番外編2-15. クロムカが抱いた夢。
作中にR15に該当する表現がありますので苦手な方はご注意ください。
『あっちの世界のミノリ』からお願いされた事のうち「リラとクロムカの保護」「光の祝福の習得」を無事に果たす事ができた『平行世界のミノリ』たち。
そして残すは「リラの特異体質を改善する為にリラに光の祝福を与える」だけとなったのだが……何故か光の祝福はクロムカに行わせたいとトーイラが口にした。
「え!? ま、待ってくださいですのししょー、ワタシが光の祝福を与えるんですの!? 冗談じゃなく本気ですの!?」
そのことはクロムカも初耳だったようで驚いた顔をしながらトーイラに尋ね返した。また、それはトーイラなりの冗談なのかもしれないとクロムカは考えて質問したようなのだが、トーイラは本気らしい。
「そう、リラちゃんに祝福を与えるのは私じゃなくてクロムカ。……お願いできるかな?」
「えっと、は、はい……ししょーの頼みとあればやるのですけど……で、で、でも、ワタシにその大役を任せても、本当にいいんですの……?」
自らの恩人であり、師匠でもあるトーイラからのお願いとあっては断る気は毛頭ないクロムカではあったが……自信が無いのか少し不安そうな顔をしている。
そんなクロムカを勇気づけるようにクロムカの両肩に手を自身の手を置くと、その想いが嘘偽り無いものである事を示すかのようにクロムカの瞳をまっすぐに見つめながら本心の言葉を紡ぐ。
「もちろん、だってあなたは私の一番弟子でしょ。クロムカの事を弟子にした日から今日までずっと側にいた私だからわかるよ、あなたなら絶対に大丈夫だって事。
だってクロムカはもう私が教えることなんて無いぐらいに一人前の光魔法の使い手になれているもの。これはお世辞とかじゃなく私の本心。……だから自信を持って」
「は、はい……ししょーにそう言ってもらえて嬉しいですの、でも……」
心から信頼している旨をトーイラから告げられ、少しだけ嬉しそうに微笑んだものの、それでもまだクロムカには不安な気持ちが残っているようで、眉を八の字にしたままだ。
「……えっと、リラちゃんに光の祝福を与えるのは結局クロムカって事でいいのよね?」
クロムカがまだ決断できないでいると、それを横で聞いていたミノリが割って入るように口を開いた。
「……お願いクロムカ。一度しか使えない光の祝福を、リラちゃんに与えるのはすごく緊張して不安を感じているかもしれないけど、それだって仕方ないと思うわ。
だけど、リラちゃんを救うにはあなたの力が必要なの。だから……お願いします、リラちゃんの事、助けてあげてください」
ミノリは懇願するようにそうクロムカに伝え、さらに頭まで下げた。こちらの世界のミノリにしては珍しい丁寧口調であった事から、それほどまでに心の底からリラを助けたい一心だったのだろう。
「……」
そんなミノリの想いに絆されたのか、クロムカはほんの少しだけ逡巡するかのよう考え込み、そして……。
「……一つ、聞きたい事があるんですの」
何かを決意したかのようにミノリの方を見つめながらそう口にした。
「聞きたいこと……?」
一体何を聞きたいのだろうとミノリの胸中を不安が過ぎった。そしてその不安はどうやらミノリだけでなくトーイラやネメも同様だったようで、ミノリと同じように困惑したような表情を見せている。
(もしかして……やっぱり吸血鬼であるリラに光の祝福を与えるのは抵抗があるとか……?)
