214. 17年と4ヶ月目⑤ 車椅子の理由とタカネの視線。
本日2回更新予定です。
「それじゃ入ったらここがネメの席で、ここがシャル、そしてこっちがノゾミで、この席がトーイラだよ」
「把握。それじゃお母さんは早急にリラの着替え補助業務を行うべし」
「うん、それじゃリラ行こっか。あ、披露宴の会場に入っていいって言われたら私たちが来なくても会場に入っていいからね」
ノゾミとリラが無事に大役を務めた秋穂と新郎の挙式が終わり、次の披露宴のために場所を移動してきたミノリたち。しかしその前にリラを着替えさせなくてはいけないからと、ミノリは披露宴で自分たちが座る席についてネメたちに教えてからリラと共に更衣室へと向かった。
当初は秋穂がいる控え室でいいだろうと考えたのだが、控え室では披露宴前の最初のお色直しのためにメイクさんが中にいる可能性があることからと急遽更衣室で着替えることにしたのだ。
更衣室は話で聞くと個人用の小さい個室になっているそうなのでリラの羽が本物であると気づかれるリスクは低いだろう点も考慮した上である。
「羽は白いカバーをつけたままでいいんだよね?」
「うん、羽を見られても結婚式に出席した人たちは、さっきリラのフラワーガールを見ていてマジック用の羽だとしか思っていないだろうから、念のため上からケープを羽織るだけで大丈夫だよ。
それと私たちの席は一番新郎新婦の席から遠いから、他の出席者の視線が向けられる可能性は低くて、その上リラの座る場所は壁に背中を向けている位置で他の出席者には見えにくいはずだから多少は動かしても問題ないからね」
「そうなんだ、わかったよかーさま」
ミノリの説明に頷きながらフラワーガール用の白いワンピースとは別に持参したドレスに着替えていくリラ。
ちなみにリラが作ったドレスは青色を基調としたもので、リラの想い人であるトーイラがよく着ている服と同じ色だ。それだけリラのトーイラへの想いが強い証なのだろう。
(なんだろう……リラからトーイラへの好きという感情は、髪型や服の色を同じにしたりというファッションを合わせるみたいな感じのが多いから微笑ましく感じるなぁ。
……ネメとトーイラが私へ向けていた感情は……小さいときから妙に重かったから余計……)
トーイラの普段着と同じ色のドレスを着るリラを見ながらそう考えるミノリであったが……ミノリはまだ知らない。リラはリラで一度好きになった相手は絶対に堕としてみせるという執着心が家族の誰よりもあることを。
「着替え終わったよ、かーさま。会場に戻ろ」
「そうだね、もうすぐ披露宴始まっちゃうから急ごうか」
そしてミノリは着替え終えたリラと共にほんの少し早足で披露宴が行われる会場へ戻ると、既に出席者の入場は始まっていた。
(あ……お母さんとお父さん……不審に思われないようにしなきゃ)
会場の入り口には秋穂の両親であるタカネと核熙が出席者を迎えるために立っていたのだが、変な疑いを持たれないように愛想笑いを浮かべ軽くおじぎをしながらなんとかその場をやり過ごして会場内に入り、先に座って待っていたトーイラたちの元へやってきた。
……なお、両親の前を通過する際、リラが小さくタカネと核熙に向けて手を振っていたのだが……ミノリはリラに視線を向ける余裕がなかったためそのことに気づかなかった。
「ごめんねみんなー、なんともなかった?」
そしてミノリは今日何度聞いたかもうわからない同じ質問を先に座っていたみんなに尋ねる。
「うん、何人かやってはきたけどナンパみたいな目的ではなかったから大丈夫だよー。やっぱりネメの殺気が覿面だったんだね。あれからは一度も不埒な視線が私たちに向けられることはなかったから結構気楽だったよママ」
「私たちの元へやってきたのはノゾミとリラを褒めてくれる人たちだった。特にリラのフラワーエンジェルはやり方の開示を請求されるほどに。非公開を貫いたけど」
「そっかぁ。……みんなが褒めてくれてよかったねノゾミ、リラ」
「えへへー」
「嬉しい……頑張った甲斐があった」
そんな風にして結婚式の挙式について振り返るようにミノリたちが雑談をしていると、会場に披露宴の始まりを告げる司会の声が聞こえ、壮大な音楽と共に秋穂と新郎が入場してきた。
その2人を拍手で迎えているのだが……ミノリは拍手と共に流れる音楽がどうにも気になってしまっていた。
(こういう時ってメンデルスゾーンの結婚行進曲が定番だと思ったけど……この曲、なんだか聞き覚えが……あ! この曲私の転生した先のゲームで使われていた曲だ!)
