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164. 16年と5ヶ月目② 邂逅、ペットと母たち。

『ハタメ・イーワックにクロムカを会わせる』という用事に併せて、ネメとシャルにもクロムカを会わせたいと思い、2人を森の外まで連れてきたミノリ。

 森を出てすぐの所にある小屋に着いてからザルソバを探すと、今日もまたいつものように鍛錬をしていたのでミノリは声をかけた。


「えーっと……あ、いた。ザルソバさんこんにちは」

「おっと、ミノリさん……とネメさんとシャルさん、こんにちは。2人がこちらに来るのは珍しいね。今日はどうしたんだい?」


「今日はクロムカさん単独の用事と、ザルソバさんクロムカさん2人への用事があって……先にクロムカさんの方を済ませますので……えっと、クロムカさんは中にいます?」

「ああ、今は中で家事をしてくれているよ。戸をノックすれば出てくると思うから」

「わかりました、ありがとうございます」


 クロムカが家の中にいる事を教えてくれたザルソバにミノリが軽く一礼をしてから、小屋に近づき、戸を叩こうとした……が……。


「……どうしよう」


 ……聞こえの良いミノリのエルフ耳は拾ってしまった。中にいるクロムカの声を。


(待って待って、クロムカさん一体中で何してるの!? イヤ大体想像つくけどね!!

 クロムカさんの『ザルソバさまのにおい……すぅはぁ……いいにおい……』って独り言が聞こえるのとザルソバさんがさっき『家事をしている』って言ってた事から推測すると洗濯物で出たザルソバさんの服か何かのにおいを嗅いでうっとりしているってのはわかるけど!!)


 一人その声を聞いて顔を赤くしたミノリをよそに、その声が聞こえないネメとシャルは不思議そうにミノリを見つめている。


「……どしたのおかあさん、固まって」

「会わないんですか?」


「えーっと……ちょっとだけ待って……タイミング見計らってる……」


 できることなら、クロムカがしている『何か』が終わってから戸を叩きたかったミノリだったが、それがいつ終わるのか不明だった上、このまま長引いてしまうと1時間程度で家に引き返す予定のネメとシャルにも迷惑をかけてしまう。


(もう時間が……ごめん、クロムカさん!)


 意を決してミノリは戸をノックしてクロムカを呼びだした。


「こんにちは、クロムカさんいる?」


 ミノリが小屋の戸を叩きながらそう口にすると、中から驚いて飛び跳ねたかのような大きな音がした。


「ひゃひゃはひ!?! は、はいっ!? ちょちょちょ、ちょっとおまちくでゃしゃゐ!!」


 ノック音と呼びかけられた事の2つに驚いたのか、ミノリがノックした直後に中から聞こえてきたのは慌てすぎたために噛み噛みになったクロムカの声。ザルソバのにおいを嗅いでうっとりしていた所に現実に引き戻されるミノリの声が聞こえてきたことで慌てに慌ててしまったようだ。


「み、ミノリさま! こここ、こんにちはですの!」


 すぐに飛び出てきたクロムカは、先程まで室内でしていた『何かの行為』のせいなのか羞恥心しゅうちしんで顔を真っ赤にさせていたが、それでも数ヶ月前にノゾミがミノリ達の家へ連れてきた時とは打って変わってはきはきとした様子でミノリ達を出迎えてくれた。……ザルソバの私物とおぼしき、これから洗濯するらしいシャツを胸に抱いたままなのが気にはなるが、ミノリはそれには触れないようにした。


「こんにちはクロムカさん、元気だった?」

「は、はいですのミノリさま! おかげさまでワタシ元気ですの。それで今日は一体何のご用事なんですの?」


「えっと、今日は用事二つあったんだけど、まずはクロムカさんに紹介しておきたい人がいるからここへ連れてきたんだ。こっちはシャルでそっちはネメ。2人がノゾミの両親だよ」

「こんにちは、あなたがクロムカさんですか。私はシャルっていいます」

「あいむネメ」

「……! ク、クロムカ・バネシスですの……よ、よろしく、ですの……」


 ミノリがネメとシャルをクロムカに紹介すると、クロムカは緊張したように、戸に顔を半分隠してしまった。どうやらクロムカは初対面の相手には緊張してしまう性格のようらしい……もしかしたら敵と認識されて攻撃されるのではと本能的に思ったからかもしれないが……。


 しかし2人が何もしてこないままクロムカを見ながらニコニコしている姿を見て、ゆっくりと顔を再び見せだしたクロムカがネメとシャルの顔を交互に見つめていると、何やら疑問が湧いたようでミノリにそれを尋ねた。


「えっと、ノゾミさまのご両親は女の人同士ということは……ノゾミさまは養子ですの? ……それとも一人は女性みたいな容姿の男性……?」

「ちがうよクロムカさん。2人とも女性で、ノゾミはちゃんと2人の実娘だよ。シャルが女性同士でも子供が産める体質なんだ」


 確かに女性2人が両親と言われればそう思ってしまうのも仕方ない。


「そ、そうなんですのね……なるほど……」


 先程ミノリが答えた中の、『女性同士でも子供が産める体質』あたりでクロムカはピクッと体を反応させたようにミノリは一瞬見えたような気がしたのだが……。


「と、ところで、お2人がノゾミさまのご両親ということは……ワタシにとってもごしゅじんさまのおかあさまという事になるからお二人も私のごしゅじんさまに……?」


「……多分違うと思うよ。というかその考えからいい加減離れて欲しいな私としては」


 どうやら反応したと思ったのはミノリの気のせいで、クロムカはいまだにノゾミのペットだという感覚が抜けていないだけだったようだ。

 ……ミノリとしてはいい加減その考えから脱却して欲しいと常々思っているのだが、何故かクロムカにはその考えが根付いてしまっているようで、そう思考させないようにするのはなかなか骨が折れそうな感じがする。


