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174. 16年と8ヶ月目⑤ 騒動と騒動。~君臨~

「あれ? ネメお嬢様見てください。森近くの草原を私たちやザルソバさんじゃない人たちが歩いていますよ。珍しいですよね」


 買い出しから帰ってくる途中だったネメとシャル。キテタイハの町並みが見えてきたのでそろそろ自分たちの家がある森に着きそうだと考えたシャルが下の様子を確認してみたところ、足下に広がる草原を誰かが歩く姿が目に入ったようだ。


「確かに。キテタイハの住民は私達が住む森を神聖視してるからか滅多なことでは近寄らないはず。だからあれは遠くから来た冒険者か何かだと思う」


 キテタイハの住民は町長であるハタメ・イーワックの洗脳……げふんげふん、『教育』のおかげで基本的にミノリ達の住む森はおろか、近くに広がる草原に近寄ることすらしない。

 その為、たまたま立ち寄った冒険者が迷い込んだだけだろうと考えたネメがそう答えると、シャルもその言葉に合点がいったようで、それに相槌をするように再び言葉を返したのだが……。


「なるほど。ということは狩りでもしていたんでしょうか。大きな麻袋を担いでいますし」

「麻袋? ……何か嫌な予感がする」


 その冒険者と推測される者たちが大きな麻袋を担いでいると聞いた途端、ネメは自分たちにとって不都合な事が起きている可能性を瞬時に察し、眉間に皺を寄せた。


 彼らが担いでいるのはシャルが言うように、狩りをしたウマミニクジルボアをはじめとしたこの辺りに生息しているモンスターなのかもしれないし、それこそただ単に大きな荷物を運んでいるだけかもしれない。


 しかし、最悪の事態が起きている可能性……この場合、ミノリを始めとした自分の家族たちに危害、例えば誘拐や拉致といった事が及んでしまっている可能性も否めないのだ。

 そして現在ネメ達がいる位置からでは遠くてネメの視界にうっすら見える【ゲームウインドウ】にも名前が表示されておらず、すぐに確認を取ることが出来ない。


「……索敵魔法」


 その為ネメは箒に乗ったまま索敵魔法を唱えてとりあえず麻袋の中が人間かモンスターかそれ以外だけでも見極める事にした。すると……。


「……モンスターの反応」


 麻袋の中身から返ってきたのはモンスターを示す反応。人間もモンスターも死んでしまうと反応が一切返ってこなくなるため、麻袋の中の詳細まではわからないが、少なくともモンスターの生体である事だけは確認できた。


 そこでこの次に問題となるのは、中身が何なのかである。


「おかあさんもリラも今ではモンスターとは判定されないし、ノゾミはそもそも全く反応しないから違うはず。となると……」


 元々没仲間キャラをザコモンスターへ流用した存在であるミノリは運よく残っていた仲間キャラのフラグを切り替える事が出来た為に、今ではモンスターとして判定されることはない。

 ザルソバの件で一時的にフラグをはずした事はあったが、それ以降仲間フラグをネメは一度もはずしていないので、ミノリが再びモンスター扱いになる可能性はまず有り得ない。


 リラもまた、【ゲームウインドウ】の【敵一覧】から名前が消えて以降はモンスターの判定を受けることが無かったし、ノゾミはそもそも何故か索敵魔法で感知されない。


 そうなるとこの辺りに棲息する野良モンスターが麻袋の中に入っている可能性が一番高い事になるのだが……もう一人だけ、ミノリ達の関係者の中にモンスターと見なされ、その反応が返ってきてしまう可能性がある者がいる。


「……クロムカかもしれない」

「え!? だとするとまずいじゃないですか!!」


 ネメが緊張した面持ちでつぶやくと、それを聞いたシャルも慌てたように声をあげた。


「あの歩く速度ならクロムカがちゃんとザルソバの元にいるか確認してからすぐ戻っても追いつける早さ。まずはザルソバの元へ行ってクロムカの安否確認をしてからでも遅くはない」

