番外編2-18. 最上位種魔女、がんばる。
「……そういえばあなたはどこから来たの? こんな森の奥まで来ちゃったということは、近くにあるリマジーハかクイニギツのどちらかの村だと思うけど……」
「えっと、リマジーハの方。強くなりたくて近くのモンスター退治しながら訓練してたらうっかり森に入っちゃったの」
一緒に歩く少女を気遣うように先程からあれやこれやと語りかける緑髪魔女ことスーフェ。それは自分への恐怖心を解く為のスーフェなりに考えた上での行動だったが、それが功を奏したのか先程まであんなにスーフェの事を怖がっていた少女が打って変わってスーフェとしきりに言葉を交わしている。
「なんで強くなりたいの? 別にあなたみたいな女の子が無理に強くなろうとしなくてもよさそうだけど……」
スーフェが軽い気持ちでその疑問を口にすると、少女は少し照れたような顔になりながらその理由をスーフェに打ち明ける。
「……えっとね、これ、お姉さんにだけ話すんだけど、こないだ私のところに、天使みたいな羽の生えた女の人がやってきて私に言ったんだ。 『あなたは今よりも強くなって世界を救えるだけの力を持つことができるからこっちの準備ができるまで自分なりに修行して待ってなさい』って。だから私、それを信じて強くなろうと決めて……でもこの森に入った途端に強いモンスターがいっぱい出てきちゃったから必死になって逃げつづけていたらこうして迷っちゃって……」
「羽……? へぇ……」
羽が生えた女性の正体が何なのかスーフェにはよくわからなかったが、それでも少女が強くなりたかったのだけは理解できた。
しかし、まだまだ弱い段階でこの森に入ったのは明らかに悪手であった事から、スーフェは軽く少女をたしなめる。
「なるほど、そういう事だったのね。……でもだめよ、自分の強さを理解しておかないと。……誰でもいきなり強くなるなんてできないんだから」
「うん、ごめんなさいお姉さん。私、自分の力量を見誤っていた……」
(まぁ……それは私もなんだけどね……)
自分で言っておきながら耳がとても痛いスーフェであった。
その後もスーフェは少女の緊張を解こうとするかのように何度も話しかけ、時折少女に襲いかかろうとしてくるモンスターが現れては、その都度スーフェは少女をかばいながらモンスターを撃退しつづけて少しずつ村の方へと歩を進めていく。
ちなみにスーフェが先程から行っているモンスターの撃退方法は魔法が得意な魔女系モンスターであるにもかかわらず、魔法ではなく杖で殴るという物理攻撃であった。
その理由は人間が放つ攻撃魔法は必ずモンスターに、モンスターが放つ攻撃魔法は必ず人間に向かうというこの世界の揺るがない理があり、うかつに攻撃魔法を使うと人間である少女がダメージ受けてしまうからであった。
その上スーフェは魔女系では最上位種で強い部類に入るのだが、スーフェは魔法にのみ特化した存在で、直接攻撃といった物理的な攻撃方法はさっぱり。
しかし非力であるにもかかわらず少女めがけて襲ってくるモンスターを相手にスーフェは全身を使って少女をかばい、物理攻撃で撃退し続けた。
本来は少女が受けるはずだったダメージは全てスーフェが肩代わりした事で、結果的にスーフェの服も体もボロボロになってしまっていたのだが、それでもスーフェは約束を果たすために少女を守り続ける。
「だいじょうぶお姉さん……? ……ごめんなさい、私のせいでこんなに傷だらけになって……」
流石に少女も申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったのか、心配した面持ちでスーフェに声をかける。
「あはは……いいのよ、気にしないで。あなたを守るって約束したのは私だもの。……だけどごめんね、私って魔法は得意だけど物理攻撃はさっぱりで。……魔法だとあなたに攻撃魔法が向かっちゃうからこうして物理攻撃するしかなかったの」
「ううん……謝る必要なんて全然無いよ、ありがとうお姉さん……」
(モンスターなのに身を挺して他のモンスターから私の事、守ってくれているんだ……すごく優しいなこのお姉さん……あれ、なんだろう……急にドキドキしてきた……)
『本来ならば敵である人間の自分を、このモンスターの女性は体を張って守ってくれている』事を理解した瞬間、少女の胸の中に初めての感情が芽生え始め、激しく心臓が鼓動したのだが、まだ『恋』についてよくわからない少女にはその気持ちの正体が何なのか結局、リマジーハに着くまでわからないままなのであった。
