191. 17年と3ヶ月目①-3 ザルソバ・クロムカふうふの一日(昼)。
「クーちゃん!! ノゾ遊びに来たよー!!」
ノゾミが後で遊びに行くとトーイラから聞かされたクロムカが洗濯を終えて家へ引き返してみると、そこには既にノゾミの姿。
「ごしゅ……じゃなくてノゾミさま、いつの間に来ていたですの? ワタシ、川でお洗濯をしていたから、てっきり目の前を横切るかと思ったですけど全然気づかなかったですの」
川はミノリ達の家とザルソバ達の家の間にあり、最短距離を通るのであれば必ず通過する場所である。
そのうえ先程までクロムカはトーイラと共に川にいたのだから、当然ノゾミは2人の前を通り過ぎるはずなのだが、目の前を横切った記憶も、一緒にいたトーイラも何かに気づいた様子も無かった。
だからこそいつの間に来たのか不思議でならなかったクロムカはノゾミに尋ねてみると……。
「ふっふふー、ノゾはクノイチになるから誰にも見つかっちゃいけないの! だからクーちゃんやトーイラおねーちゃんにも見つからないように気配を消して木の上を伝ってやってきたんだよ!」
「なるほどですの……それなら確かにワタシじゃ気づかないですの。やっぱりノゾミさまはすごいですの」
ただでさえ幼児とは思えない身体能力や魔力を身につけ、さらにくノ一になるように修行中のノゾミが気配を消してしまえばクロムカが気づかないのはある意味仕方ないことだったようだ。
ミノリに宣言したようにノゾミは将来本当にくノ一になってしまいそうだ……まぁ実際くノ一になってしまうはずなのだが。
「お腹の子もこんにちは、ノゾ今日も来たよ!」
感心するクロムカの傍までノゾミは駆け寄ってくると、すクロムカのお腹に向かって声を掛けた。すると普段は全く動く気配を見せないクロムカのお腹がまるでノゾミの声に反応するかのようにほんの少しだけ動いた。
「ふふ、この子もノゾミさまに『こんにちは、会いに来てくれて嬉しい』って言ってるに違いないですの」
「えへへー……うん、きっとそう言ってるよ。だってクーちゃんのお腹から感じるこの子の魔力からあったかい気配感じるもん。……あ、クーちゃんお洗濯干すの手伝ってあげるね」
「ありがとうですの、ノゾミさま。それじゃザルソバさま、ワタシあっちで洗濯物干してますの」
「あぁ、わかったよクロムカ。ノゾミさん、クロムカの事を手伝ってくれてありがとう」
「気にしないでザルちゃん! ……ザルちゃんだと折角洗った洗濯物破いちゃうもん」
「うぐっ、でも事実だから言い返せない……」
「それじゃ行こ、クーちゃん!」
「は、はいですの」
ノゾミにまで家事レベルポンコツの烙印を押されてしまってへこむザルソバをよそに、2人は洗濯物の干し場へと移動していった。
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「ありがとうですのノゾミさま。ノゾミさまが手伝ってくれたから早く洗濯物を干し終えたですの」
「へへー、ノゾね、クーちゃんの事大好きだからお手伝いしてあげたかったもん。……それにこの子も」
クロムカからお礼を述べられて嬉しそうにするノゾミは、少しだけ恥ずかしそうにしながらクロムカのお腹に視線を向けた。
ノゾミがこうして頻繁にクロムカの元へ尋ねてくるのは、もちろんクロムカと会いたいからでもあったが、同時にお腹にいる子と早く会いたいからでもあった。
そして、クロムカのお腹もノゾミがやってくる度に、まるで毎回歓迎するかのように軽く動いて反応する事から、魔力が合わさって誕生するという魔法生物に近い性質の者同士、テレパシーみたいなものでお互いの感情を感じ取る力が備わっているのかもしれない。
「あ、そういえばクーちゃん、この子の名前ってもう決めているの?」
そしてノゾミはまだクロムカに聞いていなかった『もうすぐ生まれてくるザルソバとクロムカの子どもの名前』について尋ねた。
「はいですの、ザルソバさまと話し合って実は決めているんですの……でも生まれてくるまでは2人の秘密にしておこうって事にしているんですの。だからごしゅ……ノゾミさまにもまだ内緒で、生まれてきてからのお楽しみなんですの」
「そっかー。それじゃ生まれた時に一番にノゾに教えてね! ノゾ、早くこの子の事名前で呼んであげたいから」
「わかったですの、ノゾミさま」
名前は既に決まっているようなのだがまだ秘密らしい。そして、普段ならばなんとか名前を聞き出そうと粘ったりしそうなノゾミなのだが今日は意外にもすんなりと引き下がった。
そしてノゾミは嬉しそうな顔をしながらクロムカのお腹に優しく抱きつく。
「んっふふー、早く生まれてこないかなー。ノゾのお嫁さん」
「お嫁さん!?」
そして突然の嫁宣言である。まさかここでまだ生まれてもいない娘に対してそんな発言がノゾミの口から飛び出すと思ってもみなかったクロムカは驚いた顔をしながらノゾミに尋ねた。
「え!? ちょ、ちょっと待ってほしいですのノゾミさま!? お嫁さんってこの子ですの!? まだ生まれてもいないうちからですの!?」
「うん! ノゾこの子がクーちゃんのお腹に宿った時から感じていたの、この子はノゾのお嫁さんだって。それにね、この子もノゾのお嫁さんになりたいって思ってるのがクーちゃんのお腹から伝わってくる魔力からも感じるもん」
「そ、そうなんですのね……」
ノゾミが言うように、確かにノゾミが『お嫁さんにする』と言った途端。その言葉を肯定するのようにクロムカのお腹も再び軽く動いた事からあながち間違いではないのかもしれない。
