐに戻るつもり……というかお姉ちゃん! まだお姉ちゃんに別れの挨拶言ってないよ!! お姉ちゃんのことだから黙って帰っちゃうつもりだったんでしょ!
……そんなのやめてよ、急にいなくならないでよ……。式が終わった後でお姉ちゃん達が真っ先にエレベーターに乗っちゃったのが見えたから、すぐ帰っちゃうんじゃないかと二次会の間は気が気じゃなかったんだから……」
「で、でもちゃんと秋穂には話していたよね? これで最後だって……」
「確かに、確かにそうだけどさおねえちゃん! でも、お姉ちゃんは私だけじゃなくてほかにも色々言わなくちゃいけない相手がいるでしょ! だからこうして連れてきたんだよ!」
「ほかに……ってまさか……あ!」
ミノリはこの時になって漸く車の中にまだ誰かが載っている事に気がついた。
そして車の中にいた人物たちも驚いたミノリの顔を見て出てきてもいいと判断したらしく車の両方のドアを開き、その片方からタカネが出てきたのだ。
しかし……もう一方のドアは開いたきり誰も出てこない。タカネは車のトランクを開けて車椅子を取り出すと急いで座れるように広げてからもう片方のドアに向かって車内にいる人物に呼び掛けた。
「はいあなた、早く車椅子に乗って! みんな待ってるでしょ!」
「わかってるわかってるってタカネ、そんなに焦らせないでくれってば」
タカネの呼びかけに応じて車内から出てきたのは核熙で、車椅子に乗り込むとタカネはすごい勢いで車椅子を押しながらミノリ達の元へ駆け寄ってきた。
「いやぁ待たせてすまないね。こんな怪我してなかったらもっと早く出てこられたんだが……」
「本当にですよ核熙さん、なんでこんな大事な時期に花壇作ろうとするんですか全く……さて、核熙さんの事は別にいいとして……やっぱりあなた、穂里よね?」
「そうなんだろ? 穂里」
「!!」
その反応を見る限り、タカネも核熙もミノリのことを17年前に他界した自分たちの娘である『穂里』だとハッキリ認識しているようだ。しかしその問いに素直に認めてしまってもいいのか、ミノリは言い知れぬ不安に襲われてしまった。
(どうしよう、これで『はい』って答えても『やっぱり違う、穂里じゃない。嘘つくな』って手のひらを返されるように言われたら……怖い……)
「……」
不安な気持ちがますます大きくなってしまい、何も答えられずにいるミノリ。そんなミノリの沈痛そうな感情が顔に出てしまったのに気づいたのかタカネとサネヒロは柔和な表情をつくりながら優しい声色でミノリに話しかける。
「……大丈夫よ。私たちは論う為に聞いていいるのじゃないから落ち着いて答えてちょうだい穂里。確かに姿が全然違うのもあるから、正直に答えた後で再び疑われてしまったらと思うと怖い気持ちでいっぱいになるのもわかるわ。……だけどあなたが私たちの娘だった穂里だっていうことはもうわかっているから」
「そうだぞ穂里、というか……私たちはもう確信しているのに、ここで違うって否定されたら逆に悲しくなるよ」
「……」
本当にいいの? 私があなたたちの娘の穂里だって正直に伝えてもいいの? その考えが逡巡してしまい、やっぱり何も口に出せないミノリが秋穂に視線を向けると『肯定して』と言わんばかりに自信に満ちた表情で両手を胸元で握りしめている。
(秋穂……うん、わかった。私、正直に話すよ)
そんな秋穂の表情に背中を押された気持ちになったのか、ミノリは決心し、正直に打ち明ける事に決めた。
「……はい。私はお母さんたちの娘で秋穂の姉で、17年前に死んだ……穂里の生まれ変わりです」
「あぁ……穂里、やっぱり穂里なのね! 会いたかった……会いたかったわ!!」
「俺もだよ穂里。元気そうでよかったよ……」
ミノリが自分が穂里の転生した身だと明かしたその瞬間、タカネは瞳を潤ませながらミノリを抱きしめ、核熙もまたミノリの腕を取って体を震わせながら下を向いた。おそらくサネヒロは涙を見せたくないのだろう。
それにつられるようにミノリの瞳にも涙が浮かび始めた。
(嬉しい、お母さんとお父さんに自分が、穂里だってわかってもらえて……だけど、なんですぐに私が穂里だと気づいてくれたの……?)