それからその後も、モンスターが出てはスーフェが少女を守りながら物理でなんとか撃退するという事を繰り返しながら森の外へ向かって歩いて行くと、やがて森を抜け、小高い丘の先に複数の家が連なっているのをスーフェは確認する事ができた。
恐らくあれがリマジーハで、無事に当初の目的だった場所まで着くことができたようで、スーフェは少女に声をかける。
「ねぇ、あそこに家が見えるけどあそこがリマジーハでいいのよね?」
「ほんとだ! リマジーハだ!! よかった、私、帰れるんだ……ありがとう、おねえさん」
「いいのよ、ただの気まぐれだったし……」
少し照れくさいスーフェは頬を掻きながらそう応えると……少女はスーフェの方を見て口を開いた。
「おねえさん……また会える?」
「……」
こう言わないともう魔女のお姉さんに会えないのではという気持ちが無意識にあった少女は『またスーフェに会いたい』という一心からそう尋ねたのだが……ほんの少しの逡巡の後、スーフェは首を横に振った。
「だーめ。私はあなたを襲うかもしれないこわーいモンスターの『一匹』よ? 今は一時的に人間であるあなたを襲おうという本能が薄れているだけだけど……次に会った時はどうなるかわからないわ。……だから会いたいなんて考えちゃダメ」
初めて自分と打ち解けてくれた人間の少女のお願い、本当は二つ返事で承諾したかったスーフェだったが、彼女がまだ幼い事を理由に、それを拒否した。
いくら見た目は人間に近くても自分がモンスターである事には変わらない。今は仲が良くてもいつ湧き出すかもわからないモンスターとしての本能で少女を襲うとも限らず、それによって、まだ何の対抗手段を何も持ってない少女を自分の手で殺してしまった場合、激しい後悔しか残らないからだ。
だからこそスーフェは自分が人間ではない事を強調する為に『一人』とは言わず、敢えて自嘲気味に『一匹』と伝えた。
そうすれば少女も『彼女は対等な存在では無く、人間にとって敵対する存在であるモンスターだ』という事に気づくだろうという算段だったのだが……、
「……で、でも……おねえさんは私を助けてくれた素敵な『人』だもん。これでお別れなんてやだよ私……」
少女は食いつくどころか、モンスターであるにもかかわらずスーフェのことを『人』と読んで言葉を返した。
それは人間とかモンスターといった種族の違いなんて少女にとっては些細な問題で、ただスーフェと親しくなりたいという少女なりの心の表れでもあった。
「……しょうがないわね。そしたらまずこの森の中にいる私以外のモンスターと遭遇しても簡単に倒せるぐらい力をつけなさい。そしたら私、あなたと会うことにするから」
少女の切実な想いにすぐ感化されてあっさり折れてまったスーフェは、条件付きで会ってもいいと約束する。
「ほんと!?」
「ええ。そして、森の中にいる私以外のモンスターを余裕で倒せるようになったら、今度は私があなたに稽古をつけてあげるから、私の事を負かせるぐらいに強くなりなさい。私のことを負かせるぐらいに強くなれたら、万一私が本能に逆らえなくなってあなたの事を殺そうと襲いかかってもあなたは返り討ちにできるから」
「えっと……強くなるって、結局私お姉さんを殺さなくちゃいけないの? それだけはイヤだよ私……」
「ううん、そうじゃないわ。私みたいなモンスターはこれ以上攻撃されたら死ぬという状況にまで追い詰められるとモンスターとしての本能が抑えられるの。だからこれは私とあなたが会うために必要な事なのよ」
そこまで追い詰められると女性型モンスターは命乞いをする傾向が強い事や、それで見逃してもらえたり、助けてもらえたりするとその相手に対して恋心を抱きやすくなったりする点についてはまだこの少女に説明するのは早いのではと考えたスーフェはその点を省いて少女に伝える。
「わかった! 私強くなってまたお姉さんに会いに来るね!」
そして、今スーフェから聞かされた事を絶対に成し遂げようと言わんばかりに少女は拳を握りしめ、元気よくスーフェに宣言した。
「期待しているわよ小さな英雄さん。さあ、そろそろ暗くなるから早く帰りなさい」
「うん……それじゃ私行くね」
そして少女はリマジーハの方へと駆けだしていく。
