176. 16年と8ヶ月目⑦ 騒動と騒動。~全てを捨ててでも~
強めのR15要素があります。苦手な方はご注意ください。
冒険者崩れの男達にさらわれかけたものの、ネメ達のおかげで無事解放されたクロムカ。
しかし、クロムカはザルソバと住んでいる小屋に戻ってきてもずっと暗い顔をしたままであった。
ザルソバがいくら声をかけても帰ってくるのは生返事か『大丈夫ですの……ワタシ平気ですの……』という、言ってる本人が全く大丈夫そうには見えない発言であった。
こんな状況であったために、ザルソバも全くとりつく島も無いまま途方に暮れかけていると……。
「ザルソバさま……ワタシ、今日は疲れてしまったから先にお休みさせてもらいますの……」
「あ、あぁ……ゆっくり休んでくれ、クロムカ。……私も一緒に休むか」
心身共に疲れ切っているのだろうと判断したザルソバはクロムカを先に……と思ったが、何故か嫌な予感がして一緒に寝ることにした。
******
──そして真夜中、ずっと狸寝入りをしていたクロムカがゆっくり体を起こしてザルソバの顔を覗き込んだ。
どうやら、ザルソバがちゃんと熟睡しているかを確認するための行動だったようで、
「……ザルソバさま、よく眠っていますの。今しか無いですの……」
ザルソバが眠っていることを確認したクロムカは、ザルソバを起こさないようにそっと布団から出ると、フード付きのローブを羽織り、私物の杖を手にして玄関へとそっと歩き出した。
「さようなら、ザルソバさま。短い間でしたけどワタシ……幸せでしたの」
ここに自分がいてはザルソバの迷惑になる。それをわかってしまったクロムカはこっそりこの小屋を出て、ザルソバの元から姿を消そうとしたのだが……。
「……何処に行くんだ、クロムカ」
「!!」
クロムカの背中の方から聞こえてくる、クロムカが愛してしまった人の声。
「起きていたんですのね……ザルソバさま」
「あぁ……なんだか嫌な予感がして……それで、クロムカは何処に行こうとしてたんだい?」
ザルソバはクロムカに近づき、そう尋ねながらクロムカの手を取ろうとしたが……クロムカはザルソバの方を振り向かないまま答えた。
「……ごめんなさいですの、ザルソバさま。もうこれ以上ワタシはここにいてはいけませんの」
「何を言うんだクロムカ、君はずっとここにいてくれていいんだよ」
クロムカを引き留めようと手を差し伸べたザルソバ。本当ならその言葉にすがりつき、その手を取りたかったクロムカだったが……結局クロムカはその手を取らずに、ある事を尋ねた。それはクロムカがこうしてザルソバの元から去ろうと思った動機でもあった。
「……それは、ワタシがモンスターになってしまったと知った上での言葉なんですの?」
「!! ……そうか、気がついていたのか……すまない、本当は私がもっと早くクロムカに伝えるべきだったんだ。でなければこうしてクロムカが傷つく事はなかったのに……」
「ザルソバさまが悪いことなんて何一つないんですの。悪いのは、モンスターになってしまったワタシだけ。そして、ワタシがここからいなくなれば全て解決するんですの。ザルソバさまは優しいから、ワタシの事を殺さないようにしてくれてるのかもしれませんけど……もう、ワタシの存在なんてザルソバさまの足を引っ張るだけの存在でしかありませんの」
「な、何を言ってるんだクロムカ。そんなわけないじゃないか。私は君がいないと……!!」
きっとクロムカは錯乱している。そう思ったザルソバは、クロムカを落ち着かせようとさらに傍へ近づこうとしたが、何を思ったかクロムカはザルソバが差し伸べていた手を左手で払いのけたかと思うと、そのまま右手に持っていた杖を突然ザルソバに向けて振りかぶってきたのだ。
「痛っ、ま、まってくれクロムカ! 私の話を……」
「だめなんですの! ワタシなんかが! ザルソバさまの側にいちゃ、ダメなんですの!!」
錯乱したように杖を振り回して暴れるクロムカ。
(まさかこれがネメさん達の言っていた『モンスターとしての本能』……? いや、ちがう……これは多分……わざとだ……)
クロムカに何度も杖で殴られてしまっているザルソバは、それによってダメージを受けてしまっていたのだが、クロムカは後衛でさらに杖自体にも攻撃力はそれほど無いため微々たるものである。
その上、クロムカの攻撃には明らかに迷いがある事、そしてザルソバを殺そうとするかのような殺意が全く無いことから、クロムカは加減した上でわざとザルソバに攻撃を仕掛けているのだとザルソバは勘付いた。
(まるで私に早く倒されたいが為にそうしているみたいじゃないか……今だ!!)