しかしまだ生まれてもいない内から嫁宣言をされてしまうのは流石のクロムカも困った顔である。なにせ親として我が娘をかわいがる時間すら始まってもいないのだから。
「ノ、ノゾミさま、あの……確かにこの子もノゾミさまのお嫁さんになりたいと思っているはなんとなくワタシにもわかったですけど……それについては生まれてきてこの子もしゃべられるようになってからゆっくり考えてほしいんですの。
ワタシもザルソバさまもこの子の事を大切に育てたり、かわいがる時間がほしいですので……ちなみにこの子が生まれるのはワタシの予想ですとあと2週間後くらいかなと思うですの」
「あ、そっか……ごめんねクーちゃん、ノゾちょっとせっかちだった……ってあとそれぐらいんで生まれてきてくれるの!? わぁ、ノゾ嬉しい!」
クロムカが困惑した表情でそうノゾミに伝えたことで、自分が少し先走っていた事に気づくノゾミ。
そしてクロムカに謝りながら、もうすぐ生まれてくる事に対して素直に喜んでいると……。
『ぐぅ』
どこからともなく聞こえてくる変な音。
「ぐぅ? クーちゃん、今の何の音?」
「す、すまないノゾミさん、クロムカ……今のは私のお腹の音だ……」
「あ、ザルソバさま。稽古はもういいんですの?」
音の発生源は汗を拭きながら2人の元へやってきたザルソバのお腹であった。
「ああ。いつの間にかもう昼前だからね。一旦稽古を引き上げてそろそろ昼食にしたいと思ってね」
「あら、もうそんなに時間経ってしまっていたんですのね。それじゃ洗濯物も干し終えたところですしこれからお昼にするですの」
いつの間にかお昼になっていたことに今気がついたクロムカがそうザルソバに伝えると、ザルソバはノゾミの方を見やり、
「折角だからノゾミちゃんもお昼一緒に食べるかい?」
「うん! クーちゃんの作るごはん食べたい!!」
「わかったですの、それならノゾミさまの分もつくり……あれ……ちょっと待つですの」
「どうしたのクーちゃん?」
ザルソバから昼食のお誘いを受けて素直にノゾミが応じたので、その言葉を受けてクロムカがお昼を作ると言いかけたが、何かを思い出したようで首を傾げた。というのも先程トーイラからは既に昼食をノゾミは食べ終えたと聞いていたからであった。
「えーっと、ノゾミさま。ワタシさっきトーイラさんからノゾミさまはもうお昼を食べたと聞いたですけど……もうお腹空いちゃったんですの?」
「うん、食べたよ。でももうノゾお腹空いてるからいっぱい食べられるよ」
そう言った途端、ノゾミのお腹から『くぅ』とかわいらしいお腹の音が聞こえた。
……どうやら本当にお腹が空いているらしい。
(……もしかしたらノゾミさまは普通の胎生じゃなくて魔力が合わさって生まれた関係で、普通よりも魔力や体力の消耗が激しくてお腹が空きやすくなっているかもしれないですの。そうすると今の食事量じゃ不足している可能性もあるかもですから……後で一応ミノリさまにも話しておいた方がいいかもしれないですの。……『この子』もそうかもしれないですし)
ネメとシャルの魔力が合わさってという特殊な生まれた方をしたノゾミはエネルギーの代謝が通常と異なっている為、お腹の減りが激しい。そして、自身のお腹にいる子もまたノゾミと同様の体質になる可能性が非常に高い。
そう判断したクロムカはミノリ達と情報を共有した方がよさそうだと結論づけた。
(それにしても……ワタシとザルソバさまだけではどうしたらいいかわからなくてもこうして相談できる相手がいるというのは本当に良かったですの。つくづくミノリさまたちと出会えて本当に良かったと思うですの)
クロムカは、ここまで考えたことは別にノゾミに話す必要も無いだろうと考えたために、特に口に出さないようにした上でノゾミをお昼に招待した。
「うふふ、ノゾミさまがワタシの作るごはんを食べたいと言ってくれるのなら、ワタシ腕によりを掛けてワタシご飯作るですの。……でもその前にミノリさまたちにワタシ達とご飯を食べる許可をもらってきてほしいですの。もしかしたら勝手に食べさせちゃダメかもしれないですし」
「あ、そうか。うん、ノゾ、ちょっとおばーちゃんたちに話してくるね!」
クロムカにそう伝えてからノゾミは目にもとまらぬ早さで自分の家へと掛けだしていき……数分でクロムカ達の元へ舞い戻ってきた。
「…………ただいま! クーちゃんとごはん食べてもいいって!」
「わかったですの。それなら……あれ、ノゾミさま、その手の篭はなんですの?」
クロムカはノゾミの右腕には先程まで持っていなかったはずの果物が入った篭を持っているのに気がつき、ノゾミに尋ねる。
「えっとね、おばーちゃんがこれをクーちゃんに渡してって持たせたの」
「そうなんですの? って、あれ、お手紙も……ミノリ様からですの」
クロムカがその手紙を開いてみると申し訳ないという趣旨の事が書かれていた事から、どうやらこの果物はそのお詫びとお礼を兼ねた代物だったようだ。
(ミノリさまってば律儀なんですの。ワタシたち別に気にしてないですのに……でも、そこがミノリさまのいいところで、ワタシもミノリさまみたいな素敵な母親になりたいですの)
まさかクロムカから理想の母親像と見なされている事などミノリは思ってもみないだろう。まぁそれでもミノリからしてみれば、キテタイハの暴走町長からの女神扱いよりは遙かにましなのだろうが、それはともかくとしてノゾミはこうしてクロムカとザルソバの昼食を一緒にとることになったのであった。
今日中にもう1話投稿する予定です。