村に着くまでの草原地帯にもモンスターは生息しているがこの辺りのモンスターならあの少女一人の力で大丈夫だろうと判断したスーフェは、その場で小さく手を振った。
「ええ。これからは強くなるまで絶対に森へ一人で入っちゃだめよ」
「わかったよ魔女のお姉さん! またねー!!」
スーフェは少女の姿が見えなくなるまで見送ると、ため息をつきながら踵を返して根城にしている森の中の洞窟へと一人歩き出した。
(……まぁ、『またね』なんて言ってたけど結局は口約束……きっともう会うことも無いわよね。だけどどうようかしら、またここから逃げなくちゃいけなくなるのかしら……)
少女は今日あった出来事をきっと家族に話すだろうし、そうなれば当然森へ行くのを禁止されるだろう。
その上、この付近に出現する事自体おかしいレベルの高いモンスターである自分が森の中に潜んでいる事も知られてしまえば、討伐依頼だって出されるに違いない。
「……もしかして助けない方が良かったのかしら……でも、私自身は別に後悔はしてないから……よかったのよね、これで……」
スーフェはぶつぶつつぶやきながら森の中へと消えていった。
──スーフェがそういった事を悩む一方、スーフェに助け出され、無事リマジーハに帰ることのできた少女だが、幸いにも門限前には家に帰り着くことができたため、家族から咎められる事も、スーフェの事を家族に話す必要も一切無かった。それどころか……。
(あのお姉さん、モンスターのはずなのに私にとても優しかったなぁ……つないでくれた手も温かくて、柔らかくて……それになんだかすごくいいにおいしたし。
それにお姉さんが私に微笑んだ顔を見せてくれた時、私、すごくドキドキしちゃった。なんだろこの気持ち……やっぱりまた会いたいな……私強くなって絶対またおねえさんに会いに行こう。だから今日のことは絶対に誰にも言わないようにしなきゃ!! あんな素敵なおねえさんが森の中にいること、私だけの秘密にしたいもの!)
……スーフェの予想は全て外れたのであった。
******
スーフェが森の中で迷っていた水色の髪の少女を保護して、村の近くまで送り届けた日から3日が経った。
そんなスーフェは今、森の中で何故か頭を抱えてしまっているのだが……その原因は今スーフェの目の前にいる存在に全てあった。
「……ねぇ、こないだ私、この森の他のモンスターを余裕で倒せるぐらいに強くなるまでは私のところに来ちゃだめって言ったわよね? なんで一週間と経たずにやってきたの?」
「だって、お姉さんに会いたかったから……」
3日前、村まで送り届けたはずの少女。強くなるまで会おうとしてはいけないと約束したというのに何故かもうスーフェの目の前にいたからであった。
「いや、あのね……私に会いたいって言ってくれること、すごく嬉しいのよ。だけどまだ3日よ? たったそれだけでいきなり強くなれるはずが……」
「そんな事無いよ、私この3日間一生懸命頑張って強くなったんだよ!」
「うーん……そう言われても……」
頭を抱えるスーフェをよそに胸を叩きながら強くなったと自称する少女。てっきり自分に会いたいが為の言い訳と考えていまいち信じ切れなかったスーフェは腕を組みながら考え込んでいると、少女は業を煮やしたのか……。
「それじゃ私が強くなったって事、お姉さんに見せてあげるよ」
証拠を見せると宣言しだした。
「……わかったわ。それじゃあなたがどれだけ強くなったのか見せてもらうわ」
強くなったかどうかについては半信半疑ではあったものの、折角少女がここまで来たわけだから多少なりとも強くはなったのだろうという思いだけでなく、この少女と少しぐらい一緒にいたいという気持ちも少なからず持っていたスーフェは、軽い気持ちでその証拠を見せてもらおうと少女と共に森の中を探索してモンスターを探すことになったのだが……。
「え……なんでそんなに強くなってるの……?」
」
なんと少女は先程の言葉通り、森の中で出くわすモンスターを次から次へと簡単に倒していく。3日前見た時のあの弱々しく、狼に囲まれた兎のような姿が嘘であったかのように少女の異様な成長ぶりをスーフェはまざまざと見せつけられた。
(どうやったらこんなに強くなれるのかしら……この強さの秘密は研究のしがいがありそうな……イヤイヤ! この子にはそういった種族的な欲求を私は絶対に出さないと決めているんだから!)
