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175. 16年と8ヶ月目⑥ 騒動と騒動。~モンスターを愛するということ~

 モンスター化してしまったクロムカを捕らえ、闘技場へ売り払おうとした男達の前に立ち塞がったのはミノリの次女であるネメ。

 しかしそれは独特なしゃべり方をする、温厚な普段のネメでは無く、この世界では本来既に倒されているはずのボスモンスター『闇の巫女ネメ』としてであった。


『闇の巫女ネメ』は中盤終わり頃に対峙するボスであるため、最強とまではいかないが、それでもキテタイハ周辺をうろつくような並の冒険者2人程度なら余裕で瞬殺できるほどの強さを誇っている。


「ひっ、なんだこいつ!?」

「やべぇ、絶対やべえって!!」


 ネメから発せられる圧倒的覇者のオーラに呑まれ、胸中に突如湧き出した『死に対する恐怖』によって腰を抜かしたようにその場に座り込む男達。


「今すぐその麻袋を置いていけ。そうすれば命は助けてやる」


「わ、わかりました!! なのでどうか命だけは……!!」

「あわわなんまいだなんまいだ……」


 クロムカが入っているとおぼしき麻袋をほっぽり出すと男達はすたこら逃げ出そうとしたが……。


「待て。まだ話はある」

「ひぃぃ!!」

「すみませんもうしないので許してください!!しにたくないしにたくない……」


 失禁しそうな勢いの男達にゆっくりと近づく『闇の巫女ネメ』は、懐から小袋を取り出し、それを男達の前に放り投げた。


「これは口止め料。このモンスターを売り払ったぐらいのお金は入っているからそれを持ってとっととこの場から失せろ。だけど今日見たことは誰にも話してはいけない。もしも話したのなら……お前達と家族全員の命は無い」


「わ、わかりました!!!」

「あばばば・・・!!」


 男達は小袋を拾い上げるとそのまま全速力でどこかへと逃げ出してしまった。

 最終的に男達の下半身、特に股の辺りが濡れていたように見えたが多分、目の錯覚だとネメは判断し、男達の姿が視界から消えたのを確認してからシャルの方を振り返った。


「……とりあえずよし。シャル、麻袋を確認して」

「は、はい! あ、やっぱりクロムカさんでした!! 大怪我と麻痺によって動けないみたいですし、気も失っていますが命に別状は無さそうです」


「そう、よかった……。それじゃ私が回復魔法と状態異常を直す魔法をかけるから細かい治療はシャルに任せた。多分今のシャルではクロムカに回復魔法をかけるのはもう無理だろうから回復薬や包帯とかで」

「は、はい!」


「それでザルソバ……」

「……」


 そしてクロムカを救出することができたネメは、自身の仲間フラグをオフ、つまりボスモンスターである『闇の巫女ネメ』状態のままザルソバに話しかけた。その目つきは普段の無表情でありながら優しさがこめられた瞳とは異なり、ハイライトの無い、全てのモノを凍てつかせるような氷のような眼差しであった。

 ……なお、ネメの後方で『あぁ、それにしても普段の優しいネメお嬢様も素敵ですけれど、さっきまでの、人間に対してゴミを見るような冷たい眼差しを向けていたネメお嬢様も素敵でした……』とか酔狂な事をぬかすウツケ者が一人いるが今はそれについては触れないでおこう。


 かつてザルソバが倒してきた数多のモンスターとは比べものにならない程の威圧感を放つネメ。本来のラスボスである『闇に塗り替える者』となってしまうリラともザルソバは戦う機会が無かったため、ザルソバはまるでネメが本気を出せばこの世界を滅ぼすくらいわけないという恐怖感をひしひしと感じ、思わず顔も(こわ)ばってしまっていた。


「……ザルソバは以前モンスター図鑑を持っていたから私の正体が何なのかわかるはず」

「あぁ、わかるが……まさかネメさん、君が闇の巫女ネメだったのか……」


「そう。ザルソバは以前おかあさんに、過去に出現した伝説のモンスターだと言ったみたいだけど実際は違う。この世界は未来へと進む時間軸と何度も同じ時間軸を繰り返し続けている世界が同時に進行している世界で、本来の私とトーイラはそのうち繰り返される方の時間軸に永遠に捉われつづけて、私は『闇の巫女ネメ』としてザルソバに何度も、何度も、何度も討伐されるはずだった存在。

 だけどこの世界に突然舞い降りたイレギュラーな存在であるおかあさんがそれを良しとせずに私とトーイラを保護してくれたおかげで、私とトーイラはその時間軸から外れてこうして平和に過ごしていられる」


