番外編2-16. もう一つのオンヅカ家。
「……おねーちゃんたち、だれ?」
目を覚ましたリラはまだ眠そうな紅い瞳をこすってから再びトーイラとシャル、そしてクロムカを順に見つめながら尋ねた。
(わっ、声も澄んでるですし、赤いお目々も綺麗でまるでお人形さんみたいですの……ってダメですのワタシ、落ち着くんですの……)
リラの声と瞳に再び魅了されたような表情をしたクロムカは高まる鼓動をなんとか抑えようとしている中、クロムカの近くにいたトーイラが初めてのご対面となったリラに自分たちの事を紹介し始めた。
「こんにちはリラちゃん、私はトーイラって言うんだよ。ネメのおねーちゃんだからリラちゃんのおねーちゃんでもあるんだよ。よろしくね。そしてこっちのピンク髪の子が私の恋人のシャルで、そっちの長い金髪の子が……クロムカ、どうしたの?」
「……あっ! いえ、なんでもないですの! えっと、アタシはクロムカって言うんですの、宜しくお願いですのリラちゃん」
先程から何故か胸を押さえているクロムカを不思議そうに見つめたトーイラから声をかけられた事で、やっと自分の世界から戻ってこられたクロムカも、平静を装いながら同じようにリラに己を紹介した。
「もしかしておねーちゃん、体調悪いの? それじゃ元気になれるおまじないしてあげるね」
「おまじない……ですの?」
「うん」
先程までクロムカが固まっていたのは単にリラの姿に見とれていただけとは微塵にも思っていないリラは、クロムカの体調が良くないのかもと考えたらしく、おまじないをすると言った直後にクロムカに近づくと、そのままクロムカの体に抱きしめてきた。
「!?!!? リ、リリリリリラちゃん!?」
リラに一目惚れした事を自覚してしまった直後に、まさかリラの方から抱きしめてくるとは夢にも思わなかった為に、驚きのあまり上擦ったような声を出すクロムカ。
「えへへ、えっとね、ミノリおねーちゃんやネメおねーちゃんはあたしがこうするとすごく元気になるって言ってたからクロムカおねーちゃんにもしてあげる」
「あ、ありがとうですの! で、でももう大丈夫なんですの!」
「そう? それならよかった」
これ以上抱きつかれてしまうと頭が沸騰する状況になりかねないと判断したクロムカは慌てながらもなんとかお礼を述べると、リラは満足したようにクロムカの体から離れて再びネメの隣に戻ろうとしかけたが、何かを思い出したようでそのまま近くにいたトーイラに尋ねた。
「そういえばあたし、トーイラおねーちゃんはあたしの体を治すために光の祝福を覚えに行ってるって聞いてたの。そして今トーイラおねーちゃんがここにいるって事は……あたしの特異体質が治る……ってことなの?」
「うん、そうだよリラちゃん、あなたのことを治してあげるね。といっても光の祝福を与えるのは私じゃなくて、私の弟子で、同じくリラちゃんの姉になるクロムカがあなたの特異体質を治す為に光の祝福を覚えてきたんだよ」
「! そうなの? クロムカ……おねーちゃん?」
トーイラがその事を伝えた途端、リラは驚いたように目を大きく広げてクロムカを見つめた。
「は、はいですの! お姉ちゃんに任せて欲しいんですの!」
既にリラに対しての想いが好意一色となっていたクロムカは、リラにいい所を見せたかったようで、胸を叩きながらそれを肯定した。
「そっか、嬉しいな……これが成功したらあたし、もう死ぬことにもう怯えなくて済むんだね……クロムカおねーちゃん、お願いします、あたしの体、治してください」
そしてクロムカに向けて切実そうにお辞儀をするリラ。今は体調が安定しいているとはいえ、やはり特異体質で死ぬことへの恐怖が常に付き纏っていたから不安な気持ちでいっぱいだったのだろう、願うように顔の前で手を組むと、クロムカの前に座って目を閉じた。
