172. 16年と8ヶ月目③ 騒動と騒動。~つじつま合わせ~
「どうしようこれ本当に……」
『ドロンと消える忍術』を漸く習得できたものの、その術によって一時的にこの世界から姿を消していたノゾミが無事帰ってきた事に安堵したミノリは、今日はもう休みたいという気持ちでいっぱいになり、ノゾミを連れて自宅へと戻ってきていた。
しかし、ノゾミの帰還はミノリに安堵を齎したともに、考えなければならない新たな問題の種もミノリに植え付けてしまった。
なにせノゾミがどこからか持ち帰ってきたのはこの世界にあるはずのない、ゲーム雑誌、それも最新と思しきものだったのだから。
「えーと私が死んだのは16年前だから……うん、時間軸がずれているみたいな事は無さそうだから最新の雑誌で間違いないんだよなぁ。……元号が知らないのになってるけど」
一時は文字に関する記憶がかなりあいまいになっていたものの『前世のミノリ命名:ザルソバ事件』以降、完璧に前世で使用していた文字を思い出したミノリが雑誌に書かれた奥付を見てみると、ミノリが死んだ西暦とこの世界で生きた16年を足した数字と同じで、向こうの世界と大体同じ速度で進んでいるのはわかる。
「どうしよう……向こうの世界のこと、知りたくないわけじゃないから興味はあるんだけどやっぱり……よし!覚悟を決めて中を見よう!!」
自分が死んでから向こうの世界で何があったのか……特にゲーム方面で。ミノリは好奇心を抑えられず、ある意味怖い物見たさでゲーム雑誌の表紙をめくり、中を確認する事にした。
「え、あの配管工ヒゲオジサンもピンクゲテモノグイもまだ新作出てるんだ……うわ、グラフィックがすごく綺麗!!そっか、新しいゲーム機ってこんな感じなんだね。うわぁすごい……」
自分が死んでから16年後のゲーム雑誌を1ページ、また1ページとめくり、その度に感動の声をあげていたミノリだったが……あるページを開いた瞬間、ミノリの手がピタリと止まってしまった。
「……え!? 続編出るの!? 16年以上も経ってから!?」
ミノリが思わず驚きの声をあげたのは、ミノリの転生先であるこのゲームにまさかの続編が出るという旨が書かれた特集ページであった。人気もあれば続編も出る事が多いので普通ならそこまで驚くはずがないのだがミノリがやけに驚いたのには理由がある。
なにせこのゲームは、発売当時『別にそんなに流行ったわけでも大ヒットというわけでもないけれど、それなりに売れたので採算は取れただろう』というラインにあったソフトで、その当時から続編が出るのは絶望的だろうという声が聞かれていた。
しかし、今ミノリが開いたそのページにはハッキリと『続編』と書かれていたのだ。
「なになに……『配信のおかげでその人気に突如火がつき、続編を望む声が殺到。それに答えて制作会社が当時の構想を元に16年の時を経てまさかの続編を発表』……!?」
さらにページを繙いていくミノリ。続編の舞台や時代設定が気になったため目をこらしてその特集ページの隅から隅までじっくり、脳内でそれらを整理するように読んでいたのだが……あるページを開いた瞬間、ミノリの手が止まり、書いている内容に釘付けになってしまった。
それは続編に登場する主人公を始めとしたメインキャラ達を紹介するページで……その中の一人がミノリがよく知る人物だったからだ。
「……ノゾミがメインキャラ!?」
思わず小さく叫んでしまったミノリは、再びそのページを食い入るように眺めた。
「えっと、『ノゾミ・オンデューカ、17歳。主人公と仲の良い幼なじみで、主人公と同じ女神の森に住み、忍術という不思議な術をあやつる寡黙な少女。幼い頃に異世界から迷い込んでしまった所を、女神の森の住民たちが保護し、森の一員として大切に育て上げた。魔物を使役する不思議な力も擁する』と……ん?」
ミノリは『女神の森』だとか『忍術』だとか『魔物を使役する不思議な力』など、色々気になるワードがあるなかで明らに今のノゾミと矛盾する箇所がある事に気がついた。
「待って、なんでノゾミが異世界から来たことになってるの? ノゾミは元々この世界の生まれだからここだけ特におかしい……って。あ、もしかしてさっきの!?」
ノゾミは先程まで一時的にだが『ドロンと消える術』で向こうの……転生前のミノリが生きてきた世界へ行っていた。そのタイミングでどうやらこの世界の根幹とも呼ぶべき部分が『異世界にいる』『忍術を使う』『ノゾミという名の少女』を選定して、その設定と最も整合が取れる最適解の少女としてたまたま異世界──ミノリが転生前に住んでいた世界に一瞬だけ滞在していたノゾミを選出して、この世界へ連れてきたと考えれば、この条件と一応合致する事になる。
結果的にノゾミの立場で考えると『ただ行って帰ってきた』だけなのである意味『産地偽装状態』なのだが、もしこのミノリの推測が正しければ、少なくとも表面上矛盾することはない。
その上で、もしもあの時ノゾミが『ドロンと消える術』を使って向こうの世界へ渡っていなかったら、別の誰かがこの世界に連れてこられてしまった可能性もあった……と考えるとかなり恐ろしいことになる。
それに気づいたミノリは一人、顔を青ざめさせた。
「怖っ……これノゾミじゃなかったら行方不明事件じゃん! 神隠しじゃん!!
