番外編2-13. おかえりとただいま。
番外編は今まで誰かの視点で話を進めていましたが、この話からは第三者視点になります。
リラとクロムカの救助を『あちらの世界のミノリ』からお願いされてから間もなく4年。
北の大陸でリラを保護した後、1年半かけてなんとか家まで連れて帰ることができたミノリとネメは、トーイラたちが帰ってくるまでリラと共に家族としての生活を始め、気がつけばネメは明日で16歳に、リラもあと数週間で6歳になろうとしていた。
「リラ、今日は血を飲まなくても大丈夫?」
「うん、昨日動物の血を飲ませてもらったから大丈夫。ミノリおねーちゃん、ありがと」
血を飲みたいかミノリが尋ねると、リラは少し考えた後に首を横に振る。
モンスターであるミノリと人間でも闇の巫女になる素質があるネメは、どちらも闇属性の魔力持ちである為、闇属性の魔力を持った者の血を飲むと体調を崩すリラには2人の血を飲ませることができない。
その為、ミノリたちはリラが血を飲みたいと言った時には動物を捕獲してその血をリラに飲ませていた。
本当は人間の血の方がリラはお好みらしいのだが、その為に人間の捕獲を実行してしまうと、ミノリたちが隠れ住んでいる場所が特定されてしまうばかりか、害ある存在と見なされて町からミノリたちを討伐しようという動きが起きる可能性も非常に高い。
特にこの周辺にある町といえばネメ達を追い出したキテタイハ。自分たちが追い出したはずの双子の片割れがすぐそばにいるとわかったら余計にである。
その為、そういったリスクが皆無である動物の血で妥協してもらおうとした結果、リラもそれに素直に応じ、この状況に落ち着いている。
元々ミノリたちに保護してもらうまでの隠れ住んでいた間、リラは動物から吸血していたそうなので、それに対する抵抗感が無いのも幸いした。
ともかく、そんなミノリたちの気遣いもあってリラの体調は保護してから今日までの間で特に悪化した様子は無く、それどころか健康的な日々を送っている。
「それじゃ私とネメは洗濯物干してくるからお留守番を……」
「あ、待ってミノリおねーちゃん、ネメおねーちゃん。あたしもお手伝いする。お手伝いするついでにお日様に当たりたい」
そしてこの2年の間にリラはすっかりミノリとネメに懐き、どんな時でも2人の後をついてくるようになっていた。
また、リラは本来は日光が苦手である吸血鬼なのだが、魔力が光属性という特異体質のおかげで日光に対して完全抵抗がある事から太陽の下にも平然と出られる為、こうしてよくミノリたちのお手伝いをしたがった。
最初、いくら完全抵抗があるといえど種族としては日光を嫌う吸血鬼なのだから、本能的に日光が苦手なのではとミノリたちも思ったのだが、どうやらリラは誰にも見つからないよう隠れ住んでいた期間が長すぎた反動によって、晴れた日は屋外に出たくなる性分になり、さらにはひなたぼっこも好むようになってしまったそうで……。
その為、ミノリたちがリラに対して抱いている認識は『血を飲む事があるし羽だって生えているけど、それ以外は至って普通の少女』程度だったりする。
さて、そんな羽の生えているはずのリラなのだが、洗濯物を干しに外へ出ようとしたミノリの後ろを敢えて飛ばずにトテトテと擬音が聞こえてきそうな小さな歩幅でついていく。光属性の魔力を持つ者がこの場におらず、血液から光属性の魔力を吸収する事ができずにいる為、できるだけ魔力の消費を抑えようとした結果そうしているわけなのだが……。
「ねぇミノリ……私、妹ってどんな風に扱えばいいのか最初全然わからなくて少し不安に思っていたんだけど杞憂だったわ……リラってすごくかわいすぎて守りたくなっちゃう……」
「わかるわよネメ。私だってこんな感覚初めてだもの……」
幼いなりに懸命な姿があまりにも愛おしいからか、ミノリとネメは小声でそんな事をリラには聞かれないように時折語りあっていて……少々シスコンに目覚め始めているのがミノリたちの現状である。
「……? ネメおねーちゃん、ミノリおねーちゃん、どうしたの?」
そんなミノリたちの気持ちを知ってか知らずか、首をこてんと横に傾げるというあざとい仕草を無自覚に披露するもうすぐ6歳のリラ。
今の時点で顔立ちが非常に整っている上に、透き通るような綺麗な髪。そして本来なら忌避の対象になりかねないはずの吸血鬼のようなこうもり羽と角、そして小さな口から覗かせるこれまた小さな牙。
しかしリラの場合はそれらが逆にアクセントとなる事で美幼女としての質を高めてしまっており、それによってミノリたちがシスコンになりかけてしまっているわけで……。
(あー!! やっぱりかわいい!! リラがかわいいわネメ!)