抱きしめてくれたタカネのことを抱き返しながら、喜びで胸がいっぱいに、涙でタカネの服の肩部分を濡らしていく一方、何故2人は迷うことなく自分のことを穂里だと認められたのか。それがただただ不思議なミノリは思わず尋ねるように口を開いた。
「ね、ねぇ秋穂、なんでお父さんとお母さん、私が穂里だとわかっていたの……?」
「えっと……ごめんお姉ちゃん。実は前にお姉ちゃんが来たその日のうちに電話口で話しちゃったんだよ……ね」
「え、なんで話しちゃったの!? 内緒でって言ったよね!?」
なんと秋穂はミノリと再会したその日の両親に話してしまっていたのだ。約束をあっさり反故にした事を申し訳なさそうに秋穂が頭を掻きながらミノリの問いに答えた。
「いやぁ、お姉ちゃんと再会した日って自分の私物を取りに行っただけだったんだけど、あの時お姉ちゃんに貸したのものの中にお母さんたちの私物も結構混ざっていたんだよね。それこそ今のお姉ちゃんの姿そっくりの人形とか。いろんなものを持っていきすぎたものだから流石にお母さんに色々聞かれたんだよね。その時うっかり口を滑らせて……。
あ、ちなみにだけどノゾミちゃんとリラちゃんも式の前にミノリさんがお姉ちゃんの転生した姿だって 話しちゃっていたよ」
「へ!? そうなの!?」
なんと口を滑らせたのは秋穂だけではなく、リラたちもだったそうだ。その事実を今知ったミノリは思わず驚いて2人に視線を向けると、二人は申し訳なさそうにミノリに謝り出す。
「えっと、黙っててごめんなさいかーさま。実はあたしとノゾミちゃんも、かーさまがそうだって話しちゃったの。タカネおばーちゃんにいっぱい質問された時に……」
「ノゾも……おばーちゃんには内緒にするから正直に教えてって言われたから話しちゃった……。ノゾのおばーちゃんはおばーちゃんの娘だからノゾにとってタカネおばーちゃんはひいおばーちゃんだよって。でもノゾたちの話を聞いた時は手を口に当てて『本当なのかしら』って考え込んでたよ」
しかし式が始まる前までは、やはり秋穂やノゾミの話を聞いてもやはりタカネたちは半信半疑だったらしい。では一体いつ自分が穂里だとわかったのだろうかとミノリが考えようとする間もなくその答えを秋穂が切り出した。
「うん、ノゾミちゃんが言うように最初は2人も疑っていたよ。それに私もお母さんからも『あんただまされてるよ』って言われたもの。
だけどお父さんがね、私の結婚式に出席するのであればその時の様子を見て本当にお姉ちゃんの生まれ変わりなのかどうかこの目で見てから判断したいって言って……実は結婚式が行われている間、お母さんもお父さんもお姉ちゃんの事を観察していたんだよ。
まぁ2人ともすぐにお姉ちゃんだって気がついたみたいだけど」
結婚式の最中、ミノリが気づく気づかないにかかわらず、タカネたちは何度もミノリに視線を向けている場面が幾度となくあったのだが、それは『本当にミノリが本当に自分たちの娘である穂里なのかどうか』を見極めるためのものだった。
そしてタカネたちは割と早い段階でミノリが穂里だと確信していた。
「当たり前でしょ穂里、何年私たちがあんたの親をやってきたと思ってるの。確かに外見はかなり違っているけどそれ以外は穂里がよくする行動そのものだったから、あなたが穂里だとすぐに実感したわ」
「だよな、どう考えても穂里の生まれ変わりとしか考えられなかったよ」
「そ、そんなにすぐにわかっちゃうものなの!?」
見た目が全く違うのに自分が穂里だと気づいたという2人の発言に驚きを隠せないミノリだったが、秋穂もまた両親と同様の考えらしい。
「……私も最初、お姉ちゃんの方から『自分が穂里だ』って話してきたからつい狐疑しちゃって、お姉ちゃんに『お姉ちゃんである証明』を見せてと言って、最終的にお姉ちゃんに遠野物語の語り部までやらせちゃったけど……私もすぐに『お姉ちゃん』だって理解できていたもの。
