番外編2-20. 一途な想いの果てに。
番外編2の最終話です。
──翌朝。
「……いけない、私ってば泣きながら寝ちゃっていたのね。でも泣いたら少しだけすっきりしたかも。昨日までは変に無気力だったせいで体が思うように動かなかったけど今日は普通に動かせる……」
昨晩、思い切り泣いて泣いて、泣きまくっていつの間にか眠ってしまっていた事が良かったのか、昨日まで無気力すぎるあまり、体すらもろくに動かせなかったのが嘘のように気分が良って体も自由に動かせるようになったスーフェが、寝床から立ち上がった。
泣き続けたせいで目元は腫れていたが、それでも昨日よりは元気が出た事を自覚するスーフェではあったが……。
「……しまったわ。昨日水浴びしてないじゃない私……うわぁ、涙と汗で体中ベトベト」
ここで漸く、日課にしていた水浴びを昨日し忘れていたことをスーフェは思い出した。
「とりあえず水浴びしてこなきゃ……それに服も洗わないと……」
モンスターではある以前に一人の女性であり、人並みに清潔さも保っていたいスーフェは身だしなみを整えようと、替えの下着や体を拭く布を探すなど、水浴びの準備を始めだす。
そして、全ての準備を終えたスーフェが洞窟から出て、森の中にある川まで向かおうとしたその時だった。
「お姉さん、スーフェお姉さん!!」
どこからともなく聞こえてきたのは、聞き覚えのある声で、思わず声が聞こえた方へ振り向いたスーフェがその視界に捉えたのは……彼女が会いたくて会いたくて昨晩大泣きまでしてしまった少女の姿であった。
「え……ユー……? なんで、なんでここにいるの……?」
世界の危機を救うために旅立ったはずのユーが何故か目の前にいた事で、ひどく戸惑うスーフェ。
「全て終わったんだよお姉さん。私、世界の危機を救うことができたんだ! それをいち早くお姉さんに伝えたくて急いで帰ってきたんだよ!」
なんとユーは、僅か1年で世界の危機を救うことができたらしく、こうしてスーフェに報告をしに戻ってきたというのだ。
「!! ……そうなのね……おめでとう。よくがんばったわね」
自身がモンスターという立場上、世界の危機については他人事ではあったが、それでもユーが目標を達成しことは素直に嬉しいスーフェだ。
しかし、それは同時にユーが自分とはもう遠い存在となったことを意味しており、スーフェもまた、自身の恋心は叶わず花と散る事も意味していて、スーフェは胸が痛んだような気持ちになる。
逆に世界を救う旅に失敗して帰ってきてくれた方がまだ望みはあったかもしれないとスーフェは思っていただけに。
「それでね、私、お姉さんにお願いしていたことがあったんだけど……」
(ほらやっぱり……。こうしてわざわざここまで来たのは……約束を取り消す事へのお詫びをしにきた……ってことよね……)
世界を救った英雄となれば当然、相手は選り取り見取りにもなる。
普通の思考回路なら、その選択肢から真っ先に除外すべきだろう自分に、血迷って告白した事を謝罪し、それを撤回しにきたんだろうとネガティブ全開の予想で覚悟したように目を閉じるスーフェに待っていたのは……。
「その時に約束していたとおり、私の恋人になって、できたら結婚もしてください!! 子どもも欲しいです!!!」
「んん!?」
なんとユーは、改めて告白するどころか、婚約のプロポーズ、さらにそれすらも飛び越えて子どもが欲しいまで発言をしてきたのだ。
これには流石にスーフェも大混乱。
「待って待って、なんで私!?」
「なんでお姉さんが驚くの? だって約束したよねお姉さん、私の恋人になるって……。結婚とか子どもについては初めて言ったけど……」
「確かに帰ってきたら恋人になるって話はしたよ!? だけどあれってユーがまだ恋に恋しているぐらいの頃で、たまたま森で助けてけいこをつけ続けた私に対して一時的にそんな気持ちになっただけでしょ!? それにほら、英雄になったらもう向こうから私以上にかっこいい人やかわいい子から告白されるはずでしょう!?」
「そんな事無いよお姉さん、私はいつだって本気だった。それに、確かにお姉さんが言うようにモンスターに襲われていた村を助けた時に男女問わず嫁に来てくれとか、恋人になってとか色々と誘われたけど、私は全て断ってきた。……だって私はお姉さんさえいればよかったから」