魔女という種族柄、人間よりも異常に強い知的好奇心の欲求が湧き出しそうになるのを我慢するかのよう自分の手の甲をつねるスーフェをよそに、再度襲ってきたモンスターを再び倒した少女は嬉しそうな顔でスーフェの方へ振り向く。
スーフェに向けられた少女の視線には妙な熱っぽさも込められていたのだが……スーフェは気づかない。
「さっきも言ったけど、私、お姉さんに会いたくて必死だったもの……。というわけでお姉さん、これで私が強くなったってわかったよね? 前に約束してくれた私へのけいこ、お願いしてもいい……?」
「……わかったわ。もうあなたは私のところまで余裕で来られるぐらい強くなっているんだもの。けいこをつけてあげるわね。……一応回復薬は準備しておくけど私、攻撃魔法に関しては手加減する気はないわよ?」
「うん!」
こうして始まった、本来は敵同士であるはずの魔女型モンスターであるスーフェと人間の少女という不思議な師弟関係。
少女は何故か先程までモンスター倒すのに使っていた剣を鞘に収めたかと思うと、鞄の中から一応剣を模したと思われる柔らかそうでひょろ長い布製の何かを取り出した
「……え、なにそれ? 布製のハリボテ? さっきまで使っていた剣じゃないの? 鞄に折りたたまれて収納されていたわよね?」
「うん、今日からもしかしたらお姉さんにけいこをつけてもらえるかもと思って昨日作ったの。布製の剣だよ。普通の武器なんて使っちゃってお姉さんに当たったらお姉さん怪我しちゃうもの」
スーフェが鞄から取り出したのは、空気抵抗をもろに受けそうな上、強く振ろうとしただけで折れ曲がったりしそうな布製の剣であった……いや、普通に折れる、何せ鞄から取り出した時点で折りたたまれていたわけだから。恐らく素材も綿や羽毛などの柔らかい素材なのであろう、とりあえずさわり心地だけは良さそうだ。
「えーっと……せめて木刀とか木の棒とかじゃないかしら……流石に布製はどうかと思うわよ……?」
スーフェは訓練用の別の武器を使ってみては提案してみたが、少女は頑なに布製の剣を使うことに固執する。
「私イヤだもん、お姉さんを傷つけちゃうの。えっとね、この森の中で迷っていた私を傷だらけになってでも守ってくれた姿は嬉しかったよ。
だけどその嬉しい気持ちと一緒に私のせいでお姉さんの綺麗な体にどんどん傷がついていく事も悲しかったの私……だから私ね、お姉さんの事絶対に傷つけないって決めたの。だからお願いお姉さん、私にはこの武器を使わせてください」
「……わかったわ。そこまで言うのなら好きにしなさいな」
「!! ありがとうお姉さん!!」
いくら言っても布の剣から別の武器に変える気ががない少女に対し、若干呆れてはしまったが、自分の事を傷つけたくないという想いがあったからこそ、それを使いたいと願い出たとわかって嬉しい気持ちも沸いてしまったスーフェは、少女にそれ以上ダメと言うことができず、結局、布製の剣でのけいこをつけることを許可した。
「よーし、私、絶対にお姉さんよりも強くなってみせる! それでね……もしも私がお姉さんよりも強くなったら、一つお姉さんにお願い事をしてもいい?」
「あらあら、もう先の約束? まぁいいわよ。強くなったらそのお願い聞いてあげるわね。もっとも、そんな日が来たらの話になりそうだけどね」
──こうして始まった2人のけいこ漬けの日々。
もしもこの森に少女以外の人間がやってきて自分の存在に気づいてしまったら討伐されるかもしれないという恐怖に加えて、今は抑えられている『モンスターとしての本能』がまたいつ湧き出すかわからないという恐怖という2つの不安要素。
それらはスーフェが少女に対してけいこをつけている間にも、スーフェの胸の内には漠然とあったのだが、幸いにも少女をけいこづけている間はどちらも起きずに、ほぼ毎日、少女がスーフェの元へやってきてはスーフェがけいこをつけ、お互いに疲れたらのんびり肩を並べて休憩するという日常が続いていった事で、スーフェの胸の内からはそれらの不安が次第に薄れ、幸せな気持ちを徐々にを感じ始めていた。
『この子と一緒にいられる日がこれからも続いてほしい』という淡い想いを胸に秘めたスーフェはその後も少女にけいこをつけながら少女と共に過ごすという安らぐ日々を送り続け、気がつけばスーフェと少女が出会った日から2年近く経ち……ついにその日は訪れた。
次回が番外編2最終話の予定です。
明日投稿できるように頑張ります。