クロムカが振りかぶろうと杖を高く掲げた一瞬の隙を狙って、ザルソバはクロムカに飛びかかり、そのままクロムカを押し倒すように床へと組み敷いた。
「……はぁ……はぁ……落ちついてくれ……クロムカ」
「……大丈夫ですの。ワタシは冷静ですの」
『モンスターとしての本能』が起きているのなら、その態勢でも抗おうとするはずだが、クロムカはその姿勢になった途端、攻撃をやめた。やはり自分の意思での攻撃だったようだ。
「クロムカ、教えてくれ、なんでこっそり出て行こうとしたんだ……?」
「それはワタシがモンスターになってしまったからに決まっていますの……」
「そんなの関係ないとさっき言ったじゃないか。私は君が……」
「そんなわけないですの!! だってモンスターなんですのよ?! 人間と相容れることの無いモンスターで……ましてやザルソバさまはこの世界の危機を救った英雄で……。
ワタシだって薄々気づいていたんですの、自分がモンスターになってしまった事なんて!! だけど、それでも信じたくなかった!! ワタシは人間として、ザルソバさまと同じパーティーで戦い、肩を並べたかった!
だというのにワタシは何故だかモンスターになってしまって、ザルソバさまの敵になってしまったんですの!! 本当は離れたくない! だけどワタシではもうザルソバさまの足を引っ張ることしかできない!
……であるならワタシはザルソバさまの側にいない方が良いんですの……ザルソバさまは優しいからワタシをなんとか守ろうと考えてくれているのはわかりますの。だけど、ワタシ、ザルソバさまの負担になりたくないんですの……」
「クロムカ……」
「……だからお願いします。このままワタシが出ていくのを放っておくか、それができないというのなら……いっそこの場でワタシを殺してください……おねがいします……」
「……」
大泣きしながら、それでもしっかりとザルソバの目を見つめながら話すクロムカは……最後に弱々しく微笑みながら……、
「アタシなんて、生まれてこなければよかったんですの……」
「!!」
ザルソバにとって、一番クロムカから一番聞きたくなかった言葉をつぶやいた。
ザルソバに憧れ、ずっと一生懸命強くなろうとがんばってきた妹のような少女。それが運命のイタズラによって何故かモンスター化してしまった途端にその夢は潰え、彼女に生きる価値も残されていないとまで思わせてしまった。
確かに昔の自分ならモンスターになってしまったのなら仕方ないと潔く諦め、願いのままに旧知の仲だった彼女を切り捨てる事すら厭わなかったであろう。
しかし今は違う。片や人間、片やモンスターという関係でも親密な関係になれるというのをこの目でありありと見てきた。
(ミノリさんやネメさんたちにできて自分にはできないなんて事、あるはずがない……いや、そんな事あってたまるか!!
私は、もうこれ以上、大切な存在を亡いたくない! 今動かないでどうするんだ!
私は英雄である前に……目の前のクロムカを愛してしまった、一人の女だ!!)