「~~~!!!!?!」
どうやらユーはスーフェに対して恋心を抱いて以降、一度もその信念を曲げず、ただひたすらにスーフェの事を一途に思い続けていたようだ。
旅立った日から1年が経ち、より成長して凜々しさが増し、顔立ちもさらに綺麗になった少女からまっすぐに想いをぶつけられたスーフェは声にならない叫び声を上げそうになりながら顔を瞬間的に火照らせたが、それでもまだ何かの間違いではないのかと言わんばかりにあれこれユーに尋ねる。
「で、でもほら、旅をしている間、他の誰かとパーティーを組んでいたんでしょう? そういった人たちの中にユーがいいなと思う人はいなかったの?」
「いや、私はずっと一人旅だったよ。そういえば私が旅立とうとした時、私の幼なじみもその旅に同行しようしていたんだけど……なんだかあまりにも弱かったから置いていっちゃった。それに、世界の危機を救う旅も1年で旅を終わらせることができたから、やっぱり幼なじみの彼は連れて行かなくて正解だったと思うんだ」
本来のゲーム上の展開なら、ユーと幼なじみは共に弱い状態で旅を始める事になって、お互いに少しずつ成長していく事になるはずだった。
しかしこの世界では本来ならユーが旅立つ時期に光の使いが現れ、『準備が整うまでここに留まるように』と伝え、そしてその間、スーフェがユーに対してけいこをつけて強くさせてしまったことで、幼なじみは強くなる機会を失い、結果的に村に置いてけぼりにされる事になったのだ。
その上、ゲーム上の展開ならユーがそれなりに強くなったゲーム中盤以降で、ユーがたどり着く光の神殿で光の巫女、すなわち『トーイラ』から与えるはずの『光の祝福』も直接トーイラがリマジーハにやってきてホイホイ与えてしまった事で、ユーはある意味『強くてニューゲーム状態』での旅立ちとなってしまったのである。
そんな状態になれば当然最終目的地にたどり着くのも早くなるし、さらにゲーム上のラスボスとなるはずのリラのなれの果てである『闇に塗り替える者』すらいないし、ラストダンジョンに出てくる中ボスの『動物顔のモンスター』も既にネメ達によって滅されている。
ユーが先程から『邪竜』と言っているがその竜はそれなりに強いが実態はラストダンジョンに出てくる一般雑魚モンスターの為、実質、ユーが倒さなければならなかった相手は『神官』だけ。
それらの事情により、この世界のユーは確かにスタートこそ遅れたものの、ゲーム本来の展開なら3年、『あっちの世界のユーこと、ザルソバが光の祝福を与えられなかった世界』では5,6年だったのに対し、こちらの世界は僅か1年という驚きの早さで世界を救ってしまう結果となってしまったのだが……当然ながらユーもスーフェもその事情を知らない。
「でもでも、世界を救ったのなら、国の偉い人とかに報告もしたんじゃないの? そうしたらほら……褒美として色々と……」
パーティーを組まずに一人旅をしていたと話すユーに対して、次にスーフェはユーにあやかろうとした者は間違いなく存在し、当然その中にはユーの好みの相手がいたに違いないと考え、それも尋ねた。
そして、その中には当然王族もいるだろうし、いくら世界を救った英雄といえども王族が結婚しろと命じればそれに逆らう事などできないに決まっていると思ったからこそのその質問だったのだが……。
「えっと……邪竜や神官みたいなのを討伐した後、いろんな国の報告にも行って確かに褒美とか渡されそうな感じだったけど、言うだけ言ってすぐにお城から出てきちゃった。
褒美だけじゃなく、なんだか前来た時はいなかったはずの美形の若い王族っぽい人がいたり、指輪とか隷属の首輪みたいなものを準備している気配もあって、これ以上留まったら絶対面倒ごと押しつけられそうな気がしたから」
「そ、そう……」
なんとユーはそれすらもすっ飛ばしてここへ来てしまったらしい。怖い物知らずすぎてちょっと言葉を失ったスーフェであるが……。
「それに私ね、たとえいくら王様とかそれに近い人が私を娶ろうとしても、絶対に断るつもりだったんだ。だって、私には昔から恋い焦がれていた人がいたから。……それが誰なのか流石にもうわかってるでしょ? スーフェお姉さん。私は、スーフェお姉さんが欲しい」
「……」
