200. 17年と3ヶ月目②-8 『おめでとう』の5文字のために。
「えっと……この姿は……」
自分が姉であった穂里だという事を信じてくれた秋穂から『その姿は何?』と尋ねられたミノリはどこまで踏み込んで説明しようか悩んでしまい、言葉を詰まらせてしまっている。
というのも秋穂はミノリとの嗜好の違いからミノリが死ぬ直前まで遊んだこのゲームを遊んだことがないからだった。
(秋穂になんて説明すればいいのかな……少なくとも私が転生した先のゲームはやってなかったはずだからこの姿の詳細については省くとして……でも本読むのは好きだったはずだから異世界転生は通じるはず……)
しかし秋穂はミノリの記憶の限りではそれ以外のゲームなら遊んでいたし、穂里が秋穂に小さい頃から読み聞かせをしていたこともあって、小学生向けの文庫でファンタジーものを図書館から借りてよく読んでいたぐらいには読書好きにはなっていたから少なくとも異世界転生については理解できるに違いない。
そのように考えたミノリはゲームをプレイしていないと理解できない部分を省いて、素直に異世界転生した姿である事を秋穂に打ち明ける事に決めた。
「えっと……この姿は私が死ぬ直前まで遊んでたゲームに出てきた子で、こっちの世界で死んじゃった後気がついたら異世界転生したらしくてこの姿になっちゃって……」
「死ぬ直前まで……って、あぁ、土砂の中から見つかったお姉ちゃんに絡まっていたあのゲーム機の……ゲームソフトはその時見つからなかったけど……そっか、それが理由でお姉ちゃんはその世界に転生しちゃったんだね。
……でもお姉ちゃんのその姿、ダークエルフって感じがして色っぽくて綺麗でかっこいいね。きっとゲームでも人気キャラだったんだろうね」
「あはは……」
ミノリは言えない。この姿はそのゲームに出現するただのザコモンスターで、あまりの出現度の低さからモンスター図鑑コンプリートを目指すゲームプレイヤーから好かれるどころか蛇蝎のごとく嫌われた存在だいうことを。
「それにファンタジーっぽい世界に転生したってことは、世界中を旅したりもしてるんだよね。家族総出とかで。すっごいなぁ」
「う、うん……」
ミノリは再び何も言えない。今いる世界に転生してから17年強。我が家のある森周辺と一番近くのキテタイハの町以外では数えるほどしか出かけてないという半ひきこもり生活を送っていることを。
そのせいで愛想笑いしかできないでいるミノリの心境を知るはずもない秋穂は、ズイッとミノリに顔を近づけてくる。
「……というかお姉ちゃんの肌、小じわもシミも全くないし、保湿も完璧っていった感じにつやつやしてるんだけど! 長寿のエルフだから肌年齢の進行も遅いの!?
スタイルもスラッとしててきれいだし適度についた筋肉も素敵だしホンットうらやましいなぁ……私はだんだんしわが出始めて体重が落ちにくくなってきたっていうのにお姉ちゃんはむしろ若返ってる……」
「あはははは……ソンナコトナイヨ……少シズツ老化ハシテルヨ……」
羨ましそうにミノリの赤子のようなたまご肌をじっと見つめてくる秋穂に対してミノリはやっぱり言い出せない。
この姿に転生してから17年、身長体重全て変化がなく、肌年齢もずっと17年間そのままだという事を。
そのせいでミノリは先程からひたすら愛想笑いを続けて誤魔化し続ける事しかできなかったのだが、完全アンチエイジング少女となっているミノリに対して負のオーラを徐々に出し始めてきた秋穂にこれ以上この話題を続けさせない方が無難だと判断し、秋穂から意識を反らせるためにミノリは秋穂に聞きたかった事の一つを尋ねた。
「そ、そういえばさ、この家のどこかに今の私とそっくりな人形があるはずなんだけど、秋穂はなにか心当たりある?」
