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216. 17年と4ヶ月目⑦ うっかりミノリさんの時間つぶし法。

「あぁ、ようやく落ち着いた……えっと、みんな、今日は私のわがままに付き合ってこっちの世界に来てくれてありがとう。私、妹の結婚式にみんなと来られて本当に良かったよ」


 秋穂の披露宴が無事に終わり、式場を後にしたミノリ達は1階のロビーに腰をかけていた。

 ミノリは真っ赤に腫らした目をなんとかしようと目元を濡らしたハンカチで冷やしながらみんなにお礼を述べる。


「こちらこそありがとうございましたお姉様、お姉様がいなかったら違う世界にお出かけするなんて経験、一生できなかったと思います」

「あたしもかーさまにお礼を言いたいな。だってこれが初めての家族旅行みたいなものだったからとても楽しかったもの。アキホさんにもあたしのフラワーエンジェル、喜んでもらえたみたいであたしも嬉しかった」

「ノゾもノゾも! 指輪運んだ時はすっごく緊張したけどごはんもおいしかったしぶどう飴もおいしかった!」


 すると、逆にミノリにお礼を伝えるシャルたち。その喜ぶ表情を見るだけでミノリは家族全員で来た甲斐があったと心の底から思えた。


「そういえばお母さん、こういった結婚式では最後にブーケトスがあるって読んだけど何故なにゆえ男衆によるブロッコリー争奪戦が行われていたのかの説明を要求したい」

「あ、私も知りたいなママ。……もしブーケトスがあったのなら私とママで参加したかったのに。まぁどっちにしろあの状態のママじゃ参加できなかったと思うけど……」


 秋穂の手紙以降、ミノリが泣き崩れていたためその後のプログラムに全く集中できておらず、気づけば終わっていたという状況だったのだが、その間にブロッコリートスと呼ばれるものが行われていた。

 ブロッコリートスがそもそもよく知らないネメとトーイラがあれはなんだったのかミノリに尋ねてみると、ミノリも首をひねった上でその問いに答える。


「えっと、私も秋穂に聞いただけだから詳しく知らないんだけど、秋穂の友達って大半がすでに結婚しているか、晒し者にされてる気分になるからブーケトスしたくないって子しかいなかったそうなんだよ。

 だけどやってみたいという新郎さんが提案したので、それで代わりに未婚の男性陣が花束に見立てたブロッコリーを取り合う『ブロッコリートス』というのをやったんだって。……私も秋穂にそれをやるって聞かされて時『何それ』ってはじめ思ったけど……そんな文化いつの間にできたのって思ったけど……」


 ミノリが死んでいた間に広まった文化らしいというのをその言葉で察したネメたち。


「なるほど、移ろいゆく時代の変遷の中で生まれし混沌の一行事。この先も続いていく醜くも儚い世界の濁流に揉まれながら、海の藻屑となり淘汰されゆくか、定番としてその地位を盤石のものとするか、ブロッコリートスはその狭間にあるものと理解」

「……いやそんな仰々しいものじゃないと思うけどね?」


 そしてネメたちとロビーを雑談している間にすっかり目の腫れも引いたミノリたちは雑談がきりのいいところで終わったので屋外へ出た。

 というわけで結婚式に出るという目的をミノリは果たす事ができたのであとは帰るだけとなったのだが……。


「……それでお母さん、結婚式は無事終わったわけだけど、この後の予定は如何いかに」

「もう帰るだけなんだよね? 人目につかないところに移動してノゾミちゃんの術をすぐ使っちゃう?」


 ネメとトーイラが何故かこの後の予定を尋ねてくる。結婚式に出席するためだけにこちらの世界にやってきただけなので後は帰るだけなのは2人も知っているはずだ。


 その上ノゾミの『ドロンする術』は場所を選ばないので、行きは来る時は借りていたものを返すためにミノリの実家に出てきただけで、変える時にもわざわざ実家まで戻る必要もない。それを踏まえると今この場で帰還することだって可能だ。


 しかしその事情を知っているのに2人がわざわざ聞いてきたのは『本当にもう帰っちゃってもいいのか? 後悔しないのか?』という思いが込められているようにミノリには思えた。


「うん、そうだけど……」


 ミノリもそんな2人の想いを察しながら考えを巡らせはじめる。


(きっと2人は秋穂に最後の別れの挨拶をしなくてもいいのかと気遣ってくれているんだろうけど、私にとってはこの結婚式に来られたこと自体偶然が重なった奇跡だと思うわけで、それこそノゾミがお母さんに人形を……ってあれ? そういえば……)


