182. 16年と11ヶ月目 いつまでも、仲良し3姉妹。
「かーさま、これであたし全部作れた?」
「うん、そうだよー。ちゃんと一人でご飯作れたね、リラ」
「かーさまがちゃんと教えてくれたからだよ、ありがとかーさま」
普段はミノリたちの手伝いとして台所に立つことが多かったリラが、今日は一人でご飯を作りたいとミノリに相談した事で、リラは今日初めて単独で昼食づくりに挑戦。
ミノリがアドバイスなどをしながら見守る中、無事リラは昼食を作り終える事が出来た。
「あとはお昼前に少し温め直せば大丈夫だから、それまでの間リラは自由時間だよ。時間になったら呼びに行くからね」
「うん、かーさまわかった」
料理を作り終えたリラは、台所を後にして一人家の中をパタパタと飛び始めた。しかし何もする事が浮かばない。
「んー……といってもあたし特にする事無いや。お勉強は昨日いっぱいしたし、ノゾミちゃんへの読み聞かせも今日はシャルおねーちゃんがやっているから……あれ、ネメおねーちゃん?」
あてもなく気の向くままにリラが家の中をゆっくり飛び回っていると、ネメが居間で何かを紙に書いている姿が目に入り、それが気になったリラはゆっくりと近づき、何を書いているのか遠巻きに覗き込んだ。
(設計図……?)
ネメが書いているのは何かの設計図のようだった。ネメと言えばこの家をこっそり増築したり、ザルソバの家を建てたり、挙句にはからくりまで仕込んだりと、建築に関する造詣が深いようなので、リラは最初それを書いているのかと思ったのだが、どうも家に関係するものではなく、紙に書かれていたのは何かの刃物みたいな図であった。
…しかしリラにはその形に合致するものが思い当たらない。
(なんだろうこれ……ノコギリみたいだけど先端が尖ってる……?)
その正体が何なのか気になるリラはネメに尋ねる事にした。
「ネメおねーちゃん、今書いているそれ、何?」
「あれ、リラそこにいたんだ。来月はノゾミの誕生日だから、これをプレゼントしようと思っていて鍛冶屋に依頼する図面を書いていたところ。そしてこれはおかあさんから聞いた忍者の道具の一つらしい」
どうやらノゾミの誕生日プレゼントとしてネメは図面を準備をしている最中だったようだ。
「そうだったんだ。……あれ、でもノゾミちゃんの誕生日ってネメおねーちゃんも誕生日じゃ……あたしもトーイラおねーちゃんもだけど」
オンヅカ家の面々のうち、ミノリとシャルを除いた全員は誕生日が同月にある。
その為、ネメ自身のプレゼントは誰かにお願いしなくてもいいのか少し不思議に思ったのだが……。
「私はもう大人だからプレゼントはもらわなくても大丈夫。むしろあげる側。だからリラも何か欲しいものあったら私に言うといい」
そうネメが言ったのでリラは少し考えたものの、首を横に小さく振った。
「えっと、ネメおねーちゃんからも誕生日プレゼントをもらえたら嬉しいけど、実はあたしトーイラおねーちゃんにお願いすることをもう決めてるの。だからあたしは気持ちだけ受け取っておくね、ありがとネメおねーちゃん」
リラがそう口にすると、なるほどと表情で返答したネメ。
「そっか。トーイラだったらきっとリラのお願いを聞いてくれるから……ちなみに何をお願いするの?」
「えへへ……ナイショ。あとで教えてあげるね」
どうやらリラがトーイラにお願いする事は当日になってからトーイラへ直々にお願いするそうで、それまでは誰にも内緒らしい。
「それも良き。何をトーイラにお願いするのか私も予想して楽しみに……あ、そうだ」
そこまで言ったネメだったが、言いかけている最中で何かを思い出したかのような顔になった。
「? どうしたのネメおねーちゃん」
「んと、ちょいとリラに聞きたいことがあって。……変な質問になっちゃうけど差し障り無し?」
「うん、いいよ」
ネメがリラに聞きたかったことは、リラの普段の様子からなんとなくはわかっていたが、リラの口からは直接聞いたことが無かったある事だ。ネメはそれを直接聞きたくてリラに尋ねる事にした。
「……えっと、リラはこの家で暮らすようになってから……幸せになれた?」
母であるミノリから聞かされた本来のネメとリラの関係。ゲームという箱庭の中で自分のせいで何度も不幸な目に遭い、何度も苦しみ続けてきた少女はそのループし続けた運命から逃れ、こうしてミノリたちと家族となって今を生きている。
家族として一緒に過ごしてきた時間はまだ数年しか経ってないけれど、ネメはそれをリラに聞きたかったのだ。
そんなネメの心情を知ってか知らずか、リラはまっすぐにネメの瞳を見据えてから、
「うん。とっても」
と、リラは彼女なりの精一杯の笑顔をネメに向けながら答え、さらに言葉を続けた。
