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162. 16年と4ヶ月目 ミノリさん、封印を解く。

「うー……あっつい。なにこの暑さ……」


 冒頭からいきなりぐったりしているのは御存知、オンヅカ家の大黒柱であるミノリ。


 この世界に転生してから既に16年、今の自分の体は、ある程度の寒暖に対してそれなりに耐性があるとわかっていたので、夏も冬もデフォルトの格好のままずっと過ごしてきたのだが……今日は転生して生きてきた日々の中で、ミノリが未だかつて経験した事の無いほどの暑い猛暑日だ。


「そもそも私は前世の頃から慣れてないんだってばぁ気温が高いのは……。私、その頃から35度を超えるような気温を体験した事数えるほどしか無いのに……」


 前世は雪が降る北国の地方都市の郊外出身で、最高気温35℃以上を経験した事はほぼ皆無。

 逆に氷点下10℃以下の経験は毎冬数回あったミノリだったが、転生後に住み始めた家があるこの森を始めとした周辺部は夏もそこまで気温が高くならなかったので、たまに例外のような暑い日はあったものの、それでもわりと快適に過ごせていたところへこの異常気象当たり年のような猛暑。

 これには流石のミノリもぐったりしながら、まるで涼を求めて日陰へ日陰へと移動する猫のように日射しの入らない位置の床に寝転がっていた。


「こんな暑さだと正直エアコンが恋しいなぁ…………」


 もう味わうことの出来ない文明の利器にミノリが想いを馳せていると、そんなミノリが心配になったのかトーイラが声をかけてきた。


「ママ大丈夫? だけど今日って本当にあっついよねー。

 冷気に関する生活魔法で部屋をひんやりさせることが出来れば良かったんだけど、あれって食糧を保管している冷蔵庫や冷凍庫並みの寒さにすることしか出来ない極端っぷりでこういった時使えないのがねー……」


「あー……心配かけてごめんねトーイラ。……まぁ使えない物は仕方ないよ。

 それに魔力が元々無くてそういった魔法が一切使えない私としては魔法が使えるみんなのおかげでとても助かっているから……ってあれ? トーイラ、今着ているそれ……もしかして水着?」


 トーイラの声に応じるためにミノリが体を起こしてみると、トーイラの姿はいつも見慣れた格好では無く、海へ遊びに来た人がたまにしているような水着の上にパーカーという格好をしていた。


「そうだよーママ。私たちも暑くてかなわないから、これから家の前にある川で遊ぼうかなって思ってたんだ。ネメたちも今着替えているよ」

「え、そうなの?」


「トーイラ、私たちも着替え終わった」

「おばーちゃん見て見てー!! ノゾの水着ー!! シャルママに着替えるの手伝ってもらったの!!」


 するとネメとノゾミも水着に着替え終わったようで、ミノリの元へやってきた。ネメの水着姿は過去に見たことがあったがスレンダーで、つほどよく筋肉のついた魅力的な良い体をしているのだが……それよりも目を引くのは頭のローブ。昔からなのだが、何故ネメはここまでかたくなにローブを外そうとしたがらないのか、これはオンヅカ家永遠の謎である。


「ねぇ、ネメそのローブは川遊びにはちょっと邪魔なんじゃないのかなーって思うんだけど……」


 それとなくミノリは取ったらどうだろうかと暗に尋ねたのだが……。


「おかあさん大丈夫。これは水陸両用ローブ」

「そ、そう……」


 外したがらない理由は相変わらず不明で、耐水性のものに付け替えてでもローブを着けたがるネメ。更に謎が深まっただけであったが、それは兎も角としてネメと一緒にやってきたのはミノリも初めて見た水着姿のノゾミで、フリルの着いたとてもかわいらしい水着を着ている。


「わぁ、ノゾミお似合いだねー。ノゾミの水着はネメ達が準備してくれてたのかな?」

「肯定。去年はそこまで暑くなかったから準備していなかったけど、いずれ必要と思ってこないだ準備した。そして今日のような酷暑、そして家の前に川があるロケーション、今日という日を生かさぬ手は無し」


「そっかぁ、気が利いて偉いねネメ」

「いえすあいむ気配り名人」


 ネメの準備の良さに感心したミノリがネメを褒めると、ミノリに褒められた事が嬉しいのかネメはほんの少しだけ口角をつりあげた。そんなネメの僅かな表情の変化をミノリが微笑ましく見ていると、遅れてリラも水着を着てやってきた。


「トーイラおねーちゃん、みんな、お待たせ。羽があるから着替えるのに時間かかったけど……あたし、変じゃないかな……?」

「そんな事無いよリラ。リラの水着姿、とっても可愛いよ」

「おねーちゃん……! えへへ……嬉しいな」


 そしてリラも水着を着ており、想いを寄せているトーイラからかわいいと言われてまんざらでも無いご様子。

 ちなみにリラは大勢の前で肌を晒すのが恥ずかしかったのか比較的水着の面積が大きいワンピース型の水着を着ていたのだが……それはあくまで表側だけで背中は羽があるという制約がある関係で肌色面積はそれなりに大きいのだが……こればかりは仕方ない。


「すみません、遅れましたー!」


 そして最後にシャルもやってきた。最初にノゾミの着替えを手伝ってから自分の水着を着ていたからのようだが……シャルの姿を見た瞬間、ミノリは顎が外れそうになるぐらい目を丸くさせた。


(え、なにこの出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるシャルの体つき。本当に経産婦?)