クロムカはそんなリラの想いに応えるべく、早速行動に移した。
「そ、それじゃいきますのリラちゃん! えっと、ひか、光の祝福の詠唱は……」
いざ光の祝福を与えるとなるとやはり緊張してしまったのだろう、一度噛んでしまったクロムカであったが、なんとか持ち直すと真剣な面持ちになって光の祝福に必要な詠唱を始めると……その詠唱に呼応するかのようにリラの体も淡く光りだす。
「わぁ……綺麗」
仄かに輝きだすリラ、そして同様にクロムカから放たれる柔らかく暖かい光の魔法。これがどうやら光の祝福らしく、目の前で繰り広げられる幻想的な光景にミノリ達がうっとりとした表情をしながら2人を見守っていると、やがて最後まで詠唱を終えたのか、クロムカは口を閉ざした。
その直後、部屋が一面中まばゆい光に包まれたかと思うと、やがてその光は徐々に収まり始め、やがていつもの室内へと落ち着きを取り戻していった。
「……シャル、どう? 光の祝福、成功している?」
トーイラは家にいる者の中で特に他人の魔法属性を感じる事ができるシャルに尋ねた。
「はい、成功しているみたいですね。リラちゃんの肉体からは闇属性の気配を微塵も感じず、肉体と魔力どちらも光属性になったみたいです」
本来ならその役目を担っていないはずのクロムカの光の祝福であったが、無事に成功した事でリラの特異体質を改善する事が出来たようだ。
「……リラちゃん。体は大丈夫ですの?」
「うん、今まであたしの体で時々あった苦しいような痛いようなイヤな感覚が一気に無くなってすっきりしたの。……ミノリおねーちゃん、ネメおねーちゃん、あたし、もう特異体質じゃなくなったの?」
「そうよリラちゃん、これであなたは自分の運命から漸く解放されたの!」
「よかったね、よかったねリラ!」
リラから尋ねられると嬉しそうに両側からリラを抱きしめるミノリとネメ。
この2年もの間、姉妹として共に過ごしてきたの2人だからこそ、リラと同じように不安な気持ちでいっぱいだったのだろう、リラが特異体質から解放されたことで嬉しさのあまり2人もその瞳に涙を浮かべている。
「そうなんだね……ありがと……ありがとミノリおねーさま、ネメおねーさま。あたしのこと、あの日北の城に連れて行かれる所だったあたしを助けてくれてありがと。
そして、クロムカ……おねーちゃん……。あたしの為に光の祝福を使ってくれて、本当にありがと……。ねぇ、クロムカおねーちゃん、こっちに来てあたしに顔を近づけてくれる?」
「は、はい、なんですの……………!?!!?!」
もじもじと上目遣いで嬉しそうに顔を赤らめていたリラに呼ばれて、近寄ったクロムカが顔をリラに近づけると……どうやらリラなりのお礼をしたかったようで、クロムカのほっぺにキスをした。
「リ、リラちゃん!? も、もしかしてワタシにキ、キスしたんですの!?」
「うん……あたしが今クロムカおねーちゃんにできる事って言ったらこれだけかなって……あとね、あたしの事助けてくれたクロムカおねーちゃんを見てると……なんだか胸がドキドキしてきて……」
「!?!?」
魔物やモンスターは生存本能として命乞いを聞き入れてくれた相手や助けてくれた相手に対して恋心を抱く事が多い。
最初にミノリ達に助けられた時は既にミノリとネメが恋人同士だったこともあって、幼いなりにリラは無意識の内に実は諦めていたリラだったのだが、光の祝福を与えて命を救ってくれたことでクロムカの事を助けてくれた相手と認識して、恋心を抱いてしまったらしい。
(ど、どうしたらいいんですの!? ほっぺにキスされた上、そんなかわいい事まで言われてしまったらアタシ……あ、も、もうだめですの!!)
