181. 16年と10ヶ月目② それ言われても逆に困る。
女神扱いを受けている自分がノゾミは自分の関係者だという事を伝えれば今後キテタイハへ来た時に物事が色々円滑に進むからと考えて、町長に紹介するべくノゾミを連れてキテタイハへやってきたミノリ。
しかし、今日は珍しくキテタイハの町長であるハタメ・イーワックは用事があってミノリを出迎える事ができず、代わりにミノリを出迎えたのはハタメ・イーワックの娘の一人であり、本来ワンヘマキアにいるはずの司祭『タガメリア』であった。
そんなタガメリアは天使の羽を有した少女で光の使いこと『ラリルレ』を椅子代わりに座っていた。それを見たノゾミは『ラリルレ椅子』をなぜかほしがったのだが、案の定ミノリはそれを拒否。
ノゾミは拒否されるとは思っていなかったようで、その答えを聞いた途端、
「えー!!!」
と、残念がったのであった。
(ノゾミはショックを受けてるけど……流石にあれはなぁ)
ミノリとしてはかわいい孫の願いとあれば本来ならどんな願いでも叶えてあげたいのだが……健全な精神の育成に悪影響となりそうなラリルレの存在はどうしてもダメだったのだ。
ちなみにミノリの脳内では、ハタメ・イーワックやタガメリアの存在はミノリの中ではギリギリセーフだったが、今のラリルレについてはぶっちぎりのアウト判定で、今すぐに隔離したいレベルである。
「代わりに後で鍛冶屋さん紹介してあげるから、ね?」
「鍛冶屋?」
とりあえずこれ以上あの椅子もどきにノゾミの気をひかせたくなかったミノリは、別の話題を持ち出してノゾミの気をこの椅子もどきから反らす作戦を試みてみた。
「そうだよー。ノゾミは忍者になりたいんでしょ? だから鍛冶屋さんに言って本物の手裏剣やクナイを作ってもらおうと思ってね。タガメリアさん、この町にも確か鍛冶屋さんありましたよね」
「はい~、ありますよ~。地味で微妙な存在のキテタイハですけど、それなりにものが揃うそれなりの町ですから~」
出身者なりの自虐なのかタガメリアが本心で微妙と言っているのかは謎だが、それはともかく、手裏剣やクナイを作ってもらえると聞いたノゾミは先程から目を輝かせている。
「やった!!! 手裏剣とクナイ!! ノゾとっても欲しかったの!! ありがとうおばーちゃん!!」
「ふふ、どういたしまして。ノゾミがそうやって喜んでくれると、私もとっても嬉しいなぁ」
喜ぶノゾミの姿を見て笑顔で答えるミノリ。しかしミノリの内面では喜ぶノゾミが見られて嬉しいという気持ち以外にも……。
(よし! ノゾミに気づかれずに意識をなんとか反らせた!)
ノゾミの気を無事ラリルレから反らせた事に対する安堵も含まれていたのであったのだが、そもそも何故タガメリアはラリルレなんかを連れてキテタイハに戻ってきたのだろうか。
その事がふと気になったミノリはタガメリアに尋ねる事にした。
「そういえば、今更ですけど……タガメリアさんは何故ここにいるんですか?」
「帰省ですよ~。それと教会の運営について母へ相談しにきたんですよ~」
どうやらタガメリアは何かを相談する為にハタメ・イーワックに会いに帰省したらしい。
ハタメ・イーワックはは普段の言動があれではあるが、町長という肩書きもある町の為政者であるからそういった方面で相談しやすいのだろう。
「そうだったんですね」
しかしそういった事情についてはなるべく触れない方がいいと判断したミノリはそこには深く踏み込まずに流そうとしたのだが……なぜかタガメリアの方がその事情をべらべらと打ち明け始めた。
「はい~、ワンヘマキアは人口の流出が甚しいし、教会に入る寄付金も右肩下がりが続いているのでどうしようかと思っていまして~、とりあえず、人を呼び込んで賑わいを創出するだけでもしようとあれこれ手を出したんですけど、効果がさっぱりなんですよね~。
無数のかかしは一部の物好きが訪れるようになったのでちょっとの効果はあったんですけど起爆剤にはならなくて~。なのであとはもう私とラリルレちゃんの痴態ショーを教会で繰り広げるしかないかな~って」
「ストーップ!!!! 神聖な教会で何する気なんですかタガメリアさん!?」
聞き流したかったはずなのに、内情を暴露するどころか、もっとろくでもないことを言い出したタガメリアに対して、ミノリは思わず声を荒げてそれ以上彼女にしゃべらせないように制した。
(しまった! この人そういえば教会という神聖な場所でラリルレさんとあれな事してた人だった! ダメだ、この人はラリルレさん以上にノゾミの視界に入れさせちゃいけない人だった!!!)