リラを拒絶するかもしれない問いがクロムカの口から飛び出す可能性もあった事から、ミノリの顔に不安の色が徐々に色濃くなり始めていたのだが……クロムカの質問はそういったミノリたちを不安にさせるものではなかった。
「ししょーとネメさま、そしてミノリさまにリラちゃんの4人は血繋がってないけど家族という事でよろしいんですのね?」
「……へ? そ、そう。そうよ。ただトーイラとネメだけは血が繋がっているけどね。そして誰が親とかみたいな関係ではなくて全員が姉妹の4姉妹……という感じかしら」
どんな質問が来るのか内心緊張していたミノリに対してクロムカの口から飛び出したのはミノリ達の家族構成という予想外の質問。
ミノリは拍子抜けしたかのように一瞬ぽかんとしたような表情を見せてしまったが、気を取り直すと、家族である事を公言した。
なお、それを横で聞いていたシャルが、その中に自分が含まれていなかった事に『え、私は……含まれてないんですか……』と割と本気でショックを受けたような顔をしていたが、横にいたトーイラが『あなたは私の恋人なんだから家族も同然でしょ』とフォローした途端、嬉しそうに顔をほころばせてからトーイラに体をすり寄せ始めた。単純である。
「なるほど……わかったですの、光の祝福を与える役目、引き受けさせてもらいたいと思うんですの。でも、その前にワタシから一つだけお願いしたい事がありますの」
「えっと、お願いって一体何を……って、クロムカしてるの!?」
「土下座ですの!!」
クロムカからお願いしたい事があると口にした為に再び緊張したような表情になってしまったミノリをよそに、何故かクロムカがミノリ達の目の前で始めてしまったのは土下座で流石にこれはミノリ達にも予想外過ぎたようで混乱したように慌てふためき始めた。
「待って待って、なんでいきなり土下座してるの!? というかなんだか床がミシミシ言ってるけど一体どれぐらい強い勢いでやってるの!?」
クロムカは『逆さになって上半身を地面に埋まらせる奇祭があるズエクゴジ』出身であるからなのか、頭部が異様に頑丈らしく、先程からあまりにも強い力で己の頭を押しつけながら土下座を始めてしまったので床が大きく軋む音を上げていて……まるで床が悲鳴を上げているみたいであった。
『あっちの世界のクロムカ』も同じように床がめり込みそうな土下座をしていたので、性格が大分違っているように見えても中身は結局同じクロムカであるらしい。
それはともかくとして、床に穴が開く前になんとか土下座をやめさせたい気持ちのミノリをよそに、クロムカはそのままの体勢でミノリ達にお願いしたい事を切り出した。
「ワタシもその輪の中に……家族の一人として受け入れてほしいんですの。ワタシ、ししょーに助けてもらう前に本当のパパとママを亡っていて、親戚によって家からも追い出されてもうひとりぼっちだと思っていたんですの。
そんな心を閉ざしかけた時に、運良くししょーと出会えて、シャルさまとも出会えて……ワタシは再び自分の居場所を見つけることができた気がしたんですの。
……だけど光の祝福を使ってその子を助けた後は……アタシ、その居場所がまた消えちゃうんじゃ無いかと不安でいっぱいなんですの。
確かにししょーからもいっぱい光魔法を教えてもらえたですし、もう教えることはないと言われるぐらいになりましたですけど、それでもアタシはこれからもししょーの傍にいたいんですの。……だからお願いしますの、アタシも、アタシも家族として受け入れてほしいですの!」
ギギギという床の悲鳴と共に真剣さが伝わってくるクロムカの言葉。床が割れる前にそれを言い切ったと同時にクロムカが顔を上げたので、なんとか床を修理する羽目にはならずに済んだようだ。
「え、もしかしてトーイラさまを私から取る気ですか! いやですよワタシは!!」
そんなクロムカのお願いに対して何故か反発したのはシャル。どうやら『トーイラを取られるのではないか』と』焦ったようですぐさま反論すると、何故かクロムカは暖かい眼差しをシャルに向けた。
「あ、大丈夫ですのシャルさま。ワタシ、ししょーと恋人になりたいという考えは全く無いんですの。ただ、ししょーと師弟関係から本当の姉妹になりたいだけですの。
ししょーだけじゃなく、ししょーの妹のネメさまとミノリおねーさまもやさしそうで……だからアタシ、また家族というものに憧れてしまっただけなんですの」
「あ、そうなの……? ごめんねクロムカ、てっきり私……」
そして帰ってきたのはクロムカには横恋慕する考えは一切無く、家族という言葉に憧れただけという一点の曇りも無い回答であったが……シャルは勢いあまって発言をした事をこの直後、激しく後悔する事になる。