理想の妹像そのものでストライクゾーンど真ん中であったリラから明らかに好意を持っているような視線を向けられ、さらには頬にキスまでされたクロムカは……ついに理性がふっ飛んだ。
「……あれ、どうしたのクロムカ?」
わなわな体を震わせるクロムカを心配してトーイラが尋ねると……。
「ししょー!! ワタシ決めたんですの! リラちゃんはワタシが妹として責任をもって大事に育てさせてもらうんですの!! そして最終的には二人で幸せになってみせるんですの!!」
「きゃっ」
リラを抱き上げながら高らかにそう宣言するクロムカ。
「待ってクロムカ!? なんだかそれ妹の一線を越えて恋人になりたいも飛び越えて結婚したい宣言にまでぶっとんでない!? 気が早すぎるしリラの気持ちもまだ聞いてないよ!?」
まだ6歳のリラに対して恋愛関係的な方に舵を切っているのが丸わかりなクロムカの発言に慌てたトーイラは落ち着くよう説得を試みようとしたのだが……。
「えっとねトーイラおねーちゃん。あたしもね、あたしの事を救ってくれたクロムカおねーちゃんともっと仲良くなりたいって思うの。だって、あたしも今おんなじ気持ちだもん。
それにね……クロムカおねーちゃんがあたしの事をネメおねーちゃんとミノリおねーちゃんがお互いに想っているみたいな好きって気持ちを向けているとしたら……あたしも嬉しいしそれを受け入れたいって思うの。そして、そのままあたしのこと、幸せにしてほしいな……あたしの全部捧げてもいいくらい」
なんとリラの方からも援護射撃が飛んできてしまった。お互いの発言を鑑みるに明らかに両想いなわけであって……12歳と6歳の姉妹カップルが誕生した瞬間である。
「待ってリラちゃん、リラちゃんもリラちゃんで6歳になったばかりでそういう事言うのはやっぱり早すぎるわよ!」
「まぁまぁ……落ち着いてネメ」
「ミノリ!? なんで止めるの!?」
トーイラに変わって今度はネメがリラに考え直してもらおうと説得しようとしたが、そんなネメを抑えるかのようにミノリが口を開いた。
「確かに少し早いとは思うけど、当事者同士が好き合っているわけだしそれを無理やり引き離さなくてもいいと思うのよ。ネメだって私と引き離されたらいやでしょ? まぁ、キス以上のことは2人が大人になる日まではしない健全な関係でいてほしいけど……」
「あ……そうね。わかったわ。私もまだ早いと思うのは変わらないけど……リラちゃんが望むなら……」
ミノリが2人が恋人になる事に対して肯定的な立場を取ると、その説明を受けたネメも自分が同じ立場になった場合を考えた結果、考えを改めたらしい。
なお『あっちの世界のミノリ』から引き継いでしまった倫理観が根強く根底にあるミノリは大人になるまで一線は越えないで欲しいという考えに変わりはないようではあったが……。
「わかっているですのミノリおねーさま、ネメおねーさま。リラちゃんがおっきくなる16歳まではワタシとリラちゃんは清い関係でいる事をここに誓いますの。リラちゃんを傷つけたり泣かせたりする真似なんて絶対にしないですの」
既に思春期に突入している上、先程危ない発言までしたクロムカはミノリが言う『一線』が何を指しているのかも当然ながらわかっているようで、大きくなるまではそういった事はしないと強く宣言した。
しかしそれを聞いた途端に何故か顔を背けたのはトーイラとネメ。それは間接的に2人には何かしらの疚しい想いがある事を意味しているわけで……。
(あー……やっぱりトーイラは既にやることやってるっぽいわね。そしてネメはネメでそういう欲望ありまくりという意味かしら……まぁ2人とも明日にはで16歳になるみたいだし大目に見るけど……)
自分たちよりも年下のクロムカに倫理観で大負けしたトーイラとネメであった。
「と、とりあえずこれで『あっちの世界のネメたち』に私達に託されていたお願いは全て果たすことが……ってあれ、そういえばクロムカがリラちゃんに光の祝福を与えられたという事はトーイラの分が余ったままよね? 結局それどうするの?」
ミノリから向けられる生暖かい視線を受けながらなんとか話題を反らそうとしたネメがまだトーイラ分の光の祝福が使われていない事を思い出してそれをトーイラに尋ねると、同じように話題を反らしたかったらしいトーイラがそれに同調するかのように矢継ぎ早に言葉を続けた。
「あ! えっと私の分の光の祝福はクロムカの光の祝福が失敗した時のストックとして考えて余ったら本来与えるはずだった英雄候補の子に与えようと考えていたんだ。
