206. 17年と3ヶ月4週目④ スーフェ。
年度末進行など諸々の事情が重なってしまったため更新が遅くなってしまい本当に申し訳ないです。
「え、その声はシャル!? あー……シャルがいるならごまかす事できないわよね。そうよシャル、私スーフェよ、久しぶりね」
ミノリの前世の妹である秋穂の結婚式に出る準備、そしてクロムカたちの娘であるホプルの為に赤ちゃん用品を買いにキテタイハまでやってきたミノリ達。
この町唯一の良心といっても過言ではないメーイが最近開いたという店の中にいたフードを目深に被って素顔を見せないようにしていた女性店員はリラの姿を見た途端、まるで面識があるかのように小声で驚いたような声をあげ、リラもどこかで会った事がある気がすると女性店員に尋ねたのだが、本人がそれをまるで誤魔化すかのように頑なに否定した。
それを聞いてリラは自分の勘違いだと思ったのが……遅れて店に入ってきたシャルの発言によって思い違いでない事が明らかとなった。
「えっと……リラちゃんでいいのよね。さっきは否定したけどあなたが言ったとおり私はあなたと会ったことがあるわ。多分あなたにとって嫌な記憶なのは間違いないから私の事を恨んでいたりするに違いないけど……」
自虐めいた事を呟きながらフードを取って素顔をさらすスーフェという女性。その姿を見てミノリもこの女性が人間ではなくシャルの種族の上位種である魔女型モンスターである事に気がついた。
しかし、リラとスーフェの因縁について一切その事情を知らないミノリがリラに尋ねる。
「えっと、リラはあの人のこと知ってるの? 私はあの人知らないから多分私と出会う前の事だと思うけど……」
「そういえばかーさまには話してなかった。えっとね、かーさまに保護される前に北の城に幽閉されていたって事は話したけれど、あたしを捕まえてその城まで連行したのがあの人なの」
「……それってつまり……」
ミノリが保護した当時のリラは全身が傷だらけで栄養失調で痩せ細り、さらに左目も失明していた。そしてリラをそんな目に遭わせたきっかけを作った元凶の一人が今目の前にいるスーフェ。
その事に気づいた途端、ミノリのスーフェへ向ける視線が冷たいものとなる。
(この人のせいでリラは……)
基本的に負の感情とは無縁の存在であるはずのミノリの胸中に突如として湧き出す厭忌の感情。
転生したこの体が元々モンスターであった為に自分の意思とは無関係に『人間を殺そうとするモンスターとしての本能』によって愛娘であるトーイラとネメに対してその類の感情が沸き上がってしまった事はあったものの、本能以外のミノリの個としての部分ではそういった負の感情とはまず無縁だろうとミノリ自身は考えていた。
しかし実際には今ミノリの胸中に負の感情が沸き立っている事からわかるようにミノリが大切にしている家族へ危害が及びそうな場合などにおいて人一倍負の感情が吹き出してしまう事が多々ある。
それは『家族の為ならその身を犠牲にしてでもみんなの母として絶対に守りぬく』という不変の意志があるからで、そういった事情もあってミノリは今目の前にいるスーフェを『リラに危害を加えた張本人』と認識し、彼女の存在が『許せない』という認識になりかけていたのだ。
「……」
「……かーさま、落ち着いて」
普段のミノリらしからぬ冷酷な眼差しをスーフェに向け続けるミノリであったが、ミノリの様子が普段とは違う殺気めいたものになっている事を察したらしい空気の読める子リラがミノリを宥めようとミノリの手を引っ張って意識を自分に向けさせる。
「今のかーさま、怖い顔してるよ。あたしは大丈夫だからそんな顔しなくていいんだよ。だから……ここはあたしに任せてくれる?」
「……あっ、ご、ごめんねリラ。ちょっと私、我を忘れそうになっていたかも……。うん、それならここはリラのしたいようにしていいからね」
リラの言葉で我に返ったミノリは困惑した表情のリラに軽く謝りながら、所在なさそうに頭を下げたままでいるスーフェを見て彼女に敵意は無いと判断すると、リラにスーフェに対する全てを任せることにした。