続編が最近になって決定したとはいえミノリが転生した先のゲームは比較的有名どころの作品ではない為、会場にいる人たちの大半にとっては気にも留めないBGMの一曲でしかないだろう。
そしてこのゲームは穂里だけが遊んでいて秋穂は遊んでいなかったはずである。
それを踏まえるとこの曲を入場の曲に使う為に秋穂がわざわざこのゲームのサントラCDを買ったとしか考えられない。
(秋穂ってばきっと私が来るから、私の為に入場時の曲にわざわざCDかなにかを探したんだろうなぁ……マイナーなゲームのサントラってすぐ廃盤になるし高騰もするのに……)
秋穂のミノリへのちょっとした気遣いをほんの少し嬉しく思いながら始まった披露宴。新郎新婦の紹介や主賓の挨拶など披露宴ではおなじみの流れが続き、乾杯も問題なく済ませると次はウエディングケーキへの入刀ということで会場に大きなケーキが運ばれてきた。
「おばーちゃん! なんかおっきいケーキ出てきた!」
育ち盛りで食欲旺盛のノゾミがケーキを見た瞬間、身を乗り出して瞳を輝かせた。
きっと食べられると思っているのだろうが……ミノリは残酷な真実を純粋なノゾミに伝えなければならない。
「あれはウエディングケーキへの入刀といって、新郎新婦初めての共同作業だよ。……確かにおいしそうだと思えるぐらいすごく凝った見た目をしているけど、あれはイミテーションケーキといって食べられない材料で作ってるから……食べることはできないよ」
「食べられないの?! ケーキなのに!?」
「うん。綺麗で本当においしそうなんだけどね」
実際は食べようと思えば食べられるのだが、食品衛生法の関係でそれができないという説明をしたとしてもこちらの世界にはまだ数回した来たことのないノゾミには理解をしてもらうのは難しいと考えたミノリは、食べられない材料を使っているということにしてそう説明すると、意外にもノゾミは素直に諦めた。
「なーんだ。あのケーキが食べられるケーキだったら、ノゾ一人で全部食べられるのに」
「……いくら自信があっても絶対にひどい目に遭うから、もしあれが本当に食べられるケーキだとしてもそれはやめておいてね。カロリーとか胸焼けとかで後で泣くことになるよ……」
ノゾミの胃袋がどれだけ頑丈なのかはわからないが、少なくともあれだけのケーキを一人で食べ尽くしたらいくらノゾミでも体に悪影響を及ぼすのは間違いないので、もし、同様の場面で本当に食べられるケーキが出てきたら全力で阻止せねばならないと心の中で誓うミノリなのであった。
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「お姉様、すごくおいしいです!」
「あたかも王宮で供される晩餐。もしやこの後……私たち一家心中?」
「確かにおいしいけどそれは無いからねネメ!? 結婚式で縁起の悪いこと言わないでね!?」
ケーキへの入刀も無事終わり、歓談と食事の時間に入ったことで出された料理に舌鼓を打つミノリたち。
結婚式で出される料理ということもあってこちらの世界でも普段は食べる機会のない豪華な料理にみんなが手をつけているわけだが、みんなこちらの世界の料理に感動したように次々と胃袋に収めている。
そんな食事のさなか、トーイラが口に料理を含みながらふとふと周りを見回していると何かに気づいたらしく、料理を飲み込んでからミノリに尋ねた。
「ママ、あっちの席でママのママとパパがお酌しているのは……もしかしてお酒なの?」
「うん、お酒だけど……ってしまった……そういえば私、自分がお酒飲まないし、うちでも一度も出したことないからって結婚式の案内に書かれていたお酒を飲むかの項目も飲まないに○つけちゃった……ごめん、もしかしてトーイラたちはお酒飲んでみたかった?」