「……あたしね、4歳で北にあるお城の牢屋に閉じ込められて、何度も何度も脱走に失敗して左目を潰されたあと、もう一生そこから出ることはできないって諦めていたの。
だけどそこから運良く逃げ出せて、かーさまに出会って、ネメおねーちゃんとトーイラおねーちゃんたちにも出会って……本当は10歳で死んじゃうはずだったのに、光の祝福を与えてくれたおかげで、もっと生きててもいいんだって思わせてくれて……。
……恥ずかしくてかーさまには言えてなかったんだけど、あたし、かーさまの娘になれてよかったって思ってるの。おねーちゃんたちとも姉妹になれたし、シャルおねーちゃんやノゾミちゃんとも家族になれたし。左目だけは残念だけど、それでもあたし、今とっても幸せだよ」
そう話すリラの笑顔は、本当に心から幸せだと感じているもので、その笑顔を見たネメもつられて顔をほころばせていると……。
「あれ、ネメとリラ一緒にいたんだ」
長女であるトーイラもたまたま居間に入ってきて、2人が一緒にいるのを見かけると声をかけてきた。
「あ、トーイラおねーちゃん」
「最愛の姉。ごぎけんうるわし」
食事の時など家族全員が揃う時以外を除いて3姉妹が一堂に揃う機会は実は最近あまり無い。
元々ネメは嫁であるシャルと共に過ごす事が多かったが、娘のノゾミが生まれた事でさらにその機会が減り、こうして姉妹3人だけが一度に揃うのは案外久しぶりだったりする。
「何をしてたの?」
「リラに幸せかって聞いてたところ。私たちと家族になれて幸せだって」
「もうネメおねーちゃんってば……恥ずかしいから言わないでよ」
元々ネメとリラはノゾミの誕生日プレゼントについて話していたのだが、それをトーイラに話してしまった場合、同月にリラも誕生日がある事を思い出したトーイラがそこから話を膨らませてリラにも誕生日プレゼントを尋ねる可能性がある。
それを察したネメは、その後でリラに尋ねた『リラが今幸せかどうか』を聞いていた事を話すことで、誕生日プレゼントについては触れないように試み、結果的にうまく誤魔化せはしたのだが……代わりにリラは顔を赤らめさせるくらいには恥ずかしかったらしい。
しかしネメもトーイラも、いまいち恥ずかしがる理由がわからない。何故なら、2人も同じ想いだったのだから。
「恥ずかしい事なんてない。私はリラと姉妹になれて幸せ」
「うん、私もだよ。リラが妹になってくれてとっても嬉しかったし、今も一緒にいられて幸せだよ」
お互いの顔を見合わせてから『2人もリラと同じ想いなら恥ずかしくないよね』と瞳でリラに語り掛ける2人。
「……えへへ、やっぱりトーイラおねーちゃんもネメおねーちゃんも、あたしのおねーちゃんなんだなって……。あたしが一番に聞きたかったことを言ってくれて……嬉しい。
あたしのおねーちゃんになってくれて、本当にありがと。トーイラおねーちゃん、ネメおねーちゃん」
2人の意図はリラにも無事伝わったようで、リラは照れながらも嬉しそうにお礼を述べた。
「それは私たちも同じだよ、ねえネメ」
「トーイラに同意」
「だから私たちも改めて言うね。声を合わせるよネメ!」
「了解致した。せーのっ」
「「私たちの妹になってくれてありがとう、リラ」」
生まれてから23年近く共に生きてきた『ツーカーの仲』の双子姉妹はお互いに言う言葉を決めていたかのように綺麗に言葉を重ねてリラにお礼を返し、双子の姉であるトーイラがその後に言葉を続ける。
「これから先、色々な事があるかもしれないけれど……私達はこれからもリラとずっと仲良しの姉妹だよ……ってリラなんで泣いちゃってるの!?」
なんとその言葉を聞いた途端、目を大きく見開いていたリラの瞳から一筋の雫が溢れて頬を伝うと、その雫はそのまま床へと吸い込まれてしまった。その泣き顔を見て思わず驚き慌ててしまうトーイラだったが……。
「あ、ごめ、ごめんねトーイラおねーちゃん……ネメおねーちゃん……。えへへ、ごめんね。嬉しくて、つい、涙が出ちゃった……」
どうやら感極まったために無意識の内にリラは涙ぐんでしまっただけのようだ。
「そ、そっかー。泣かせてしまったと思ってびっくりしちゃったけど……嬉し涙だったから私も一安心だよ」
「全くもってその通り。もしもリラのそれが嬉し涙じゃなかったら私は『最愛の妹泣かせてしまった悪い姉罪』で断罪され、トーイラと共に木の下に埋められるところだった」
「ちょっと待ってネメ!? ちゃっかり私まで巻き添えで埋めようとしてない!? というか誰が埋めるの!?」
いきなり謎の罪をでっちあげて埋める発言したネメに即座にツッコミを入れるトーイラ。そしてリラも2人が謎の罪で断罪されるのは反対らしく……。
「だ、ダメだよネメおねーちゃん! あたしの涙はうれし涙だから大丈夫、だからおねーちゃんたちは無罪っ無罪だよ!