喋り方、笑い方、驚き方、歩き方、あらゆる仕種が記憶にあるお姉ちゃんそのまんまだって。
妹の私ですらそれぐらい気づくんだからお姉ちゃんが生まれた時からお姉ちゃんのことを見てきたお父さんとお母さんが気づかないはずないでしょ」
意外とみんなに細かいところまで観察されていたミノリ。
「だ、だけど似ている人なんて探せばどこかにはいるかもしれないでしょ……それなのに会ってすぐに信じるのは……」
むしろミノリの方が何故両親が全く疑わないのか疑問に思ってしまったようで、ついそのように口走ってしまったが、決定打となる行動を自分がしていた事にミノリはこの後の秋穂の言葉で気づいてしまう。
「あとね、私だけでなくお父さんとお母さんにとっても決定打となったのは私が感謝の手紙を読み終えてからアドリブでお姉ちゃんへの感謝の気持ちを話している時の反応ね。
他の人たちはがお姉ちゃんの話を聞いて、『死んでしまった大切な姉』への届かない想いに対してせいぜいホロリと涙が出て軽く目元を押さえたりハンカチでぬぐうぐらいだったのにお姉ちゃんってば一人だけ大泣きしていたんだもの。
そんな人、当事者である私のお姉ちゃん以外に誰がいるの?というか他に来ていた人たちは私の方を向いて話を聞いていたから気づいてなかったけど、お母さんたちはお姉ちゃんが本当にお姉ちゃんなのかを見極めるために何度も見ていたからその姿をバッチリ見ていたし」
「うぇっ!? あ、あー……そっか、それを見られていたんなら……納得するよね」
トーイラとネメに背中をさすられるほどの大泣き。確かにあんなに大泣きしてしまうのは名指しされた当人以外ありえないだろう。
そんな秋穂の言葉で、ミノリもようやく両親が自分が穂里だと理解してくれたと実感することができた。
「穂里……今のあなたの体は生まれ変わった身だって聞いているから、私たちと血のつながりはもう無いってことも秋穂から既に話は聞いているわ。
だけど、それでも私たちにとってはあなたも大事な娘の一人なの……だからあなたの顔、よく見せてくれる? 確か長い耳を隠しているのよね?」
「……うん」
そしてミノリはタカネの要望に応えるように今まで髪の毛に隠していた長いエルフ耳を露わにした。
「あらぁ、本当に長い耳。ピコピコ動くのね」
「ファンタジーって感じがしていいな……」
「も、もう2人とも……そんな風に言われると恥ずかしいから……」
自分の意思とは無関係に動いたりするエルフ耳を両親にじっと見つめられたり、ちょいちょいと触られたりして思わず赤面してしまうミノリ。そんなミノリに対して2人は矢継ぎ早に質問をいろいろ投げかける。
「そういえば穂里には娘がいっぱいいるけど……もう結婚してるの?」
「……ううん、してないよ。この子たちは町を追放されたり幽閉された場所から逃げたりしていた子で保護して娘にしたんだ。トーイラとネメは6歳の頃に保護したからもう17年経ってもう23歳で……ここまで立派に、大きく育ってくれたんだよ」
ミノリの言葉を聞いて両親はトーイラとネメに視線を向ける。トーイラとネメは突然タカネたちに注目されたことに驚いたような顔をしたが、タカネたちの視線が優しく柔らかいものだとすぐ気づき、すぐに緊張を解いた。
「……一人でいっぱいがんばってきたのね、穂里」
「本当にな……いくら穂里が世話好きだったとはいえ幼い子供をここまで育て上げるのはかなり大変だったろう」
優しくミノリの頭をなでてくれるタカネと核熙。そんな両親の優しい感情が直に感じたミノリは今日何度目になるかわからない涙を再びポロポロと流し始める。
「うん、私、がんばったよ。……それと、ごめんなさい、ごめんなさいお母さん、お父さん……私、死んじゃって……いっぱい悲しませたよね。私が立派に大人になってがんばったりするところとか今日の秋穂みたいに花嫁衣装を着るところとか、見たかったよね。ごめんなさい……叶えさせてあげること、できなくて……」
「お前が謝ることは無いよ、穂里。こちらこそすまなかった……」