前世では17で死んだ為にお酒を一度も飲んだことがなかったミノリは、そのせいなのか転生して年齢が関係なくなった今でも飲酒という行為自体が思考の範囲外にあり、結局転生後も飲酒は未経験のままであった。
しかしそれはあくまでミノリのみの話。既に成人を迎えているトーイラやネメはもしかしたらお酒を嗜みたかったのかもしれないと申し訳なさそうな顔でミノリが尋ねてみると逆にトーイラに聞き返された。
「逆にママはお酒飲みたいって思っていた? 私たちがちっちゃかった頃、私たちを気遣って飲んでいなかったとか……」
「へ? ううん、私はもともとお酒を飲もうと考えたことすらなかったよ……そして多分これからもかな」
「そっかー、それなら私もいいかなー」
「私も同意見。お母さんが興味を抱いていない嗜好品に私が興味を示すはずもなく」
トーイラに聞き返された事にミノリが答えると、トーイラもネメもどうやらミノリと同様にお酒を飲もうと考えたことすらなかったようだ。
そしてトーイラにはそれとは別にお酒を飲まないと決めていた理由があったようでミノリに打ち明けてくれた。
「それに……私たちがまだキテタイハにいた頃、私たちに暴力を振るってきた人にはお酒くさい人もいっぱいいたから……それを思い出しそうになるから飲みたくないって思っていたりするの」
「あぁ、なるほど……」
元々お酒は無理強いするつもりはなかったミノリだったが、その理由を聞いて納得した。ネメはそれについては触れなかったがキテタイハにいた頃はトーイラと同様の仕打ちを受けていた為、きっとネメも同じ考えが根底にあったに違いない。
ではシャルはどうだろうか? シャルは年齢が関係ない存在なのでお酒を飲んでもいいはずなのだが……。
「いや、私も飲まないですね。私の味覚がちゃんと味覚と呼べるものになったのはみなさんと暮らし始めてからなので、みなさんが飲まないようなものをわざわざ自分で開拓しようとは考えたことすらなかったです」
そしてシャルもまた同様にお酒を嗜まないらしい。言われてみれば確かにシャルはネメと結婚して一緒に暮らすまでは野良モンスターとして非常に偏った食生活を送っていたと話していた事があった。
その事を思い出したミノリはなんてことないことのようにぽつりとつぶやく。
「あぁ、そういえばシャルって昔は栄養分にさえなればいいという考えですごくまずいシンシスライムを平気で食べていたって話していたもんね。私達の前で食べて戻していたけど」
「……思い出させないでくださいお姉様……今振り返ると相当な悪食だったんだなってすごく恥ずかしくなるんですから……」
「あ。ご、ごめん……」
どうやらその事はシャルにとってもかなりの汚点だったようで恥ずかしそうに俯いてしまった為、ミノリはすぐにシャルへ謝ったのであった。
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その後、タカネたちがお酌をしに来るテーブルがいよいよミノリたちが座るテーブルの番になり、お酒が一切必要ないため、代わりに麦茶を手にしていた。……ちなみに車椅子の核熙はすっかりワゴン扱いのようで膝に酒瓶などが置かれていた姿にミノリは微妙に哀愁を感じてしまっていた。
(お父さん、きっと自分でもお酌したかったんだろうなぁ……お母さんにワゴン扱いされてるからかすっごく切ない顔してるもの)
タカネはまず挙式の方で大役を務めたリラのコップに麦茶を注ぎながら話しかける。