ギリギリセーフの判定を下したミノリの判断ををいともあっさりと覆させてしまうタガメリアのぶっ飛んだ思考回路。
それを実際にやってしまったらタガメリアは司祭どころかただの痴女になりさがってしまうのでミノリが判断を覆すのも仕方ないのだが……なんともまずい事に先程のミノリが制する前にタガメリアが発した発言がノゾミの耳に入ってしまったようで……。
「おばーちゃん、チタイショーって何?」
その意味をわかなかったらしいノゾミが人差し指を顎に当てて小首を傾げながらミノリに尋ねた。
「それはノゾミはまだ知らなくても大丈夫だよ!? 大きくなったら教えてあげるからね!」
「え~、私はむしろ今教えたいし、今ここで見せつけたいんですけど~」
「いいから!! タガメリアさんはもうお口にチャックしてて!!!」
(だ、だれかこの人止めて!!)
ハタメ・イーワックとは別のベクトルで困ったさんであるタガメリアに対して、ミノリがほとほと困り果ててしまっていると……ミノリへの助け船がなんとキテタイハの方からやってきた。
「ちょっとお姉ちゃん! さっきから聞いていたけど何わけわかんない事を口走っているのさ!!
ただでさえお母さんだけでも私は頭が痛くなるってのに、お姉ちゃんまで帰省してきたついでに羽目を外すんじゃないよ! というかミノリさんとても困ってるじゃない!!」
「あら~メーイちゃんってば、そんなに怒らなくても良いと思うのよ~」
「怒らざるを得ないってばこれは!! ほら、ミノリさんも言うようにお姉ちゃんはもう黙ってて!!」
以前まではカツマリカウモの宿屋兼喫茶店で働いていたが、何か理由があるのか、そちらに戻らずにずっとキテタイハに留まっているハタメ・イーワックのもう一人の娘『メーイ』がやってきたかと思うと、間に入ってタガメリアを制止させ、タガメリアがそれに従うように口に手を当てて言わざるポーズをとったのを確認してから、メーイはミノリに対して平身低頭で謝罪を始めた。
「ミノリさん、ホンットごめんなさい!! 私の母と姉がいっつもいっつも迷惑かけて……」
「あははは……心中お察しします……」
唯一の常識人で苦労人、メーイ・イーワック。
ミノリとしては正直なところ、彼女の存在だけがこの町唯一の良心で、そのうち、ミノリたちと共にハタメ・イーワックとタガメリア・イーワックに対する被害者の会が結成する日もありそうだ。
そんな風に、ミノリが心密かに考えていると……どこからともなく『ドドドドドド』という地響きが突然聞こえてきた。
「え、何この地響き……」
「あー……来ちゃったか……」
「来ちゃった……? ……もしかして……」
その地響きで何かを察したのかすべてを諦めたような顔をするメーイを見た瞬間、ミノリもこの地響きの正体に感づいてしまった。その正体は勿論……
「まさかハタm」
「へそがみさまああああああああ!!!!!」
ミノリが言い切る前に砂煙を巻き上げながら参上したのはキテタイハのボスザルともいうべき存在、ハタメ・イーワックである。
どうやら町議会が終わった途端、ここまですっ飛んできたらしいが……老婆とは思えない異常な速度である。
「臍神さまぁああああああああ!!!!!! このハタメ・イーワックやっと馳せ参じましたぞおおおお!!!」
「ひぃいいい!!?」
自分の顔に吐息が当たるほどの近さまで肉薄してきたハタメ・イーワックに思わず悲鳴を上げるミノリ。
「あ、お母さ~ん、やりましたよ~、私ミノリさんの引き留めに成功しましたよ~ いっぱい褒めてくださ~い」
「よくやったタガメリア!! 褒美に約束していたお前の教会への援助金はわしのぽけっとまねぃから出してやるぞい!!