そう言いながらじっとスーフェの瞳をまっすぐ見つめながら、スーフェに向かって手を伸ばすユー。
その真剣な眼差しと、ユーから先程からずっと一途な想いをぶつけられた事によって、スーフェはすっかり顔だけじゃ無く耳まで真っ赤になってしまっている。
(この子は、ユーは……本当に私のことを愛してくれているんだ……)
スーフェもまたここにきて、漸く自分が本当にユーに心から慕われていた事を自覚し、おずおずと、自信がなさそうにしながらユーの手を取りながら伝えた。
「……いいの? 本当に私で」
「もちろんだよお姉さん、私はお姉さんがいい……お姉さんしかいないんだ」
「ありがとう……ありがとうユー……私のこと、好きと言ってくれて、愛してくれて……嬉しい。はい、私……あなたと結婚します」
ユーの告白と結婚の希望を受け入れたスーフェは昨日に続けて大泣きしていた。しかしそれは悲しみの涙ではなくうれし涙で、泣いてしまうのも仕方の無いことなのだ。
人間とモンスターという関係にも関わらず仲良く恋人関係を続けていたミノリとネメに憧れて今日まで生きてきたスーフェの悲願が、漸く叶ったのだから。
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お互い、念願だった恋心が成就したことで幸せそうに仲良く隣り合って座るスーフェとユー。
「……だけど世界を救った英雄であるあなたが本来討伐すべきモンスターの一個体の私に恋をするってのも……かなり変な感じがするのよね。……そもそも私、もしかしたら討伐依頼が出ているかもしれないのに」
スーフェが何の気なしにそうつぶやく。確かにスーフェはこの辺りに出現するのはおかしいほどの強さを持ったモンスターで、当然ながら周辺に住む人間からすれば非常に危険な存在で、討伐依頼が出ても不思議ではない。
そんなスーフェの疑問をユーは気にしなくて大丈夫だと言うかのようにその疑問に答える。
「大丈夫だよお姉さん、だって私、お姉さんがこの森に住んでるって事をずっと秘密にしていたし、お姉さんも森の外に殆ど出なかったみたいだから、多分誰もお姉さんの存在に気づいていないと思うよ。
現にここへ帰ってくる前にリマジーハとクイニギツにも立ち寄って念のため討伐依頼を確認したけどお姉さんについては書かれていなかったし。……まぁ万が一出ていたとしたら……依頼を受けた人を殺しちゃったかもしれないね私」
「それはどうかと思うわよ、ユー……英雄が犯罪者になってどうするの……あ、そういえば……」
「どうしたのお姉さん?」
かなり間違った方向に進んだ庇護欲をお持ちのユーである。その思考回路にちょっと引きかけるスーフェであったが、何かを思い出したように言葉を続ける。
「えっと、さっき、ユーが私との間に子どもが欲しいって言ったけれど……多分難しいわよ。私、同じ人からずっと魔力を供給してもらってそれを体内に溜め続ければ、男女の性別関係なく子供を授かれるけど、光の祝福で光属性になったユーと私の闇属性は相性が悪くて……」
シャルとトーイラの時と同様に、スーフェとユーもまた、相反する属性持ち同士の為、子供が授かりにくいのだ。ちなみシャルは闇以外に火の属性を持っていたが、スーフェは闇と風である。
しかし、ユーはまるで『なんだそんな事か』と思っているかのように、平然としている。
「その点は大丈夫だよお姉さん、だって私はもう既にその為の策は打っていたから」
「え、……策?」
一体いつの間にという思いと、そもそも策とは一体何なのかと2つの疑問が湧いて首をかしげるスーフェ―に対し、ユーはその策と行った時期を話し始めた。
「えっと……私が旅立つ前に私、お姉さんと口づけをしたんだけど……実はあれがその策だったんだよ? 正確には可能性に賭けただけだったんだけど……」
「え!? 口づけが……? なんで口づけが策になるの?」
どうやらあの日の口づけ、スーフェから離れる前の想い出の為にキスをしたのではなく、ユーと恋人になり、子供を授かるための手段だったようだが、まだスーフェにはその意味が分からない。
「えっと、お姉さんは自分自身に鑑定魔法かけた事ある? ここ1年の間で掛けていないのなら試しに掛けてみて。そしたら意味がわかると思うよ」
