195. 17年と3ヶ月目②-3 会いたくても……。
「ごめんねみんな、驚かせちゃって……」
転生前の自分宛に宛てられた手紙をノゾミがどこかから持ってきたゲーム雑誌の中から見つけ、さっきまで子どものように大泣きしていたミノリは、孫や娘達のなぐさめの甲斐もあってすっかり落ち着きを取り戻し、居間へ場所を移すと全員に頭を下げて謝った。
そんな申し訳なさそうに謝るミノリに対し、娘達は心配そうにミノリに言葉を優しく掛ける。
「気にしないでママ。ママが泣きやんでくれただけでも私達ほっとしてるから」
「しかしあんなに涙大瀑布を瞳から錬成するおかあさんは初見」
「確かにそうですよね、ネメお嬢様。私も少し意外でした」
「それでかーさま……一体何があったのか教えてくれる?」
「うん……みんなに話すね」
何故先程まであんなに泣いてしまっていたのか、その理由をミノリは泣き腫らした目でゆっくりと娘達に打ち明けた。
「えっと……ネメとトーイラには、私には前世の記憶があってこの世界を外から見ていたって事を昔話した事あるよね」
「うん、この世界はおかあさんになる前のおかあさんにとっては、結末が定められて繰り返され続ける箱庭みたいな世界だったって」
「その記憶があったからこそ、本当ならとっくに死んでるはずだった私達をママが助けてくれたからこそこうして私達はこうして生き存えられる事ができたって事も」
平行世界の自分と対峙し、この世界が何度も繰り返していると聞かされた事のあるネメと違い、トーイラはミノリが話す内容についていまいち実感が湧いていない。
しかし、キテタイハの町から追放されたばかりの幼い頃に出会ったミノリはまだ仲間フラグが経っていないザコモンスター状態であり、人間からも襲われる立場であった。そんな危険も顧みず、人間であるトーイラとネメを保護し、育ててきたという大きな繋がりがある以上、今更ミノリの言葉を信じないという考えはトーイラには存在しなかった。
そんな2人の納得したような顔を見て、ほんの少し安堵するミノリは、次にリラへ視線を向けた。
「ありがとうネメ、トーイラ。ある意味突拍子もない私の話信じてくれて。そして今だから言うけど……リラ、あなたも2人と同じように本来なら死ぬ……というより自我が崩壊してしまうはずだった運命だったんだ。それもリラが特異体質で死ぬと言われていた10歳よりももっと前。……だけどごめんね、私が気づくのが遅れたせいで左目が見えなくなる前に保護できなくて……」
ミノリがトーイラとネメを保護したことによって結果的にラスボスになる運命から逃れることができたリラ。しかしミノリはその事に気づかず、結局ミノリがリラを保護したのはリラが左目を失明した後で幽閉されていた北の城を自主的に逃げ出してから。
その事がミノリにとって、リラへ申し訳ないと思っている点でもあったのだがそれを聞かされたリラは一瞬キョトンとした顔になった後、柔和な表情で思った事を素直に口にした。
「あ、そうだったんだね……だけどかーさま、謝らなくても平気だよ。
だって、かーさまとあたしが初めて会った時、意識がハッキリしてなかったとはいえ、あたし、かーさまに噛みついて吸血したのに、それでも優しく抱きしめてくれて、こうして家族として迎え入れてくれたんだもの。
そのおかげであたし、かーさまにもおねーちゃんたちにも会えたんだよ。だからあたしも幸せ」
「……ありがと、リラ……ってごめんね、すっかり脱線しちゃった。……続き、話すね」
娘たち3人が抱いている優しい想いを受けて、ほんの少し顔を赤らめるミノリだったが、話の流れを元に戻そうと、ゲーム雑誌と手紙を見せながらミノリは再び泣いていた理由について話し始めた。
「それで、どうして私が前世の話とか外の世界について口にしたのかというと、この本に挟まっていた手紙が私が泣いてしまった理由で、この本と手紙こそまさにその私がこの世界に来る前にいた世界のものだったんだ。
そんなものがなんでここにあるかっていうと……みんなに話してなかったけど、実は以前、ノゾミが突然私の前から姿を消して行方不明になっていた事があって」
「なんと」
「え!? 本当ですかお姉様!?」
「うん、ごめんねネメ、シャル。そんな大事なことずっと黙ってて……」
ノゾミがドロンとする術を使ったことによって一時的に行方不明になっていた事をずっと黙っていたミノリがこの時初めて2人に打ち明けると、やはり2人は驚いた顔を見せた。