 そしてミノリは何かに気づいたらしく急にバッグの中をあさり始めた。そして……。


「……しまった……」

「……お母さん、どしたの」


 ミノリはあるミスをしでかしていたことにここでようやく気づき、天を仰いだ。


「えっと……秋穂の手紙に気をとられて人形を回収するのを忘れてた……さらに物置の鍵も秋穂に返し忘れてた……あとお金とかも。戻らないと……」


 ミノリは持ち帰るはずだったミノリ人形を物置に置き忘れたままで、さらには秋穂に会った際に返すつもりだった鍵までも返しそびれていたのだった。

 そしてよくよく思い返してみれば予備費とバスカードも返していない。バスカードはもう使っていないと秋穂は話していたし、予備費も元は自分が死んだことによる保険金から捻出されたもので秋穂にも自由に使っていいと言われている。


 しかしいくらそう言われていたとしても予備費は結局使わなかったのだし、こちらの世界のお金を持っていても仕方ないので返したい。というわけでミノリは一度実家に戻ってから帰ることに決めてバスの時刻を確認しだしたのだが……。


「えっと、バスの時間バスの時間……うわぁ、次のバス2時間後だ」


 ミノリはがっくりと肩を落とした。


 さすが閑散路線と言うべきか、式場へ向かう時はたまたま都合のよい時間に走るバスがあり、それに乗ることができただけで、帰りのバスについては全くタイミングが合わず、大幅な足止めを食らうことが確定してしまったのだ。


「どうしようか……歩いて戻る? いや、それはそれでちょっと危険か……。タクシーに乗るとしたら2台必要だし……うーん……」


 考えられる選択肢の中で一番安上がりなのは歩いて実家まで戻ることである。しかしこの案は時間がかかりすぎる上、見た目は外国人である自分たちが観光地でもない人の少ない僻地を歩いた場合、職務質問をされる可能性が飛躍的に上昇する。

 そしてミノリたちはパスポートなんて持っていないのでそれこそ一発アウトだ。


 次に考えられる選択肢はタクシーで戻ることなのだが、オンヅカ家は6人なのでワゴンカー型タクシーでない限り2台に分かれなくてはならず、できることなら家族まとめて行動したいミノリとしてはそちらもできるだけ避けたい。

 

「かといって2時間もバス停でボーッとするのもどうかと思うし、それこそ不審人物そのものだしどうしよう……あ、そうだ」


 頭を抱えてどうしようかと悩むミノリだったが……その時ふいにミノリにしては珍しいちょっと悪い考えが脳裏をよぎった。


(秋穂から渡されたお金は自分の保険金だから好きに使っていいって言われたお金で……ということは自由に買い物をしてもいい……。バスの時間まではあるから……よし!)


 秋穂から預かった予備費の元は自分が死んだことで得ることのできた保険金なので好きに使っていいと秋穂には言われている。そして次のバスがくるのは2時間後と結構な空き時間ができている。


 そしてミノリは決めた。このお金を使ってこちらの世界で最後の買い物をしようと。


「おぉ……お母さんの平常時と乖離した悪しきご尊顔。えすえすあーる……」

「悪巧みしてる感じのママの顔、見たこと殆どないけどこういうママも新鮮でちょっとかっこいい……」


 基本善人のミノリが珍しく悪い顔をしたことで、ネメとトーイラが不思議そうにミノリの様子を窺っているとミノリは家族全員を見回した上で一言、口にした。



「よしみんな、バスの時間まで買い物しようか!」

「「「「「!!?」」」」」



──こうしてミノリたちにとって最初で最後となるこちらの世界での買い物タイムが始まったのであった。


 ちなみにだがミノリが何故悪そうな顔をしていたのかというとお金の出所でどころが『自分が死んだことで得た保険金』という、あたかも保険金詐欺のように思えるようなものからとなってしまったためである。


 そしてその心情は表情にも現れてしまったわけだが、事実ミノリはこちらの世界では死んだので保険詐欺にはあたらない。故に悪そうな顔をする意味も特にない。


 規模があまりにも小規模すぎるし、悪人顔をしたといっても基本小心者なのでそれぐらいしかできないのがミノリである。


 さらに周辺には観光名所と呼ばれる場所がいくつもあり、そういった場所に行けば時間は簡単に潰せるはずなのに、買い物をしようと考えてしまうあたり『地元民は地元の観光をしない』を体現してしまっている。


(ちゃんと何を買ったかレシートを残しておいた方がいいよね。その方秋穂が後で困らないだろうし。今身につけてる腕時計と一緒に置けばいいかな)



 その上何を買ったのかその証拠をちゃんと残して秋穂に知らせようと考えているあたり、やっぱり悪巧みとはほど遠いミノリなのであった。



大分時間が掛かってしまいましたが完結まで書ききりました。

残り4回となりますのでで4/17から4/19までの三日間はお昼を12:00に予約投稿する予定で、最終話は18:00投稿する予定です。


最後までどうぞよろしくお願いいたします。

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