番外編2-11. クロムカの才能。【トーイラ視点】
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クロムカが強烈な光魔法を放ってから暫くして辺り一帯が再び静寂を取り戻すと、私達の目の前に転がっているのはさっきまで熊型モンスターだった何かの残骸……いやもうどこかの臓器の一部みたいなのしか転がってないからなんともいえないけど、でも確かにあのナメトリレロベアを倒したのはクロムカの光魔法なのは間違いなかった。
「すごかったよクロムカ。やっぱりあなた、光魔法の素質があるね」
「さっきの魔法を……ワタシが使ったんですの?」
私が素直にクロムカを褒めると、まだクロムカはさっきの魔法を自分が使ったとは信じられないというような顔をして驚きに満ちあふれている。
「そうだよ、あれはあなたが放った光魔法だよ。……そしてこれであなたは両親の仇も取ることができた」
「……あ……!」
そして敵討ちに成功した事を私が口にすると、クロムカもここで漸くその事実を理解したみたいで、その場に蹲ると……。
「やった……やったんですのね……パパ、ママ。ワタシ、仇をとれたんですの」
静かに嗚咽を漏らし始めた。そんなクロムカの表情はうれしさ半分、悲しさ半分といったように見えたけど、そんな顔になってしまうのも仕方ないのかも。だっていくら敵討ちに成功したとしても……死んでしまった人は帰ってこないのだから。
私は、そんなクロムカの傍に寄り添って背中を優しくポンポンと叩いていると……。
「……トーイラさま……」
「あ、シャル」
あーいけない……シャルの事すっかり忘れていた。そういえばこの子が魔法を唱えている間、時間稼ぎをしてもらっていたんだったよね。あれ、だけどなんで私の事をジトーッと涙目で恨めしそうな目で見てるのかな……何かしたっけ私。
「え、なんでそんな顔してるのシャル?」
どうしてそんな顔をしているのかわからなかった私は、シャルにその真意を尋ねてみたら……うん、明らかに私が悪い事がわかる返答がシャルの口から出てきた。
「ひどいですトーイラさま……いくら私が一時的に人間側になっているからトーイラさまたちの攻撃魔法が当たらないとはいえ、あそこまで強力な全体攻撃魔法を放たれるのはとても心臓に悪いです……。
わかりますか? 目の前にいたはずのナメトリレロベアの巨体が次々と細切れになっていくさまを眼前で見せつけられた恐怖を……もしかしたら自分も何かの手違いでそんな目に遭うんじゃないかという恐怖を……」
「あー……」
顔面真っ青にして泣きながらその事を私に訴えるシャル……しまったなぁ……こればっかりは本当にシャルに悪い事した……。
「ご、ごめんねシャル……流石に今回は私が悪かったよ……。今晩はいっぱい甘やかしてあげるからそれで許してね」
「全くもう……今日だけですからね許すのは……」
不機嫌そうにほっぺを膨らませながらも許してくれたシャル。流石にこれは私も反省しないと。シャルの機嫌が悪かったり、哀しい顔をしていると私も辛いし……うん、私、結構シャルの事を雑に扱っていたりするけど、結局はシャルのこと好き……というか愛しているから幸せにしてあげたいんだよね。口には出さないけど。
そんな風に私が内心思っていると……。
「おねーさん! トーイラおねーさん!」
私に話しかけてくるちっちゃな女の子。それは先ほど強力な光魔法を放って敵討ちに成功したクロムカで、先程の哀しそうな表情から打って変わって何故か期待に満ちた眼差しを私に向けてきている。それは何かを決意したような表情で……一体どうしたんだろう。
「あ、クロムカ。敵討ちに成功して良かったね」
「はい! おねーさん、ありがとうですの! ワタシ、初めて使った魔法でパパとママの仇を取ることができたんですの!!…それと、実はおねーさんにお願いがあって……ワタシを弟子にしてほしいんですの!
