189. 17年と3ヶ月目①-1 ザルソバ・クロムカふうふの一日(朝)。
お待たせしました、最終章開始です。
分割になりますが、最後の日常回で、且つ要望のあったザルソバとクロムカの日常回になります。
「ザルソバさま、朝ですよー。起きるのですよー」
ミノリ達やザルソバたちが住むキテタイハ近くの森に朝日が差し込むような時間になる頃、ミノリたちの家から歩いて30秒程度の位置にあるザルソバとクロムカふうふの家では、家事全般を担っていたクロムカがザルソバを起こす為、寝室に入ってザルソバの体を揺すっていた。
クロムカのお腹は間もなく新しい命が生まれそうだというのが一目でわかる程大きくなっている為、普通の人間なら体の負担にならないような事はしない方が無難な頃合なのだが、人間からモンスターへと変貌して何年も経ってしまったクロムカはそのおかげか肉体が相当丈夫になっているようで、普段と変わらずにザルソバよりも早く起きて朝から普通に家事をこなしている。
「ん……あぁ、クロムカ……」
「ザルソバさま、起きたですの? 朝ご飯の支度ができたですのでそろそろ起き……ひゃっ!?」
寝起きが悪くてまだ寝ぼけているらしいザルソバは起こしにきたクロムカの手を掴むとそのままベッドの中に引き込み、抱き枕のようにクロムカを抱きしめてしまった。
「……全くもう、ザルソバさまってば寝起きは本当に甘えん坊さんですの。昨晩とは立場が逆ですけどこんなザルソバさまもかわいいですの」
抱き枕にされる事にすっかり慣れてしまっている様子のクロムカは、特に動じる事も無く、優しく微笑みながらそのままザルソバに抱きしめられ続けていた。ちなみに先程クロムカが発言したように、夜、2人が愛し合う時はザルソバの方が主導権を握っていて、クロムカが甘える立場なのだが……まぁ今はどうでもいいことだろう。
「……あったかくて……心地y……はっ! ク、クロムカ!?」
「あ、ザルソバさま起きたですの? おはようございますですの。えへへ、また今日もザルソバさまにベッドに引き込まれてしまったですの」
少し困ったように眉を八の字にするクロムカだったが、それはあくまで表情だけ困っているように見せているだけで内心はザルソバに抱きしめられているこの状況を心地よく思っていたりする。
「す、すまない……私はまたやってしまったのか。どうも朝はいけないな……寝ぼけているとつい……」
「いえ、いいんですのザルソバさま。ザルソバさまに抱きしめられていると、ワタシ、本当にザルソバさまから愛されてるんだなってわかってとても嬉しいんですの」
「うーむ……しかし私は寝汗をよく掻く方だからせめて汗を流してからの方が……」
「そのままでいいんですの、絶対。汗を流す必要など全く無いですの」
「……そ、そうか……」
先程までにこやかにザルソバからの言葉を返していたのに、汗を流してから抱きしめたいと言った途端、真顔でそれを拒否するかのようなクロムカの反応に思わず言葉が詰まってしまうザルソバなのであった。
「さてとザルソバさま、ワタシの本心としてはこのまま抱き合っていたいのですけど、折角ザルソバ様の為に作った朝ご飯が冷めてしまうですの」
「あ、そうだったな。うむ、着替えて食べることにしようか」
ザルソバとクロムカの一日は大体毎日こんな感じで始まる。
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「それじゃザルソバさま、ワタシ、食器を洗った後、洗濯物を洗いに行くですのでザルソバさまは剣や魔法の稽古に入っても大丈夫ですの」
「えっとクロムカ、その事なんだが……」
朝食を食べ終えた後、クロムカは片付け、ザルソバは鍛錬に入るのが日課となっているので、クロムカが台所に立っていつものように皿洗いを始めようとしたのだが、何故か今日はいつもならすぐに『わかった』と言いながら鍛錬の準備を始めるザルソバが、そわそわした様子でクロムカの傍から離れない。
「どうしたですの? ザルソバさま」
「えっと……よかったら私にも家事を手伝わさせてもらえないだろうか。流石に身重の君に家事を任せっぱなしにするというのは私の良心が咎めて……」
「いえ、大丈夫ですの、ザルソバさまにはがんばって剣や魔法の稽古をしてもらいたいんですの。そしてアタシの事とお腹の子の事を守ってもらいたいんですの。だから手伝いたいというその気持ちだけで十分嬉しいですの」