「? よくわからないけどユーが言うのなら一応……ってあれ?!」
ユーに言われるがまま、鑑定魔法を自身に掛けて己の状態を確認したスーフェだったが……何かに気づいたようで驚いた顔をユーに見せた。
「待って待ってユー!? 私は闇属性と風属性だけだったはずよ!? ほんの少しだけどなんで肉体と魔力どっちも光属性が加わっているの!? いつの間に!? どういう事!?」
一体どういう方法なのだろう、スーフェの肉体と魔力、両方の属性に本人も知らない間にいつの間にか通常ならば絶対に備わるはずの無い『光属性』があったのだ。
「……それがキスをした理由だよお姉さん。私に光の祝福を与えてくれた光の巫女さんから聞いていたんだ。
光の祝福を受けた人ってて、暫くの間はその残滓が体の中に残っているから、それが消えてしまわないうちにキスでもなんでもいいから供給するような形で魔力を相手に送り込むと、相手もその影響を受けて間接的に光の祝福を受けて、光属性を持てるかもしれないって。
そして巫女さんが小さく『そしてもしかしたら相手が相反する属性でも、さらに人間じゃなくてもいけるかも』って口にしたのを聞いて、私は急いでお姉さんとキスをしたくて駆けつけたんだ」
そしてどうやらユーの作戦は成功したようで、ユーの中に微弱ながら残っていた光の祝福の効果は、ユーを経由してスーフェへと受け継がれ、間接的にスーフェも光の祝福を賜る事が出来たらしい。
といっても、本来の光の祝福の効果ならば、魔力と肉体の属性を全て光属性に入れ替える事になるので、より確実だったのかもしれないが、たとえ微弱でも光属性の付与が成功し、スーフェの中で共存している事だけでも大きな意味がある。
光属性が全く無い状態で闇属性がメインの者が体内に光属性の魔力を供給されても受け皿がないのに対し、僅かでも光属性があれば受け皿がある事になる。それだけでも大きく異なるのだから。
確かにスーフェのメイン属性は肉体も魔力も闇なので遅くなるのは確実だがそれでも光属性が全く無いよりは遙かに早く子供を為すことできるはずだ。
「なるほど……そういう事だったのね、あの時の口づけは……」
ユーがあの日、何故突然口づけをしたのか理解したスーフェは納得したような顔をしたが、ユーはまだスーフェに話していない事があったらしく、言いにくそうにしながらもさらに言葉を続けた。
「そう、それが理由だったんだけど……ごめんなさい、実は光の巫女さんは『もしかしたら副作用が起きて体調が悪くなるかもしれない』とも言ってて……お姉さん、私がいない間、体調はどうだった?」
「体調に? ……あー……もしかして」
「え!? もしかして私がいない間、具合でも悪かったのお姉さん?」
それを聞いた途端、思い当たる節があったスーフェは合点が言ったような表情をすると、ユーは慌てたような反応を見せた。
「えっと、実は私、昨日まで変に無気力状態になって、妙にだるさも感じて体も動かしにくかったんだけどもしかしてそれかも……今日になって全く気にならなくなったけど」
「そうだったんだね……ごめんなさいお姉さん。多分それ副作用で間違いないはず…………そしてもう無気力状態もだるさも無いという事は、多分光属性が身体に完全に馴染んだという事だから、多分もう体調が悪くなることはないはず……」
どうやら昨日までの体調不良は全て光の祝福が原因だったらしい。しかし、今日になってからはもう体調に悪い点は一切無く、無事に光属性はスーフェの体に馴染んだようだ。
「そうなのね……まぁ大変だったけどもう具合が悪くならないのならもう大丈夫よ」
「……それだといいんだけど……でも、ごめんなさい」
喉元過ぎればなんとやらというように、原因さえわかれば昨日までの体調不良をもうなんとも思っていないような反応をするスーフェと、しきりに謝るユー。
なぜそこまで謝り続けるのか不思議に思うスーフェであったが、ユーが続けて口にしたのは……光の祝福を受けた理由だった。
「本当は私、光の祝福を受ける気なんてなかったんだ。だって、それを受けてしまうと世界の危機を救う英雄になる役目を背負わされてお姉さんと離れ離れになるから……。だけど、お姉さんとの間に子供を授かる事が出来るかもしれないって聞かされて……でも結果的にお姉さんの具合を悪くさせちゃったし、お姉さんに寂しい思いもさせちゃって……」