「サネヒロさんのいうとおりよ穂里。むしろあの日、強引にでも留守番をすると言ったあなたを旅行に連れて行けば良かったってずっと後悔していたんだから……そうすればあなたは死なないで済んだはずなのに。
……だけど穂里が死んで生まれ変わった事で、今のあなたの娘たちの幸せがあるって考えたらずっと抱えていた後悔が吹き飛んだわ。後ろにいるあなたの娘たちの顔を見ていればすぐにわかるもの」
タカネの言葉にミノリが振り返ると、そこにはミノリを見て微笑むトーイラとネメ、リラ、シャル、そしてノゾミの姿。
タカネが話すように、みんなミノリがいなかったら死ぬ運命しか無かった存在でノゾミにいたっては生まれる事すらできなかった。ミノリがいたからこそ生き永らえることができ、こうして全員がとても幸せそうに微笑んでいられることができるのだ。
「うん……あの子たちが幸せになってくれることが私にとっての幸せの証そのものなんんだ。だけど心残りがこっちの世界にあって、それこそが秋穂にとって最高に幸せな日になる花嫁姿を見る事で、今日はきちんとこの心残りにケリをつける為に来たんだよ。それも今日終える事ができたからこれでキッチリこっちの世界とのけじめがついたかなって……」
ミノリがそう口にすると、タカネは抱きしめるのをやめて身体を離した上で少し寂しそうに言葉を続ける。
「そんな大切なものをあっちの世界でたくさん抱えてしまった穂里の事だから、もうこっちには留まってくれなくて……やっぱり帰っちゃうのよね……」
「うん……ごめんねお母さん、お父さん。もう私はこっちの世界じゃ死んじゃった事になっているからもう私の居場所なんてどこにも無いんだ。
だけどあっちの世界ではこうして新しい家族と仲良く暮らせているから……本当幸せだよ」
「そう……穂里の事だから一度決めたらその考えを変える気はないのよね……わかったわ。ちょっと待ってなさい」
するとタカネが家に戻ったかと思うと、長い何かを手にしながらすぐに戻ってきた。
「あ、それって……」
タカネが手にしていたものにミノリは見覚えがある。それは高校生だった頃の自分がよく使っていて、さらに先日秋穂と再会して家に招かれた日にも自分の仏壇の傍に置かれていたのを見たからだ。
「穂里、これ持っていきなさい」
タカネがそう言いながらミノリに差し出したもの、それはミノリが弓道部にて使用していた弓だった。
「あなたはこの弓を大事そうに使っていたんだもの。話に聞くと今は弓で狩猟生活をしているのよね。それだったらこの子もをちゃんと連れて行ってあげて」
「あ、ありがとう……でも、いいの? これを持って行っちゃったら私に関する遺品が……」
穂里の遺品は土砂崩れの家自体が全壊してしまった影響で殆ど残っていない。これを持って行ってしまえば遺品が無くなるのではとミノリは気にしたのだがタカネは何故かニヤリとしながらポケットから何かを取り出した。
「私たちにはこれがあるから」
「はっ!? お母さんいつ撮ったのそれ!?」
タカネが取り出したのはミノリを写した写真で、どうやら結婚式中の撮影時間の中でこっそりミノリにカメラを向けて撮っていたようだ。そしてミノリの写真を撮っていたのはタカネだけではなく……。
「実は私もこないだお姉ちゃんがやってきた時にこっそり撮った写真があるよ、スマホで撮ったものだけどね」
「秋穂まで!?」
「俺も……」
「お父さん!!??」
前世での家族全員に隠し撮りされていた事実を知ったミノリは思わず驚きの声をあげてしまったが、すぐに落ち着きを取り戻し、苦笑した上で提案する。
「いやいやいや、せっかくなんだから今撮ろうよ……。別に拒否したりしないから……」
もう自分が隠塚穂里だとみんなわかっているのだから隠し撮りする必要などなく、今撮ってくれた方がいい。その考えの上でのミノリからの提案はタカネたちにとっても嬉しいものだったようだ。
