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210. 17年と4ヶ月目① こちら隠塚家前。

「ママ、ここが()()()()()()()()前に住んでいた世界なの?」

「そうだよトーイラ。そして建て替えられているけどこの家が昔の私の生家だよ」

「へぇー」


秋穂の結婚式が始まる1時間半前、異なる結婚式に出席するのに見合う綺麗なドレスに身を包んだミノリとミノリの家族たちはノゾミの『ドロンする術』によってミノリが前世を過ごした隠塚家の前にやってきていた。

 初めての異世界に少し興奮した様子のトーイラがミノリに話しかけた後、今度はシャルが自分たちが住んでいる世界とこちらの世界で明らかに異なる点について口にする。


「お姉様が事前に話してくれていたようにこの世界って本当に魔力が無いんですね。微塵もその気配を感じないです」

「うん、そんな世界から転生したからこそ私も魔力を持ってなかったのかも」


 ミノリの返答を聞いたシャルが魔力の代わりに機械が発達してどうこうと考察するようにブツブツ独りちり始めたので、次にミノリは『ドロンする術』を使ってこちらの世界に家族全員を連れてきた功労者であるノゾミへねぎらいの言葉をかける。


「ドロンする術使ってくれてありがとうねノゾミ。疲れてない?」

「大丈夫だよ。家族みんなを連れてくるのにいつもより多く魔力使っちゃったけど大丈夫だよおばーちゃん」

「そっか。でも眠たくなったら眠って大丈夫だからね。ちゃんと起こしてあげるから」

「うん、ありがとおばーちゃん」


 大丈夫だと話すノゾミではあったが、いつもなら語尾に【!】とつきそうなぐらいに元気に満ちあふれているノゾミの言葉尻が平坦であり、さらに少し肩が上がっているようにミノリには見えたことからそれなりに疲れていると察してそう答えた。

 魔力回復薬自体はを大量に持ってきているので魔力が尽きて帰れなくなる心配は無いのだが、それでもまだ2歳のノゾミにはできるだけ休みたい時には休んでもらいたいというのがミノリの考えだ。


「それにしてもノゾミ、今回はバッチリ家の前にドロンする事ができたね」


 そして続けてミノリがノゾミを褒めたのは前々回はお墓、そして前回は家から少し離れた道に出たドロンする術が今回は家の前に出たという正確さ。ミノリに褒められて嬉しかったのかノゾミは胸を張った。


「うん。こないだ来た時はこっちの世界に置いてきたおばーちゃん人形の魔力が少なくなっていたから『ここ!』ってパッとわからなくて位置が結構ずれちゃったけど、今日はおばーちゃん人形の魔力の気配をまだいっぱい感じられたからすぐにここだってわかったんだよ」


 魔力が可視化できるノゾミの目にはドロンする術を使った際に通る『普段いる世界とこちらの世界を繋上下左右真っ暗な世界』でも、魔力のおかげで色鮮やかな世界に見えているのかもしれない。


「すごいねノゾミ、本当に大きくなった時が楽しみだよ私。ところで……ノゾミから見て、私の耳とリラの角はちゃんと隠れていてパッと見では耳が長いことや角があることはわからないよね?」

「んーと、うん、大丈夫だよおばーちゃん、ちゃんと髪に隠れてるよ。リラおねーちゃんの角も花飾りでわかんない」

「そっか、チェックありがとうね」


 次いでミノリがノゾミに尋ねたのは、ミノリとリラにある人外要素であるエルフ耳と角について。


 こちらの世界の人間と全く違う箇所のないトーイラやネメ、それに耳の先が尖り、且つ少しだけ長い程度のノゾミとシャルはそのままで問題は無いと判断できる一方、明らかに人間の範疇を超えたエルフ耳を持つミノリと、吸血鬼ヴァンパイアである為に角と牙、さらにこうもり羽があるリラは極力人外要素を隠し通さなければならないため、入念にチェックが必要なのであった。

 ノゾミのチェックのおかげでちゃんと隠れていることがわかったので、ノゾミに連れてきてくれたお礼を兼ねながらミノリがノゾミの頭を優しく頭を撫でていると……。


「わっ」

「おっとあぶない! リラ、大丈夫だった? 風が強いから転ばないように気をつけてね」

「あ、ありがと、トーイラおねーちゃん……。ごめんね、羽が出せないとバランスがわかんなくて……」


 少し離れた場所で周りを見回していたリラが突然吹き付けてきた強風にあおられて転倒しそうになったところ、それをすんでのところでトーイラが転ばないように支えてあげていた。