 身長はネメ達よりも若干低く、顔立ちは童顔よりなのだがまるでモデルのようなスタイルをしていて本当に一児の母なのか疑いそうになるほどであった。


「わー、シャルさんってばすごいいいプロポーションしてるねー」

「ありがとうございますトーイラお嬢様。……トーイラお嬢様も素敵ですよ」


 などとオンヅカ家の面々の中で『ある部分』の大きさがトップ2である2人がお互いを褒め合っていると……。


「……ふむ。良きかな」


 ミノリの横に移動していたネメが何かを口にした。


 その声になんとなく反応したミノリがふとネメの横顔を見てみると……そこにはミノリですら一度も見たことの無い『ハンターが極上の獲物を見つけて思わず舌なめずりをしたかのような表情』をしたネメがシャルの姿を見つめており、それどころか実際に舌なめずりをしたようにも見えた気が……。


「……たぶんキノセイきのせい。わたしはなにもミテナイみてない」


 ミノリは何も見なかったことにした。

 そして何も見なかったことにしたので当然家の前にある川まで移動する途中で、一番後ろを歩いていたネメとシャルが、


「シャル……夜は水着で」

「えっ……ネメお嬢様ってば……♥ はい、構わないですよ」


 などという、ふうふのラブラブッぷりがわかる会話が漏れ聞こえてきたような気もしたが、ミノリは何も聞いてないから全部気のせいという大人の対応で全て乗り切る事にしたのであった。



 ******



 その後、家の前の川に移動して早速遊び始める娘や孫たちの姿を川縁かわべりから見守っていたミノリ。


「どうみんな、気持ちいい?」

「うん、とっても」

「最高だよおばーちゃん!!」


 ミノリがみんなに尋ねるとリラやノゾミから楽しげな声が返ってきた


「ママも一緒に川で遊ぼうよー」

「川水は とても冷たく 心地よき」

「お姉様も入りましょうよー」


 そして折角だからミノリを誘おうとするトーイラとネメシャルコンビの声。


「どうしようかな……」


 ミノリはそのお誘いを受けても先程から川縁かわべりでどうしようか悩んでいる。気持ち的にはこの酷暑もあって入りたい方に傾ききっていたのだが、ミノリが悩んでいるのは『何を着て入ろうか』という唯一にして最大の難問であった。


(どうしようかな……私も川に入りたい気持ちでいっぱいなんだけど……昔、川遊びした時と同じようにマントと前垂れだけを取って入るか……いやでも結局普段着で入るのと同じわけだし……)


 元々露出面積が大きいミノリの格好、それでマントや前垂れを取ってしまえば水の中でも水着とほぼ大差なく動けるのだが、あくまでも今着ているのは普段着。その後の洗濯や片付け、着替えのことを考えると水に入るのは適さないのだ。


「うーん……」


 ミノリが悩む間も娘や孫達は楽しそうにはしゃいでいる。この猛暑、そしてみんなが涼を取りながら楽しむ姿。


 ミノリはとうとう……覚悟を決めた。


「……よし、もう観念しよう!」


 ミノリはそう呟くなり家の中へと戻って、一直線に向かったのはクローゼット。



 そしてその奥底へ厳重に封をした上で16年もの間入れっぱなしにしていた『あるもの』の封印を! 今! ミノリはついに解き放つ!




「……似合ってるのがとても悔しい」




 それはミノリが転生してから生きたこの16年間、冗談半分で一度着て以来ずっと着る事の無かったスク水である。

 胸元に名前を書くらしい白い生地があるが、そこに何も書かれていなかったのがせめてもの救いだった。


「……何も書かれてないからきっと娘たちはただのファッションと思うだろうけど、名前が書かれていたら子供扱いされてる気がして多分私、精神的に死ん()ゃう……」


 とりあえず着てしまった以上もう後には引けぬと、ミノリがそのままスク水姿で戻ると、それに見覚えのあったトーイラやネメが驚いたようなに声を上げた。


「おかあさん、それやっと着た」

「わっ本当だ! 私もママがそれを着るの初めて見たよー。私たちが小っちゃい頃からずっとあったけど今でもピッタリなんだね!」


「あ、あははは……うん、ついに着る決心をしたんだ、これ……。まぁそれはともかく私も入るよ」


(体型一切変わらないんだもんなぁ私! だけどもう気にしてられない。暑くて敵わないって!)


 色々なところが大きく成長したトーイラからピッタリと言われ、なんだか負けたような気になりかけたが、そんな事よりもこの暑さの方が耐えられず、すぐさま川に入り家族と一緒に川遊びに興じるミノリ。


 そして、それからというもの、今日のような暑い日がある時には、負けた気がすると内心思いながらも、ミノリはこうしてスク水を着て家族達とともに家の前にある川で水遊びをしたり泳いだりして涼を取って過ごした。



「一度吹っ切れちゃうと……なんかもういいかなって……」



 そして川に浮かんだミノリは達観たっかんしたような表情で、ポツリとそうつぶやいたのであった。

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[一言] 負けるが勝ち。
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