「え、人形? さっき台所でお茶を入れようとしたときにそれっぽい人形が飾ってあったけど……あ! そういえば前にお母さんがお姉ちゃんの墓参りに行った時に同じ名字を名乗る不思議な女の子に会って雑誌をあげたら人形をもらったって話していたような。この辺りって『隠塚』という苗字を名乗る人、私たち以外見た事一度も無かったからすごく不思議に思っていたんだけどもしかして……」
「そう、その女の子ってどうやらこのノゾミらしいんだ。ね、ノゾミ?」
「うん! ノゾに本くれたから代わりに人形あげたの」
隠塚姓は九州北部に点在している名字で、その名字を名乗る人数もそれほど多いわけでない。その為、他地方では見かける事はあまり無く、実際、ミノリ自身も生家があるこの雪国の地方都市ではミノリたちの家族以外で隠塚を名乗る人物を見かけたことはたまにやってくる親戚以外では一度も無かった。
そういった事情もあってミノリは先ほど秋穂の口から出た話も踏まえて、ノゾミがドロンとした術を使った際に出会ったのはやはりミノリの母であったタカネで間違いなかったようだ。
そして、ノゾミからもらったミノリ人形をタカネが不審がって捨ててしまう可能性もあったのだが、先程の秋穂の話しぶりから、どうやらタカネはミノリ人形を捨てずに飾ってくれていたようだ。まぁ、人形に込められた魔力が家からすると話していたので捨てたとはミノリもあまり思っていなかったのだがやはり実物を見るまでは確信できなかったのだ。
「本? ってあぁ、ゲーム雑誌か。お母さんに『お姉ちゃんのお墓に何をお供えしたらいいか』って聞かれたからゲーム雑誌でいいんじゃないって応えたんだよね。それで人形だっけ…………ちょっと取ってくるね」
そして席を立った秋穂が暫くして台所から持ってきたのは確かに見覚えのあるミノリ人形の一つだった。
「これで合ってるよね? 今のお姉ちゃんの姿に似てるからこれかなって思ったんだけど……はい」
「あ、それだよ。やっぱりここにあったんだ。ノゾミ、ちょっとこの人形預かっててくれるかな?」
「? うん、わかったよおばーちゃん」
秋穂が持ってきたミノリ人形受け取ったミノリがそれをノゾミに手渡すと、まだまだミノリに聞きたいことがたくさんあるらしかった秋穂がミノリが話を切り出すよりも先に間髪入れずに言葉を続ける。
「それでさお姉ちゃん。私、もっとお姉ちゃんの話聞きたいから色々聞かせてよ。今どんな風に暮らしてるのかとか、そっちの世界に移ってからどんな事があったのかとか。
娘が3人もいると育児の話いっぱいになるだろうけどどんな風に子育てしてきたのか色々聞きたくて仕方ないよ」
17年ぶりの再会ともあって、色々聞きたくなる秋穂の気持ちも尤もだだと考えたミノリは、まずは秋穂に聞かれたことを答えてから、自分が秋穂に伝えようと思ったことを言うことに決め、自分たちの娘の事や今の生活について秋穂に話そうとマントの中を漁り始める。
「わかったよ、秋穂。ちょっと待ってね、まずは私の今の家族について話すから。……よかった、いつもお守り代わりに持っていて……ほら、これが今の私の家族だよ」
そしてミノリがマントの中から取り出して秋穂に見せたのは、常日頃ミノリがお守りとして大事に持っている写真。
タイミングよく数ヶ月前にお隣に住むクロムカとザルソバふうふと一緒に撮ったばかりなのでその2人も併せて紹介できる。そんな風にミノリが考えていると……。
「写真があるの!? ファンタジーっぽい世界で!?」
それ以前に、写真が存在するという事だけで秋穂に驚かれてしまった。
「うん、こっちと作り方は違って魔法を使った方法だけど写真はちゃんとあるんだ。それで、この子たちが今日連れてくることは出来なかったけれど私の家族だよ。家族ぐるみで付き合いのある隣の家の人たちも一緒に写っているだけどね」
「そ、そうなんだ……」
そしてミノリは写真に写っている人物について一人ずつ秋穂に紹介し始める。
