209. 17年と3ヶ月4週目⑦ 行きはよいよい、だった。
すべての用事を一通り済ませて店を出たミノリたちは帰途につくべくキテタイハの出口へ向かっていた。
ミノリの左隣では赤ちゃん用品を無事手にすることができたクロムカが先ほどから眠ったまま起きる気配のないホプルをおんぶしながらうれしそうに顔を綻ばせている。
「よかったねクロムカ、お目当てのものを買うことができて」
「はいですの、ミノリさまだけじゃなくシャルさまもいたからそのおかげで必要なものがよくわかって助かったですの。持つべきものはやっぱりママ友なんですの。お二人とも、本当にありがとうですの」
クロムカが右隣にいるミノリ、そしてクロムカの左隣にいるシャルへお礼を述べると、シャルは先輩風を吹かせるように胸を叩きながら言葉を返す。
「これからも何かあったら遠慮なく相談してくださいね、クロムカさん。ママ友として私たち相談に乗りますから」
「はいですのシャルさま。これからもホプルちゃん共々よろしくですの。……そういえば、ノゾミさまがホプルちゃんをお嫁にしたいとずっと口にしているという件はどうしたら……」
「あー……それは本当にどうしましょうか……」
「ノゾミさまはまだ2歳ですし、ホプルちゃんは生まれて1ヶ月も経っていないんですの……」
「「……うーん……どうしたら……」」
そしてクロムカのお礼の言葉に『なんでも相談してください』というある意味定型句ともいえる言葉を返したシャルに応じるようにクロムカが持ち出したある意味『お互い共通の悩み事』で2人はお互いに悩み出してしまった。
「あはは……、まぁなんとかなるって……あ、そうだった。2人にお願いしたいことがあったんだ」
「へ、なんですかお姉様?」
ノゾミがあちらの世界から持ってきたゲーム雑誌によってミノリはノゾミとホプルの関係についてある程度の事情を把握済みしていたが、それについては自分が言うべきではないだろうと伝えなかったが、今日の買い物についてあることを思い出したミノリはシャルとクロムカにあるお願いをした。
「シャル、クロムカ。悪いけどリラの羽カバーや白いワンピースについては結婚式当日まで秘密にしておきたいからみんなには内緒でお願いね」
「あ、そうなんですねお姉様。お姉様のお願いなら私も黙っておきます」
「わかったですの。内緒にしておくですの」
それは今日の買い物についての箝口令であった。リラの羽を隠す羽カバーと白いワンピース、それらに対して何故秘密にするのか理由がわからないシャルとクロムカだったが、ミノリのお願いならばと二つ返事で頷く。
「なんで秘密なの?」
その一方、実際にそれらを身につける当人であるリラは疑問に思うように首をかしげながらミノリに尋ねた。
「んー、それはリラのためでもあるかな」
「あたしの?」
「そうだよ、リラはまだトーイラの事が好きなんだよね?」
「……うん」
「実は今日用意したものを結婚式の時にこっそり使うと、もしかしたらトーイラの恋に一役買うかもしれないんだ。トーイラは光属性なだけあって神聖な気配がするもの実は好きだったりするし」
「ほんと? うん、それじゃあたしも内緒にするね」
ミノリの三女であるリラが長女のトーイラに対して恋心を抱いているのは家族全員周知の事実だ。……まぁリラの想い人であるトーイラはミノリに対して恋心を抱いている謎の三角関係状態なのだが、それでも自分の恋に一役買うかもしれないと聞いてはリラも素直に頷く以外の選択肢はない。
「それはともかく……キテタイハに来るのが苦手だったのにリラも今日は来てくれてありがとうね」
「ううん、大丈夫だよかーさま。あたしもいい加減なれないといけなかったし……だけどあの人たちがいないとこの町はかなり平和だったんだなって改めて思っちゃった」
「あはは……確かにね」
リラガ口にした『あの人たち』というのは確実に町長のハタメ・イーワックと長女のタガメリアであろう。
それを聞いた瞬間、ミノリもそれが誰なのかすぐに察してしまったため、思わず苦笑いを浮かべてしまっていると……。
「それとね、かーさまもありがと」
「へ? 私、お礼言われることしたかな……?」
今度は逆にミノリに対してリラがお礼を伝えた。しかしミノリは何故言われたのか理由がわからず首を傾げると……。
「うん、スーフェさんがあたしを捕まえた人だって聞いた時、あたしの代わりに怒ってくれていたでしょ?