ユーが『世界の危機を救いに行かなければならない』という義務を背負ってまで光の祝福を受けた理由。それは世界の平和のためにといった善人のような理由ではなく、ただ単にスーフェの……『ユーが愛したたった一人』の為だったからなのだ。
そしてそれは、『ユーはただスーフェの為だけに命を懸けた旅に出た』という事も意味し……。
「……本当に私の為だったんだ、ユーが旅に出たのは……」
「うん……って待ってお姉さん、なんで泣いてるの……? もしかして私、何か悪い事しちゃった……?」
それを理解してまた涙を流し始めるスーフェ。
「ちがう、ちがうのよユー……これはね、嬉しいから泣いてるの……」
……しかしそれは昨日の悲しみに満ちた涙ではなく……うれし涙であった。
「そっか……そうだったのねユー……あなたはただ私の為だけに、英雄になるって決めて光の祝福を受けたのね……バカね、ほんとうにお馬鹿な英雄さんよユーは。旅の途中で死んじゃう可能性だってあったのよ? そんな危険を冒してまで……。
……でも、でも嬉しいな。そんなにしてまで私のこと、一途に思ってくれていたんだもの……私との幸せをつかむだけじゃなく、まだ生まれるかもわからない子供の為にまで……。
そうだったら私も覚悟を決めるわね。……私の全て、ユーに捧げます。……だから、私の事、好きにしていいから……いっぱい愛してね」
スーフェは、まるで全ての気持ちにけじめをつけるように、ユーに全てを捧げると誓うと、抱きつきながらそのままユーの頬に軽くキスをした。ここまで一途に自分の事を思ってくれているユーになら、もう自分は好きにされても構わない気持ちでいっぱいだったのだ。
スーフェだって、ユーの事をとても愛しているのだから。
「!! おねーさん!!」
「きゃっ! あっ……」
しかし、その言葉が端を発してしまったのか、ユーはまるで理性が飛んだかのようにスーフェをその場に組み敷いてしまった。
……そしてスーフェはユーの理性が飛ぶような発言をしたことを、この直後、激しく後悔することになる。
「……お姉さん、さっきからもしかしてって思っていたんだけど、抱きつかれてわかったよ。お姉さん、やっぱりすごくいいにおいがする……なんだろう、以前からおねえさんからは私の好きなにおいがしていたんだけど、今日はなんだかいつも以上にすごい濃密で……頭がおかしくなりそうなぐらい好みすぎるにおい……」
「!?!? あ!! 私、水浴びまだ……!!!」
昨日水浴びをしていなかった上に、けいこと言えど直近でスーフェを負かした相手はユー。
それはつまり、ユーの好む体臭をスーフェ自身の生存本能によって無意識のうちに放つようになってしまっていたらしく…………結果的にスーフェは己の体臭だけでユーを魅了状態にしてしまったようだ。
混乱したくなる気持ちを抑えながらスーフェは必死になってユーに向かって叫ぶ。
「待って!! 待ってユー!!!! わた、わた、私!!! 昨日水浴びしてなくてね! それってつまり私の、私の体臭がね!! いつもよりも強く出ているって意味でね!!?! 待って! 待って待って!!! 正式に恋人になったばかり私相手に我慢できなくてムラムラして色々したいのはわかるけど!!! せめて水浴びさせて!! 恥ずかしいから! やだやだやめて! これ以上私の体臭嗅がないで!!」
スーフェはまるで獣のような瞳で自分を組み敷くユーに対し、涙目でせめて水浴びだけでもさせて欲しいと必死に懇願するのだったが……。
「やだ、おねえさんのいいにおい、ずっと嗅いだままで色々したい……水浴びしたら消えちゃうもの……」
「待って待って待って!! 待ってぇええーーー嗅がないでーーー!!!!」
ユーはそれを全力で拒否。
羞恥心で全身がゆでだこのように真っ赤になりながらユーに組み敷かれていたスーフェは声にならない声で叫びながら、なし崩し的にユーに求められるがまま、ユーの全てを受け入れる羽目になってしまったのであった。
──そしてこの日を境に、世界を救った英雄『ユー・シャリオン』の消息が突如としてわからなくなってしまった。
彼女にあやかろうとした数多くの人々が懸賞金をかけてまで血眼になりながら捜索したのだが……結局ユーが見つかる事は無かったのであった。