ワタシ、光魔法を使えるようにしてくれたトーイラおねーさんに憧れちゃって……ワタシもおねーさんみたいな立派な光魔法の使い手になりたいんですの!! だからお願いですの! ワタシのししょーになってください!!」
「へ!? 私が!? 師匠!!?!?」
「そうですの! おねがいしますの!! というかもう絶対師匠になってもらうんですの!!!」
「ちょっと待って! 落ち着いてクロムカ!!」
驚く私をよそにぐいぐいと迫ってくるクロムカ。いや確かにクロムカの事を連れて行こうとは考えていたけどまさか自分の弟子になりたいだなんて言ってくるとは思ってなかったから……あれ、でも待って。これって逆に好都合かも?
よく考えると今のクロムカは仇を打つ手伝いをした事もあって私への好感度がかなり高い。それなら連れて行くことは余裕だし、その上クロムカは光魔法の使い手になれる素質が十分。
という事は神殿に連れて行って光魔法を修行させるのはいいはず。私みたいに光の祝福を覚える事はできないだろうけど、それでも一流の光魔法の使い手になる可能性が……。
「待ってクロムカちゃん、そんないきなり決めるだなんて……そちらの方も困るんじゃないかと……」
……そんな風に私が考えていると、現在クロムカを保護しているらしい孤児院のシスターが慌てたように駆け寄ってきた。
どうやらまだ9歳のクロムカがいきなり巣立とうとしているので驚いて思い直すように説得したかったのかも。
「先生、ワタシはもう決めたんですの!! おねーさんの元で修行して、立派な光魔法の使い手になるんですの! ワタシはこうと決めたらもう考えを改める気は無いんですの」
だけどクロムカは考えを変える気は無いようで、私に着いてくる気満々のようだ。
「……わかりました。まだクロムカちゃんは孤児院に入ってから日が浅いですし、旅立つのは早いほうがいいのかもしれませんね」
「ありがとうですの先生!!」
そしてあっさりとシスターさんが折れたからか、クロムカは嬉しそうに小躍りを始めてしまった。……えーっと一つ言いたいことがあるんだけどいい?
言っておくけど私、まだ12歳だよ? 大人になりきれてない思春期真っ盛りの。そしてクロムカと3歳しか違わないんだけど……。
それでいいんだろうかと内心疑問に思っていると、シスターさんがクロムカには聞かれないようにという意図があるのか小声でその理由を教えてくれた。
「えっと、トーイラさん……と言いましたよね。もし迷惑でなかったら、クロムカちゃんの事、弟子にしてもらえないでしょうか。
……あの子、この町では名高い商家の娘さんだったんですが、モンスターに両親を殺された後、親戚に家を乗っ取られた挙げ句に家まで追い出されてから孤児院に来たせいで人を信じられなくなってしまって、孤児院の他の子供や私にすら心を開いてくれなかったんです。
それがあんなに嬉しそうに……だからお願いします。きっとクロムカちゃんは私たちと一緒にいるよりも、あなたと一緒にいた方が幸せになれるでしょうから」
……なるほど、クロムカにはそういった事情があったんだね。これは初耳だった。
そんな事情があるのならクロムカの事を今日から連れて行った方がいい、私の中でも確信が持てた。
「わかりました。ではクロムカの事は私が引き受けますね。だから安心してk」
「やったですのー!!! 嬉しいですのししょー!!」
シスターさんに私がそう伝えかけていると、どうやらクロムカの耳には私が弟子にすると発言した事が耳に入ったようで、シスターさんが返事をするどころか私が言い終えるよりも先にすごい勢いで私に抱きついてきた。
……さっきまで変態熊に大して憎悪に満ちたの表情を向けていたし、そして敵討ちに成功したら悲しみに溢れた表情になって、そして今度は満面の笑顔。コロコロと表情が変わってまるで山の天気みたいな子だなぁ……。
「ちょ、ちょっとクロムカ、嬉しいのはわかったから少し離れて。あとこの後すぐ私と一緒に旅立つんだから最後にお世話になった孤児院のみんなにお礼と挨拶ぐらい言いなさい」
