196. 17年と3ヶ月目②-4 行ってきます。
「会わせてあげられるって……え? どういう事なのノゾミ?」
もう行く事は不可能だと思っていた前世のミノリが住んでいた世界。それをノゾミはなんてことないとでもいうかのような様子で行けると口にした為、戸惑ってしまった様子のミノリが確認するように尋ねると、ノゾミはその方法についてミノリに語りだす。
「ほらおばーちゃん、ドロンってする術だよ! あれでノゾがおばーちゃんが元いた世界に行けちゃったって事は、ノゾはもうあっちの世界へ自由に行けるって事だよ! ノゾ、一回できるようになったらもう忘れないもん」
「そうなの!? あれって一回きりじゃなかったの!?」
「うん、だからおばーちゃんが行きたいっていったらノゾ、すぐ連れてってあげる!」
ミノリの前でノゾミが練習していた際に偶然成功した『ドロンと消えて転移する術』。てっきりミノリは『異世界からやってきたらしい』という設定であるはずの続編のメインキャラ『ノゾミ』が既にこちらの世界にいるどころかこの世界生まれであるという矛盾しを解消しようとした『この世界の根幹』と呼ぶべき部分が、ノゾミを一時的にあちらの世界に転移させて再びこちらの世界に戻す事で一応は転移してきたと見なせるようにしたという強引なつじつま合わせのタイミングががたまたまドロンとする術を使った時と重なっただけでもうノゾミも行く事はできないと思い込んでいたのだが……どうやらノゾミはそれ以来自在にあの術を使えるようになっていたようで、自信満々に胸を張りながら答えた。
「どうしよう……確かに一目だけでも会いたいけど……土砂崩れで私は死んだはずで家もつぶれてそれで引っ越しているかもしれないし、そしたら行っても会えないかも……」
ノゾミのその言葉を受けて心が揺さぶられたような気持になり、衝動的に会いたいという気持ちが噴出したミノリだったが、17年という月日の流れだけでなく、まだ生家があった場所に家族が住んでいるかどうかという問題に気づき、再び躊躇し始めてしまった様子。
ミノリが口にしたように、前世のミノリの死因は大雨で地盤が緩んでいたところにやってきた大地震によって引き起こされた土砂崩れに実家ごと巻き込まれたからで、家は当然全壊で立て替えているか、災害が起きた場所という事もあって居住制限が掛けられて他所へ引っ越しているかのどちらかになる。
前者の場合、家自体は建て替えられていても周辺の地形や家並み、山の稜線等から特定できるが、後者の場合は誰かに聞き込みでもしない限りお手上げ状態だ。だからこそミノリは悩んでしまっているのだが……その事もノゾミは既に対策済みのようだ。
「それも大丈夫だよおばーちゃん! ノゾ、あっちに目印渡してあるもん」
「……目印?」
目印ってなんだろうと、首を傾げながらノゾミに尋ね返すミノリ。
「うん! 前にノゾ、ひいおばーちゃんにおばーちゃん人形渡したって話したでしょ? ノゾはあっちから戻ってくる時に持ち帰ってきた人形からは魔力を吸ったけど、ひいおばーちゃんに渡した方には魔力を残したまんまだったの。だからドロンする術使った後でその魔力がどこにあるか探せばひいおばーちゃんの所に行けるよ。あっちの世界って魔力全然無いからすぐわかるもん」
ノゾミはゲーム雑誌をもらったお礼として、その時2体持っていたミノリ人形のうち1体をミノリの母であるタカネに渡していた。
その人形に残された魔力を見つけだせばタカネの元へ行けるというのだ。
ハッキリとした言葉でそう述べたノゾミであったが、小さな声で『ひいおばーちゃんが捨ててなければだけど……』と口にしたような気がしたが恐らくミノリの気のせいだろう。
「ねぇノゾミ……もしかしてノゾミはこうなる事がわかっていたの……?」
まるでこうなる事を全て見越していたかのようなノゾミの行動にミノリはもしかしてノゾミは未来視でもできるのかと思い、つい神妙な面持ちになりながらノゾミに尋ねたのだが……。