「幸いにもノゾミはすぐに戻ってきたけど、ノゾミはその間、私がもといた世界に迷い込んでいたみたいで、この本はその時近くにいた人からもらった物だったの。そしてすごい偶然でこの本をノゾミにあげたのは……前世での私のお母さんだったんだ。なんでそれだけでわかったかっていうと……この手紙は私宛でノゾミが迷い込んだのは私のお墓前だった可能性が高いから」
ノゾミは迷い込んだ世界がどんなところだったかについて、ミノリには一切説明していない。しかしミノリは手紙の冒頭が『天国の穂里へ』と書かれていた事からそのように推測したのだが、ミノリのその説明とは関係なくノゾミはその事を聞かされた途端、驚いたように身を乗り出した。
「そうなの!? ということはあの時会ったおばあちゃんは……ノゾのひいおばーちゃん!?」
「うん、そうだよ。ノゾミにとってはひいおばあちゃん、私にとっては母親のタカネさんだよ」
血の繋がりで考えてしまうとそもそもミノリはノゾミと血の繋がりは無く、ミノリもこの世界に転生した身の為、勿論タカネとも値は既に繋がっていない。
しかしそれでも、ミノリにとってはノゾミが孫であることに変わりはないし、タカネがミノリの母であることも変わらない。
そうミノリは思っているからこそ、ノゾミにタカネが曾祖母であると答えた。
「そっかー。おばーちゃんと見た目は全然違ったけど確かにおばーちゃんとおんなじようにやさしい感じだった!」
まさか偶然迷い込んだ場所にいた女性が自分の曾祖母だと聞かされたノゾミは嬉しそうな表情になる一方、今の話を聞いていたリラが少し不思議そうな表情で首を傾げる。
「……だけどそれだとなんでかーさまはあんなに悲しそうに泣いていたの……? 手紙、嬉しくなかったの?」
リラが言うように、本来なら受け取ることのできなかったはずの手紙を受け取った場合、悲しいだけじゃなく、嬉しさも少しは込められているはずなのだが、先程大泣きしていたミノリの表情は嬉し泣きと呼べないほどに悲しみに包まれていた。だからこそリラは不思議に思ったのだ。
「ううん、最初この手紙に気付いた時は私も嬉しかったよ。だけど、手紙の内容を読んでいるうちにね……ただただ悲しくなって。
この手紙には秋穂……前世での私の妹が結婚するという事が書いてあって、もうあっちの世界じゃ死んでいるはずなのに私宛の招待状も一緒に入っていたんだ。
それを私のお墓に持ってきたという事は……幽霊でもいいから私に秋穂の結婚式に来てほしかったという事になるんだけど、私はもうこっちの世界に転生している以上、幽霊としてですらその招待を受けることができなくて……お母さんにも、秋穂にも……申し訳なくて、それで……悲しくなって……」
「そっか……」
「ママ……」
娘たちにその理由を話し終えるまではなんとかミノリも涙をこらえようとしたのだが、絶対に行くことができない事を改めて言語化した事で再び悲しみがこみあげてきてしまったようで、最後の最後で耐えきれなくなったミノリは嗚咽交じりになりながら理由をうちあけきると、そんなミノリをなぐさめるようにネメとトーイラがミノリの隣に座って背中や頭を優しくさすり始めた。
リラとシャルもまた、その悲しげなミノリにつられるかのように沈痛な表情をしていたのだが……その中でただ一人、きょとんとした顔をする幼女の姿があった。
「……うーん?」
孫のノゾミである。ノゾミは先程からミノリが何故そこまで泣くのか不思議そうにしている。まるで、大したことじゃないようなとでも言いたいかのように。
「ねえおばーちゃん。なんでもう会いに行けないの? 会いに行けばいいだけだよね?」
「あ、あのねノゾミちゃん、それができないからお姉様……ミノリさんは泣いているんですよ」
いくら普通の2歳児よりは遥かに賢いとは謂えどまだ幼い子供であることには変わらないノゾミには理解できないのかもと判断したシャルは、これ以上ノゾミがそれを口にするとミノリが傷ついてしまうのではと考え、軽く諫めるようにそう口にしたが相変わらずノゾミは不思議そうに首を傾げるばかりである。
それどころか……。
「多分大丈夫だと思うよおばーちゃん。ノゾね、多分おばーちゃんをひいおばーちゃんたちに会わせる事できるよ。だから会いに行こ」
この規格外中の規格外である孫娘ノゾミは、まるでどうって事ないと思っているかのようにミノリをタカネと秋穂に会わせられると言ってのけたのであった。