あたし、かーさまたちと暮らしている今の生活が幸せだからもう気にしてなかったんだけど、過去のあたしが受けた仕打ちに対してかーさまが怒ってくれたことで、あたしもかーさまの娘としてちゃんと愛されているんだって改めて実感できて……とっても嬉しかった」
「もちろん愛しているに決まっているよ。だって、あなたも私の大切な娘の一人、オンヅカ・リラだもの」
「えへへ、うん、あたしはかーさまの娘」
姉のトーイラを巡る恋のライバルであるがそれ以上に大好きな母親であるミノリ。ミノリに大切な娘と言われて、リラはうれしそうに顔を綻ばせる。
「それじゃあたし、結婚式当日がんばるからね」
「うん、がんばってねリラ。さてと、それじゃみんなも待っているだろうし、急いで家に帰r」
「あら~女神様じゃないですか~今日も世界中の美を集めたようなおへそですね~」
しかしその時だった。先ほどうっかり『あの人たち』と言ってしまったのがいけなかったのか、キテタイハを訪れる際の要注意人物がいつの間にかミノリたちに急接近していたのだ。
「あ、タガメリアさん……いやちょっと待って何その褒め言葉……」
「何って臍女神様であられるミノリ様への最高の褒め言葉ですけど~」
「いやいやいや、私なったつもりないからね!? 一度も! 臍神様に!」
聞き覚えのある声の方へ振り向いたミノリの視界に入ったのは、行きはよいよい帰りはなんとやらを体現するかののように姿を現した『キテタイハでなるべくなら会いたくない人物ランキングinミノリの脳内』堂々2位のタガメリアであった。
突然の出現と臍賞賛に対して呆れとツッコミをするミノリが改めてタガメリアの姿を確認してみると、タガメリアはどういうわけだか大量の荷物を抱えていた……小脇に死んだ魚のような目をしながら手を縛られ、リードのついた首輪をつけられている『白い羽が生えた何か』がいるように見えたがミノリは敢えて『それ』には触れないことに決め、臍神だなんだとこれ以上言われる前に、聞きたいことを先に聞いてタガメリアの思考から臍神から遠ざけようとする。
「というかどうしたんですかタガメリアさん、そんなにいっぱい荷物を持って」
「えっとですね~、実は近々ワンヘマキアに戻ることに決めたのでその準備をしていたんですよ~。ラリルレちゃんの痴態かかしショーを開く算段をつけられましたし~。
ちなみに今ラリルレちゃんにしているこれはおしおきの最中なんですよね~。この子ってば未だに自分は清純派だってトンチキな世迷い言を言うもんですからちょっとわからせてや……しつけ………教育を施し……神の教えを説いたのですよ~」
アブノーマルな状態をしているから敢えて触れたくなかったのにその『白い羽が生えた何か』ことラリレレがどうしてそうなっているのかという理由まで懇切丁寧にミノリに教えるタガメリア。
そんなラリルレ、口は縛られていないので自由にしゃべることはできるのだが……。
「あはっ、あはっ……ついに私、大衆の前で辱められちゃう……神聖な光の使いなのに……私……痴態かかしショーとかいうわけわかんないので……どこで道間違えちゃったのかな、あはは……」
「えーと……元気出してね? 多分タガメリアさんなりのあなたへの好意だから……」
タガメリアの横で全てを諦めたかのように囈言を繰り返す光の使いことラリルレ。ラリルレがこうなってしまったのは自業自得なせいもあって、ミノリも同情しづらくはあったのだがここまで悲惨な顔をしていると流石に哀れに思えてしまったのか慰めの言葉をかけた。すると……。
「……かーさま」
「え、ど、どうしたのリラ? そんなに冷めた声で」