それでこちらが噂で聞く臍神ミノリ様のお孫さんであらせられるノゾミ殿ですな!! ミノリ様にそっくりで利発そうな子ですじゃ!!!」
「……」
ノゾミ、なんと無言である。それどころか口を閉ざしたままミノリの後ろに隠れてしまった。
オンヅカ家屈指の暴走機関車であるノゾミですら、鬼の形相でやってきたハタメ・イーワックに恐怖を感じたのだろう。
(あ……やっぱりノゾミも駄目だったか……連れてくるの早すぎたかも……あとでちゃんと謝らないと……)
……この日、今まで家族やザルソバ・クロムカとしか交流しなかったノゾミに、初めて『苦手な人』ができたのであった。
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「──というわけで、この子を町長さんに会わせる目的は果たしたので、私はもう行こうと思います。ノゾミ、鍛冶屋さんに行こうか」
「う、うん!! 早く行こうおばーちゃん!! ノゾ、もうここやだ!! 早く鍛冶屋さん行きたい!!」
とりあえず、ハタメ・イーワックにノゾミを紹介し終えたし、さっきからノゾミがここから離れたいが為に、半泣きで一心にミノリの手を引っ張っているので、ミノリはそんなノゾミの気持ちに応えて鍛冶屋に寄ろうと、ノゾミを抱っこしてからこの場を離れようとするのだが……。
「おっと、お待ちくだされ、臍神様!! どうしても臍神様のお耳に入れたいことがございますのじゃ!!」
「へ? 一体なんでしょうか……?」
ハタメ・イーワックに再びミノリは呼び留められたのだが、彼女が伝えたい事に思い当たる事が無いので一体何だろうかとミノリは首を傾たミノリ。
「実は臍神様に一言、謝らなくてはいけないことがありますのじゃ……」
「謝りたいこと……?」
どうやらハタメ・イーワックはミノリに対して何かを謝罪したいらしいのだが……ミノリはいつも迷惑しか被っていないので思い当たる節が逆にありすぎて、一体どれなのかと頭に疑問符を浮かべるばかりだったが……ハタメ・イーワックはなんとも言いにくそうな表情をしながらミノリに聞かせたい話を打ち明けはじめた。
それは先日のクロムカ襲撃の件だった。
「実は臍神様の命を狙う不届き者がいるという情報を入手して調査中だったところ、対策を施す前に臍神様の御使いであるクロムカ殿に襲ったことを確認したのじゃ」
「へ……? あの時の……って、え? 狙われていたのって私だったの!?」
その言葉でミノリはようやく、数ヶ月前にクロムカが襲われたのは、元々自分が標的だったと気づき、驚嘆の表情を見せたかと思うと徐々にその表情は不安なものへと変わっていく。
「ということは……また私を狙ってくる可能性が……」
ほとぼりが冷めるまで、森の中にこもっていようかとミノリが考え始めていると、とてもいい笑顔でハタメ・イーワックは言葉を続けた。
「そこは安心してくだされ臍神様!!! あんな木っ端である前町長とクロムカ殿を連れ去ろうとした狼藉者なぞ、ワシの配下である『諜報部』と『処理班』に命を下して捕らえた後、無いこと無いことでっちあげて牢獄送りにしてやりましたぞ!! きっと全員死ぬまでそこから出られないはずじゃから、これでもう臍神様の平穏を乱す悪しき存在は社会的に死に、臍神様の暮らしは安泰ですぞー!!!」
「冤罪じゃん!! 無いこと無いことって!!」
さりげなく諜報部とか処理班とかいう日常会話で聞くはずの無い単語が混ざっているし、本当に何者なんだろうかこの老婆……。
それは兎も角としてミノリ達は長年くすぶり続けていたらしいキテタイハ前町長によるミノリ襲撃の可能性について、この日遂に終止符を打つことができたのだが……。
「いや、まぁ……命を狙われていたなんて全く自覚無かったから正直、えーっと、そうなの?……って気持ちしかないんだけど……」
その件を事後報告で受けたミノリは、このどうしたらいいのかわからない感情のまま、そう独り言ちたのであった。