 そこまで話したネメがふとザルソバの手に視線を向けてみると……無意識なのであろうが、彼女の手は剣のを握りしめていた。


 まるでいつでもネメと戦う事ができるよう準備しているかのように思え、ネメはそれを理解した瞬間、とてもがっかりしてしまった。


(……ちゃんと交流してそれなりに親睦があると思ったのに。おかあさんに接近しようとしたのは腹が立つけれど、それなりにいいやつだと思っていたのに……。

 私と同じモンスターを愛してしまった人間で、モンスターとか人間だとか関係なく対等に扱う人間だと思っていたのに……)


 ネメがモンスター図鑑に載る存在だと気づいた途端、(てのひら)を返したような反応を見せたことに対し、ネメは『ザルソバも結局は人間やモンスターという垣根に関係なく親しくなれる道よりも世界の常識や道理から外れない道を選ぶつまらない存在』なのだと思ってしまったのだ。


「……ザルソバ、私にはザルソバと敵対する意思は無い。だから剣を握るのはやめて欲しい」

「あ……す、すまない……。折角クロムカを助けてくれた恩人だというのに失礼すぎる態度を……」


 ネメはがっかりした心境のままであったがそれでも平静を装いながら、ザルソバにそう告げると、やはり無意識に剣のを握っていたようでネメの指摘を受けてすぐにから手を離し、謝罪した。しかし、もう……ネメにはそれすらどうでもよかった。


「気にしていない。ザルソバが『道』を外れたくないのがそれだけでわかったから」

「道……?」


 ネメが発した言葉にザルソバは疑問を覚えたらしいが、ネメはそれには答えずに、言葉を続けた。


「ザルソバ、これは人間側にもモンスター側にもなれる私から忠告なのでしっかり聞いてほしい」

「……わかった」


 真剣な眼差しでネメを見るザルソバ。それから(しばら)くしてネメはゆっくりと喋り始めた。


「……モンスターや魔物というのは人間からすれば駆除や討伐の対象。そのくくりに入る者を家族として大切にしたり、嫁として愛したりするという事はその子を守るために人間と対峙し、敵対する覚悟も辞さないという事。

 私やトーイラが常におかあさんやシャルやリラから離れないように近くにいたのはそれが理由。一瞬でも目を離してしまったらその隙に殺されてしまう可能性が常にあるから。

 私とトーイラは同族であるはずの人間に捨てられたけど、当時はまだモンスターという扱いだったおかあさんが保護してずっと育ててくれた。おかあさんからの愛情をいっぱい受けて育った私たちは、その頃からおかあさんだけでなく家族を守るためなら人間と敵対する覚悟がとっくにあった」


 キテタイハの町で奴隷のように働かされていたトーイラとネメでさえもモンスターは人間の敵であり、退治しなければならない存在であるということを知っていた。しかしそれでも2人はモンスターであるミノリの優しさに触れ、そしてずっと大切に育ててもらえたからこそ、同族である人間に対してでも敵対し、場合によっては命を奪う覚悟を持っている。

 だからこそ2人はミノリに保護されてから8年経った時に、自分たちが人間の敵と見做(みな)されて逆に危険な目に遭う可能性がある事をわかっていながら、襲われたミノリを救出したのだ。それだけ2人のミノリへの愛情は途轍(とてつ)もないものであった。


「そのせいで私とトーイラは、おかあさんから愛が重いと思われているけどこればかりは仕方ない。油断していると私たちの手からおかあさんたちの命は簡単にこぼれ落ちてしまうから。

 ……ザルソバはどう? 人間の英雄としてたたえられているザルソバは、モンスターになってしまったクロムカを守るために人間と敵対できる?

 その栄光や名誉を捨てて私たちのような茨の道を進む覚悟がないのならお互いが傷付き合い、最終的にどちらも破滅するだけ。

 できないのならすぐにやめた方が賢い選択だしその選択を選んでしまっても私は責めない。クロムカの事は私たちが家族の一員としてちゃんと保護するからザルソバは『人間の英雄』としてちやほやされるだけの人生を一人歩んでいけばいいだけ」



「……」


 ネメの忠告に対して何も答えることが出来ないザルソバ。


 ネメ達の覚悟の重さと比べて、自分の覚悟の無さをまざまざと突きつけられてしまったのだから。


 そしてその態度を見てネメはもうこれ以上ザルソバと話しても無駄だと判断してしまったのか、【デバッグモード】内の仲間フラグを切り替えて『闇の巫女ネメ』からいつものネメに戻ると、シャルに抱きかかえられていたクロムカの元へ近づき、お姫様抱っこのようにクロムカを抱き上げた。


「……何も答えられないのならザルソバは人間の英雄としての地位にずっとしがみついたままでいたいと私は判断して、クロムカを私たちの元で保護する事にする。

 おかあさんはクロムカの事を妹として扱いたいと思っているようだし、私とシャルも親近感を覚えている、それにノゾミもペットにしたいと思っているようだから悪いようには絶対にならない。……シャル、もう行こう。これ以上ザルソバと話をしても無駄」