私の光の祝福ならリラちゃんを確実に救う事ができるだろうけど、一度クロムカにやらせてからでもいいんじゃないかなーって思って。それでダメだったら私がやればいいってだけだし。
結局クロムカの光の祝福で問題なかったから、元々与えるはずだった英雄候補の子の所へ出かけてちゃっちゃと与えてこようと思うんだ。
幸いにも英雄候補の子の名前や住んでる場所についてはネメたちから聞いてたし、光の使いをこき使って旅立たせないようにひそかに仕向けていたからこれからちょっと出かけてくるね」
「え……また出かけちゃうの……」
まさか戻ってきたばかりでまた出かけてしまう事に哀しそうに顔を歪めたネメに対して、トーイラは気遣うように優しくネメの体を抱きしめると優しい声色で言葉を続けた。
「大丈夫だよ、それぐらいだったら今日中に帰ってこれるから。……これが終わったら今度こそ一緒に暮らせるよ、ネメ……だから悲しい顔をしないで」
「……うん、待ってるねトーイラ」
トーイラのその言葉を聞いて、安堵したような表情をしたネメがトーイラを抱きしめると、それに反応するかのように優しく抱き返すトーイラ。そしてそのまま暫くの間お互いに抱擁し続けていた二人だったが、やがて満足したのかどちらからともなく離れると、トーイラはシャルの方へ向き直した。
「……よし、シャル! 最後の役目を果たしに行くよ! これが終ったらシャルの事いっぱい甘えさせてあげるから飛空魔法お願い!」
「あ、はい、トーイラさま!」
2人はそう述べてから部屋を出ていくと、そのまま飛空魔法でどこかへ飛んで行っていってしまった。
「……トーイラ、また出かけていっちゃったわね……」
「大丈夫よネメ、あの子たちなら約束通りすぐに帰ってきてくれるから」
ほんの少ししゅんとしたような表情になるネメと、そんなネメの背中をポンポンと優しく叩きながらそう答える恋人ミノリ。
「あ……うん、ごめんねミノリ。また弱気になっちゃっていたわ私……っていけない、すっかり忘れていたわ。クロムカ、改めてよろしくね……ってあれ、2人とももうすっかり仲良しなのね」
「本当にね、ここまで仲良しだと逆に応援したくなるわね」
ミノリのおかげで少し元気が出たネメがクロムカの方を向くと、クロムカとリラはピッタリと隣り合って座って手を繋ぎ合っていた。
既にベストカップルという状態になっているというあまりの仲良しっぷりに先程までリラに対してシスコン状態であったネメもミノリも嫉妬すら起きない。
「は、はいですの! こちらこそよろしくお願いしますのミノリおねーさま、ネメおねーさま。これで今日からワタシも家族の一員なんですの。
……そういえば皆様は名字ありますの? ワタシも今までの名字を捨てて今日からそれを名乗りたいんですの」
「ええ、あるわよ。私達の名字はね……」
──こうして、平行世界のオンヅカ家は長女ミノリ、次女トーイラ、三女ネメ、四女クロムカ、そして五女リラの5人姉妹と次女の恋人シャルの6人家族としての日々が幕を開けたのであった。
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その後、ネメと約束した通りトーイラとシャルはその日の夕方には家へと戻ってきた。
どうやら、本来与えるはずだった相手に無事、光の祝福を与えることができたらしい。
そしてその夜、ミノリを除く全員が仲良く同じ寝室で眠る中、ミノリは寝室の窓辺に座って頬杖をつきながら、今までの出来事を振り返っていた。
「……そういえば『あっちの世界のミノリ』からトーイラとネメを助けるようお願いされてから今日で大体10年……になるのね」
ミノリが『今のミノリ』となって一番最初に視界に映った光景はキテタイハ近くの草原と、半透明で自分の前に立っている今の自分と全く同じ容姿の割に妙に人間くさい思考をする変な女性。
本来自分が持っているはずの無い記憶や知識がその時すでにあった事から、自分は彼女の複製体なんだとミノリは瞬時に判断する事ができた。
「……今思うと、何であの時の私、あっちの世界のミノリにネメとトーイラの事を助けるって宣言したのかしら」
彼女の記憶を引き継いだわけではあったが、本来の自分は人間と敵対するはずのモンスターであって、そんなのは別に無視したって良かったはずで、実際そうすればここまで苦労する事は無かった。
しかし彼女が持っていた『家族であったはずの2人がいないという胸が張り裂けそうな絶望感とそれでも見つけ出してもう一度家族になりたいという強い願い』を前にミノリは逆らうことなどできるはずも無く、気がつけばその役目を絶対に果たしてみせると今にも消えそうな彼女に宣言してしまっていた。
