207. 17年と3ヶ月4週目⑤ 採寸と応援。
「って、いけないいけない……ごめんなさい、ずいぶん脱線しちゃったわね……依頼はリラちゃんの羽をごまかすためのカバーのようななものだったわよね? 採寸させてもらえれば作ることはできるけど、リラちゃんの羽ってそこまで大きくないからリュックの背の部分に穴を開けるだけで羽を隠すのが簡単で安上がりにもなると思うけどどうかしら? 蒸れる心配も少ないし」
「なるほど、そういう手があったか……」
1週間後に出席する予定のミノリの前世での妹、秋穂の結婚式で必要な準備の為と、初めての育児でいろいろ不安だったクロムカの育児用品を揃えるため、キテタイハの住人で顔見知りのメーイが最近始めたという店にやってきたミノリたち。
その店にいたスーフェという女性はシャルと顔なじみであり、さらにはミノリに保護される前のリラと因縁があったのだが、なんとか和解することができ、最初に予定していたリラのこうもり羽を隠すカバーについて打ち合わせを再開した。
「確かに移動の時はそっちの方がいいかも……だけど今回はカバーを別の用途で使用するので両方お願いできますか? それでカバーの方なんですけど純白の羽みたいにすることって……できますか?」
良案だとはミノリも思ったのだがカバーが必要なのは移動時だけでなく結婚式の最中もで、結婚式においてリュックを背負ったままというのは不適だ。
さらにその羽カバーをつけたリラにはミノリと秋穂はある計画を立てていた事から、ミノリは移動時にはリュック、結婚式の会場に着いてからは羽カバーにしようと考えてその旨をスーフェに伝えたのだが……。
「羽みたいにというとメーイのお姉さんのうるさいペットみたいなのかしら?」
「う、うるさいペット……ってあぁ、あの子か……」
この場に出てくるとは到底思えない奇妙な単語が突然スーフェの口から飛び出して、思わずその単語を繰り返してしまったが、それがメーイの姉であるタガメリアと一緒にいる『天の使い』こと『ラリルレ』の事だとミノリはすぐ察してしまう。
「そ、そんなに面識なさそうなのにラリルレさんについてはスーフェさんもそういう扱いなんですね……」
苦笑いを浮かべながらミノリが言葉を返すと、スーフェは眉間にしわを寄せながら何故スーフェがそういう認識になってしまったのかその理由を教えてくれた。
「だってあれ本当にうるさい子犬みたいなんだもの。メーイに連れられて何度か会ったことあるけど、光の使いという種族柄、あの子って闇属性にすごく敏感なのよね。
それに私ってモンスターだから肉体もモンスター特有の闇属性、魔力も闇属性混じりだから私を視界に入れるたびにあの子ってばモンスターがいるってぎゃんぎゃん騒ぎ立てようとするし。
まぁ騒ごうとするたびにメーイのお姉さんがニコニコしながら腹パンしてあの子を失神させてるけどね。それで体と口を縛り上げてからどこに隠していたのかわからない鞭を片手にあの子をこれまたどこに隠していたかわからない三角木b」
「わかりましたからそれ以上はもう聞かなくて大丈夫です! 大丈夫ですので!!」
「そう? これからが面白いのに……」
「残念がらないで!? 本当にいいので!!」
アブノーマルな話が出てくる気配を感じたミノリは純粋なリラや0歳児のホプルに聞かせるわけにはいかないと無理矢理話を遮った。リラはもう少しで大人になる13歳で少々過保護かもしれないが、まだ生まれたばかりのホプルには明らかに教育に悪い。今はクロムカに抱かれたまま眠っているが言葉を発することすら面倒がるこの子の場合狸寝入りの可能性も考えられる。だからこそ聞かせられないのだ。
それに今は色々な理由があって故郷であるキテタイハに戻ってきてはいるがタガメリアは本来ここから馬車で6時間はかかるす過疎村『ワンヘマキア』の教会で司祭を務めている聖職者だ。
だというのに出会った当初から全くブレないアブノーマルな性的嗜好の持ち主でもあるせいで、たとえこの場にいなくとも彼女の名前が出てきただけで子供の耳に入れたくない危険な言葉が次に飛び出してくるか全く読めず、油断ならないと改めて思うミノリなのである。
「とりあえず依頼の件は了解したわ。どっちも期限内に作れるわよ」
「よかったぁ。それじゃそれでお願いしますね。あ、あとリラには純白のワンピースも作ったもらいたいんですけど大丈夫ですか? これも家族には内緒で作らなくちゃいけないので」
「ええ、それも含めても期限内に間に合うからいいわよ。それじゃ採寸するからリラちゃんはこっちに来てもらえるかしら」
「うん」