「謝らなくても大丈夫ですのシャルさま。ちなみにししょーとシャルさまが2人きりになると、辺りに人がいないことを確認してから神殿の中だろうと構わずキスしていた事は把握済みですの。それも口づけだけじゃなく、耳とか首筋にとか、たまに服の中に手を入れては怪しげに動かしていたり……多分体の隅々までキスされているんじゃ無いかって思うぐらい完全に2人はできあがっていましたの。
そんな爛れ気味な恋人関係である2人を引き離そうなんてしたらワタシ、ボアに蹴られて死んでしまいますの。だから安心してほしいんですの」
「ぶっ」
クロムカの口から出てきた言葉に対してシャルではなく、何故かトーイラが盛大に吹き出した。
恐らく先程『口づけなどの話をしてそれ以上の性的なことはしていない』と言ったばかりなのにもかかわらず、かなりグレーゾーンに入るような事を既にシャル相手にしていた事がミノリ達にも露見してしまったからなのだろうが……先程何かをごまかそうとして片言で発言していた時点でミノリ達も薄々気づいてしまっているので今更ではあった。 トーイラ、哀れなり。
「……シャル……あとでお仕置き」
「え、ごほうびですけど何で!?」
完全なとばっちりに遭ってしまったトーイラが恨み事を言うかのように無慈悲に下されるお仕置きという言葉にご褒美だと反応するシャル。これはこれで幸せそうで何より。
「まぁ、トーイラとシャルについては置いておくとして……家族……ね。
えぇ、わかっt……いやちょっと待って。ねぇクロムカ、私からも聞きたい事があるけどいいかしら? この問いの答えによってそれを決めさせてもらうから」
「は、はいですの……」
そんなバカップルのやりとりを雑にスルーしたミノリは、クロムカの熱意に押されるがままに首を縦に振りかけたのだが……思い直したように言葉をすぼめると、これを最終確認とするかのようにクロムカへ問いかけた。
「……クロムカは本来敵対する関係である人間とモンスターや魔物は共存できると本気で思ってる?」
「もちろんですの。さっきも言ったようにシャルさまがモンスターである事は知っていますし、リラちゃんも魔物だという事も理解しているんですの。そしてししょーとシャルさまが本来敵対しあうはずの関係を乗り越えてイチャイチャしてるのを見てきたですからできるに違いないんですの」
「それは本当に? もしかしたらシャルもリラちゃんも人間と友好的なふりをしているだけであなただけじゃなくトーイラやネメを殺そうと考えているかもしれないのよ? 二人だけじゃなく……『私』も」
ミノリは自分自身を指さして自分もモンスターであるとこの時初めてクロムカに告げ、意図的に瞳に憎悪の意思を込めた上でクロムカを見つめた。
いくら建前で仲良くしたいと口にしてもこの壁を越えられなければ家族として迎えることはできない。それを試すための質問だったのだが……。
「あ、その事なんですの? でしたらさっきからミノリさまもモンスターさんかなーと思っていたから大丈夫なんですの。光の魔力が強くなると魔力を隠蔽してるかどうかもわかるみたいでミノリさまからもモンスター特有の闇属性の気配を感じていたんですの」
既にクロムカにはミノリがモンスターである事がバレバレで、あっけらかんとした顔でクロムカはそう答えた。
「え、私とっくにモンスターだってバレていたの……?」
「はい、バレバレですの。だけどミノリさまがモンスターだとわかったからといって、別に恐怖や不安や憎悪といった負の感情をワタシは抱いたりはしていないんですの。
ワタシ、修行をしてから本来肉眼で見えるはずのない魔力が見えるようになっていて、、ミノリさまからほのかに感じるモンスター特有の闇属性の魔力を覆っているのはネメさまと全く同じ質の魔力だってわかっているんですの。
そしてそのミノリさまを纏っているネメさまの魔力はまるでミノリさまを優しく抱擁するかのように感じていたですので、それだけでミノリさまとネメさまがラブラブだという事が一目瞭然だったんですの。そこまでお互いに愛し合ってる人同士で今更そんなことするはずないんですの」
「そこもわかっちゃっていたの!? 何よそれぇ、せっかく格好つけようとしたのに……恥ずかしい……」
クロムカが魔力を可視化できてしまっているせいで、既に自分がモンスターであるどころか、ネメとの深い恋人関係である事までバレバレであった。
まさか今日会ったばかりのクロムカにそれを既に見抜かれていたはと露にも思っていなかったミノリは先程かっこつけてあんなことを言ったのが急に恥ずかしくなってしまったらしく、顔を真っ赤に染めるとそれを隠そうとするかのように手で顔を覆ってしまった。
一方クロムカはまるでそれが当たり前で何故恥ずかしがるのかよくわからないといった様子で、顔を手で覆っているミノリを不思議そうに見つめながら言葉を続けた。