(わかる、わかるけど落ち着いてミノリ! 本当にかわいいけど落ち着いて!!)
……訂正、既にシスコンと化しているミノリとネメであった。
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その後、洗濯も干し終えてから昼食も食べ終えると、リラはソファーに腰掛けていたミノリとネメの間に入り、そのままスヤスヤと昼寝を始めた。ミノリたちに保護されて既に2年近く経過していたが、どうやらまだ誰かの温もりが恋しいようでリラはこうして誰かにくっついて眠るのが癖になっている。
「リラってば安心しきった顔して眠ってるわね……ねぇネメ、『あっちのミノリ達』と約束した日からもうすぐ4年になっちゃうけど、トーイラはいつ帰ってくるのかしらね……」
「わかんない……でもそろそろ帰ってくると信じたいわ……」
そんなミノリとネメの目下の悩みはいつトーイラたちが帰ってくるかという事。
どこにいるのかわからなかったリラと違い、トーイラたちの目的であったクロムカについては居場所が最初から判明していた事に加え、もう一つの目的である光の祝福もあと少しで覚えられたと以前口にしていた事もあって、てっきり先に帰ってきているだろうとミノリ達は思ったのだが、いざミノリたちが家へ戻ってみると中は蛻の殻。
光の祝福を覚える方なのかクロムカを連れてくる方なのか、どちらで手間取っているのかはわからなかったがとりあえず難航している事は帰ってきてない現状を見ただけでミノリ達も漠然と理解した。
しかし、だからといってミノリたちにできることは何もなく、ただひたすらトーイラたちが無事に帰ってくるのをじっと待つ事のみ。
リラが特異体質によって死んでしまう10歳まではまだ猶予があるとは言え、少しずつミノリたちの心にも焦りの色が出始めていた。
大切な家族の一員となった末妹が死んでしまうかもしれないという初めて味わう恐怖。
できることなら考えたくないだけれど、少しずつそれが現実味を帯び始めてきてしまっているのもまた事実。
……そんな風にミノリとネメが先の見えない未来に少しだけ不安を覚えているまさにその時だった。
「あれ……何か聞こえる?」
屋外から何か物音がしたのがミノリたちの耳に入った。
「動物か何かじゃないの?」
「えっとネメ、それは違うと思うわ、だってこの森は私達以外入れないんだもの」
「え、そうなの?」
ネメの言葉に対して、それをミノリはきっぱりと否定した。ミノリが言うように、この森にはミノリたち以外の誰かが入ることはほぼ不可能に近いからで、その理由をミノリはネメに説明した。
「ええ。この森は『あっちの世界のミノリ』の記憶にあった情報によれば、私たち以外のあらゆる人間やモンスターは入ることすらできないのよ。私には理解できない言葉だからそのまま伝えるけど、この森は『ボツイベントホンライノカンケイシャ?だけしか入れない』そうなの。
……言葉の使い方は悪いけど、ある意味『あっちの世界のミノリの不完全な複製体』である私にはそれをうまく説明できないのがくやしいけど……それが理由みたい。だから物音が聞こえてくるって事はただ単に外においていた物が崩れたとかじゃないと聞こえてくる事はまず無いのよ」
ネメにそう説明してから握りしめた右手を口元に宛がいながら何か考え事を始めたミノリ。一方、ネメは先程ミノリが口にした言葉の一部が引っ掛かったようで眉間に皺を寄せてしまった。
「……『不完全な複製体』って言葉、ミノリが自分で言った言葉だから仕方ないけど私としてはあまり聞きたくない言葉ね。私は今のありのままのミノリの事が好きなんだもの。……だけどそしたらさっきの物音は何かしら?」
「……ありがとうネメ、私、ネメのそういうところ大好き。……って、ちょっと待ってネメ……外から話し声まで聞こえるわ。女の子っぽい声」
ネメが言った言葉が嬉しくて、素直にお礼を述べていたミノリだったが……聞こえのいいエルフ耳を持つミノリだからこそ聞く事のできる音の中に、ミノリは確かに人の声が混じっている事に気がついた。
「女の子の声……さっきミノリが言ったことを踏まえると……もしかして……!」
その話を聞いたネメは、屋外に今いるらしい人物が誰なのか瞬時に察したらしく、目を大きく見開いた。
「ちょっと私、外に出て確認してくるわね。万が一があるかもしれないからネメはリラとこのまま残ってて」
「あ、待ってミノリ。私も行くわ! ……寝てるリラもおんぶして連れて行くからちょっと待って」
ネメはまだ眠っているリラを抱っこしてからミノリの後に続いた。ミノリとしてはリラを守ってあげてほしいという思いがあったから2人にはここに残ってほしかったのだが、ネメはネメでミノリを一人危険な目に遭わせたくないという想いがあったからこそのこの行動である。