 トーイラの機転によってなんとかリラは転ばずに済んだのだが、普段のリラは強風に対して巧みに羽の角度を調整することでバランスをとっていたみたいなのだが、今は羽を背中穴あきリュックにしまっていたこともあってその感覚が掴みづらくなっていたのだろう。


 折角想い人である姉のトーイラに抱きかかえられているといううれしい状況にもかかわらず、ドキドキしたような表情ではなく安堵したような表情をリラがしているのは、結婚式に出席するために一所懸命作った衣装が些細ささいなミスで台無しにしてしまうことへの不安と、ミノリと秋穂にお願いされていた『あること』で既に頭がいっぱいだったからなのかもしれない。


(トーイラは運動神経がいいからリラが転びそうになってもさっきみたいに助けてくれるだろうから……よし、ちょっとトーイラにお願いしよう)


 そんなリラの様子を見ていたミノリはトーイラにリラの支えになるようお願いすることにした。


「トーイラ、悪いけど会場に着くまでの間リラの傍にいて転ばないように支えてあげてくれるかな? リラにとって歩きづらいみたいだから」

「わかったよママ。ほらリラ、私と腕組もっか」

「あ、うん……ありがとうトーイラおねーちゃん」


 ミノリのお願いを聞いたトーイラは二つ返事で頷くとすぐリラと腕を組むと、先程まで顔色が不安一色だったリラがほんのり顔をほてらせた。恋人同士がするような腕組みを想い人であるトーイラとすることができたおかげで、不安が少し払拭されたのかもしれない。


 とりあえず、これでリラが転倒してしまう可能性が大幅に減ったので、ミノリは一息ついてから次にすべきことを頭に浮かべようとした束の間……ミノリの目の前にいたネメが頭につけていたローブを外した。

 お風呂に入る時以外は必ず身につけ、たとえ着替え一式を全て忘れたとしてもどこに隠しているのかわからないが絶対にローブだけは持参していて、風呂上がりにローブ以外一切身に纏わずに家の中を闊歩することすらしばしばあるあのネメが……ローブを外したのだ。


「!? ど、どうしたのネメ……?」


 ミノリのことが大好きな『ミノリ第一主義』でもローブに関してだけは妥協する姿勢を殆ど見せず、今回参加する結婚式においても、ミノリが必死にお願いしたことでなんとか『ローブを身につけるのは結婚式の式場に着くまでで式が始まる前には外す』ことでなんとか妥協してくれたネメがローブを外すというあまりにも予想外な行動を引き起こしたことで、ミノリが恐る恐る尋ねながらネメの表情を見てみると、眉間に皺がわずかに寄っていたことからどうやら何かしらの問題があったことで断腸の思いでローブを外したようだ。


 そしてその原因は先ほどリラが転びそうになった原因と同一の……風であった。


「お母さん、この驚きの西風ならいはなんぞ。私のローブが乱舞しすぎるが故に着衣を断念」

「あー……やっぱり強風が原因なんだね。昔住んでた時も常に強風というわけじゃなかったんだけど……こないだ来た時も強風だったんだよね」


 実は先程からネメのローブが強烈な西風によって、歌舞伎の連獅子における毛振りのようにしきりにベールが暴れ回っていたので流石のネメも鬱陶しく感じて身につけることを断念したのだろう。

 そして、前回ミノリがノゾミと一緒に来た時もどういうわけだか西風が強く、そのことはミノリも気づいていたようだが……。


(このあたりって『西風ならい』って入ってる地名が結構多くて実際に西風が吹いている事が多いから時によってはずっと西風が吹いてる時に当たったりするんだよなぁ。自転車で走るときとか大変だったし)


 しかしミノリは周辺に『西風ならい』を含む地名が点在していることを知り、前世で住んでいた時もそれなりに西風に吹かれていたせいで然程それを気にした様子はなく、一人、自分の脳内でそう結論づけるとミノリはどこかの鍵を取り出しながらみんなに呼びかけた。


「それじゃみんなー、勉強用に借りていた荷物を返したらすぐバス停に向かうよー」


「「はーい」」


 ミノリが取り出したものは隠塚家の敷地内にある元牛舎の物置の鍵で、ミノリの家族全員で秋穂の結婚式に参加すると約束した日に、秋穂がこちらの世界についての知識が無いことによってミノリの家族たちが常識外れの行動をするかもしれないことを懸念してミノリに様々なものを貸与してくれていたのだ。


 そしてそれが功を奏し、今の隠塚家の面々にはこちらの世界では常識外れな行動をすることは一切ないとミノリも太鼓判を押せるまでになっていた。


 その為、今この場には、走る車を見て『鉄の化け物』と騒いで攻撃を仕掛けようとしたり、テレビを見て『人が箱の中に閉じ込められている』などと驚いたりする者はいないのである。


