183. 17年目① ノゾミ、2歳。
「むふふー、ノゾ今日はとっても楽しかった!!」
「そうですか、ノゾミちゃんが喜んでくれると私もとっても嬉しいです」
「シャルに完全同意。ノゾミの笑顔は私たち親にとって至上の喜びで心の糧」
「えへへー♪ シャルママとネメママが嬉しいって言ってくれるとノゾももっと嬉しくなっちゃう!」
この日、ノゾミが2歳の誕生日を迎えたことで、それを祝う誕生日パーティーが開かれた。ちなみに、ノゾミの誕生日の前後には、今年23歳になるトーイラとネメ、そして13歳になるリラの誕生日もあるので、誕生日パーティーは4人一斉に祝うのがオンヅカ家の恒例であり、いつもならオンヅカ家の面々だけで済ませていたのだが、今年はミノリたちの家の隣にザルソバとクロムカふうふが住み始めたこともあって、彼女たちも招いての豪勢なものであった。
そして楽しい時間というのは過ぎるのも早いもので、あっという間にパーティーが終わると、片付けをミノリとザルソバ、そしてクロムカとで分担して始めた中、ネメたち親子は先に寝室へと移動していた。
当初はシャルも片付けに参加しようとしていたのだが、珍しくノゾミが駄々をこねてシャルを離したがらなかった為、ミノリからも『折角だから親子水入らずで一緒にいてあげて』という声もあって片付けを免除され、こうしてネメたち親子は寝室のベッドに3人、ノゾミを真ん中にして仲良く腰掛けている。
「そして珍しくノゾミちゃんはわがままを言いましたね。私と一緒にいたいからというのは嬉しいですけど、あんまりみんなを困らせちゃダメですよ」
「うん、わかってるよシャルママ、ノゾはおねーちゃんだからわがままはいつもは言わないの。……だけどね、今日だけはどうしてもノゾ、ネメママとシャルママ、2人とずっと一緒にいたかったの」
そう言いながらネメとシャルの手をノゾミが掴み、そして……。
「ねぇ、ネメママ、シャルママ。ノゾね。これから先、ノゾが今よりももっと大きくなった時もこんな風にママたちと一緒に過ごしていたいな。ノゾはおばーちゃんも好きだし、トーイラおねーちゃんやリラおねーちゃん、クーちゃんにザルちゃんもみんな好きだけど、やっぱりノゾのことを生んでくれたネメママとシャルママのこと、大好きだから」
照れているのか、珍しくノゾミが顔を真っ赤にして、もじもじしながら2人にそう伝えた。
「もちろん。ノゾミが願う限り私とシャルはずっとノゾミのそばにいる」
「……そうですね。私もこうしてネメお嬢様とノゾミちゃんとこうしてずっと一緒に過ごしていたいです」
ネメが即答したのに対し、シャルは一瞬だけ反応が遅れた。というのはそもそもシャルは自分の寿命がいつまでなのかシャル自身がわかっていない。
2人よりも早いのか遅いのかもわからないのに安易に頷いていいのかというためらいがあったからなのだが、それでもずっとこうして愛した人と愛娘とずっと歩んでいたいという想いは不変であった為、ワンテンポ遅れながらもノゾミの言葉に同調した。
そしてしばらくの間、誰も一言もしゃべらないがとても安らいだような時間が続いたがその静寂をノゾミは破った。生まれた時からそうだったので気にしていなかったものの、よく考えたら不思議だった事があったのだ。
「そういえばシャルママ。シャルママってどうしてネメママのこと『ネメお嬢様』って呼ぶの?」
それはシャルのネメへの呼び方だった。確かにふうふなのに『お嬢様』と呼ぶのがノゾミにとって不思議に思えたのだろう。
「え、あー……確かにノゾミちゃんが言うように、私とネメお嬢様はふうふですから結婚した時にもっと違う呼び方に改めればよかったんですけど……癖になっちゃって抜けなくなっちゃったんですよ。私がノゾミちゃんに対しても敬語なのとおんなじ理由ですね」
「そうなの? それじゃずっとネメママの事をずっとそう呼んでるの?」
「そうですね……それこそ、ネメお嬢様と出会った頃からほぼずっと……。私がお姉様……えっとミノリおばあちゃんにドン引きされるぐらいに好意をぶつけまくっていた時期があって、ネメお嬢様はそんなお姉様の娘さんでまだ6歳で今のノゾミちゃんよりちょっと大きい程度だったからそう呼ばせてもらっていたんですよ。