「ううん、たまたまだよ。だってその時のノゾ、あれがひいおばーちゃんだって知らなかったもん」
「あ……やっぱりそうだよね、そんな事あるはずないよね」
そんなミノリの問いかけに対し、きょとんとした顔をしながら首を横に振るノゾミ。どうやら本当にただの偶然だったようだ。
「それでおばーちゃん、どうするの? 行く? 行くならノゾ連れてくよ」
「うーん……」
再びノゾミに尋ねられたミノリは腕を組んで悩み始める。
母や秋穂に会いたいのは確かだし、秋穂には結婚おめでとうと一言だけでも伝えたい。
しかしその反面、会っても自分だとわかってもらえない恐怖もまたミノリの心から消えない。
(会いたいけど……お母さんや秋穂に不審者を見るような眼差しを向けられたり、自分が穂里だと説明してもわかってもらえなくて、『穂里を騙るな偽者め!』って激昂されたりなんて考えちゃうと……やっぱり怖いし……悲しくなる……)
会いたいという想いといっそ会わない方がいいかもしれないという相反する想いに板挟みに陥り、一人考え込むミノリであったが……。
「……ママ、悩む必要なんてないよ。行ってきた方いいよ。ママのママたちに会いたいんでしょ?」
そんなミノリの背中を押してくれたのは娘たちでミノリの気持ちを慮るようにまずトーイラが口を開いた。
「私もトーイラと同意見。しなかった後悔はした後悔よりも深く残って一生消えなくなる」
「あたしも行った方がいいと思うよ、かーさま。かーさまだってかーさまのかーさまや妹さんに会いたいんでしょ? 素直な気持ちになった方いいよ」
トーイラに続けて、ネメとリラもミノリの想いを後押しするかのように言葉をつなげる。
「みんな……」
(まぁ、もう秋穂の結婚式は終わっているだろうし、秋穂はもう家にはいないだろうけど……)
元いた世界とこちらの世界の時間の流れは大体同じというのはノゾミがタカネから受け取った雑誌の奥付や手紙に書かれた日付などから判断できていたのだが、招待状に書かれていた秋穂の結婚式の期日は6月の上旬であった。
一方、多少の時間のずれはあるかもしれないが、現在のこちらの日にちは元いた世界に当てはめると6月の中旬すぎ。
普通に考えてしまえば結婚式はもう終わっているわけだが、それでもやっぱりミノリは会えるものなら秋穂や母たちに会いたい。そして自分が穂里だとわかってもらえなくてもミノリは一言、秋穂に『結婚おめでとう』と言いたい。
(たとえ秋穂がいなくても、おかあさんたちには会えるから……よし、決めた!)
ミノリはようやく決心する事ができた。
「……ありがとう、みんな。私決めたよ、お母さんと秋穂に会ってくるって。……あとお父さんにもね、今まで全く話に出てこなかったけど……。
……それじゃノゾミ、私の事を連れて行ってくれるかな?」
「うん!!」
ノゾミはその返事を聞くやいなやミノリの手を取った。そんなノゾミの背中にはいつの間に背負っていたのだろう今回もミノリ人形を2体おんぶするように紐でくくりつけある。
恐らくこれがノゾミなりのドロンする術の為の準備なのだろう。
「おばーちゃん、それじゃ行こ! ノゾはもういつでも行けるよ!」
「あ、その前にちょっと待ってノゾミ。……えっと、みんなは……」
もう準備万端ですぐにでもドロンする術を使おうとしたノゾミを一旦制したミノリは『一緒に行きたい子はいる?』と確認するかのように娘達を見回した。
しかし、娘たちとシャルは全員ミノリに微笑みながら首を横に振る。
「……みんなは行かなくていいの……?」
再確認するようにそう口にするミノリに対し、再び『行かない』と静かに首を横に振る娘たちとシャルはそれぞれの想いをミノリに伝えた。
「私たちはここで待つ事にするよ、ママ。ママが生まれた所がどんな所なのか確かに興味はあるし行きたくないといえば嘘になるけど……今回はママとノゾミだけの方がいいって思うんだ」
「おかあさんにとっては元々住んでいた世界ではあるけれど、ずっと帰っていないわけだから世界の流れの違いに戸惑ってあたふたする姿が既に私の目に浮かぶ。