ま、まぁ……でもそこはなんとかなったみたいだから良しとしよう……そう思わないとちょっとやってられない……。そしてそれと同じぐらい気がかりなのはこっちの子なんだよなぁ……」
結果オーライということにしてミノリはもう一つの問題について考え始めた。なお、ノゾミの説明書きに『寡黙な』という今のノゾミとは全く異なる記述も存在したが将来的にはそうなる可能性もあるという淡い期待があったので、ミノリは敢えてそこには触れない。
そして続編開始時にノゾミが住んでいるらしい『女神の森』という場所についても、ミノリは何故か微妙に触れたくない気持ちでいっぱいになってしまったため、やはりそれも見なかったことにした。
それは兎も角として、ミノリにとってのもう一つの問題、それは続編で一番の重要人物である主人公についてだ。
「えっと、続編の主人公……は前作主人公、つまりザルソバさんの娘でノゾミとは2つ違いの光属性。
……これ本当にどうしたらいいんだろう。ザルソバさんは誰かと結婚して子供を成さないといけないんだけど、本来光属性のザルソバさんは光の祝福を与えられなかった関係で土属性のままで……相手が光属性じゃないと続編に繋がらない……。
クロムカさんと仲が良いけれどまだそういう関係ではなさそうだし、そもそもモンスター化しているとはいえ、人間のクロムカさんは子供をザルソバさんと作れるの? というか死霊使いって闇属性だよね? どうしよう……これじゃつじつまが合わなくなっちゃう……」
シャルのように属性を瞬時に判断できる術を持たないミノリは、クロムカがまだ光属性である事を知らない。モンスター化しても肉体は人間のままなのか、それとも肉体も完全にモンスターに変化したのかはまだわからないが、後者である場合、シャルと同様に女性同士でも子供を作ることができる可能性があり、さらに光属性の子供が生まれる可能性は十分にある。
まだ綱渡りの状態だが、ギリギリつじつまを合わせられる可能性がある状況にミノリは置かれていたのだが……その事を知らないミノリは一人、どうすれば今の状況から続編につじつまを合わせればいいのか、頭を抱えたのであった。
……そして、騒動というのはまるで連鎖するかのように次から次へとやってくるもので……。
ミノリが頭を抱えていると、玄関の方から物音がする。
どうやら買い出しに行っていたネメとシャルが帰ってきたようだが……その事で何故かトーイラがミノリを呼びに来た。
「ママ、今大丈夫? ネメとシャルさんが帰ってきたんだけど……ママにすぐに話さなくちゃいけないことがあるみたいだから来てほしいって」
「へ? うん、わかった。すぐ行くね」
トーイラから呼ばれたミノリは、ゲーム雑誌を引き出しにしまって、頭を切り替えて急いでネメとシャルの元へ向かうと、そこには何故か非常に暗い顔をした2人が佇んでいた。
「ど、どうしたの2人とも……なにかあったの?」
ミノリが恐る恐る声をかけたが2人とも暗い顔をしたままだ。しかし、話す決心がついたのかネメが重い口を開いた。
「……もしかしたらクロムカは今後うちで保護することになるかもしれない。そうなったら私のせい。おかあさんごめん」
「え? 一体どういうことなの? ……ザルソバさんとクロムカさんに何かあったの?」
「えっと、お姉様……実は……クロムカさんが人間に襲われて……」
「!?」
──ノゾミがいなくなっている間、ネメとシャルもまた、別の騒動に巻き込まれていたことをこの時ミノリは初めて知ったのであった。