ちなみに眠っているリラまでネメが連れて行こうとしたのは、リラは目覚めた時に近くに誰もいないと悲しそうな顔をしながらミノリ達の名前を呼びながら探し始めてしまうからであって、リラを悲しませたくない、でも怪我をさせたくないネメにとってリラを連れていくことはある意味苦渋の決断であったりする。
「……わかったわネメ。でも、何かあったら絶対にリラの事、守ってあげてね」
そんなネメの気持ちをミノリも理解し、ネメがリラをおんぶしてくるまで待ってから、緊張した面持ちで外へ出て物音がした方へ向かうと……そこにはミノリたちがずっと待ち焦がれていた者たちの姿があった。
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「──はぁ、シャルの飛空魔法で大分時間は短縮できたとはいえやっぱり疲れたぁ。シャル、おつかれさま。ここまでノンストップで私とクロムカを乗せての飛空魔法を使うの大変だったでしょ。
それとごめんね、クロムカがいる時は絶対キテタイハにだけは近づいちゃダメって事をうっかり言い忘れちゃってて」
「ありがとうございますトーイラさま。……でも、そんな重要な事は先に教えてくださいね。危うくキテタイハの上空を突っ切っちゃうところだったじゃないですか……」
ミノリたちが住む森の中の家から少し離れた場所にシャルの飛空魔法でクロムカと共に上空から降り立ったトーイラは、ここまで飛空魔法で飛んできた事によって魔力を大幅に消費したシャルへねぎらいの言葉をかけつつポカをした事を謝っていた。
そのポカとは『クロムカをキテタイハに近づけてはダメ』という注意事項がすっぽり頭から抜け落ちていた事。
その事をなんとか思い出せたのは光の神殿からキテタイハの上空まで近づいた際にシャルが口にした『もうすぐ目的に地に着きそうですけどこのままキテタイハの上空をまっすぐ突き抜けますね』という言葉と、それと同時にクロムカが口にした『すみませんですのししょー……。なんだかワタシ、この辺りに着た途端、急に胸の内側に違和感が出てきたんですの……自分が自分じゃなくなるようなそんなイヤな気持ち悪さが……』という言葉だった。
それらを同時に聞いたことで、『クロムカはキテタイハに近づくとモンスター化してしまうので絶対に近づけてはいけない』というミノリ達と約束していた重要な事をトーイラは已の所で思い出した事で、キテタイハの領空を通過せずに済んだ為、なんとかクロムカがモンスター化してしまう危機を回避できたのであった。
「……ししょー、なんでキテタイハの上空を突っ切っちゃだめだったんですの? キテタイハから離れた途端、ワタシの具合もよくなったですけど、それと関係があったりしますの?」
しかしトーイラはその理由はまだクロムカには説明できていない。その為トーイラは、クロムカにもわかるように言葉を選びながらその理由を伝えた。
「完全なる光の巫女になった私だからわかるんだけど、あなたには発生条件があまりにも局所的なくせに相当厄介な呪いがかけられているみたいなの。その発動条件はキテタイハの町に入ってしまうこと。この呪いが発動してしまうとあなたは人間からモンスターへと変貌してしまって、もう二度と人間には元には戻れなくなってしまう……危なかったねクロムカ」
「そ、そうだったんですの?! 流石ししょーですの、そこまでわかっていたなんて……。ワタシ、またまたししょーに助けてもらって、とっても嬉しいですの」
フラグなどという言葉の意味を知るはずも無いトーイラは、ネメやミノリから聞いた『クロムカに設定されたモンスター化フラグ』を一種の強力な呪いだと解釈したようで、そのようにクロムカに説明すると、クロムカは自分の危機を一度ならず二度も救ってくれたトーイラに対して再び嬉しそうな顔をしたクロムカは甘えるように抱きついた。
「もう、実力は一人前でもう免許皆伝だというのに、本当に甘えん坊な弟子なんだからクロムカは……」
ほんの少し悪態をつきながらもまんざらでもない顔をするトーイラ。ちなみにシャルはそんなトーイラとクロムカの姿を見ても以前のように嫉妬することもなく、至って平然としていた。これが正妻候補の余裕である。
「さて……それじゃクロムカ、私達の家に案内するね。家には私とシャルだけじゃなくて他にもう2人……いや、3人いるんだ。まだ帰ってきてないだろうけど私の双子の妹と……あれ、なんだか物音が……」
最初『2人』と口にしたものの、ミノリ達が連れてくる『リラ』の事も考えると3人と説明した方が良さそうと判断したトーイラが訂正しながらクロムカに説明していると……家の方から聞こえてくる物音がトーイラ達の耳に入ってきた。
「まだネメ達帰っていないはずだよね……それじゃこの音は一体……」
