171. 16年と8ヶ月目② 騒動と騒動。~ノゾミの小さな冒険~
「やった! ドロンって消える術成功したよおばーちゃ……あれ?」
ミノリと一緒に『ドロンと消える術』を練習していたノゾミ。何十回、何百回と失敗し続けていてこれで最後にしようとしてそれがついに成功し、喜んですぐに大好きな祖母であるミノリに報告しようとしたノゾミだったのだが……そこにミノリの姿は無かった。
それどころか……周りを見回してみると先程までいた場所とは雰囲気が全く異なっており、ここがどこなのかすらさっぱりわからない。自分の家がある森の中なら見当はついたのだがここはいつもの森の中ですらないようで、少しだけ開けた場所に、たくさんの四角い灰色や黒い石が並んでいる不思議な場所だった。
少し離れた場所では、姉妹のような母娘のようなよくわからない3人組がその四角い石の前で何か楽しそうにおしゃべりしているのが見えたが、ノゾミが今いる位置からではその会話は遠くて聞こえない。
「どうしよう……ドロンって消える術使ったら知らない所に来ちゃった……急いで戻らないとおばーちゃん心配しちゃう!」
不安になったノゾミが急いで再び『ドロンと消える術』を使って戻ろうとしたのが……何も起きない。
「しまった……ノゾ、多分魔力使いすぎて術が使えなくなってる……。でも暫く待てば魔力が回復して術が使えるはずだから……」
どうやら術が失敗した時でも魔力だけはキッチリ消費されていたようで、最後の最後で成功した時点でノゾミは魔力が切れてしまったようだ。
しかしノゾミは魔法生物のような存在であるため、母親であるネメやシャル達が普段行っている睡眠を取ったり魔力回復薬を飲用したりするなどして魔力を回復する以方法外にも、空気中に含まれる僅かな魔力を体内に吸収する事で、他種族の者よりも早く魔力を回復する事ができるという種族特性を持っていた。
……しかし、どういう事なのだろう。ノゾミがいくら待ってみても魔力が回復する兆しが見えない。
「もしかしてここ魔力が無いの……? それでノゾは魔力を回復することもできないから術が使えなくなって……どうしよう、ノゾ、帰れない?」
そう思った途端、ノゾミは今いるこの場所がとても怖い場所に思えてならなくなり、急に心細くなってしまったのか瞳に涙を浮かべ始めた。
「やだ、こわいよ……ネメママ、シャルママどこ? ノゾ、ここだよ。おばーちゃん……こわいよ、むかえにきて……」
ノゾミが寂しそうに母親であるネメにシャル、そして祖母であるミノリの名を呼んでみるも、その呼びかけは空しく辺りに響くだけ。
そのせいで余計心細くなってしまったノゾミは誰でもいいから助けを求めようと周りを見回したが、さっきまで遠くの方にいた姉妹のような母娘のような女性達も用事が済んでしまったのかいつの間にか姿が見えなくなってしまっていた。
「ノゾ、ひとりぼっち……? やだ……やだ……ママ……おばーちゃん……ぐすっ……ぐすっ……」
ひとりぼっちである事に気づいたノゾミが、心細さに耐えかねて蹲るように四角い石の前に座って静かに泣きだしてしまうと……そんなノゾミに声をかける者が現れた。
「あら……お嬢ちゃん、こんなところでどうして泣いているの? お墓に一人で来ちゃって怖くなっちゃったの?」
優しくノゾミに語りかけた女性と思しきその声にノゾミが顔を上げると、そこには5,60代ぐらいの初老の女性が立っていた。
「お墓……? ここお墓なの?」
「そうよ、ここはお墓。……だけどお嬢ちゃんはどうしてこんな所に来ちゃったの? 一人で危ないわよ」
初老の女性が不思議そうに顔を傾げながらノゾミに優しく尋ねた。
「わかんない……。ドロンってしたらなんでかここに来ちゃった」
「え、えーと……つまり迷子……かしら?」
「ん……そうかも……」
「あら大変……どうしましょう、弱ったわねぇ……ちなみにあなた、自分のお名前わかる?」