ザルソバの申し出に嬉しそうな顔をしつつも丁重に断るクロムカ。それは世界を救った英雄でもあるザルソバと共に人生を歩む者として、最適解らしい考えに基づく発言にも思えるのだが……実はその発言の裏には別の意味があった。
(う……まずいですの。ザルソバ様に手伝ってもらうこと自体は嬉しいのですけど……ザルソバさまはその……家事が不得手すぎて改善の見込みが無いのがもうわかってしまったですから、手伝ってもらうとなるとお皿さんが悲惨な事になるんですの……)
ザルソバの料理の腕がへっぽこである事は既にミノリたちも把握していたのだが、実は料理だけでなく、家事全般に関してザルソバは悲しいほどにポンコツであった。
そのポンコツぶりはクロムカとふうふになった今も変わらずだったようで、クロムカと住み始めてからこの1年数ヶ月の間だけで既に皿を何十枚も割っていた。
本人としては家事ができるようになって身重のクロムカを支えたいと考えてはいるらしいのだが、クロムカの手を煩わせまくっている現状もあって、既にクロムカの脳内ではひそかに家事は任せてはいけないとは判定を下しており、なるべく家事に携わらせないようにしているのであった。
「そ、そうか……」
ほんの少しがっかりしたような顔になるザルソバだったが、そこは伴侶であるクロムカ、すぐにフォローを入れる。
「……それでしたら、ワタシを傍で見守っていてほしいんですの。ワタシ、ザルソバさまが近くにいるだけで心安らぐですの。だからそれだけでいいんですの」
「む……うむ、クロムカがそれを望むならそうさせてもらうよ」
クロムカから上目遣いでそのようにおねだりされた途端、口元を緩ませながらすぐに承諾してしまうちょろいザルソバ。ふうふになってからまだ半年も経っていないのだが、クロムカが既に家庭での主導権を握っているらしく、世界を救った英雄であるザルソバを手玉に取るように容易く扱う魔性の女にへとクロムカは知らず知らずのうちに進化していたのであった。
そんな風にしてザルソバに見守られながら皿洗いを終えたクロムカであったが、クロムカがすべき家事はまだまだある。
「それじゃザルソバさま、皿洗いが終わったですので、次はお洗濯に行ってくるですの」
「む、わかった。では私は稽古の方に入らせてもらうとするかな」
先程の皿洗いについては手伝うと言ったのに対し、洗濯に関しては手伝うとは言わず、稽古に取り掛かるためにザルソバはクロムカから離れた。
実は洗濯に関してはある事情からクロムカはザルソバに洗濯に関しては一人でさせて欲しいと申し出ていた為、ザルソバは手伝わないことにしていたのだ。
その理由についてクロムカは『洗濯は衣類を慎重に扱わないといけなくて破いてしまう可能性があるから』と伝えていたのだが……本当の理由は別にあった。
「……ザルソバさまはもう外で稽古を始めたですのね?」
先程の会話から3分後。屋内で洗濯かごに洗濯物を詰め終えたクロムカは屋外で稽古をしているザルソバの姿を目視で確認する。
「……大丈夫ですの。きっと鍛錬に夢中でこっちに来ないですの……。よし……1回だけならバレないですの……」
そして、ザルソバに気づかれないようにしゃがみこむと……クロムカは洗濯かごの中からザルソバの衣類を手に取り、何を思ったかそれを自身の顔に押し当て始めた。
「ザルソバさまのにおい……ワタシ、全部好きなのです……お風呂上がりのいいにおいの時も好きですけど汗のにおいが混ざった衣類のにおいも……頭が沸騰しそうなくらいクラクラするんですの……」
うっとりとした表情でザルソバが着ていた衣類を一心不乱に嗅ぐクロムカ。……どうやらクロムカは相当な『ザルソバのにおいフェチ』のようで、5分ほどトロンとした目つきでザルソバの衣類を嗅いでいたのだが……突然クロムカは慌てた様子で我に返った。
(……はっ!! し、しまったですの! またやってしまったですの……ひと嗅ぎだけにするはずだったですのに、あまりにもいいにおいでついうっかり……)
どうやらトリップしてしまったが為に夢中でザルソバの衣類を嗅ぎ続けてしまってい事に酷く慌てた様子のクロムカ。
というのも、ただ洗濯物を籠に詰め込むだけなのに、時間が掛かりすぎている事に気づいたザルソバが心配して見に来るかもしれない。そうなってしまうとクロムカはこの恥ずかしい姿を見られてしまう可能性が非常に高くなる事になるわけで……。
(へ、変に思われないうちに急いで洗濯しに行かないとですの!!)
クロムカは洗濯物を急いで籠に詰め込むとそれらを抱え、慌てた様子で家を飛び出したのであった。