……今振り返るとあの頃のネメお嬢様はノゾミちゃんとそっくりでとてもかわいくて……初めて出会った時にモンスターとしての本能でネメお嬢様たちを攻撃さえしてなかったらもっと早く仲良くなれたのかもと思うと過去の不遜な自分が本当に憎い……」
ノゾミにいつからネメのことを『ネメお嬢様』と呼んでいるのか記憶を揺り起こしながらノゾミに伝え始めたが、それと同時に過去の自分のアホさ加減も思い出すことになり、なぜか気分がブルーになっていくシャル。
しかしそれをカバーするのが伴侶の役目と言わんばかりに、ネメはそんなシャルをすぐにフォローした。
「……でも、そういう事があったからこそ今の関係になれたのかもしれない。嫌悪というマイナスの好感度から始まったからこそプラスに転じ始めてからの、シャルの大怪我や告白を受けたことで効果が強くなったとも考えられる。だから私はもうシャルの事を手放す気は一切無い。それぐらい愛が深い」
「ネメお嬢様……はい、私もあなたを愛しています……これからもずっと」
……いい雰囲気になり、うっとりとした表情で見つめ合うネメとシャル。今ここに2人しかいないのであればすぐさまキスぐらいしたのだろうが、流石にまだ2歳の幼い娘がいる前ではできないと見つめ合いながらネメとシャルは思っていたのだが……。
「チューするのかな? ノゾ、ネメママとシャルママがお口同士でチューするとこ、見てみたいなー」
「「!?」」
むしろキスをしろと言わんばかりの言葉を2人の間に挟まれながら投げかける愛娘。その瞳には期待の色で綺麗に輝いている。
「え、ちょ、ノゾミちゃん!? それを見せるのはまだ2歳のノゾミちゃんには刺激が強いかなーって私は……」
「大丈夫シャル、ノゾミはまだ2歳だけれど心も体も立派に成長している。だからむしろこれは逆にノゾミの教育にいいし、やがてすべての病気に効くようになる」
「ネメお嬢様……もしかして、ノゾミちゃんを口実にして私とキスしたいだけですよね?」
「そうとも言う。それにほら、こんなノゾミの目を見て『キスしない』なんて選択肢は選べるはずも無く」
キラキラした瞳で『まだかな!? まだかな?! 早くチューしないかな!』と訴えてくるノゾミ。確かにこれはキスをしないわけにはいかない。
「全くもうノゾミちゃんもネメお嬢様も仕方ないんだから……わかりました、ネメお嬢様……キス、しまsy……んん……っ」
シャルがまだ喋っているというのにそれを塞ぐように口づけを始めたネメ。
どうやらノゾミに囃された事によってシャルにキスをしたいという衝動が湧き出してしまっっていたようだ。
「きゃー!!」
そしてそんな両親の口づけを、顔を手で隠しながら指と指の隙間からバッチリ見ているノゾミ。頭上で広がるノゾミの親であるママ同士の熱いキスに興奮しきりだ。
「ノゾももっと大きくなったら……ママたちみたいにこんな風に好き好きって気持ちを持って『あの子』とチューしたいな」
「「!!?!」」
「……あれ、もうチュー終わっちゃったの? もっとママたちがチューするとこ見てたかったのに残念」
キスをしたい相手がいるかのような発言を突然したノゾミに、ネメもシャルも驚いたようで思わず口を離してしまった。もっと2人がキスすることを見ていたかったノゾミは残念がったが、ネメとシャルはそれどころではなくなってしまった。
なにせノゾミはまだ2歳で、単独で出かけたのはクロムカをこっそり洞窟から連れてきた時の1度だけでそれ以外に森の外へ出たのは必ず家族が同伴している。
だというのにノゾミにはキスをしたい相手がいる。ではそれが一体誰なのだろうか。
「待ってノゾミちゃん、一体誰ですかキスしたい相手って!? 私知らないですよ!?」
「いつの間に……一体どこの馬の骨……まさかキテタイハの町で誰かと恋仲に……まだ2歳のノゾミと恋仲になるのはまだ14年は早い……絶対怪しい奴……ここは叩っ切ったほうが……」
「? なんでシャルママもネメママも慌ててるの?」
慌てたり何か企んでたりする表情を見せながらそれは誰なのか尋ねるシャルやネメに対して、1人わけもわからずキョトンとした表情のノゾミはこてんと首を傾げている。