それからは苦難の日々が続いた。しかしそれでも6年もの間、彼女の記憶だけを頼りに2人を絶対に保護して見せるという使命を果たす為の孤独な旅を続けていくうちに、いつしかその使命感は恋愛感情へと昇華していき、無事にトーイラとネメを保護する事が出来てからは自分と同じように過去の記憶を持ったままこの世界に生まれたネメと付き合いはじめ……そして家族が6人となった今日へ無事に繋げる事ができた。
「これが家族がいるという幸せ……なのね。『あっちの世界のミノリ』の意思や記憶は受け継いでるだけで根っからのモンスターである私には理解できないかもなんてと思っていたけれど……家族ってこんなにも満たされた気持ちになるものなのね……みんないい顔で寝てるわ」
ふと、ミノリが後ろを振り返ってみると、まだ顔を合わせてから一日も経っていないというのに、もう既に恋人状態になり、すっかり仲よさげに手を取り合って眠るリラとクロムカ。そしてその2人を挟むようにクロムカの隣にはトーイラとシャルが、そして反対側のリラの隣にはネメが寄り添うように眠っていた。
ちなみにミノリはこのあとネメの隣に寝るつもりである。
「──というわけで色々失敗もしたかもしれないけれど……あなたと約束した事、なんとか全部果たす事ができたわよ、『ミノリ』。
……それにしても『同じ私達』のはずなのに、人間関係がまったく違うものになっちゃったのも変な感じね。どっちが正解というのは無いはずだから私達はこれでいいんだろうけど」
ミノリは『あっちの世界のミノリ』から聞いていた現状とこちらの現状を照らし合わせた途端、何故だか自然と笑みを浮かべてしまっていた。
それはミノリが今考えたように、本来同一人物であるはずのミノリ達の関係が『こちらの世界』と『あちらの世界』で大きく変わってしまったからである。
そもそもこちらの世界のミノリは自分を母親だとは微塵も思っていないし、あちらの世界のネメ達とミノリが暮らし始めたのが6日目だったのに対し、こちらの世界ではネメ達と暮らし始めるまでも6年も掛かった。
その一方、リラに光の祝福を与えたのはあちらの世界ではリラが10歳になる目前だったのだが、こちらの世界では6歳の時点で光の祝福を与えることができた上、あちらの世界では失明してしまっているはずの左目もこちらではちゃんと見えたままだ。
さらにあちらの世界では家族として迎えられたのは一時的だけだったクロムカまでもが正式にオンヅカ家の一員となった。
(人間関係も恋人関係も完全にめちゃくちゃになっているし、あっちの世界とはかなり変わっちゃったけどかかった時間はかなり早いわけで……この状況をあっちの世界のミノリが聞いたらどう思うのかしら……。ふふ、いつ会えるかわからないけど、またあっちの世界のミノリと再開できる時が来るのが楽しみね……あれ、そういえば……北の大陸で私たちが見逃してあげた緑髪の魔女の……スーフェって結局どうしたのかしら……)
「ミノリ……今いいかしら?」
ふと、北の大地で自分たちが見逃してあげた緑髪の魔女の事を思い浮かべかけたミノリだったが、突然背後から声を掛けられた事でその思考を中断し、後ろを振り返った。
「……あれ、ネメ。寝てなかったの?」
「ええ、ずっと寝たふりをしていたの……ねぇミノリ、もう私……我慢しなくてもいいのかしら?」
「我慢……?」
背後に立っていたのはミノリの義妹であり、恋人でもあるネメであったが、いつもと様子が違う事にミノリはすぐに気がついた。
まるでミノリの心と体、全てを求めているかのような表情で……そしてその考えは間違っていなかった事に、この後のネメの言葉でミノリはすぐに理解できた。
「うん、日付ももう回って今日が私の16歳の誕生日のはず。……これの意味、わかるわよね……ごめんなさい、でももう私、我慢が出来なくて……」
「……ええ、ネメはもうすっかり大人になったものね。……4年間、ずっと我慢させてごめんね。……いいわよ。でもみんな寝てるから外で……私のこと、ネメの好きなようにしていいからね」
「ありがとうミノリ……、それじゃ外へ……」
二人は他のみんなを起こさないように静かに寝室を出るとそのまま屋外へ向かい、手を繋いだまま森の中へと消えていった。
……やがて森の奥からミノリとネメに似た甘い声が聞こえたような気がしたが……風が強くて木のこすれる音がただ単にそう聞こえただけなのかもしれない。
次回は今回の話の最後辺りでミノリが一瞬だけ思い返した緑髪魔女こと『スーフェ』のその後の話で、彼女の話が終わった時点で番外編は終了となります。