(だけど秋穂のおかげで助かったかも。小説とかマンガで異世界からやってきた人が常識外れなことをして恥をかく展開があると、それを見てる自分まで気まずくなってすごく苦手だったから……)


 実は共感性羞恥持ちであるミノリがその危機を回避することができたことで、色々貸与してくれた秋穂に心の中で感謝しながら物置の鍵を開けると、すぐ近くにあった棚の一角に前回来た際に秋穂に渡していたミノリ人形が置かれていた。


「あ、私の人形……あそこに返しておけばいいのかな? みんなー、借りてきた荷物は人形がある棚のあいているところに置いてねー」


 わかりやすい位置に置いていた事からその人形が荷物の返却場所だと推測したミノリたちは借り受けていた品々をその人形の近くに置こうとすると、その人形のすぐ隣に手紙らしき封筒と密封された袋に入った何かが置かれている事にトーイラが気づいた。


「ママ、何か手紙みたいなのがあるよ? これ、もしかしてアキホさんが置いていったものかなー?」

「え? あれ、ホントだ、ちょっと見せてくれる?」


 トーイラから手紙と袋を受け取ったミノリがまず封筒を開けて中を見てみると、トーイラが言うように、確かに秋穂からミノリに宛てた手紙が入っていた。

 ちゃんとミノリたちが結婚式の会場まで来られるか秋穂はやっぱり不安だったようで、そのことを書いた手紙とバス停までの道のりが書かれた地図、そしてバスの時刻表、さらにバスに乗り遅れた場合の対策として中型タクシー分の料金とタクシー会社の連絡先、さらにはここから一番近くの公衆電話の場所が書かれた地図まで入っているあたり非常に入念な気遣いである。


「あはは……秋穂ってば心配性だなぁ。だけど万が一ってこともあるからこれはこれでありがたいかも。それでこっちの袋はー……」


 秋穂の気遣いに感謝しながらミノリが袋の方も開けてみると、そちらには腕時計と何かしらの小袋が入っている。


「あ、そうだよね。時計がなくちゃそもそも時間わかんないよね。まずいまずい……すっかり忘れていた……」


 転生してからは時間の感覚は『日』や『年』が主で『時』と『分』そして『秒』という感覚がほぼ頭から消え失せていた為に、時計の存在までもスッポリ頭から抜け落ちていたミノリはすっかり自分はあっちの世界になじんじゃったなぁなどと思いながら、時計と一緒に入っていた小袋を開けてみると、そちらには『おやつ代わりに食べてね』という秋穂の一筆とともに、ミノリにとっては懐かしいお菓子が入っていた。


「わぁ、懐かしい!」

「おかあさん、そのお菓子は何ぞや」

「えっとねネメ、これはぶどう飴といってこのあたりで作られているお菓子だよ。うわぁ、本当に懐かしい……」


 腕時計と一緒に入っていたお菓子、それは穂里みのりが住んでいたこの町の郷土菓子で、グミとゼリーの中間のような食感をもつ四角いお菓子の『ぶどう飴』で、転生してからは当然食べる事ができなくなっていたミノリは、そんな懐かしいお菓子との対面に思わず童心に返ったように顔をほころばせた。


「ネメ、私、ママがあんな風に子供のような満面の笑顔になるの、初めて見たかも。すごい新鮮」

「確かに。そして今のお母さんの神々しいほどの破顔は確実に万病に効く万能薬になりうる存在で私たちもそのおかげでより健康的になる。お母さんにさらなる破顔を要求をしたい所存。それに見合う対価を言い値で出すことも厭わない」

「だよねー」


 転生してから人生のほとんどを母親として過ごしてきた為に、母親らしく笑むことはあっても子供のような笑顔になることは殆ど無かったミノリ。

 しかし予想外だったぶどう飴の登場によってミノリも無意識で前世の感覚に引っ張られたようで、流石にミノリも少しだけ苦笑い。


「……あはは、私もちょっと自分に驚いちゃった。というか私の笑顔にそんな効能はないからお金も何もいらないからね?」


 しかしそれを娘たちに口にされた事でちょっと恥ずかしくなった上、自分の笑顔に変な効能までつけられそうになったミノリはやんわりと否定してからみんなに呼びかける。


「さてと……それじゃみんな、荷物は置いたことだしバス停まで歩くよー。今日は風が強いから身につけているアクセサリーとかがうっかり飛ばされないように気をつけてね」


 ミノリは秋穂が置いていった腕時計を身につけてから物置の鍵を閉めると、家族とともにバス停に向けて歩き出した。

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