「そうですね、ネメお嬢様……でも急ぎましょう!」

「了」


 ……かつてミノリが襲われた時に感じた嫌な予感を、再び感じはじめたネメは表面上は落ち着いた表情で、しかし内心では非常に焦りながらシャルと共にザルソバが住む小屋へと箒を飛ばしたのであった。



 ******



──数分後、ザルソバが住む小屋近くにネメとシャルが降り立つと、誰かを待っているかのように辺りをうろうろしているザルソバの姿がネメ達の視界に入った。


「ザルソバ、何を捜索中?」


 駆け寄ったネメがザルソバに尋ねると、少し困った様子をしたザルソバはそれに答えたのだが……。


「あ、ネメさんにシャルさん、すまない。クロムカを見なかったか? 実は買い出しに行ったきり戻ってこないんだ。すぐに戻ってくると言っていたはずなんだが……」


 クロムカは出かけてまだ帰ってきていないという回答と、ザルソバがここにいるという状況。

 それらによって、現時点で考えられる最悪な状況にクロムカが置かれている可能性が非常に高いとネメとシャルはすぐに理解してしまった。


「……悪い予感が当たった……」

「え、ネメさん、それは一体どういう……?」


 頭を抱えてしまうネメと、それとは対照的によくわからないという顔をするザルソバ。


「なんでクロムカさんを一人で行かせたんですかザルソバさん!!」


 今もまだこの事態を飲み込めていないザルソバに対して苛立いらだちを募らせてしまったのか、シャルが激昂げきこうしながらザルソバへ詰め寄った。


「え、待ってくれシャルさん。普段なら私も行くんだが、今日はクロムカが一人で良いからって……」

「あなたは絶対にクロムカさんの側を離れちゃダメなんですよ! あなたにとってクロムカさんはその程度の存在なんですか!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれないかシャルさん、なんでそんなに怒っているのか私にはサッパリなのだが……」


 ここまでシャルが激怒するのも珍しいが……モンスターであり、人間に襲われた過去もあるシャルの心情を考えればそれも仕方ないことなのかもしれない。


「シャル、気持ちはわかるけど落ち着いて。事情を説明しないと伝わらない」

「あ……ごめんなさい、取り乱しました……。……まだ私たちの予想の段階ですが、クロムカさんは人間に襲われて捕まってしまった可能性があります。その場合、急いで救出しないと命の保証はないです」


「!? ど、どういうことなんだ2人とも!」


 クロムカの身に危機が及んでいると言われ、慌てるザルソバ。


「……私たちもそれが当たり前の事すぎて、慣れていなかったザルソバへの配慮が足りなかったのかもしれない。

 モンスターが人間を本能で襲うように、人間もモンスターを見かけたら駆除しようと攻撃を仕掛けるもの。キテタイハはおかあさんのおかげで自由に入れるようになったけど、それはあくまで町としてだけ。町には当然よそからも人が訪れる。

 キテタイハの町中ならよそ者にモンスターだとバレても周りの人が止めてくれるけど、町に入っていない時によそ者に遭遇してモンスターだとバレてしまうと、敵と判断されてすぐに殺されてしまう可能性が常にある。

 だから常に守るように一緒に行動するのが基本で、私が買い出しに行く時シャルと片時も離れないようにしていたのはそれが理由」


 ネメがそう話すように、シャルは常にネメと行動を共にしている。まれにネメがシャルに同行できない時があっても、その場合はトーイラやミノリがシャルと共に行動してシャルに単独行動を絶対させないようみんなで配慮しているのだ。


 そしてクロムカも言ってしまえばシャルと同じ立場に置かれている。だというのにザルソバがクロムカを一人で買い物に行かせたということは『クロムカが途中で人間に殺されてしまっても別に構わない』と言って見捨てたようなものだとシャルは感じてしまい、そのせいでシャルはザルソバに対してつい心火しんかを燃やしてしまったのだ。