「ちなみにワタシの本当の両親は確かにモンスターに殺されたですし、仇のモンスターだけは絶対殺す、ミンチになるまでにと思うぐらいに憎くて憎くて仕方なかったですけど、別に全てのモンスターを憎んでいるわけではないですの。というかもしも憎んでいるのなら、光の神殿へ連れて行ってもらった時にシャルさまがモンスターだとわかった時点でなにかしら行動をしていたはずですの」
「……そういえばそうよね。シャル、ちなみにクロムカがあなたに対して攻撃魔法を使ってきたりみたいな襲撃を受けた事はあった?」
顔の火照りが収まったのか、漸く顔を上げたミノリがシャルにそれを尋ねると、やはりシャルにも覚えはないらしく、首を横に振った。
「いえ、無かったですよ? それどころか私がモンスターだとわかっていてもワタシのことを姉として見ているかのように親しげに接してきてくれたし、逆に神殿に光の使いのの仲間から守ってくれました。そんなクロムカの事を私も好意的に思っていましたので、関係は良好だったと思います。まぁ当然ながらトーイラさまの恋人という地位は絶対に譲らないですが」
「……そうなのね」
シャルの言葉を受けて、顎に手を当てたミノリが熟考し始めると、クロムカがさらに言葉を続けた。
「確かに人間とモンスターは互いに敵対しあって、殺し合うのが常識だと思っている人が大半ですから、ミノリさまが警戒してそんな質問をしたのも理解できるですの。
だけど私はししょーとシャルさまが親しくする姿を間近に見てきたからこそ、そういった壁を乗り越えて繋がった関係にすごく憧れるようになったんですの。そう思えるようになったのもししょーとシャルさまのおかげですの。だから常々思っていたんですの、早くすればいいのにセッk」
「ストップストップストーップ!!! もうわかったからそれ以上言わないで!!」
恐ろしすぎるほどのクロムカからの熱量が洪水のように押し寄せた上、いくらまだ眠ったままとはいえリラにはまだ聞かせたくない性的な発言を繰り出してきたクロムカに対し、ミノリは慌てた様子でこれ以上発言をさせないように制止させた。
性的な発言云々は抜きにしても、好意的印象を持った発言をしたのはクロムカの本心から来ている事は間違いなく、これならば家族として迎え入れても問題ないだろうとミノリは結論づけた。
「私も充分納得したからもうこれ以上性的な方面での危ない発言は控えて欲しいわね……寝ているとはいえまだちっちゃいリラちゃんもいることだし……。
それじゃこれが最後の質問、クロムカが私達の家族になった場合、あなたが光の祝福を与える事になる吸血鬼の女の子……リラが妹になるのだけどこの子もあなたの妹として受け入れてくれるかしら?」
そして念押しをするかのように最後の質問をするミノリ。その表情は先程までの険しさは微塵もなく、穏やかな笑みまで浮かべている。
それはクロムカなら家族として、姉妹として受け入れても問題ないという思っている事を表すのに充分なものであった。
「あ……もちろんですの! ありがとうですの!」
そのミノリの表情を見たクロムカもまた、自分は今この瞬間、ミノリ達に受け入れてもらったことに気づき、安堵と笑みの表情を浮かべながら威勢良くミノリの言葉に首を縦に振った。
「そしたらネメさまもミノリさまもワタシのおねーさまになるから、これからはネメおねーさまとミノリおねーさまですのね!! ししょーもワタシのおねーさまになるのですけどししょーはこのままししょーって呼びたいですの」
「え、なんで私だけししょー呼びのまま!? ……まぁいいけど」
謎のこだわりである。
「ま、まぁ私たちの呼び方は後で話し合うことにして……それじゃそろそろお願いしてもいいかしら、光の祝福」
「わかったですの、それじゃアタシ頑張ってリラちゃんに光の祝福を与えて絶対に治してみせるんですの! ……というわけでネメおねーさま、リラちゃんの事、起こしてもらっても大丈夫ですの?」
「あ、早速私もおねーさま呼びなのね、まぁいいけど……リラ、起きて。あなたに大事な話があるから」
「んゅ……?」
ネメは先程からあんなに周りがうるさかったのにもかかわらず、ずっと眠ったままであったリラを優しく起こすと、リラは静かに目を開けてゆっくり辺りを見回し始めた。
そして、眠る前まではいなかったトーイラとシャルを不思議そうに見つめてから、リラは最後にクロムカの方へと視線を向けた。
「!!!」
リラの視線がクロムカに向けられたその瞬間、何故かクロムカは顔を真っ赤に火照らせ……るどころか耳まで真っ赤になった。
(ま、ま、ま、待ってくださいですの!! 何この子!! 魔物だとか人間だとかそういった事情一切抜きにしても可愛すぎて思わず見とれてしまいそうになるんですの!!
元々一人っ子だったアタシがずっと欲しいと思っていた理想の妹そのものの女の子がいたなんて……!)
……クロムカにとってリラの容姿は理想の妹像そのものだった上にストライクゾーンど真ん中でもあって……どうやら一目ぼれをしてしまったらしい。