【ゲームの世界】という同じことを繰り返し続ける縛りによって、一度や二度ではなく、何千、何万回と、自分では気づかないうちに繰り返されてきたであろう『掴みたくても掴むことができず、自分の手で何度も殺してきたであろうクロムカの手を取り、一緒に歩む願い』を叶えるチャンスがついに巡ってきたのだ。
だからもう、ザルソバはもう迷わない。
「クロムカ……」
「……おねがいします、ザルソバさま……もう……う、んんっ!?!?」
ザルソバは組み敷いたクロムカに顔を近づけるとそのままゆっくり、自身の唇をクロムカの唇へ重ね合わせた。
突然の口づけに驚いたのか最初はジタバタと暴れたクロムカであったが、ザルソバから送り出され続けてくるザルソバの呼吸によって頭が回らなくなってきたのか次第に大人しくなり、やがて自身の腕をザルソバの背中に回して抱きしめ、ザルソバの口づけを受け入れだした。
いつしか2人しかいないこの静かな部屋には、湿気の籠もった吐息の音とザルソバとクロムカの唇が愛おしそうに奏で合う口づけの音だけが響いていた。
……やがて、クロムカの唇からザルソバが自分の唇を離すと名残惜しそうに一筋の糸を描くその真下ではとろんとした表情で、瞳に涙を浮かべているクロムカ。
驚きと長めのキスで息が上がったのか感情がぐちゃぐちゃになってしまったらしい。
「ざ、ザルソバ……しゃま……? な、なんで……?」
「こうでもしないと……クロムカは、私の気持ちを信じてくれないと思ったから……。
私は、君が欲しい……ずっと私と一緒にいてほしいんだ」
ザルソバはクロムカの瞳をじっと見つめながらそう言葉にした。
「ほんとうに、いいんですの……? モンスターになってしまったワタシを……」
「もちろんだ、クロムカ。私は、君が欲しかったんだ、ずっと……ずっと昔から……クロムカ、君のことを愛していたんだ」
ザルソバはついに想いを伝えた。
そして、その言葉に感極まってしまったのか、クロムカは瞳に溜まっていた涙を笑顔で目を細めて頬を伝わせた。
「……ザルソバさま……嬉しい、嬉しいですの。……ずっと慕っていました。あなたのことを。隣で肩を並べられることを夢見ていましたの……」
「クロムカ……」
ザルソバはもう一度クロムカと口づけを交わすと、床に組み敷いたままであったクロムカをお姫様だっこして寝室へと向かうと、やがて2人はお互いをむさぼりあいながら溶けあうように抱き合ったのであった。
******
──それから何時間経っただろうか。
一糸も纏わぬ状態でぐったりとした様子で汗ばんだ体をベッドに投げだしたままのザルソバは、隣で同じように一糸も纏わずにザルソバに寄り添うようにして眠るクロムカを見やると……先程までの暗い表情はどこへやら、安堵と幸せで満ちたかわいらしい寝顔であった。
その顔を見て頬が緩んだザルソバは再び天井に視線を向け、この幸せな状況を再び噛みしめはじめた。
(あの時ネメさんが言っていた、漸く理解できた気がするよ……。
おそらくだが、クロムカを自身の手で殺めた事でクロムカへの気持ちをすっぱり清算してそのまま未来へ進み、幼なじみと結ばれる時間軸の自分とは別に、クロムカの事を諦めきれずに同じ時間軸をぐるぐる回り続けて、結果的に何度もクロムカを殺め続けてきた自分がいて……)
日中、クロムカを助けた後でネメから言われた『この世界は未来へと進む時間軸と何度も同じ時間軸を繰り返し続けている世界が同時に進行している世界』について、ザルソバは自分なりの解釈を始めた。
(そして今回……多分、ネメさんも言っていたようにミノリさんがいた事が理由だと思うけど……おそらく普段とは違う状況になった事でクロムカを殺めずに済んだからこそ、いつもならクロムカを殺めた時に断ち切って清算していたクロムカへの想いを、今回は全く精算できずにクロムカを意識し続けてこじらせすぎて、光フェチの幼なじみに愛想を尽かされた、と。
……となると、アイツにフラれたのは私の自業自得だったのかもしれないな。……だけど、私は全く後悔してないよ。だって、きっと元々私はこの道に進みたかったのだと思う。何故なら……)
そしてザルソバはもう一度横で眠るクロムカの頭を優しくなでると……、
「それほどに……私はクロムカの事を出逢った時から愛してしまっていたから」
ポツリと、幸せそうに目を細めながら呟いたのであった。
(……だけど明日、朝になったらまずは……)
しかし、ザルソバは朝になった事を考えだした途端、何故か先程までの幸せな表情から一転して表情を曇らせてしまったが……その理由は翌朝、すぐに判明するのである。