(いけないいけない……私はリラの母親でリラの事を守るべき立場だけど、リラはもう一人じゃ何もできないわけじゃなくて自分の考えをしっかりと持ってちゃんと行動する事が出来るぐらいに成長した子。だからこそここはリラに任せなくちゃ……)
そしてミノリがあれこれ考えながら気持ちを落ち着かせようとしていると、ミノリの言葉を受けてリラが先手をとるかのようにスーフェの元へ近づいた。
「お姉さん、ちょっといい?」
するとスーフェは体をビクッと震わせたかと思うと、椅子から降りて、スーフェもまたリラの元へ自分から進み始めた。
スーフェの両足の膝から下が欠損しているのは本当らしく、手と膝を器用に使いながらリラの元までやってくると、そのままひれ伏すかのようにリラに謝罪しだす。
「本当に、本当にごめんなさいリラちゃん……。私も騙されていたとはいえ、私があなたを捕まえて北の城に連れて行ったばかりに……」
「……」
スーフェの謝罪を黙って聞いていたリラであったが、やがてスーフェと目線を近づけるようにしゃがむとリラは優しい声色でスーフェに語りかける。
「えっとね、あたしはお姉さんのせいで酷い目に遭ったのは確かだけど、あたしはその事でお姉さんのことを怒っていないし恨んでもいないからだから謝らなくていいよ。
お姉さんがあたしの事をなんとか逃がそうとしてくれていたのは気づいていたし、多分お姉さんに捕まっていなかったら、あたしはかーさまに保護されていなかったと思うの。
そうすると遅かれ早かれ特異体質で死んじゃっていたに違いないから……多分お姉さんに捕まったのが最良の選択だったんだなって今は思うの。
左目が見えなくなったことは残念だけど今では大好きな家族ができて……とても幸せだから」
そうスーフェに伝えたリラは『というかあたし、結果的に足まで切られちゃったお姉さんの事を許さないような性格の悪い子じゃないよ』とでも思っているかのような困惑と苦笑が入り混じったような表情になりながらミノリたちの方を振り向くと優しい笑顔をミノリたちに見せる。
それは本心から自分が今とても幸せだと思っているのが一目でわかるものであった。
(リラってば本当に心から幸せだって思ってくれているんだ。トーイラやネメはとうぜんだけど私、この子の母親にもなれて本当に良かった……それに対して私ってば感情のままにあの人に怒りをぶつけそうになっていたなぁ……ちょっと恥ずかしい)
リラが体だけでなく心も立派に成長している事を先ほどの発言や表情から実感することができて思わず感慨無量になる反面、感情に任せて怒り出しそうになった事に対しほんの少し自己嫌悪してしまうミノリ。そしてスーフェもまた、リラが許してくれた事を申し訳なさそうにしながらも安堵したように顔を上げた。
「……許してくれてありがとう、リラちゃん。実際に犯してしまった事は消えないけれどリラちゃんにそう言ってもらえるとほんの少しだけ罪が晴れた気がするわ。……まぁ斯くいう私もあの城から追放されたおかげで友達になれたメーイと一緒にお店を開く事が出来たわけだしね。
代償として足を切り落とされちゃったのと、追放の際に種族固有の飛空魔法以外のほぼすべての魔法の使用も封じられてしまったけど」
膝下を切断されたり魔法を使うモンスターという種族においては生命線ともいえる魔法をほぼ全て封じられてしまったという明らかに重い罰を受けたにも関わらず、それを気にしていないかのような素振りで話すスーフェ。彼女の口から『メーイ』の名前が出たことから、どういう経緯で出逢ったのかはまだわからないがスーフェもメーイと出会った事によって色々と変わることができたらしい。
(リラもスーフェさんの事を許したみたいだし、私個人としてもキテタイハで数少ない良心のメーイさんとスーフェさんの事でこじれたりするのは嫌だったから、出しゃばらずにリラに任せて本当によかった……ってあれ?)