「!! そ、そうか……しまった。私としたことが……」


 そこまで聞いてザルソバもようやくく事の重大さを理解し、血の気が引いたように顔を蒼くさせた。


「となるとやっぱりさっきの麻袋を担いだ人たち……怪しいですよね」

「クロムカを連行した可能性極めて濃厚、いざ急行」


 先程見かけた男達がクロムカに連れ去られたと断定したネメとシャルはほうきまたがって、急いで先程の場所へ向かおうとすると……。


「ま、待ってくれ、2人とも! 私も連れて行ってくれ!! これは私の責任だ……私がなんとかしないと……クロムカに顔向けできない!!」


 ザルソバが一緒に連れて行ってほしいと申し出たのだ。


「……わかった。ザルソバはワタシの後ろに乗って。乗ったらすぐに飛ぶ」

「かたじけない、ネメさん……!」


 ザルソバの熱意を感じたネメは、ザルソバを箒の後ろに乗せると男達を見かけた場所まで飛び立ったのであった。



 ******



──数分後、上空から先程までの場所に戻ってきたネメたち3人は早速先程見かけた麻袋を担いだ男たちの行方を探し始めた。


「シャル、そっちの方にさっきの男たちの有無は?」

「えっと……あ、いました! よかった、まだそんなに移動してなかったです」


 シャルが麻袋をかついだ冒険者風の男達を見つけると、それを確認したネメも急いでその男達の近くへと降り立った。


 そして近くに来てやっと視界にうっすらと表示された【ゲームウインドウ】の【敵一覧】に示された、クロムカの現在の種族名である『死霊使い』の文字。

 やはり麻袋に入れられていたのはクロムカでほぼ間違いないようだ。


「やっぱりクロムカだった」

「そうか……ネメさん、シャルさん。まずは私にやらせてくれないか」

「……わかった。でもダメだと私が判断した時点で私がクロムカを助けるから」


 ほんの少しだけ逡巡しゅんじゅんしたネメだったが、ザルソバにまずは任せてみようと判断し、クロムカの救出を彼女に一任すると、ザルソバはすぐにクロムカを救出しようと男達を呼び止めた。


「ちょっと待ってくれ、君たち」

「!?……だ、誰だお前!? いつの間にそこにいたんだ!?」


 まさか自分たちの真上に先程からザルソバたちがいたとは思ってもいなかった男達は突然背後に現れたザルソバたちに驚き、その場で後ずさった。


「実は今、人を探していて……金色の髪をした女性なんだが、私の友人なんだ。申し訳ないがその麻袋の中を確認させてくれないか?」


 ザルソバは穏便に済まそうと男達にそう呼びかけたが、男達は『金髪の女性』という言葉を耳にした途端、態度を激変させた。


「何言ってるんだ、イヤに決まっているだろ! 第一この袋に入ってるのは人間じゃねえ、モンスターだ!」

「いや……その、私の友人は、モンスターなんだ……だから中を見せてほしいんだ」


 ザルソバはそう説明して、なんとか袋の中を見せてもらおうとしたが男達は態度をますます硬化させてしまった。


「はぁ? モンスターと友人だぁ? 何を言ってるんだお前は。モンスターなんかが人間が友達ごっこなんてできるわけないだろうに」

「確かにこの中はお前が言うように金髪の人間型のメスモンスターが入っているさ。でもそれを聞いたらお前もわかるだろうよ、人間型のメスモンスターは一匹でも闘技場に売り払う事ができたら莫大な金が手に入るって事をよ。

 そんな金のなる木をうっかり他人に見せてみろ、強奪する可能性だって充分考えられるだろう。これはもう俺たちのもんで中を見せる気も無い。わかったらとっとと失せろ」


 拒絶された挙句あげく次々と男達から罵声ばせいを浴びせられるザルソバ。麻袋に入れられているのはクロムカで間違いないようだが、如何(いか)にしてクロムカを助け出すかが全く決まらない。

 それでもなんとか男達と交渉を試みているが先程からとりつく島も無い状況だ。


「いや、しかし……それでは困るんだ……」


 ザルソバの発言が段々しどろもどろになっていくが、それもまた仕方の無いことであった。


 なにせこの世界は、たとえ容姿は人間に近かろうとモンスターは人間とは相容あいいれない存在と見なされていて、討伐や駆除、闘技場での見世物などに使われるのが一般的である為、男達の発言の方が理に適っている。


 ザルソバの発言はこの世界ではかなり異質なものであり、人間とモンスターや魔物といった本来ならば相容あいいれぬ存在同志で仲睦まじく暮らしているミノリ達こそ異端中の異端なのだ。


 そういった世間の事情もわかっていたザルソバは二の句を継げなくなってしまった。


 さらに、ザルソバにとってもよくない事が続く。


「なんかお前見たことあんな……あ、そうだ!