「いいのお姉ちゃん! それじゃ今すぐ撮ろうよ!」
「そうね、それだったらほら、ネメちゃんもトーイラちゃんもリラちゃんもノゾミちゃんもシャルちゃんおいで」
「なんと」
「私たちも?」
「あたしも写っていいの?」
てっきり写真に写るのはミノリと秋穂、そしてタカネと核熙だけだと思っていたトーイラ達は突然の誘いに戸惑ったような声を発すると、タカネは歩み寄り、トーイラたちの頭を順になで始めた。
「当たり前でしょ、あなたたちみんなミノリの娘だったり孫だったりするいうことなら私の孫や曾孫にあたるじゃないの。それならあなたたちだって私の家族同然よ」
ノゾミはミノリの話からタカネが曾祖母だという認識を持っていた一方、トーイラをはじめとした他の娘たちは『自分たちはミノリとすら血のつながりが無いから赤の他人と判断されても仕方ない』と、そのように考えていたようだったがそれもタカネと核熙にとっては何の意も介さなかったらしく、あっさりと孫だと受け入れてくれた。
「……うん、タカネおばあちゃん、サネヒロおじいちゃん」
「タカネ祖母とサネヒロ祖父の柔軟な受け入れ姿勢に感謝の意を表明」
「ありがと、タカネおばーさま。サネヒロおじーさま……」
その事を嬉しく思ったトーイラたちは恥ずかしそうに頭を撫でられている。
「あの、でも私はネメお嬢様の伴侶で娘かと言われるとちょっと立ち位置が……」
「いいのいいの! それだって義祖母にあたるんだからあんまり変わらないわよ!」
「あ、はい……それならお言葉に甘えますね、えっと…タカネおばあ様……」
さらに家族ではあるが娘かといわれると少し語弊があると感じたシャルは写真に写るのは遠慮しようとしたのだが、タカネは全く意に介した様子はなく、シャルも写真に写るように説得した。そしてあっさりとシャルは折れる。
「よし、これで全員が写ることがきまったからあとは……ちょっと待ってなさいね。今近くの人に写真を撮ってもらうように頼むから。あ、すみませんそこの方!」
タカネがそう言いながら人を探しに門から出ていくと、ちょうど家の前を歩いていた高校生ぐらいの女性と小学生ぐらいの無表情な女の子に同じく小学生ぐらいで顔色が非常に青い女の子という3人組を連れてきた。その3人組は以前ノゾミが初めてドロンする術を使った時にも墓地にいた3人組で、なんでも今日もまた墓参りをしていてその帰りだったらしい。
「それじゃ悪いけどこのデジカメでお願いするわね。申し訳ないけど3枚ほどお願いね」
「あ、はい、わかりました。これで写真を撮ればいいんですよね? 撮りますよー」
女性の言葉を合図にシャッターが数度切られ、その場で撮った写真を確認して満足そうな顔をしたタカネは女性にお礼を伝えながらカメラを受け取ったかと思うと、家の中に入っていった。
その間に女性は失礼しますねと言いながら同伴していた2人の子供と一緒に去っていったのだが、ミノリはどこかであの3人に会ったような気がすると思い、記憶を辿ろうとしたのだが、思い返す間もなくタカネが撮ったばかりの写真を数枚プリントアウトして持ってきた。
「はい穂里、これはあなたたちの分よ」
「もらっていいの? お母さん」
「当たり前でしょ穂里。その為にデジカメで撮ったんだから」
「ありがとうお母さん、この写真、大切にするね」
ミノリはプリントアウトされたばかりの写真を一生の宝物のように抱きしめる。
そして暫しの静寂が辺りを包むのだが、それを破るかのようにタカネが口を開いた。
「もう行っちゃう……のよね」
「うん……こっちの世界に長居しちゃ、きっとダメだから……ノゾミ、そろそろドロンする術使う準備をお願いね」
「……わかったよ、おばーちゃん……」
折角自分が穂里だとタカネと核熙はわかってくれたのに、別れの時が刻一刻と迫っている。
この世界へやって来るのはこれが最初で最後と自分が決めた事とは言え後ろ髪を引かれる思いが募り始め、再びポロポロと涙を流していたミノリは、その気持ちをキッパリと断ち切ろうと顔を上げ、そしてこれで今生の別れとなるタカネ、核熙、秋穂たちに最後の別れの挨拶をミノリは口にした。