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──スーフェとユーがなんだかんだあって結ばれてから数ヶ月の月日が経ったある日のこと。
世界を救った英雄が突如姿を消した事で世界中が大騒ぎしている中、イケイーエウの町の片隅に貼られた『ユー・シャリオンを探しています』という張り紙を見ながら何か話しているローブを羽織った2つの人影。
「姿を消した英雄……ねぇ、やっぱり有名人なのねユーは。見つけた人には懸賞金まで出すみたいな張り紙まであったのをさっき見かけたわよ。まるで指名手配の犯罪者か迷子になった猫みたい」
「うーん……なんでこんな扱いを受けてしまっているんだろう私は……世界を救ったはずなのに……」
その正体はこの世界を救った英雄である『ユー・シャリオン』と、モンスターであって、師匠であって、命の恩人でもあって、そして……ユーの恋人でもある『スーフェ』であった。
ユーはさらにぼやきを続ける。
「というか……私としては別にあがめられたかったり、王族みたいな人らと懇意にして自分を世間に認めさせたいとかそういった思いは全く無いんだ。
ただ私が愛した唯一のスーフェお姉さんとひっそり静かに暮らせればいいだけなのに……」
ユーのぼやきはまだ続いていたが、ユーが口にした言葉の中である事に気づいたらしいユーはそれを窘めるかのようにスーフェはユーのおでこを軽くはじく。
「こーら、私だけじゃないでしょ? この子の事もちゃんと愛してあげるって決めてるんでしょ?」」
そう言いながらスーフェが指さしたのは自身のお腹。
「あ……すまないお姉さん、そうだったね。もう私とスーフェだけじゃなかったんだよね」
そう、スーフェはここに来るまでの間にユーとの間に新しい命をそのお腹に宿していたのだ。ゲームの主人子補正でもあったのだろうか、『あっちの世界』のザルソバとクロムカのようにたった1回でとはいかなかったが、それでも相反する属性であるにもかかわらず1月でスーフェのお腹に二人の子どもを宿すことができたのだ。
そんな2人は正体がバレないように変装して町中をうろついていたのだが、実はある目的地を目指して旅をしている最中であった。といってもその目的を知っているのはユー・シャリオンのみ。
「それでユー、どこに向かうつもりだったの? 多分もう普通に町で暮らすことはできないわよ……半分私のせいだけど……」
スーフェがユーに尋ねる。完全に行き当たりばったりなのかと思ったが、どうやら目指している場所があるそうだ。
「実は噂で聞いただけで確証は持てていないだけど……この世界のどこかに2人の光の巫女がひっそりと暮らす『女神の森』と呼ばれる場所があるらしいんだ。そしてその女神の森は人間とモンスターが仲良く暮らしているという噂があって私たちもそこを目指そうかなと。噂の出所がキテタイハの方だったから多分あっちの方にその女神の森があるんじゃないかと思っていて……」
女神の森、それはミノリ達が住んでいる森の続編での名称だ。『あっちの世界』では、ミノリ自身が女神扱いを受けていたからこそそんな名前がついていたのだが、こちらの世界では名前の由来に大きな違いがあるようだ。
……『あっちの世界のミノリ』が聞いたら、泣いて悔しがりそうである。
「そんな場所あるのね。……まぁ、噂は噂だからあてにならないけど……でも私、ユーとだったら何処へでもついて行くわ。そしてこの子も。これからも私達のこと、愛してね」
「もちろんだよ、スーフェお姉さん。絶対に私はスーフェお姉さんとその子も幸せにするって心に決めているから。さぁそろそろ行こうか」
2人は手を繋いで町から出ると、女神の森があると噂される場所へ向けて歩き出した。
──ユーとスーフェがミノリたちの住む『女神の森』へやってくるのは、もう少し後の話。
少し長引いてしまいましたが、番外編として書いてきた平行世界の話である『もう一人のミノリ』側のお話はこれで完結です。こっちの世界のミノリをはじめとしたオンヅカ家の面々だけじゃなく、ユーやスーフェもきっと幸せに暮らしていくと思います。
次回から本編の方のミノリさん最終章に入りますが、ちょっとだけ開きます。
再開までしばらくお待ちくださいませ。