「ノゾミと私についてはもうわかっているから省略するとして……この金髪の子が長女のトーイラで、黒髪の子が次女でノゾミの母親のネメ、白髪で羽が生えているこの子が三女のリラで、この子たちが私の娘3人だよ。そしてピンク髪のこの子は次女の嫁でノゾミのもう一人の母親のシャル。
こっちの2人は家族単位で付き合いのあるお隣さんふうふだけど、金髪の子は一時的にうちで保護していたからある意味家族も同然のクロムカさんで、その隣がザr……その相方さん。この2人も私のところの娘ふうふと同じで女性同士のふうふで、こっちの金髪のクロムカが妊娠中」
前世の自分のせいでひどい名前になった『ザルソバ』の名を口にすることができず、『相方』という表現でごまかしたミノリであるが、ミノリの隣人であるためか秋穂はミノリの娘たち以上には興味を覚えなかったようでその事については特に気にした様子はなく、写真に写っているミノリの娘たちに感激した様子で食い入るように眺めている。
「わぁ……写真がある事にも驚いたけど、みんな美人……それにしてもリラちゃんには羽が生えててシャルさんも少しとがった耳してるけどこれらもコスプレじゃなくて本物なんだよね?」
「そうだよ。だからリラはその羽でちゃんと飛べるよ。というかそもそも私の耳だって長いから本物だってすぐわかるよ。……秋穂、私の耳、触ってみたい?」
つい、茶目っ気を出して秋穂に触りたいかと尋ねるミノリ。ほんの軽い冗談のつもりだったのだが、秋穂はそれを聞いた途端、目を輝かせる。
「いいの!? さっきからお姉ちゃんのその耳、ピコピコ動いててすっごい気になってたんだ」
「え!? やっぱり動いてた!? ……ま、まぁいいか。ほらいいよ、秋穂」
以前にもトーイラたちから指摘された事があったが、やはりミノリの長いエルフ耳はミノリの意識とは関係なく、ミノリの感情の変化によって動いているらしい。
自分ではどうする事もできないエルフ耳の動きに、ほんの少し恥ずかしい気持ちが湧き出し、やっぱり触らせるのをためらってしまいそうになるミノリであったが、触らせると言った手前もう引き下がれないと覚悟を決めて秋穂に向けて耳を向けると、秋穂は身を乗り出してミノリの耳を触り出す。
「わぁ……コスプレじゃなくて本当に長い耳なんだ……あったかい」
「そう、本物だよ。そして娘達……長女のトーイラと次女のネメはどうやら私のこの長い耳が大好きらしくて、時々甘噛みさせてほしいってお願いしてくるんだ」
「……それはちょっと娘さんたちおかしいと思うよお姉ちゃん」
「……やっぱり?」
あまりにも直球すぎる言葉が秋穂の口から飛び出してきたが、その言葉は至極当然すぎて同調する以外の選択肢がないミノリなのであった。
その後、暫く秋穂の好きなようにミノリは自身のエルフ耳を触らせていたが、触るのに満足したらしい秋穂はその手をミノリから離して再び写真に目を落とすと、今度はリラの羽に視線を向けた。
「ところで、リラちゃんの羽はなんだかこうもりみたいだけど……吸血鬼やサキュバスみたいな種族なの?」
「うん、三女のリラは吸血鬼だよ。といってもよく創作物にあるような不老不死じゃなくてちゃんと成長するし、吸血はするけど魔力の回復の為の吸血だから吸われた相手が眷属になるわけでもないから安心して吸わせてるよ。それとひなたぼっこが大好きで川で水遊びもするから流水も平気でニンニクみたいなにおいのする料理も平気。だけどトマトジュースのような血以外の赤い飲み物が飲めないんだ……ってどうしたの秋穂? 変な顔して」
リラが吸血鬼である事をミノリが説明すると、なぜか秋穂は『お前は何を言ってるんだ』とでも言いたいかのような表情。なぜそんな顔をしているのだろうかとミノリが不思議そうに秋穂を見ていると……。
「……それって本当に吸血鬼?」
普通に考えたらそりゃそんな疑問を覚えても仕方ないと思えるような疑問が秋穂の口から飛びだす。