 確かお前この世界を救った英雄だとか持てはやされていた女だよな? それがなんでモンスターの肩を持つんだ?

「それともなんだ? 英雄がモンスターを助けようとトンチキな思想の為に人間に危害を食わえるというのか? 英雄が犯罪者になるってのか?」

「……それは……」


 ……ザルソバはそれ以上何も言い返せなかった。


 道理としても男達の方に分があり、元は確かに人間でも今ではモンスターと見なされてしまうクロムカをわざわざ助けたいという考えなど、世間的には正気の沙汰ではない発言なのだから。


 そのせいでザルソバは男たちに頭がおかしくなった者と思われてしまったようで……、


「世界を救った英雄だとか言ってもおかしくなっちゃどうしようもねぇなぁ。おい、もうこいつなんか放っといて、とっとと行こうぜ」

「そうだな。これ以上は時間の無駄だもんな」


「さぁて、こいつを売っぱらっちまえば暫く遊んで暮らせるぞ! それじゃあな、頭のおかしくなった英雄さん」

「へへへ、それにこいつ結構美形だったから今日の夜は()()()()()()楽しめそうで……」


 男達はそこまで言うとザルソバたちに背を向けて去って行く。


「あ……」


 だというのにザルソバは彼らを止めようとはしない。男達が人間である以上、ザルソバは犯罪になる事をおそれ、迂闊に剣の矛先を向けることもできない。その為、クロムカを助ける事すらできない。結果としてザルソバは、自分の気持ちを貫けずに『世間の目』の方を選んでしまったのだ。


「……」


 握り拳を作ったままその場から黙って動けなくなってしまったザルソバ。


 人間とモンスターが心を通わせられる、それは先程の男達が言うように、ただの幻想なのかもしれないと、ザルソバがクロムカを助け出すことをあきらめかけたその時であった。


「……ネメお嬢様……やっぱりザルソバさんではダメみたいです」

「……やっぱりか。それなら私がやるまで。どいてザルソバ」


 シャルとネメは黙って事の成り行きを見守っていたのだが、ザルソバではこれ以上どうする事もできないと判断すると、ネメは即座に動き出して男達に近づき、急いで声を掛けた。しかし……。


「おい、お前達……待て」


 その声は普段のネメのものとは異なる、威圧感のあるものであった。



「なんだよ、しつけぇな。これ以上……ひぇっ!!」

「な、な、な、なんだよいこいつ!!?」


 再び呼び止められた男達が面倒くさそうに振り返って、ザルソバとは違う声の主に苛立いらだちながら視線を向けたのだが……自分たちを呼び止めた者の姿を見た瞬間、顔色を一瞬で真っ青にさせた。


 なにせそこにいたのは、この辺りの……どころか、並の冒険者では絶対に太刀打ちできない邪悪なオーラを振りまく存在だったのだから。


「ネメさん、そんな……まさか君は……」


 そしてザルソバはそれが何者なのかすぐに気がついてしまったようだ。

 ザルソバがかつて所持していたモンスター図鑑、その項目に記載されていたものの見かけたことが無かったため、過去に存在した伝説のモンスターだとばかり思っていた存在。

 その正体がまさに知人だった事に驚き、ザルソバは目をみはった。


 そのモンスターの名は……『闇の巫女ネメ』


 かつてシャルやミノリが襲われた際に助ける為にそうしたように、今回もクロムカを助ける為にネメは自分の仲間フラグを切り替えて、ボスモンスター『闇の巫女ネメ』として男達の前に君臨したのだ。


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