……あ、そうだ。ねぇ、あたしねネメおねーちゃんとトーイラおねーちゃんにずっとお願いしたい事があったんだけど……今ここでそれをお願いしても……いい?」
慌てて謎の断罪を阻止するリラだったが、今ならもう少し2人に甘えたい気持ちを出してもいいのかもしれないと不意に思いついたようで、折角だからとリラは2人にある事をおねだりしようと決めた。
「ん? 私はいつでもドンとこい」
「私もいいよー」
そして一体何をおねだりするのかをリラにまだ聞いていないのにお願いを受けると即答するネメとトーイラ。2人は内心『トーイラとネメが同時にいる時のおねだりなのだからかわいらしいもので間違いないだろう』と予測しての即答だったのだが……これでリラのおねだりがとんでもない事だったらどうするつもりだったのだろうか……まぁ2人が予想するように、リラのおねだりは大層かわいらしいものであったが……。
「あたしね、あたしを真ん中にしてトーイラおねーちゃんとネメおねーちゃんと3人で手を繋ぎたいの。
今思い返すとトーイラおねーちゃんとネメおねーちゃんと同時につないでもらった事無かったなって……」
リラのおねだり、それはリラを真ん中にして姉2人と一緒に手を繋ぐことであった。
おんぶしてもらったり、遊びとしておしくらまんじゅうをしたりといった遊びで触れ合う機会はあったし、どちらかしかいない時に手を繋いだ時もあった。
しかしリラは実はまだトーイラとネメの2人と同時に手を繋いだ事が未だに無く、いつかそうやって手を繋ぎたいと前々から考えていたようなのだ。
「もちろんかまわない。私右手」
「うん、いいよー。じゃあ私左手ー」
そしてそう口にするよりも早く先に手を動かしてリラと手を繋ぐトーイラとネメ。リラのおねだり、一瞬にして目標達成である。
「わぁ……トーイラおねーちゃんの手はあたたかくてポカポカするね。ネメおねーちゃんの手は少しひんやりしてるけどそれも気持ちよくて……えへへ……幸せ……」
いつか2人にしてもらいたかった事がすぐに叶った事で、嬉しそうに2人の顔を交互に見上げながら笑みをこぼすリラ。
2人もそんなかわいい末妹の笑顔をもっと見たいと思ったのか、
「もっとリラの破顔が見たい。トーイラ、今度はリラを2人で抱っこ」
「いいよー。せーの」
「きゃー♪」
トーイラとネメが調子をそろえてリラを担ぐように抱き上げると、リラも珍しく嬉しそうにはしゃいでいる。
……本当に仲良しの姉妹だ。血こそ繋がってないが、そんなのは些細な事のようにお互いを大切に想い合う心で居間は幸せ一色に包まれていた。
「リラー、そろそろお昼ご飯あっためた方が……おっと」
そしてそろそろお昼前だからとリラを呼ぼうとミノリがリラを探してやってくると、丁度仲良くじゃれあう3姉妹の姿が視界に入ったので、慌てて姿を隠し、母親らしい温かい目で声を押し殺しながらミノリはその光景を見守った。
(本当に3人とも仲良しで良かった……。恋慕とか関係なくこれからもずっと3人には仲良しのままでいてほしいなぁ……)
3人だけでこのまま暫くここにいさせてあげたいと考えたミノリは、リラを呼ぶ事をやめ、リラが自主的に台所へ戻ってくるのを待つ事にしようと決めると、ほっこりとした気分でそっとその場を後にしたのであった。