ミノリの側にいたリラがなぜか冷めた声でミノリの名を呼んだ。
その声に驚いたミノリが困惑しながら返事をしたのだが…・・・リラの声が冷たくなった原因がすぐに判明した。
「かーさまがキテタイハにあたしを連れて準備していたのって白い羽とワンピースだったけどあの子も白い羽にワンピースだよね? ……もしかしてあたしも結婚式であんな風に」
「違うからね! あれはタガメリアさんの危ない趣味のせいでああなっているだけで決してリラにはあんなことはさせないからね! ちゃんと結婚式らしい綺麗な役どころだから!! というかあんなの視界に入れちゃだめ!!」
そう、結婚式に出る為に先ほどスーフェと打ち合わせた衣装がラリルレの衣装とかぶってしまったのだ。リラの誤解を解くために必死にフォローするミノリは心に余裕がなくなったのか先ほど慰めの言葉をかけたラリルレに対して『あんなの』呼ばわりである。
と、このようにキテタイハの二大トラブルメイカーの一人であるタガメリアが姿を現しただけでその場が混乱の渦へと飲み込まれてしまったわけだが……この混沌はさらに続く。
ミノリたちの声を聞いたある者が100メートル10秒という高校日本記録に迫るような勢いでミノリたちがこの町で最も恐れるあの人物が荒れ狂う土佐犬のような形相をしながら猛スピードで急接近してきたのだ。
「女神様ぁああああああ!!!! やっと議会が終わったので馳せ参じましたぞぉおおお!!!」
「ひぃぃぃいい!!! あ、リラが倒れた!! リラ起きて!!」
大体のことでは動じないミノリですら戦慄くキテタイハ町長であり、タガメリア、メーイの母、ハタメ・イーワックの登場である。
ちなみにだが彼女の声がした途端、リラは気絶してしまった。それほどまでにリラはキテタイハの町で特にハタメ・イーワックが苦手なのだ。
「以前にも公言しておりました女神様が住まう森までの道を女神街道として整備して等間隔に女神様たちの像を配置する事業が今日の議会で満場一致で可決してついに予算が降りましたぞーーー!!!! ですので早速来月から取り掛からせてもらいますぞーーー!!!」
「絶対やめて今すぐやめて!! 前も言ったけど邪神像の並木道みたいな街道なんて絶対やめて!! シャル、クロムカ、急いで帰るよ!!」
ヒートアップしてミノリの顔に吐息がかかるぐらいの距離に肉薄してくるハタメ・イーワックとそれを横で聞いてニコニコしているタガメリア、そして死んだ魚のような目で音飛びして前の方に戻ってしまって同じフレーズを繰り返す傷ついたレコードのように同じ囈言を繰り返すラリルレ。
この町へ今日来てから出てくるまでは平和だったというのにその3人が出現しただけであっという間に恐怖が支配する町へと姿を変えてしまい、ミノリは気を失ったままのリラを背負うとシャルとクロムカを連れて急いでキテタイハの町を後にしたのであった。
ちなみにだがこの後スーフェに作ってもらったリラ用の衣装を受け取りにもう一度キテタイハへ行かなくてはならなくなったミノリは、再び精神が疲労するようなハタメ・イーワックの歓迎を受けたのだが……それは別のお話。
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──そして一週間後。ついにその日はやってきた。
「よし、みんな行くよ。迷子にならないように気をつけてね」
ミノリをはじめとしたオンヅカ家の6人はノゾミの術によってミノリが前世住んでいた町にあるバス停の前に立っていた。
前世での穂里の妹だった秋穂の結婚式に出席するために。




