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197. 17年と3ヶ月目②-5 まっくら世界を抜けた先で。

 前世の自分が住んでいた世界へ転移する為に、ノゾミのドロンとする術で一緒に移動したミノリ。しかしミノリが目を開けてみるとそこは辺り一面真っ黒の暗黒世界であった。


(うわぁ、どっちを向いても真っ黒。まるでゲームの場面転換時の暗転画面みたいな……いや、本当に場面転換時の暗転の方でいいんだよね? 決してバグでフリーズした時の暗黒画面の方じゃないんだよね?)


 もしもここがフリーズした時の暗転画面なら一生ここから抜け出せないのかもしれないと突然不安な気持ちがミノリの胸中に吹き出してくる。


「ねぇノゾミ、本当にこれ大丈夫なんだよね? ちゃんと行けるんだよね?」


 不安がるミノリに対して、この術を使った当人であるノゾミは特に気にした様子はないままミノリの問いに答える。


「うん、大丈夫だよおばーちゃん。ここは多分ノゾたちの世界とおばーちゃんの元いた世界の間を繋ぐ橋みたいなのだからここを通らないといけないんだよ」

「そうなんだね、という事はワープ空間みたいなものなのかなここは……とりあえず出られないわけじゃないとわかっただけでも安心したよ」


 ノゾミの答えを聞いて、少なくともフリーズした世界ではないことがわかり、安堵するミノリ。しかしこの真っ黒な空間はあくまで通過点で目的地は別にある事を思い出し、再びノゾミに尋ねる。


「それでノゾミ、これからどこに行けばいいのか私には全くわからないんだけど……これからどっちに行けばいいかノゾミはわかっているんだよね?」

「うん、ちょっと待っててねおばーちゃん、今見てみるから。えーっと……あ! あっちだよ! あっちにおばーちゃん人形の魔力が見える! おばーちゃん行こっ!」


 魔法生物のような存在であるからなのか魔力を目で見ることができる特性が備わっているノゾミは、タカネに渡したミノリ人形の魔力を見つけるとミノリと手を繋いだままその方角へ向かおうと促す。


「わっ、ちょっと待ってノゾミ。走らなくても大丈夫だから転ばないように歩いて行こうね。……あれ、そういえば……」


 むしろ自分が転びそうだし、と内心思いながらノゾミと魔力が見える方へ歩き出すミノリであったが、その最中さなかふと気になった事をノゾミに尋ねた。


「ねぇノゾミ、今回は魔力が見えているから迷わずにタカネおばあちゃんたちの方に行けるみたいだけど……初めての時もどうしてそっちの方に行っちゃったの?」


 ミノリが疑問に思うようにノゾミが初めてドロンとする術で転移に成功した時、あっちの世界には今ノゾミがいうような魔力が感じられるものは一切ない。そうするとやはり最初にミノリの前世の世界に辿り着いたのは偶然だったのだろうかとミノリが思っていると……。


「うーん……間違えて?」

「え、間違えてだったの?」


 偶然ですらなく間違った結果あっちの世界に迷い込んだそうで、その理由もノゾミは教えてくれた。


「うん、最初にドロンとする術使った時もここにやってきたんだけど、術が成功した事が嬉しくておばーちゃんへ教えようとすぐに元へ戻ろうとした時に、つい魔力じゃなくておばーちゃんのにおいのする方を探しちゃったの」

「に、におい……? なんでにおいで探そうとしちゃったの?」


 ノゾミが最初に間違えてミノリの前世にいた世界へ迷い込んでしまったのは、ミノリの探し方が違ったからのようだが、何故においで探そうとしたのだろうかと疑問に思って続けて尋ねるミノリに対し、少しバツが悪そうにしながらその問いにノゾミは答えた。


「うーんと……その時も魔力が見える方に向かえばすぐに戻れたと思うの。だけどそれだとおばーちゃんから少し離れた場所に出てすぐにドロンする術が成功したって言えないと思ったの。だっておばーちゃん、魔力全然無いから魔力では探すのができないんだもん。

 だからノゾはおばーちゃんのにおいで探すことにしたの。ノゾがおばーちゃんを探す時はいつもにおいで探してるんだよ」

「そうなんだ……ノゾミは魔力が見えるみたいだけど私には魔力が無いのにそれでもすぐに見つけてくれるのはなんでだろうと思っていたんだけど……そっかぁ、においだったんだね」


2歳にして身体能力が常人よりも遥かに高いのはミノリもわかっていたが、体力や魔力だけでなく、嗅覚もいいと知り、素直に驚くミノリ。しかしそんなミノリの称賛の声を聞いてもノゾミの反応はイマイチであった。


「うん……だけどにおいで探す時は魔力と違って目を閉じて集中しなくちゃいけないの。目を開けてると見える魔力で集中できないから。

 でもおばーちゃんのにおい大好きだから探すくらい簡単にできるって思ったんだけど……その時ね、なんでかおばーちゃんっぽいにおいのするところが2つあったの。それでこっちかなーって間違えて行っちゃった方がおばーちゃんの元いた世界だったんだよ。