ミノリが内心でそのようなことを考えていると、ふと、ある事を疑問に思ったようでスーフェに尋ねた。
「そういえばスーフェさんって普通に人間の町で暮らしていて大丈夫なんですか? シャルの昔なじみという事はあなたもモンスターのはずだから……」
「あ、お姉様。それ私も気になってました。私もネメお嬢様と仲良くなった後でもモンスターとしての本能に抗えなくて襲いかかった事があるというのに……」
ミノリたちが店に入った際、正体を明かさない為にフードを深々とかぶって目を見せないようにしていた事からもわかるように、スーフェはれっきとしたモンスターである。
基本的に町中にモンスターがいると人間に気づかれてしまった時点で、人間たちはそのモンスターを駆除しようとしたり、逆にモンスターはモンスターでで自身の意思とは無関係に『モンスターとしての本能』によって人間に襲い掛かる。それは先程スーフェが友達だと言ったメーイも例外ではなく全ての人間に対して殺意が噴出するため、基本的に人間の町というのはモンスターであるスーフェにとっては非常に住みづらい場所のはずだ。
だというのにキテタイハの町の中に住んでいるということはそれなりの事情があるはずとミノリに追従するようにスーフェに尋ねると、スーフェは少し気まずそうにしながらその疑問に答えた。
「……えっと、実は何度も本能に抗えなくてメーイに襲いかかっているの。だけどさっき話したように、今の私って飛空魔法以外の魔法を封じられてしまって有効な攻撃魔法が一切使えないのよ。
そんな私にできる攻撃手段っていったら腕力のないへなちょこパンチとほうきで叩いたりするぐらいだから、メーイにダメージが及ぶ事が全くないのよ。
それでも攻撃されている時点で不快には思うはずなのにメーイってば全く動じないどころか私のことを落ち着かせようと本能が収まるまで抱きしめてくれたりして……私を傷つけないようにしてくれるメーイの優しさが嬉しくて……」
そう話すスーフェの表情は先程までの気まずそうなものからいつの間にか恋い焦がれる乙女のような表情へと移ろい、頬を赤く染めていた。
その表情は友達に対して向けるものではなく、むしろ……。
思い切ってミノリはスーフェに尋ねた。
「もしかしてスーフェさんは……メーイさんのことを友達以上に想うように?」
「……ええ。だって私がモンスターだという事に出会った時点で気づいていたのにこうして一緒にいて友達として支えてくれたんだもの。……好きにならないはずないじゃない」
ミノリの質問にスーフェが顔をさらに紅潮させてから肯定するようにゆっくりと頷くと、その話を相づちを打ちながら聞いていたシャルがニマニマという擬音が似合いそうな妙な笑みを浮かべたかと思うとスーフェの肩に手を置いた。
「おやおや、スーフェも隅に置けないですね。昔は誰かと恋をする事に対して憧れていた私に対して素っ気なく『憧れるけど野良モンスターの私達には無理に決まっている、どうせ報われずに人間に殺される運命』なんて言っていたくせに。
ちなみに私はさっきもチラッと名前出しましたけどこちらのミノリ様の次女であるネメお嬢様の伴侶になって今や一児の母親ですからね」
「う、うるさいわねシャル! ……私だって、まさかこんな風に誰かを想うだなんて微塵も思ってなかったんだから……って、え!? シャル結婚してるの!? そっか、そうなのね……でもシャルも誰かと結ばれるという夢を叶えたというのなら私も目指しても……」
シャルが既に人妻であることを知った事で何かを決意したような顔になるスーフェ。
そして先ほどまでは怒りの感情が胸中を支配していたミノリもまたすっかり怒りの感情など消え失せたようで、スーフェの恋愛事情について根掘り葉掘り色々尋ねる。
「そういえばスーフェさんはメーイさんとはどういう風に知り合ったの? よく考えたらどういう接点で2人が友人関係になったのかすごく不思議……」
「えっと、確か半年前ぐらいかしらね。北の城を追放されてから人里離れた場所で細々と隠れ住んでいたのよ。生きているだけでも運が良かったと思うようになっていたしね。
だけど生命力も魔力もその罰を受けた時に何年もずっと回復しなかったら、せめて生命力だけでも元に戻そうとこの町近くで薬草を採取しにやってきたんだけど……2人組の人間に襲われて攻撃されたのよ。
ただでさえ生命力も回復してない程に弱ってる上に攻撃魔法も封じられて一切の攻撃手段手を持っていない私はあっという間にその2人組の人間にボコボコにされて瀕死の状態にされちゃって……」
「へ? 半年前ですの?」
今まで口を挟まずにただミノリたちとスーフェのやりとりを、既に昼寝に突入しているマイペースな娘ホプルを抱きながら聞いていたクロムカが半年前という言葉に引っかかりを覚えたらしく、その点を確認するかのようにスーフェに問いかけた。