「私、お父さんとお母さんの娘に生まれる事が出来て、そして秋穂の姉としてこの世界に生を受ける事が出来て、本当に嬉しかったです。もう元の隠塚穂里に戻る事も会う事も出来なくなるけれど、今の私にできた娘や孫たちと共に向こうの世界でこれからも幸せに暮らせるように頑張るからね。本当に今までありがとうございました。私はあたたちの娘に生まれて、ミノリという名前をもらえて本当に……嬉しかったです。
それじゃさようなら……! 元気でね! お父さん、お母さん、秋穂!!」
「ドロン!」
ミノリがタカネたちに別れの言葉を告げてからノゾミがドロンする術を使う為に叫ぶと、その言葉を最後にミノリ達は白い煙に包まれた。
白い煙にミノリ達が巻かれたと思うとミノリたちの姿は忽然と見えなくなり、さらに白い煙ををかき消すように風が強く吹いたことで、そこにミノリたちがいた証拠はもう何も残っていなかった。
残された秋穂たちは先程までミノリたちが立っていた場所を黙って見つめていたが、秋穂が寂しそうに口を開く。
「……お姉ちゃんたち、行っちゃったね……お父さん、お母さん」
「ああ……」
「だけど私、穂里にまた会う事ができて……嬉しかったわ……。でも何なのかしらこの強い風。すごく長かった穂里の髪が連獅子みたいに荒れ狂っていて再会できて嬉しい場面だったのにそのせいでちょっとおかしくなっちゃったじゃないの」
「本当にそうだよねお母さん……あ」
「あら、どうしたの秋穂。なにか笑ってしまうことでもあったの?」
強風という言葉で何かを思い出したらしい秋穂はクスッと笑いながら言葉を続ける。
「そういえばさ……今お姉ちゃんが消えた時もそうだったけど、前にお姉ちゃんがここへやって来た時も何故か風が強かったんだよね。そして会いたいからって来た。だけどもう去らないといけないって言っててさ……それで、あの話とそっくりだって今思っちゃったんだよね」
そう話した秋穂の言葉でタカネも何かに気がついたようだ。
「ああ、穂里ってよく語り部の練習をしていたけど、特に話すのがうまかったのよね。寒戸の婆の話は」
「うん、そして寒戸の婆って風が強い日に家族に会いたくて来た、変わり果てた老婆って事だけど……」
「「なんだ、穂里が寒戸の婆になってるじゃない!」」
それに気づいたミノリの両親と秋穂は何故かおかしくなって涙混じりに笑っていたのであった。
そしてひとしきり笑った後、秋穂がポツリとつぶやく。
「だけどね……寒戸の婆がお姉ちゃんだったのなら私はいつでも会いたいな」
「そうね、私も同じ気持ちよ秋穂。あんなに孫がいたのにあんまり言葉を交わせなくて……もっと色々おしゃべりしたかったわ」
「勿論、オレだってそうだよ。また来てくれないかな穂里たち……」
秋穂の言葉にタカネとサネヒロもまた同調するように頷き、思い思いの言葉を口にする。
穂里はこちらの世界では死んでしまったという事実は変えられないけれど、私たちの家族の一員だった事は変わらないし、自分たちがいつか死ぬその日がくるまで決して忘れることなんて無いのだから。
「──あ、そういえば実はさっき、ノゾミちゃんからお姉ちゃんに内緒でこの人形預かったんだ。お母さんにまた預けるね」
「あら、その人形は前にノゾミちゃんからもらった人形だけど……そういえばこの人形って何だったの? 今の穂里の姿にそっくりだけど……」
「いやぁ、実はこれあっちの世界からノゾミちゃんが来るための目印みたいで……」
……もう来ちゃダメと言われたのに、ドロンする術の目印となるミノリ人形をこっそりと秋穂に手渡していた抜け目のないノゾミであった。
写真を撮ってくれた3人組はもう1つの作品の方の主人公たちです。
ミノリに見覚えがあったのはそちらの方の作品の番外編にゲスト出演した事があったからだったりします。