「当たり前ですよ!? だって、もうノゾミがキスにしたい相手がいるって……」
「それでその相手は一体誰? ノゾミは包み隠さず開けっぴろげに情報を開示すべき。名前とか」
「うーん……」
2人がわりと必死になってノゾミから相手の情報を引き出そうとしているのだが、当のノゾミはちょっと困ったような素振りを見せている。というのもノゾミにはそれを答えられない理由があったのだ。
「名前も何もわかんないよ。……だってその子はまだ生まれてないから。もう少ししたら生まれそうで、ノゾとおんなじ感じで生まれてくるから女の子って事だけはわかるけど……」
「生まれてない……? そしてノゾミみたいな……それって、もしかして……」
その答えを聞いて、なんとなくだがその相手が誰だか察したネメ。
ノゾミがキスをしたいと思っている相手はまだ生まれていないけれどもうすぐ生まれてくる。そしてノゾミと同じような感じという事は……ネメとシャルのように2人の魔力が合わさった女の子。
そこから導き出される人物が一人だけ思い当たったからで、ネメはその答えを確認するように、ノゾミに思い浮かんだ人物が合っているか尋ねることにした。
「それってもしかして……ザルソバとクロムカの子供?」
「うん、クーちゃんのおなかの中にいる子。ノゾがクーちゃんを見つけた時ね、クーちゃんの波長がノゾと合うから遠くにいても気づいたんだと思っていたんだけど……ホントは違ったかもしれなくて、まだ形にもなってないその子の魂がノゾの事を呼んだんだと思うの。
だってその時クーちゃんを連れてこなかったら、その子はきっと生まれなくなっちゃうから」
どうやらネメの予想は当たっていたようで、その答えを聞いたネメとシャルは顔を見合わせると、少しほっとしたような表情を見せた。
というのも、全く知らない子だったり、2歳児に恋する危ない人だったりしたらどうしようかと2人は思っていたのだが、その相手が知り合いであるザルソバとクロムカとの子ならむしろネメたちも歓迎だったからだ。
なお、ネメもシャルもノゾミが続編のメインキャラである事は知らず、クロムカのお腹にいる子が続編の主人公である事も知らない。その為、お腹の子がノゾミを呼んだとは考えずに偶然の結果と捉えている。
「そっか。その子だったら多分大丈夫。でも相手が拒否したらノゾミもすぐに引き下がること。無理やりは絶対ダメ」
「うん、わかってるよネメママ! 『無理やりからじゃ愛は始まらない、無理やりで始まるのは愛のように見えても主従だけ』ってノゾ知ってるもん!!」
「……一体誰から聞いたんですかそれ……あー、お姉様がよく『教育に悪い』って言ってる意味が私にも漸くわかってきました……」
……2歳児なのに変に博識な分、一体どこからそんな謎の知識を仕入れてくるのか、ノゾミの将来がちょっとだけ心配になったシャルであった。
「良い事言うノゾミ。愛が無ければ何も始まらないからその気持ちは大事に……っと、いけない、忘れてた」
「? どうしたのネメママ?」
そんな他愛の無い……いや他愛じゃなかったような気もする親子の会話をする3人であったが、ネメはこの寝室に3人が揃ったらノゾミに『あるモノ』を渡すはずだった事を思い出し、その話をノゾミに振った。
「さてノゾミ。ちょっと脱線しちゃって遅れたけど、おかあさん……えっとミノリおばあちゃんたちがノゾミにあげた誕生日プレゼント以外にも、実は私たちからもノゾミに誕生日プレゼントがある」
「!! そうなの!?」
「本当に脱線し過ぎちゃいましたねネメお嬢様……そうなんですよノゾミちゃん。気に入ってくれると嬉しいんですけど……」
誕生日パーティーで家族全員とザルソバ・クロムカふうふからもノゾミはプレゼントをもらっていたのだが、両親であるネメとシャルからもそれとは別に誕生日プレゼントがあると聞かされ、ノゾミは喜色満面で思わずこのまま天高く舞い上がりたい気分になっている。
「はいこれ、開けてごらん」
ネメはこっそり隠していた箱に入ったプレゼントをノゾミに渡した。
「やった!!! 開けていい?」