「えっと、リラちゃんだったわよね。挙式の時のあれ、すごかったわよ」
「あ、ありがとうございます……」
褒められて恥ずかしそうにしつつも嬉しそうにお礼を述べるリラ。
「ノゾミちゃんもしっかり役目を果たせて偉いわねー」
「えへへー、ノゾはできる子だもん!」
リラに続いて褒められたノゾミも満足そうだ。
そしてトーイラたちにも結婚式に来てくれた事のお礼を伝えながらグラスに麦茶を注ぐといよいよミノリの元へタカネがやってきたので緊張して生唾を呑むミノリ。
「今日は秋穂の結婚式に来てくれてありがとうね。秋穂の大学時代の友達だって聞いたけど秋穂にあなたみたいな外国の友達もいたのね」
「あ、はい……私のファミリーネームの読み方がアキホと同じで、それで親しくなったんです。ところで……アキホのお父さんは足が悪いのでしょうか? 車椅子に乗っているので気になって……」
ミノリは秋穂と事前に打ち合わせた嘘の設定を踏まえた上でタカネにそのように説明した。
本当ならそこで話を打ち切ってしまえば楽だったのだが、ミノリは核熙が何故車椅子に乗っているのかどうしても気になってしまい、続けてタカネに尋ねていた。
「あぁ、あれは大丈夫よ。結婚式がすぐだから無理しないでって言ったのに、急に家に新しい花壇を作るぞとか言い出して庭を掘り返している時にうっかりスコップの先で自分の足の甲へ強く打ち付けちゃって骨にひびが入っちゃったのよ。そのうち直るわ」
「あ、そ、そうなんですね……」
あっけらかんとタカネが答えると核熙はますます哀愁を感じさせる表情になったかと思うと……、
「本当は……オレ一人で秋穂と一緒にバージンロード……歩きたかったんだ……オレは……なんであの時……花壇を作ろうだなんて世迷い言を……」
さらに余計切なくなる言葉をポツリとつぶやいた。後悔先に立たずとはまさにこのことなのだろう。
(あー……当たり前だけどお父さんってばすっごく残念そうな顔してる。そりゃそうだよね、一生に一度しかなくなった娘の結婚式なんだもん……でも足を悪くして歩けなくなったわけじゃなかったんだね、よかった……)
ただ単に怪我をしただけのようだったので少し安堵したミノリは核熙の怪我が早く治るよう祈ることにした。
「えっと、おと……サネヒロさんの足、ちゃんと治るといいですね」
「あら、この人の自業自得なのに気遣ってくれるの? ありがとうね。えっと……ごめんなさいね、名前は何だったかしら」
「あ……ミノリ・オンデューカといいます」
「……へぇ……ミノリ……」
ミノリが名乗った途端、タカネはどういうわけだかじっとミノリを見つめてくる。その視線に思わずミノリは背中に冷や汗をかいたが、それを悟られないように平静を装う。
「あ、あの……どうしました?」
「あら、ごめんなさい。なんでもないわ。それじゃ秋穂の披露宴、楽しんでいってね。今日は遠いところからわざわざ来てくれてありがとう」
「は、はい……」
そしてタカネは核熙の乗った車椅子こと『ワゴンサネヒロ哀愁ましまし号』の手押しハンドルを掴むとそのままお酒をスタッフに返してから自分の席に戻っていった。
「お母さん、どしたの?」
「いや……なんでもないけど……」
タカネが移動してから固まってしまったかのように動かなくなったミノリをネメが気にして心配するように尋ねてきたのだが、ミノリは大丈夫だと応えた。しかし内心では……。
(お母さん、なんで私のこと、最後じっと見つめていたんだろう……名前が一緒だから不思議に思ったのかな……?)
……ミノリはその事が妙に気になって仕方なかった。
続きは最後のチェックが済み次第投稿予定です。