そんな処へ向こうの世界がどんな世界なのかわかってない私たちが一緒にいたらきっとおかあさんは余計混乱するに違いない。だから私達はここで待ってる」
「あたしもおねーちゃんたちと同意見だよ、かーさま。特にあたしは羽とかあるし……。あっちの世界って羽のある人いないんでしょ? 目立っちゃうもの」
「私もですお姉様。ただでさえ私なんて皆さんより人間の常識が無いから絶対迷惑掛けますし……」
「みんな……ありがとう……」
自分たちも行きたいであろうに、その気持ちを抑えてでも『ここでミノリたちが帰ってくるのを待っている』という、ミノリの事を考えた選択をしてくれた娘たちとシャルの言葉を聞き、再び感極まりかけてしまうミノリ。
先程あんなに大泣きしてしまったからか今日のミノリは涙腺が緩みっぱなしであるがこればかりは仕方ない。娘たちやシャルから、こんな風にいっぱい愛されているんだと改めてミノリは実感したのだから。
「というわけで私たちはここで待ってるけど……、私たち、ママにこれだけはお願いしたいんだ」
「お願いしたい……事?」
「うん」
再び涙ぐみかけていたミノリに『お願いしたいことがある』と言ったトーイラに対して涙をぬぐったミノリが視線を向けると、トーイラはまるで示し合わせたかのようにネメ、リラ、そしてシャルは目を合わせ、そして……。
「「「「絶対に、帰ってきてね」」」くださいね」
「!! も、もちろんだよみんな! だって、私の帰ってくる場所はここだもの!」
口を揃えてその事を伝えた娘たちとシャルの言葉によって、先程涙をぬぐったばかりだというのに涙腺決壊状態のミノリは再び涙を瞳に浮かべながら娘たちとシャルに言葉を笑顔でそう返した。
……ちなみに最後だけ言葉の最後が微妙に揃わなかったのは娘にだろうと敬語を使う癖があるシャルであるが、肝心な所で僅かにしまらないのがオンヅカ家らしいといえばらしい。
それは兎も角として……こうしたやり取りによって、前世のミノリの世界へ転移するのはミノリとノゾミの2人だけに決まった事で、ミノリと手をつないでいたノゾミは急かすように口を開いた。
「それじゃおばーちゃん、行くのはノゾとおばーちゃんだけみたいだから行くよ! 手を離しちゃダメだからね!」
「う、うん……それじゃみんな。行ってくるね。……絶対に、絶対にちゃんと帰ってくるから!!」
ノゾミに手を握られたミノリが、ここに残るみんなにそう言い終えた瞬間であった。
「ドロン!!」
威勢よくノゾミがその言葉を口にした途端、ミノリとノゾミは煙と共に忽然と消えてしまった。
どうやら本当にミノリが前世の世界へと旅立ってしまったようだ。
「ほ、本当に消えちゃったね、ネメ……」
「うん……おかあさん……」
ミノリとノゾミが本当に目の前から忽然と姿を消してしまった事に最初は驚いたものの、すぐに寂しそうな顔をするトーイラとネメ。
「……かーさまとノゾミちゃん、帰ってくるよね……?」
「……帰ってきますよ、リラちゃん。だって、お姉様はみなさんの母親ですし、ノゾミちゃんは私とネメお嬢様との愛娘なんですから。帰ってこないなんて事、絶対に無いです」
そして同じように寂しそうな顔をするリラにシャルが優しく言葉をかけるが、その間、娘たちとシャルは全員ミノリとノゾミが消えた場所を見つめ続けたままであった。
『絶対に帰ってきてね』という願いを胸に。
──さて、そんな風に娘たちから願われながら、ノゾミと一緒にドロンとした消えたミノリはというと……。
「何ここ!?」
ノゾミがドロンとする術を使った際に突如湧き上がった煙が目に入らないよう目を閉じていたミノリがゆっくり目を開けてみると、上下左右全てが真っ黒、だというのに自分の姿だけでなく隣で手を繋いでいるノゾミの姿がハッキリ見えるという不思議な空間に立っていたのであった。
前回に続き、今回も投稿が遅くなってしまい申し訳ないです。
忙しいのに加えて終わりが近い事もあっていつも以上に投稿に慎重になってしまっています……。