その音は段々トーイラ達の方へと近づきはじめるどころか、さらには足音まで聞こえてくる。ネメ達が先に戻ってきているとは露にも思っていなかったトーイラは当然ながら音の主の正体がわからず、緊張した面持ちで何があっても言いように臨戦態勢に入りかけたその時、物音と足音の主が草むらからひょっこりと顔を出した。
「「あ、トーイラ!!」」
「え、ネメにミノリさん!? 先に帰っていたの!? ただいま!」
音の正体、それはもちろんネメとミノリである。
よく見知った、しかし会っていなかったこの4年という歳月の間にすっかり女性らしい見た目へと成長したネメと、4年前から全く容姿が変わらないミノリの姿を視界に入れたトーイラは緊張を解くと、安堵のため息と2人との久しぶりの再会に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そっかぁ、てっきり私の方が先に帰ってきたと思ってたんだけど、2人の方が先に帰ってきていたんだね……遅くなってごめんね」
「うん、すっかり待ちわびちゃったわよトーイラ……でも無事に帰ってきてくれてありがとう。……ミノリ、リラをちょっと預かってくれる?」
「へ? 別にいいけど……」
遅れたことに対して軽く詫びたトーイラに言葉を返したネメは、おんぶしていたリラをミノリに預けた上でトーイラに近づくと、何かを待ち望むかのように体をうずうずとさせ始めた。
そんなネメのしぐさを見た瞬間、トーイラはネメが何をしたいのかすぐに察知したようで、手を広げてネメが飛び込んでくるのを待つかのような体勢を取ると……。
「トーイラ!!」
「わっ……やっぱりこれがしたかったんだね、ネメ……よしよし……んっ」
ネメは待っていましたと言わんばかりにその胸に飛び込むと、トーイラは飛び込んできたネメをしっかりと受け止め、やがてお互いに抱き合いながらそれぞれの頬にキスまでし始めてしまった。
この世界に生まれてきてから離ればなれになっていた時間の方が長く、既にお互いに愛する人ができてしまっても、それでもやっぱりネメはトーイラを、トーイラはネメを血の繋がった姉妹として大切に想い合う相思相愛の関係なのだ。
……若干スキンシップ過剰な気もするが、2人にとって久しぶりの再会なのだからこれぐらいするのも仕方ないのだろう。
「わっ、わっ、その方がししょーの妹さんのネメさまとミノリさまですのね! そして実の姉妹だからこそ可能な許容範囲の広くて深いししょーとネメさまの愛情表現……素敵ですの」
そして、そんなトーイラとネメの仲睦まじい姿を何故かうっとりとした視線で見つめるのは、ネメとミノリにとっては見覚えの無い少女。
何故そんなうっとりとした視線を投げかけているのミノリにはよくわからなかったが、とりあえず『あちらの世界のミノリ』から聞いていたクロムカの外見と一致している。その為、確認を取ろうとミノリはトーイラに尋ねた。
「えっと、トーイラ。仲良く抱き合っているところ悪いけど一つ聞いていいかしら? あなた達のことをさっきから微笑ましそうに……というかうっとり見てるあの女の子が……クロムカでいいの?」
「あ、ごめんねミノリさん。久しぶりの再会が嬉しくてつい……うん。そうだよー。あの子がクロムカで今は私の弟子……まぁもう教えること何もないんだけどね」
ミノリの言葉で我を忘れてちょっと過剰なスキンシップをしていた事に今更気づいたトーイラは少し恥ずかしそうにしながらネメから離れると、クロムカの事をミノリ達に紹介した。
「やっぱりそうなのね……それじゃトーイラも目標を達成したって事でいいのね?」
「『も』って事は……じゃあさっきネメがミノリさんに預けた眠ってるちっちゃな子が……リラちゃん?」
「ええ、そして今ではすっかり私とミノリに懐いて、本当の妹として接しているの。……まだトーイラはリラちゃんと対面したばかり……というかリラちゃんはまだ眠っている最中だけど、トーイラには私達と同じようにリラちゃんと仲良くなって、本当の妹として、家族の一員として接してくれるようになったら嬉しいな……なんて」
お願いするかのような上目遣いで話したミノリに対して、トーイラは大きく頷いた。
「もちろんだよミノリさん。まだリラちゃんがどういう子なのかわからないけど……ネメとミノリさんがそう思うのならきっといい子なのは間違いないから、私もそう接してあげたいな」
そして、トーイラがミノリ達に伝えたのは家族として、妹として受け入れたいという確かな思い。
……こうしてミノリ・ネメとトーイラ・シャルはそれぞれの目的を無事に果たし、約4年ぶりに再会する事ができたのであった。
「……家族……」
──そんなネメとトーイラの会話を、少し離れた位置で聞いていたクロムカが何故か少しだけ寂しそうな顔をしていた事に、誰も気づかないまま。