 あの時からどうしてノゾはおばーちゃんじゃない方に間違えて行っちゃったんだろうなーって今までずっと不思議に思ってたんだけど……ノゾ、ようやくわかったの。

 ノゾが出た場所はお墓だったんだけど、おばーちゃんのお墓からおばーちゃんのにおいを感じたんだって」


「……なるほど、そういう事だったんだね。墓の中で火葬されて骨になった私のにおいがわかるのもすごいと思うけど……骨からしていいにおいなのかな私……というかネメ達だけじゃなくノゾミも私のにおい好きなんだね……」


 孫のノゾミだけでなく娘であるトーイラやネメもそうだが何故か娘たちはミノリのにおいを異様に好む。自分から何か変なフェロモンでも出ているのだろうかと実は最近になってようやく疑問に思い始めていたミノリなのだが、ここでもにおいの話題が出てしまってミノリはほんの少し微妙な顔になる。


 そのようにミノリとノゾミが話しながら黒一色の世界で歩を進めていくと、小さな光が灯る場所が視線の先に入った。


「あれ、ねえノゾミなんだかあっちの方が光って見えるけど……もしかしてあそこが出口?」

「あ! おばーちゃんそうだよ!!あそこがおばーちゃんがおばーちゃんになる前の世界の出口! おばーちゃん、早く行こっ!」


 どうやらそのようだったらしく、ノゾミはミノリの手を引っ張って早く行こうと促す。


「あ、待ってノゾミ。魔力から少し離れた場所に出ることってできる? 多分誰も私がミノリだって気づかないだろうから建物の中に出たりしたら大変なことになっちゃうから」

「そうなの? わかった! それじゃ少し離れて安全そうな場所に出るね!」



 元気よく返事をするノゾミに手を引っ張られながら、ミノリは光が見える方へ一緒に走り出したのであった。



******



「おばーちゃんどう? ここ、おばーちゃんの近くであってる?」

「うん、山の稜線りょうせんに見覚えあるし、ここから見える建物にも見覚えがあるよ」


 真っ黒な世界をノゾミとともに駆け抜けた先にミノリが出てきたのは、妙に西風ならいが強く吹くどこかの道の上。周囲をミノリが見回してみると路面はアスファルトで舗装されていて電信柱に記載されている電柱番号の冠称名も覚えのある地名で、少なくとも前世の自分が住んでいた近所であることは間違いないようだ。


 流石に転生してから17年という歳月が経っているため、知らない建物や付け替えられたらしい道など記憶と異なっている箇所もそれなりにあるが、それでもミノリは今いる場所が実家近くなのだと確信できた。


「それじゃ早速家の方へ……あっ。ノゾミ、道路の真ん中だと危ないから脇の方においで。鉄の牛車みたいなのがやってきたから」

「牛車? うん、わかった」


 そして前世の実家へ向かおうとしたその時、後ろの方から物音が聞こえてきたのを確認したミノリはノゾミを道路の脇にけるように伝えてノゾミがその通りに避けると、ミノリたちの後ろから耕運機が低速でやってきた。


 ……こういった時にやってくるのは大抵は乗用車が基本なのだろうが、前世のミノリが住んでいた場所は地方都市の山間部である。


 そうすると乗用車ではなくこんな風に耕運機が公道を走って行くのもわりと日常茶飯事だったりするのだが……その運転手はご機嫌に鼻歌交じりだったのにミノリの姿を視界に入れた途端、何故かギョッとしたように大きく目を見開きながらそのままミノリたちの前を通り過ぎていった。


「……ねえおばーちゃん、今の鉄の牛車みたいなのに乗ってた人、なんで驚いた顔をしながらノゾたちの事見てたのかな?」


 ノゾミもその表情に気がついたようで、ミノリにその疑問を投げかける。


「うん、なんでだか驚いた顔してたよね。田舎だと顔なじみの人以外殆ど来ないはずだからそこへ知らない人がいると不審に思……あ!」


 ノゾミに言われ、確かに何故そんな表情をしたのだろうかとミノリも考えこもうとしたその瞬間、ミノリは気づいてしまった。


「しまった! 元の格好のまま来ちゃった!!」


 ミノリはすっかり馴染んでしまっていたが為にうっかりしていたのだが、そもそも今のミノリの姿は前世の穂里ミノリの頃の姿ではなく、転生後の露出度が比較的高めな臍出し耳長褐色マント少女(精神年齢33歳)である。


 幸いにもノゾミと共に転移した際は自宅にいたので、危険物と思われそうな弓を携えてはいなかったが、それでもこんな田舎道にコスプレ同然の格好をした人物がいるのは不審人物以外の何者でもないわけで……。


「あちゃぁ……やっちゃった。そういえば前にもネメたちに言われたなぁ。お母さんは肌を出しすぎている自覚が無いって……」

「……おばーちゃん、突然しゃがんじゃってどうしたの? 大丈夫?」


 その事実に気づいて急に恥ずかしさがこみ上げてきてしまい、顔が一気に紅潮してしまったミノリは、ほっぺに手を当てながらその場にしゃがみ込んでしまったために、ノゾミが心配して声をかける。


(ど、どうしよう……一旦戻って着替えた方が……いや、でも折角来たのに……)


 着替え直してもう一度着た方がいいかもしれないと一瞬思いかけるミノリだったが、ノゾミに連れられてここまで来たというのに、そんな些細な理由で何もせずに引き返すのもどうかと心の中で葛藤を始めだした。


(露出は少し多いけど見えちゃいけない所が見えてるわけじゃないし……いいや! 片田舎でコスプレしながら散策する謎の外国人という事で! 実際それで大体合ってるし!)