「はい、いいですよ……ってもう包装破いちゃってるじゃないですかノゾミちゃん。まぁそこまで嬉しがってくれると私たちも嬉しいですけどね」
シャルの承諾を受けるよりも先にノゾミが盛大に包装を破き始めたので思わず苦笑するシャル。そしてノゾミが包装を全部破り去ると中から何かの道具が出てきた。
それは包丁のような柄に両刃がのこぎりになった尖った先端をもつ不思議な道具。明らかに誕生日プレゼントに似つかわしくないものだったがノゾミはそれが何なのかすぐにわかり、興奮したようにはしゃぎだした。
「錣!? これ錣!!!? これってニンジャが使う道具だよね!?」
ノゾミへのネメとシャルからのプレゼント、それは忍者が使う道具の一つである『錣』であった。
「そう。おかあさんから用途と見た目を聞いたから鍛冶屋にお願いして作ってもらっていた。正確なものとは違うかもしれないけれど同じ役割はできるはず」
当然ながらネメたちは現物を見たことがないのでほぼ空想だ。しかしそれは紛れもなく錣そのもので、ネメはもう興奮しっぱなしである。
「やった! やった!! ノゾいっぱい鍵をこじ開けたり脱獄したい!!」
「ノゾミちゃんが嬉しそうでよかったです。……でも悪いことに使っちゃダメですよ」
「わかってるよシャルママ! みんなが悪の組織に捕まったらこれ使ってみんなを解放する!!」
「流石正義の魔法戦士ニンジャペット使い武闘家。期待している」
「わーい!! ノゾは正義の魔法戦士ニンジャペット使い武闘家侍!! これでみんなを守るの!!」
「なるほど侍も。うん、ノゾミならきっと全て叶えられる」
また何かなりたい職業が一つ増えているが……ネメは前に『夢を叶える叶えられないにかかわらず応援する』と発言したように、それを含めて心から応援する事に決めており、侍が増えた事も構わず応援する所存だ。
そして先程から嬉しそうに錣をネメとシャルが当たらない位置で振り回すノゾミだったが……何かを思い出したように『あ』と小さくつぶやき、振り回す腕を途中で止めた。
「? どしたのノゾミ」
「……そういえばノゾ、去年シャルママにお願いした誕生日プレゼント叶わなくてちょっと残念……」
「えっと……妹がほしいって言ったこと……ですよね? ……覚えていたんですね」
「うん、覚えてたよ、だってノゾ、妹がずっとほしかったから。だけどまだまだかかるかもってホントは思っていたの。シャルママのお腹にたまってるネメママの魔力、去年よりは増えてるけど、まだまだ少ないもの。2人目になるとたまりづらくなるのかな……」
前にネメとシャルが話していた事があったが、ネメの魔力は量だけは多いが質が悪い。
その為、シャルの体内に魔力を入れてもたまりづらく、その上一度ノゾミを出産したことでシャルの体もネメの魔力に耐性ができてしまっているようで、ノゾミの時よりも時間がかかっていたのだ。
「ごめんノゾミ、もう少しかかるし3人以上は難しいかもしれないけれど絶対にノゾミに妹ができるようにがんばる」
「わ、私も頑張ります」
「うん……それじゃネメママ、シャルママ。去年はまだできなかったけど今年こそノゾの妹をよろしくね!! ……それじゃノゾ、もう眠くなってきたから、ネメママもシャルママも一緒に寝よ」
「そうですね、ネメお嬢様も一緒にノゾミちゃんとお休みしましょう」
「了……シャル、今日はノゾミと一緒に寝るから無理だけど……あさって以降ちょっとがんばろう……」
「は、はい……」
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──翌々日、陽が昇らないことから起きるのが日課となっているミノリが一人起きて、ネメ達の部屋へ続く廊下の前を通った時……ミノリの聞こえのよいエルフ耳が、2人の寝室から何かをしている音が聞こえた。
(あれ……夜中に起きた時もこんな音が……という事は……寝ずに……? きっとノゾミが妹ほしいとまた言ったんだろうなぁ……が、がんばれ2人とも……)
ミノリはそう心の中で応援する事しか出来ず、そっとネメたちの部屋に続く廊下の前を後にしたのであった。