「あ、はい、そうしますの……」
そう私が言うと、クロムカは私から離れ、シスターさんや他の孤児たちの元へ向かった。 そして今までお世話になった事や、心を閉ざしていたせいで冷たく当たっていたことをみんなに謝っているような言葉が聞こえてくる中……。
「えっと、トーイラさま……ちょっといいですか?」
「あ、シャル。どうしたの?」
今度はシャルが私の側へやってきて小さく耳打ちを始めた。
「……あのクロムカって子、さっき放った光魔法を見る限りトーイラさまに匹敵するほどの光属性の持ち主です……もしかしたら、クロムカもがんばればトーイラさまと同じように光の祝福を覚えられるかもしれないですよ」
「え!? あれってキテタイハの双子じゃないとだめなんじゃ……」
ちょっと待って……私じゃなくても光の祝福って覚えられるの?……え、本当に? 思わず私がシャルに確認すると……どうやら覚えられるみたいで……。
「えっと、強い光属性の魔力を持っている人間ならがんばれば可能らしいんですよ。
キテタイハの双子が光の巫女と闇の巫女にさせられていたのは、モンスターの動きが活発になる頃に何故か非常に強い光と闇属性の双子が必ず生まれる上、絶対に捨てる因習があるからなんです。
そんな因習があるなら光の巫女を求める神族と、闇の巫女を求める魔族、お互い探す手間が省けるから楽だからって意味なだけで……神族と魔族はお互いに敵対しあっていますけど、末端では利害関係が一致したりしてて繋がっていたりするんですよ。多分、光の使いと闇の使いもそれで繋がっているはずです」
「…………何それ。私ってただそれだけの為に光の巫女にさせられたわけ? それでネメと一緒に人生めちゃくちゃにされたの……?」
私じゃなくても光の祝福は覚えられるという事実を知らされた途端、沸々と私の中で怒りがこみ上げてきた。だって、自分たちの都合がいいってだけで町から捨てられた私はネメと引き離されて再会するまでに6年も掛かって……。
「あれ、でも待って……私意外が覚えられるって事はつまり……」
でも、私以外も光の祝福を覚えられる可能性があるというのは逆に好都合なのではと、私は先程と同様に再び思い直した。
光の巫女になるはずだった私が、本来光の祝福を与えるべき存在なのは英雄と呼ばれる人だそうだけど、私が光の祝福を与えたいと考えているのは、ネメ達が助けに行く事になったその逆の立場にある特異体質で光属性の魔力を持ってしまった吸血鬼の女の子。
光の祝福は光の巫女になっても一度きりしか使えないそうなので、どちらかにしか使うことができない。だけど私だけじゃなくクロムカも光の祝福を使うことができるのなれば、いちいちそれを気にせずどちらにも光の祝福を与えることができる。
「……シャル、いいこと教えてくれてありがとう。ちょっといい事思いついたよ
「へ? ありがとうございま……す??」
「ししょー! トーイラししょー! ワタシ、別れの挨拶済ませてきたですの!」
私が今後の方針を胸の内で一人決めていると、丁度別れのあいさつを終えたのか嬉しそうにクロムカが駆け寄ってきた。もうすっかり私の事を師匠として認識しているみたいで……あれ、どうしよう、そんな事言われたの初めてだからなのか、今まで感じたことの無い感情が一気に押し寄せてきて自然と顔がニヨニヨしそうになる……。
だめだめ! 今そんな顔をしたら絶対変に思われるから我慢して一旦気持ちを落ち着けないと……。
「よし、クロムカ。確かに私はあなたの師匠になったわけなんだけど、私は師匠であると同時にまだ修行の身でこれから光の祝福を覚えに向かっているところだったの。
そこで、クロムカには私からの修行と同時に光の祝福を習得するための修行もしてもらおうと思うのだけどいいかな?」
「光の祝福? よくわからないですけどわかりましたですのししょー! アタシ、ししょーが行くならどこでも行くんですの!」
驚くほどに純粋な好意を持って私に接してくるクロムカ。……なんだろうこの新鮮な気持ち。……あぁ、そっか。これがきっと年の離れた妹をもった時の親愛の感情なのかも。