「ふむ……シャルには劣るけど嗜虐しぎゃくの感情が小躍りしてしまうようなハの字眉。小動物らしさも相まって私の中の首輪をつけたい相手ランキング3位に急浮上」

「……」


 そして、ミノリの後ろにいるネメにとってはクロムカとは初めての対面となったのだが、第一印象の時点でネメはクロムカに対して好印象をいだいたようだ……ちょっと全般的にネメが何を言ってるのかミノリにはサッパリだったったのでミノリはそれ以上何も言わないが。


 そしてネメがクロムカに対して好印象を持つ一方、先程まで『どんな人がノゾミのペットになっていたのか母親目線で見定める』などと言っていたノゾミのもう一人の母親、シャルはというと……。


「……お姉様、ネメお嬢様。私、クロムカさんと初めて会ったばかりなのですが、クロムカさんと友達になりたい気持ちが不思議と突然湧き出してきました。その姿を見た途端、何故かウマがとても合う気がしたんです」

「ワ、ワタシもですの。シャルさま」


 どうやらこちらはこちらでお互い親近感を覚えてしまったようだ。


(まぁ……正直なところ、怖がりな愛玩犬とちょっとおバカだけど愛嬌のある愛犬みたいな雰囲気があって似たもの同士な感じするもんなぁ2人)


 なお、今ミノリが頭の中で考えている事について、蛇足であるが前者がクロムカで、後者がシャルなのは言うまでもない。


「ふむ……」


 ミノリがこっそり心の中でそんな風に思っていると、真横にいたネメも手を握り合うシャルとクロムカを見て何か思う節があるようで……。


(ネメも他にもまだクロムカに対して思うことがあるのかな……?)


「……クロムカがいる生活も悪くなかったかも。私と嫁のシャル、娘のノゾミ。そしてノゾミに懐き、お腹を見せるように寝転がってノゾミにお腹をなでられるペットのクロムカ。ふむ……」

「……」


……訂正、ネメがまんざらでもない顔をしていた事の理由がミノリにも地の文にもさっぱりわからなかった。全くわからない。少なくともミノリはそういうことにした。わかるのはネメのみぞ。


「……っといけない。そろそろ2人は家に戻らないと行けない時間じゃない?」

「そうだった。今から帰ったらちょうど1時間ぐらい。多分そろそろノゾミが勉強に飽きて私やシャルと遊びたくなってくる頃合い」

「ですね、帰りましょうネメお嬢様」


「それじゃ私はこのままクロムカさんとザルソバさんを連れて一緒にキテタイハまで行くね」

「わかった。気をつけていってら。おかあさんには索敵魔法かけてあるから何か起きたら迅速に駆けつける」


「あはは……うん、わかった。2人も気をつけて帰ってね。それじゃクロムカさんとザルソバさん、一つ聞きたいことがあるんだけど……」

「は、はいですのッ……」

「うん、なんだい?……」



 ******



「……よし、シャル。それじゃ帰ろう」

「そうですね、ネメお嬢様」


 まだこれから別の用があるミノリを残して、ネメとシャルは家へと引き返すことにしたのだが……ミノリ達の姿が見えなくなってから、シャルはクロムカと直接会って気がついた『クロムカにはまだ聞かれたくない』と思ったことをネメに尋ねた。


「ところでネメお嬢様、クロムカさんって……死霊使いですよね?」

「うん、そのようだったけど……それがどしたの?」


「えぇと……普通死霊使いって悪霊によって意識が乗っ取られ、自我が崩壊して二度と元には戻せないからか、元の魔力属性と肉体属性関係なくどちらも闇属性になるはずなんですよ。目がイッちゃっていたり、所構わず奇声を発したり……少なくともまともな状態でいられないんです。

 だけど、クロムカさんは意識を乗っ取られている様子はなかったですし、魔力と肉体の属性がどっちも光のようなんです」


「光……? 確か前におかあさんから『治癒術士のままだと思い込んでいる』って聞いたことがあったからもしかしたらまだその状態を維持しているのかも。治癒術士になれるのは光属性が多いらしいから」


 ネメがそのように答えをシャルに返したのだが、その答えに少し納得できない点があるのか、腕を組みながら悩み出してしまった。


「うーん……確かにネメお嬢様が言うように、普通だったらそうだと私も思うんですよ。だけど普通、死霊使いになってしまったら悪霊自体が寄りつきやすくなるので、その影響で闇属性にいつ変化してもおかしくないはずなのに、クロムカさんはかれこれ5年以上はその状態を維持している事になるから少し不思議に思うんですよね。ずっと洞窟に引きこもっていたのももしかしたら知らず知らずのうちに光属性を維持する為に悪霊が寄りつかないよう自衛していたのかなって……」


「……ふむ」


それを聞いたネメは『もしかしたら、クロムカは無意識でそう行動したと思い込んでいるが、実際には『この世界の根幹とも言うべき部分』が、彼女を守るために意図的にそう行動させたのかもしれない』となんとなくそのように推測した。


 でなければ自分は人間であると思った者が、モンスターが出ることもあるダンジョンの奥に5年も留まっていられるはずが無いのだ。


しかし、あくまで推測は推測、世界の根幹とも言うべき部分が実際何を思ってそうしたのかは見当もつかないため、ネメはその考えを自分の胸の内に留める程度にしたのであった。


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