 悩みに悩んだ結果、開き直って気にしないことにしたミノリは心配してくれたノゾミに言葉を返した。


「あはは、ごめんねノゾミ。私は大丈夫だから……それじゃ一緒に行こうか。ここからは私が案内するね」

「うん!」


 そう口にしてミノリが立ち上がるとノゾミと手を繋ぎながら前世の実家の方へと歩き出した。


「それにしてもよかった、晴れてて。私たちの世界と季節が同じだし、今は日中だからそんなに寒くなくて」

「そうだね、おばーちゃん」


 前世のミノリが過ごしたこの町は冬になると真冬日になる事が多く、明け方には氷点下10度を下回ることだってある。もしもそんな寒い冬に露出度の比較的高いデフォルトの格好で来てしまっていたら比較的寒暖に耐性があるこの体も流石に参ってしまう。

 その為、6月半ばの日中に来られた事に安堵あんどするミノリだったが、ある地点まで来た途端、その場に立ち止まった。そこは緩やかに曲がった坂道の手前だった。


「あ、この坂……!」

「おばーちゃん、どうしたの?」


 突然立ち止まったミノリを見ながら不思議そうに首をかしげるノゾミ。


「ノゾミ、この曲がった坂を登った先にあるのが私の前世の実家だよ」

「そうなの!? どんなとこなのかなーおばーちゃん。ノゾ先行ってみてくる!!」


 ミノリのその言葉を聞くとノゾミはミノリから手を離して走り出してしまった。


「あ、待ってノゾミ! 危ないよ走っちゃ!」


 慌ててノゾミを追いかけるミノリだったが、ミノリも内心では走り出したい気持ちでいっぱいだった。

 なにせこの曲がった坂道の先にあるのは……もう来ることのできないはずだった前世の自分の家なのだから。


「おばーちゃーん! 早くー!」

「待ってってばノゾミー……あ……」


 先に着いていたノゾミが手を振ってミノリを待っていたが、坂を登った先にあった家を見て、ミノリは言葉を詰まらせてしまう。


「やっぱり……建て替えているよね」


 ミノリの視界に入ったのは記憶に無い真新しい家。

やはり土砂崩れの被害に遭った家は全壊という事で建て替えられてしまったらしく、その事実を証明するかのように。家の裏手に記憶にない小さな砂防ダムができていた。



「……」



 かつての自分の家は記憶の中だけの存在になってしまったことに、ほんの少し寂しくなるミノリだったが、脇の方に目を向けると途端にその寂しさが薄れた。


「あ、でも元牛舎はそのままだ。よかった……」


 家自体は建て替えられてしまったが、家の敷地内にあってミノリが前世で命を落とす前から物置と化していた牛舎は土砂崩れの被害を免れたようで、ミノリの記憶と変わらずその場に残っていた。


 全てが想い出になったわけじゃなかった事にミノリはほんの少しだけ嬉しい気持ちになる。


「それでおばーちゃん、この家がおばーちゃんの昔の家で合ってる? おばーちゃん人形の魔力はこの家から見えるけど」

「ちょっと待っててね。えーと……あ、表札もちゃんと『隠塚おんづか』だからここで合ってるよ。洗濯物も干してあるから引っ越してもいないみたい」


 土砂崩れの後に引っ越してしまい、別人が新たに家を建てた可能性もあったが、幸いにも表札はそのままの上、現在も生活している気配が家の外からも伝わる。

 ただ、おそらく妹の秋穂は結婚をして既にこの家からは出て行ってしまってもうここにはいないだろうが……。


「ねぇおばーちゃん。 おうち入らないの? ノゾ、おばーちゃんの昔のおうち入ってみたいな」


 そんなミノリの気持ちを知ってか知らずかノゾミは家に入りたいとミノリを誘う。


「いや確かにここは昔は私の家だったよ。……だけど私の姿は前世と全然違うし、この世界だと私はもう死んだことになってるから……」



 家の入り口前でどうしようかとウジウジと再び悩み出すミノリ。


 その時だった。



「え!? 外国の人!? しかもコスプレ!? あ、あのー……うちに何かご用でしょうか……?」

「あ!!」


 ミノリたちは突然後ろから声をかけられたのだ。思わずミノリは声をかけてきた人物の方へ視線を向けた瞬間、ミノリは無意識のうちに叫んでしまっていた。



 何故ならミノリたちに声をかけた人物、それは……。


「あ、秋穂あきほ……!!」



 17年の歳月が経とうと決して間違えるはずのない、穂里ミノリの実妹であった『秋穂あきほ』であったのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新おつです、新しい展開楽しみです ミノリさんがんばって、まずは声出しで挨拶デース
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