既に私にはネメという妹がいるけどネメは妹でも双子だったから生まれたときからずっと側にいたのもあって、同じ親愛でも対等な存在と見なした親愛だったけど、クロムカに対して私が抱いたのは庇護欲の伴った親愛。
「……」
そしてそんな事を考える私の側では、ジト―っとした目で私を見ているシャル。
表情には出さないようにしていたのに、シャルってば何故かこういう時に限って妙に勘が鋭いんだよね。
だけど安心してシャル、あなたに対して抱いている感情とクロムカに対して抱いた感情は全く違うものだから。いつかその感情については教えてあげるから今は我慢してね。
「さてと、それじゃそろそろ発とうかな。シャル、飛空魔法の準備して。一応訊くけどクロムカも一緒に箒に乗せて飛ぶ事はできるよね?」
「……あ、はい。できますよ」
「そっか。それじゃお願いね」
ちょっとだけ不機嫌そうな顔をしていたシャルは、私が声をかけると、一瞬だけハッとした顔を見せた後、不機嫌そうな表情を改めて普段の表情になった。
今抱いてしまっている不満を私に悟られないようにしたかったのかな……意外と健気なんだよね、シャルって。
「クロムカ、それじゃ私の後ろに掴まって落ちないように気をつけてね。それとここで孤児院の人たちとはお別れにだから最後に挨拶をして」
「わかりましたですのししょー。……先生、みんな。それじゃ今までありがとうございましたですの! アタシ、がんばりますの!」
クロムカのその言葉を合図にして、シャルは飛空魔法の呪文を唱えるとゆっくりと私達は跨がっていた箒ごと空に浮かび始めた。
そして、その場に残っていた孤児院のシスターさんや子供たちに向けてクロムカが手を振っていると、ちょうどそのタイミングで町がある方角から子供に先導された剣士と回復術士のような格好をした人たちがかけつけてくる姿が私の視界に入った。
多分、最初に見かけていた救助を求めに町に向かって走っていた子供が救援を連れて漸く来たというところかな。まぁそのモンスターはもうクロムカが倒しちゃったけどね。
「おーい、大丈夫かー!」
「すごい威力の魔法が使われたみたいだけど誰か怪我してないかしらー? 回復魔法が必要な人がいたら……」
おっと、さっきクロムカが放った光魔法にも気づいてしまったみたいだから、急いでここを離れてしまった方が良さそう。
だって、あんなにすごい光魔法の才能を秘めているという、将来性抜群な事を知られたら、色々な場所から引っ張りだこになるのは間違いなくて、それはそれでクロムカにとっては幸せかもしれない。
でもそれよりもクロムカを追い出した親戚が『クロムカは見目自体もいいし、光魔法の使い手なる素質があるのならいい金づるになるのでは』と、親族であることを盾にしてクロムカを孤児院から再び引き取った上で、どこかへ売り飛ばすかもしれない。
それを考えると、クロムカにとってこの場に留まるのは悪手になってしまう可能性が高い。
そしてここに留まっているのがまずいのはこっちにはモンスターであるシャルもいる事も問題で……。
私の魔力が体内に入っているおかげでシャルがモンスターだという事を知らない人には人間と見なされているけど、元々シャルがモンスターである事を知っている人がいたら、魔力でごまかす事ができず、すぐにモンスターだと見抜いてしまう可能性があって……それこそ大変な事態になっちゃう。
だから急いで立ち去らないと。
「それじゃクロムカ、これから一気に飛び立つからしっかり掴まっててね。それと、私が責任を持ってあなたを一人前の光魔法の使い手、そして光の祝福を使える光の巫女にしてあげるからね」
「は、はい! ししょー、ワタシがんばりますの! みんなさようならですのー!」
──こうして私は、旅立ってから一日も経たずにクロムカを見つけ、一緒に連れていくことに成功したのであった。
準備ができ次第続きを投稿する予定です。
……誰かをししょー呼びする女の子ってかわいいと思うんですよ。