「ええ、半年前で間違いないわね。それでその人間たちが弱って動けなくなった私を見ながら『黒髪の恐ろしい化け物女のせいで依頼されていた一儲けする計画がオジャンになって大損だ。この魔女型モンスターはどうせ売り払っても安く買い叩かれるだろうからせめてその躰に鬱憤をぶちまけてやらないと気が晴れない』って言いながら私の服を破ろうとしてきて……その時点で命の危機とは別の恐怖を感じたから最後の魔力を振り絞ってなんとか飛行魔法で近くの森に逃げきったのよ。
だけどそれで魔力も完全に底をついたし、生命力も全く残っていなかったから逃げこんだ森の中であとは死を待つだけだったはずだったんだけど……その森にたまたまいて倒れた私に気づいて回復薬を飲ませて助けてくれてのがメーイだったのよ。
モンスターだって私の事を見た瞬間に気づいたみたいだったのにそれにもかかわらず……」
本当にメーイの事が好きになってしまったのであろう、当時の思い出を最初は少し辛そうに話していたのにメーイが出てきたあたりからうっとりとした表情になるスーフェ。
そしてスーフェの話を聞いて何かに気づいてしまったらしいクロムカがスーフェには聞こえないぐらいの小さな声で近くにいたシャルに話した。
「あの、シャルさま……。もしかしてスーフェさまの話に出てきた2人組ってあの時の……」
「ええ、多分クロムカさんを襲った人たちですね……。話に出てきた黒髪の女はおそらくネメお嬢様です」
スーフェがメーイと知り合うきっかけとなったのは、半年前にクロムカが襲われた事件のその後だと気づいた二人は、戸惑うように眉間にしわを寄せる。
そしてそんな2人の横で話を聞いていたミノリもまた心の中で冷や汗をかいていた。というのもそれらの話を統合すると、スーフェが襲われた原因を辿っていけば自分という存在があったからだと気づいてしまったからであった。
(うわぁ、最初に出しゃばってリラの代わりに怒らなくて正解だった……。スーフェさんが襲われたのってほぼ確実に私を襲おうとして勘違いしてクロムカを連れ去ろうとした人たちじゃん……これで文句なんて言ってしまった後でスーフェさんが襲われたそもそもの原因が私にあると知られてしまったら絶対に私とスーフェさんの関係はこじれていたはず……)
怒りに任せてスーフェを罵らなくて本当によかったと心の底から思うミノリ。そしてシャルもまた自身の伴侶であるネメとママ友が原因でスーフェが襲われたことは黙っておきたいのか、話を逸らそうと2人組の人間を1人で追い払ったメーイについて驚いたような顔を装いながら話を続けた。
「そ、それにしてもメーイさんって何で森の中にいたんですかねー。先程もお会いましたけど普通の町娘とだと思っていたんですが」
「まぁ見た目は確かにそうよね。だけどメーイって実はとても強くて、私が逃げ込んだ森の中にいたのもウマミニクジルボアを討伐して肉屋に卸すアルバイトをしていたからだったみたいなのよ。
……そういえばメーイってなんで私のこと助けてくれたのかしら……普通の人間なら見た目は人間に近くてもモンスターだとわかったら討伐しようとするはずなのに。しかも弱っていた私を倒すのは簡単で絶好の機会だったのに」
メーイとの出会いを話しながらふいに自分でもそれを疑問に思ったらしいスーフェが人差し指を顎に宛てながら考え込むように視線を上に向けた。
(あれ……? 言われてみればメーイさんだけでなくタガメリアさんもなんでだろう……)
表情に出さないようにしながらもミノリもまたスーフェのつぶやきを聞いてそのことについて考え出す。
(フラグ切り替えのおかげで私はモンスターと見なされなくなったけど、キテタイハの人たちがモンスターだらけの私たちを受け入れてるのは町長のハタメ・イーワックさんを私が助けたことで『モンスターの姿をした女神というのもいる』と思い込んだことで町の人を『モンスターだと思っても対話が可能なら話をする』みたいに洗脳……いや、布教?……教育? ……ともかくそんな事をしていたからのはず。
だからこそ私がフラグの切り替えのおかげでモンスター扱いされなくなった後でもリラやシャル、そしてモンスター化した元人間のクロムカの事は私の眷属のモンスターという体で受け入れていたはず。
だけどあのメーイさんとタガメリアさんがキテタイハに戻ってきたのってそういった洗脳をハタメ・イーワックさんが町民にしでかし……施した後だから、この町のおかしな状況について異様に思うよね普通。
だけど2人がそんな風に思っている様子はこれっぽっちも感じないし……うーん?)
考えを巡らすたびに新たな疑問が次々脳内に生まれてきてしまい、堂々巡りに陥るミノリなのであったが……。
(ま、いろんな人がいるって事で別にいいか……)
深く考えずにそう結論づけたのであった。