確かに今のリラは吸血する点とコウモリのような羽がある点以外吸血鬼らしい特徴が全くないどころか吸血鬼の性質と真逆な点まである以上秋穂の疑問は至極全うなものだが、それらの事を全く疑問に思っていないミノリはその問いに対して不思議そうな顔になりながら答える。
「うん、種族的には本当に吸血鬼だよ。だから吸血するわけだし。ただまぁ特異体質だった時期があった事もあって吸血鬼にしては珍しい光属性で、だから日光に当たっても平気なわけだけど」
「……属性ってファンタジー小説とかにRPGのゲームとかにあるあれ? それが光属性なの? 反対の闇属性とかじゃなくて? 吸血鬼なのに? 日光浴びて灰にならないの? ……もう一回言うよお姉ちゃん、リラちゃんって本当に吸血鬼?」
「本当に吸血鬼だってば……えっと、その事はもういいとして……」
……疑いの眼差しが強くなってしまった。その眼差しを見てミノリは『何故そんなに吸血鬼である事を疑問に思うのだろうか』と実際にリラへ吸血させている身としてはただただ不思議に思うばかりなのだが、流石に疑いの眼差しを向けられ続けるのは勘弁してほしかったようで、話題を無理矢理切り替えた方がいいと判断し、強引に次の話題を振る事に決めた。
「それで秋穂……私、まだ秋穂に話していなかったよね。どうしてこっちの世界で死んじゃったはずの私が17年も経ってからここへ戻ってきたのか」
「あ……うん、教えてお姉ちゃん」
それはミノリがこの世界へやってきた理由である。そう伝えた途端、先ほどまでのふざけ半分だった秋穂の表情が一転、真剣な表情に。
どうやらそこは秋穂も気になっていたようだ。その視線を受けながら、ミノリはここへやってきた目的を打ち明け始めた。
「……今日、私がここへやってきたのは……秋穂におめでとうって言いたかったからだよ。その為に一度だけこの世界に戻ってきたんだ。結婚……したんだよね? ……おめでとう、秋穂」
「え……!? た、確かに結婚したけど……なんでお姉ちゃんが知ってるの!?」
自分が結婚した事を、17年前に死んで異世界へ転生し、今日その異世界から戻ってきたミノリが知っているとは思っていなかったので、むしろ自分から報告しようかと秋穂はうっすらと考えていただけに、その事を既にミノリが知っていたことに秋穂は驚きの色を隠せない。
「私、お姉ちゃんと再会してから一度も『結婚した』って言ってないよね……? 『家を出た』とは言ったけど……」
驚く秋穂の表情を見ながらミノリはゲーム雑誌に挟まれていた手紙を取り出すと、何故自分がその事を知っているのか、その理由を秋穂へ打ち明けた。
「秋穂が驚くのも無理ないよね。それで、どうして私がその事を知っていたかって言うと……それはお母さんがノゾミに渡したゲーム雑誌。その中に私宛のこの手紙が挟んだままだったんだけど、その手紙の中に秋穂の結婚式の招待状も一緒に入っていたんだ。
……まぁ、ゲーム雑誌にこの手紙と結婚式の招待状が挟んであった事に気がついたの、今日なんだけどね。……だからごめんね秋穂、結婚式、出られなくて……でもね、どうしても私、秋穂におめでとうって言いたくてこうしてここまで来たんだ」
もう少し早く気づいていれば結婚式に出られたのに、その事を申し訳なさそうに言うミノリに対して、秋穂はおめでとうと言ってくれた事が嬉しかったのか頬を紅潮させた後、ミノリの発言で何かに気づいたらしく、『あれ?』と首を傾げた。
それは半年以上も前に出された手紙だからこそ起きてしまった、ミノリが知らない『ある事実』。
「そっか……そういう事だったんだね。うん、お姉ちゃんが言うように私、半年前に籍は入れたよ。
……だけどお姉ちゃん、一つだけ勘違いしてるけど……私の結婚式ってまだ終わってないよ? 私の結婚式、2週間後の7月上旬だよ?」
「え?!」
……秋穂の口から出てきた『ある事実』、それは、秋穂の結婚式はまだ終わっていなくてこれから行われるという、ミノリにとってはあまりにも予想外な言葉だった。