「ノゾは、ノゾ。 オンヅカノゾミ」
ノゾミが初老の女性にそう名乗った途端、彼女は目を丸くした。
「まぁ……オンヅカ……私と同じ漢字なのかしら。だとするとこの辺りじゃ滅多にいない苗字なのに……偶然ってすごいわね」
「そうなの? ノゾよくわかんない……」
「でも困ったわ……。もしかしたらあなたの苗字から、誰それさんちの子ってわかるかもって思ったんだけど、私と同じ苗字……。
この辺りに私と同じ苗字の家は他には無かったはずだし、親戚が訪ねてきた様子も無かったから……。もう少し話を聞いて、ある程度情報がまとまってからおまわりさん……がいいのかしら」
このノゾミと名乗る不思議な少女に関するヒントがもう少しほしいと思ったらしい女性は少しでもそれを得るべくノゾミに色々尋ねだした。
「そういえばノゾミちゃんは何歳なの?」
「ノゾ? ノゾは1」
「い、いち?……あぁ、7……という事は7歳ね。……あの子が生きていたら……あなたぐらいの子供がいたのかもね」
初老の女性はノゾミが1歳と言ったのを単に自分の聞き間違いだと思ったらしく、ノゾミの事を7歳の子供だと判断したようだ。
確かにこれだけ体格のいい、受け答えもしっかりしている1歳児がいるとは普通思わないのでそれも仕方ないのかも知れないが……。
「それじゃノゾミちゃんは、おうちの人の名前はわかる?」
「んーと、ママの名前? それだったらノゾのママはネメとシャル……」
「ネメトシャル……あぁ、外国の方なのね。確かにそのピンクの髪が自毛なら……そうなるわよね。弱ったわ……ますますわからなくなったかもしれないわ……」
この初老の女性は『ネメトシャル』で一人の名前と思ってしまったようだが、まさかノゾミには母親が2人いるとは思うはずも無く……。
これはお手上げかも知れないと、初老の女性が黙ってしまうと……。
「あの……おばあちゃんはここ何しに来たの?」
先程から親身になって自分のことを助けようとしてくれていると感じたノゾミは、少し安心したのか、今度は逆にノゾミに方から初老の女性に聞きたかったことを尋ねた。
「あ、私? ……えっと、このお墓には私の娘の一人が眠っているの。もう17年近くになるのかしらね……。
土砂崩れで死ぬ直前までゲームをやっていたぐらいにゲームが好きだったから……こうしてお供えとしてゲーム雑誌を持ってきたのよ」
「そうなんだ。……ノゾのおばーちゃんと一緒だね。ノゾのおばーちゃんも巻き込まれて死んだって聞いたよ」
「そう……」
どうやら初老の女性はノゾミから返ってきたその言葉を聞いて、この少女も自分と同じ境遇なのだとわかり、共感したようだ。
その上、亡くなったその娘とノゾミの姿を重ねてしまったようで……うっすらと目尻に涙を浮かべてしまい、その姿を見たノゾミは慌てたように初老の女性へ尋ねた。
「どうしたのおばあちゃん、なんで泣いてるの……ノゾ、なにか悪い事した……?」
「あ、ごめんなさいノゾミちゃん。違うの。あなたを見ていたら、私の娘が小っちゃかった頃を思い出して……。
あの子ってば、森の中へ珍しいコウモリを探しに行くって妹を連れて山道に入っちゃったら、うっかり沢のぬかるみに足がハマって動けなくなって大泣きして助けを求めていたなんて事も……あはは……懐かしい……」
初老の女性は、ノゾミと出会った事でその亡くなった娘の想い出がフラッシュバックしたようで、涙をぬぐいながらノゾミにそう答えた。
「と、ごめんね。私の方が泣いちゃって……だけどあなたを見ているとまるで娘が帰ってきたみたい。……よかったらこの雑誌、あげるわね」
「? よくわかんないけどありがとおばあちゃん。 ……代わりにこのお人形一つあげるね、ノゾ、今これしか持っていないから……あ!!!」
そう言いながらノゾミはミノリを模した人形を女性に渡したのだが、その時ノゾミは気がついた。