「は、はい。ネメお嬢様……」


 そう言いながら、ネメはクロムカを抱きかかえると、ザルソバに背を向けてシャルと共に森に向かって歩き出した……が。


「……待ってくれ! ネメさん、シャルさん!!」


 ザルソバが2人を引き留めた。


 その声に振り向いたネメとシャルが見たのは、先程までの迷ったような目ではなく、自分の決意と覚悟をしっかり灯した強い瞳を持つザルソバの姿であった。


「……確かに、ネメさん、あなたの言う通りだ。私は英雄とたたえられているくせに、その立場を捨ててでもクロムカを助けようと動くことすらできなかったつまらない存在だ。

 ……しかし、クロムカの事を想う気持ちだけは本物で私はクロムカとこんな形で決別なんてしたくない。だから……もう一度だけチャンスをくれないだろうか。

 私はもう愛してしまった人を『この手で何千何万回も殺し続けたくないんだ!!』……あれ……今考えていた事とは違う言葉が……」


「……なるほど、ザルソバも無意識のうちに気づいていたのか」

「無意識……?」


 ザルソバにはネメの『無意識のうちに』という言葉の意味を読み取ることが出来なかったようだが、この世界が何万回も繰り返される箱庭のようなものだとミノリや並行世界のもう一人の自分こと通称『黒ネメ』から教わっていたネメは、今のザルソバの発言で気がついた。


 ネメがゲームのプレイヤーによって何千、何万回も殺され続けてきた事を知ったように、ザルソバもゲームのプレイヤーの意のままに、何千、何万回も愛したクロムカを殺し続けてきた事を無意識のうちに理解していた事を。


 そして今、ザルソバはその状態から脱却して、たとえ茨の道であってもクロムカを殺さずに、そして、クロムカと一緒に歩む道を選びたいと無意識のうちにそう思い、自分にそう告げたのだと判断したネメはザルソバの元へ再び近づくと、お姫様抱っこをしていたクロムカをザルソバの手に渡しながら伝えた。


「……クロムカの事をもう一度ザルソバに預ける。一日考える時間を与えるから、それまでに決めておいて。あと、最後に一言……ザルソバは英雄だとか以前に、愛した人がどんな境遇にあろうと、守るために一緒になって抗う事が出来るはずの人間。だから自分の気持ちに素直になってもいい」


 先程の冷たい表情から一転、和らげた表情でネメはそう言い終えると、シャルと共に森の方へと引き返していった。


「自分の気持ち……か……」


 その場に残されたザルソバは、クロムカを抱きかかえたまま、誰にともなくポツリとつぶやいた。


(……ザルソバさま……)


……そして、実は先程から意識を取り戻していたクロムカが、黙って2人の話に耳を傾け、ある決意をしていたことなど気づきもせずに。



 ******



──そしてこちらは自宅がある森の中まで先に戻ってきたネメとシャル。ザルソバが急いで戻ってきたとしても確実に視界にも耳にも入らない距離まで辿り着いたと判断したらしいネメが突然地面をごろごろ転がりだしてしまった。


「あぁああぁぁぁああああぁぁああぁぁああぁぁ」


「ネメお嬢様どうしたんですか!?」

「やってしまったやってしまった……、あんなにきつく言うつもりは無かったのに口下手な自分が憎い…」


 地面を転がりながら頭を抱えているネメ。


 どうやらネメ本人としてはもう少し柔らかく言うつもりだったようだが、シャルが同じ事をされた場合平然としていられるかと考えたら勿論(もちろん)出来るはずもなく、衝動を抑えきれなくなってしまったらしい。


「大丈夫ですよネメお嬢様……。ザルソバさんならわかってくれたと思いますから」

「だといいけど……とりあえずうちでクロムカを保護する可能性も頭に入れておこう」

「そうですね、それとお姉様にも相談を……」



 これが、ノゾミがこの世界から消えている間に起こっていたもう一つの騒動で、それを聞いたミノリは抱えていた頭をさらに抱え込んでしまったのであった。



 ちなみに、男達の本来の目的はクロムカではなく、前キテタイハ町長の恨みを買っていたミノリであり、ミノリを駆除する事こそが真の目的だったのだが……誰もその事には気づかず、闘技場に売り払うモンスターを探していたらクロムカを見つけて連れ去ろうとした騒動だとしか思わなかったのであった。


 それが今回の騒動の真相だと、もしもネメやトーイラが知ってしまったら……この程度で収まらず前町長が滞在しているどこかの村ごと消失する事態となっていたかもしれない。



……知らぬが仏なり。


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