スーフェが手招きをすると素直に歩み寄って採寸に応じるリラ。膝から下が無いためにバランスが取りづらいのか採寸に少し苦労している時もあったがそれでも器用にスーフェはリラの採寸を行っている。
「ふんふん、胸囲がこれくらいで羽のサイズがこれぐらい。肩幅は……あ、悪いけどリラちゃん、ちょっと今の私じゃ届きにくいから膝立ちしてもらえるかしら?」
「あ、そっか……はい」
スーフェの言葉に慌てて膝立ちをしたリラは採寸されながら何か思うところがあったようなのだがその事について口を開くことはなく、その後はミノリと共に穴を開けるリュックや羽カバーのデザインについてミノリとリラとで相談して決め、スーフェが作業を行うのに必要な作業がすべて完了した。
「うん、これですべて作ることができそうね。仕上がりは5日後くらいだからその時になったら取りに来てね。代金はできあがってからでいいわ」
「わかりました、それじゃお願いしますねスーフェさん。さてと……みんな帰るよー」
「わかったですのー」
「あ、はーいお姉様ー。それじゃスーフェ、またそのうち遊びに来ますね。今度は私の愛する伴侶も連れて」
「はいはい……それにしてもシャルも随分性格丸くなったわね。昔のあなたって……その……言葉悪い言い方しちゃうけど、そんなに強くない癖に自尊心ばかり強かったのに」
「それもみんなお姉様のおかげですよ。お姉様と出会っていたからこうして私は変わることができましたし、結婚もできて子供も生まれましたので」
「……そうね、本当に今のあなた、幸せそうだもの」
変わることができたのはミノリのおかげだと話すシャル。確かにシャルの性格が矯正されたきっかけは確かにミノリと出会ったことだが、それ以上にシャルが恋をした相手であるネメに振り向いてもらおうと努力を重ねた結果で恋をしたからこそシャルは変わることができたのだ。
そもそも、ネメに恋をしていなかったらシャルはミノリに対して拗らせた恋愛感情を持ち合わせた上で気持ち悪い態度で接してくる得体の知れない存在になり果てていた可能性も十分あったのだがシャルがその事を自覚している様子はなく……自覚していても困るが……。
「さてと、それじゃ私も帰りますね」
「うん、それじゃあまたねシャル」
ミノリの声かけでクロムカはすぐにミノリのあとを、シャルも帰り際にスーフェと言葉を交わしてから店を出て行き、最後まで残っていたリラも後に続くように扉へ向かおうとしたのだが、どういうわけだか扉の前で立ち止まるとスーフェの元へ再戻ってきた。
「あ、あら、リラちゃん、どうしたの?」
「うん、えっとおねえさんに聞きたいことがあったの」
「へ? な、なにかしら……」
先ほどは自分の行いを許してくれたことはわかっていても、一対一で聞きたいことがあると話され、少し不安になるスーフェであったが……。
「……おねえさん、メーイさんと過ごすようになってからは……幸せ?」
リラの口からできてたのはスーフェを論う言葉ではなく、単純に浮かんだ疑問を聞いてきただけのようだ。
だからスーフェも素直にその問いに答える。
「……うん。だけど私って欲張りだから、さっきシャルが結婚して子供もいるって話を聞いたら私ももっと幸せが欲しくなっちゃっているのよね。
メーイは私が恋愛として好きだという事にまだ気づいていなくて友達としか思われていないけど、いつかメーイに、この気持ちを正直に伝えたい。同性だしモンスターだから拒否されるかもしれないけれど、それでも好きなものは好きだから……」
顔を赤くしながら答えるスーフェの表情は人間だモンスターだといった種族は関係なく、ただ純粋に一人の相手に恋をしている女性そのものであった。
その言葉を聞いてリラも満足げに笑みを浮かべると相槌を打つように言葉をつなげる。
「きっとお姉さんならもっと幸せになれるよ。がんばって告白成功させてね。あたしもがんばってもっと幸せになるから」
「あら、ということはリラちゃんも好きな人が……?」
「……うん、あたしのおねーちゃんになってくれたトーイラおねーちゃん。ずっと妹としか思われてないけど……あと3年以内に堕とせたら恋人になるって約束したから絶対に叶える」
「……そうなのね」
そう己の決意を話すリラの瞳には強い意思が込められていた。絶対に叶えて見せるという意志の表れなのだろうとすぐに理解できたスーフェはリラの恋路を激励する。
「リラちゃんもがんばってね。私も絶対にメーイに振り向いてもらうから」
「うん、それじゃあまたね、スーフェおねえさん」
そしてリラも先に出ていったみんなの後を追いかけるように足早に店を出て行ったのであった。
次回は明日か明後日更新予定です。