「人形の中に魔力が溜まってる! そっか……おばーちゃんには魔力が無かったせいで今まで髪にも魔力が入ってなかったけど、人形になっておばーちゃんから分かれた髪が人形になった時におばーちゃんのよくわかんない魔力無し縛り体質から離れたから髪が魔力を満たそうとして空気の中にあった魔力を集めたのかも……やった、ノゾ、帰れるかも!!」
「え、マリョク? どういうことノゾミちゃん?」
帰れるかも知れないと気づいた途端すくっと立ち上がり、瞳を輝かせながらそう言ったノゾミに対して、一人混乱したような顔をする初老の女性。
しかしノゾミはその質問には答えず背負っていたもう一つの人形を抱きしめると、人形に溜まっていた魔力を吸収するようにしてノゾミの体内へと移動させ始めた。それだけミノリたちの元へ帰ることで頭がいっぱいだったのだ。
おそらく人形に含まれる魔力量で考えるとチャンスは一回だけだろうが、ノゾミは先程ドロンと消える術を成功させた。基本的に地頭が良いノゾミは一度成功したのならもう二度と失敗しない自信もある。
やがて、人形から魔力を移し終えると、魔力の無くなったミノリ人形をもう一度おんぶし直し、初老の女性に向かって大きく手を振った。それはノゾミなりの別れの合図だ。
「おばあちゃんありがと!! みんな待っているからノゾ行かなくちゃ! この本、ノゾよくわからないからノゾのおばーちゃんの『ミノリおばーちゃん』にも見せるからじゃあね! ドロン!」
「!? え、待ってノゾミちゃん!! 今ミノリって……あら、もういない……」
ノゾミと名乗った少女が『ドロン』とまるで忍者のような言葉を口にした途端、少女の周りに煙が立ちこめたかと思うと同時に目の前から突然消えてしまい、初老の女性も思わず言葉を失ってしまった。
「私、夢でも見ていたのかしら……? でもお人形は手元に残ったままだし……あ、しまったわ! あの雑誌の中、天国のあの子に見てもらいたくて入れていたものを挟んだままだっただったけど……まぁ仕方ないわね」
目の前で消えた不思議な少女と、その少女から手渡された不思議な人形。
それを少し不思議に思いながらも、初老の女性はそれを大事そうに抱えながらこの場を後にした。
──彼女の名前は隠塚タカネ。
彼女の正体は、前世でのミノリの実母。
これが血は繋がっていないが曾孫にあたる隠塚ノゾミと曾祖母にあたる隠塚タカネの邂逅であった。
本文中に出てきて特に台詞も無いままいつの間にかいなくなっていた母娘ですが、過去に書いた別作品「うれし泣きなんてしてやんない」の登場人物であるシィ、チセ、チーリのその後で、作中ではカットしましたが以下のような会話をしていました。
「死んだと思われてたせいでお墓に彫られてしまったチセの名前を無理矢理石膏か何かで埋めた跡があるのはやっぱりいつ見てもちょっと面白い」
「ちょ、シィちゃんそれを言うのはひどいよ!!」
「大丈夫なのです、もしチセママが死んじゃってもチーリに任せるのです。こう……死んだら残った魂を媒介にして新たな肉体を……」
「チーリちゃんも待って!? 私が死んだ前提で話すのは良くないと思うよ!?」
「というかもうチーリは魔法使えないでしょ」
「大丈夫ですよシィねぇちゃん。そこはこうチーリが頑張れば反魂術の一つや二つや八垓覚えるかもしれないですよ。成長を妨害するような発言はしちゃダメなのですよ」
「垓は流石にいいすぎ、京の上でしょそれ」
「うーん、反魂術はともかくとして大きい夢を持つのは良いことだよ思うよシィちゃん。だからがんばってチーリちゃん。私はあなたの夢を応援します!」
「流石チセママ、話が分かるです。そこにシビビーンと憧れるのですよ」
「やめてチセ。チーリが調子に乗りそうなことを迂闊に言ったら絶対とんでもないことになるから。ほら、八重美さんも下の駐車場で待っているからもう戻ろう」




