159. 16年と2ヶ月目① 三女と孫、狩りがしたい。
「……さてっと、みんな、私ちょっと狩りに行ってくるから留守番よろしくね」
朝食を食べ終えた後で昼と夜の献立はどうしようかと本日の食事当番であるミノリが貯蔵庫を確認しに行くと、保管していた肉が心許なくなっていた事に気づき、たまたま手空きだった今のうちに食糧を補充しようと狩りの支度をしていた時のことだった。
ミノリが狩りに行く準備を終えて、玄関から屋内に向かって狩りに行くことを伝えるとミノリのその声を聞いてリラが羽を使わずに小走りでやってきてミノリを引き留めた。
「かーさまかーさま待って、今日はあたしも狩りに行きたい」
「え、リラが狩り?」
ミノリがリラを三女として迎えてから3年、今まで一度も狩りをしたことのないリラが、狩りをするミノリについていきたいと申し出たのだ。
「うん……だめ? シャルおねーちゃんも最近ネメおねーちゃんと一緒に狩りしてるって聞いたよ?」
「うーん……シャルはネメから身体強化の魔法をかけてもらっているから狩りができるわけなんだけど……うーん……」
ミノリはリラのお願いに対してすぐに頷くことが出来ない。
なにせこの世界に転生してからずっと狩りを続けてきた事で経験値が豊富に溜まっている為、強い部類に入るミノリやトーイラ、ネメと違い、そもそもリラは元々イベント用モンスターという特殊な立ち位置で、生命力と防御力だけはたくさんあるがそれ以外の能力が極端に低いという『生き延びることだけはできる』というとても弱い部類に入る。その為、狩りをしたとしても一匹相手に何時間もかかるどころか、逆に返り討ちに遭ってしまう危険性がある。
それをミノリは危惧したのだが、それでもリラは真剣な眼差しをミノリに向け続けた。
「大丈夫だよ。あたし、トーイラおねーちゃんから光の祝福を授けてもらって、血も飲ませてもらっているうちになんだか力がついた感じがするの」
どうやらリラの意思は硬いようだ。それならばミノリも母として、娘が自分から成長したいという意思の元で行動したことに対して無碍に断るわけにはいかない。
「……うん、わかった。それだったら一緒に行こうか。だけど危ないと思ったらすぐに逃げること、いい?」
「うん、ありがとかーさま」
ミノリから承諾を受けて、嬉しそうな顔をするリラだったが、そのやりとりを聞いていたらしいもう一人の狩り未経験者もそれに反応してこの場へ乱入してきた。
「リラおねーちゃん狩りするの? それだったらノゾも一緒に行きたい!!」
「え、ノゾミも!? ノゾミは流石にまだ早いんじゃじゃないかな……?」
「そんな事無いもん! ノゾ、もうなんでもできるもん! おねーちゃんだもん!!」
「あはは……うん、わかったよ。それじゃノゾミも一緒に行こう」
「わーい!!」
可愛い孫のお願いを断る事ができず、ミノリはリラとノゾミを連れて森の外へ狩りを行くことになったのであった。
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「──トーイラも一緒で良かったの? 家事の途中だったようだけど……」
「うん、そうだったんけどー……、2人が初めて狩りをするって聞いたから私も心配になっちゃって」
「そっかぁ……2人の事、気にかけてくれてありがとうね」
「えへへー……ママに褒められるとやっぱり嬉しいな私」
狩り場に向けて森の中を歩くミノリ達。最初はミノリ、リラ、ノゾミの3人だけの予定だったのだが、家事をしていたトーイラも、リラとノゾミが行くと聞くと狩りに同行したいと申し出た事で、こうして4人で狩りに行くことになったのだ。
「それでリラはどうやって狩りをするの? もし攻撃魔法を使おうと考えていたらそれはできないからね。攻撃魔法は狩り対象のモンスターには向かわずに私たちに向かってくる可能性が高いから」
家族全員の仲が良いオンヅカ家の面々が、絶対に遵守しなければならない決まり事、それが『自分以外の家族が近くにいる時は攻撃魔法禁止』だ。
そもそもオンヅカ家の面々はゲーム本来なら敵対しあうはずの人間側とモンスター側それぞれの立場の者が入り乱れている。
ミノリ達にとって現実でありながら、同時にゲームの世界でもあるこの世界は、本人の意思とは関係なしに攻撃魔法は人間側が唱えるとモンスター側に必ず、モンスター側が唱えると人間側に必ず向かう。
いくら仲が良くても、このゲームシステムという名の融通が利かないこの世界の理はそれを全く考慮しない為、ミノリを始めとしたオンヅカ家の面々にとっては長年、悩みの種でもあった。
「大丈夫、かーさま。攻撃魔法は使わないから安心して」
そしてその決まり事について、リラもちゃんと理解しているようで、リラは攻撃魔法以外の方法で狩りをする事をミノリに伝えた。
「となると物理攻撃をするのだとは思うけど……まさか吸血攻撃?」
ミノリは現時点でリラの攻撃方法が吸血する事しか思い浮かばなかったのだが、そもそも吸血攻撃は攻撃しがてら体力を回復する技でどちらかというと補助攻撃に近い印象があり、吸血攻撃だけでモンスターを狩るには難度が高いのではとミノリは考えていた。
それ以前にリラは光属性のトーイラから血を与えてもらった結果、血に含まれた光属性の魔力のおかげで体調がよくなった事を踏まえると、闇属性が基本であるモンスターの血なんて吸ったらリラの体調が悪化する懸念すらある。
その為、どんな技を使って狩りをするのか予め確認しておかないと後で大変なことになってしまう可能性があったのだ。
だからこそミノリはリラを心配していたのだが、当のリラは平静とした様子でミノリの疑問に答えた。
「吸血じゃないから安心してかーさま。あたし、トーイラおねーちゃんのおかげでとっておきの技が使えるようになったんだよ」
「え、そうなの? それって一体どんな……」
「見てからのお楽しみー。えへへ……ねートーイラおねーちゃん」
「あ、あの技ねー。うん、ママ安心して。今のリラちゃんなら問題ないよ」
どんな技を使うのかリラは教えてくれなかったが、その技がなんなのか知っているらしいトーイラを見やると『大丈夫だよ』という顔をしていたのでおそらく問題ないのだろうとミノリは深く追求はしなかった。
「そっか……まぁトーイラもそう言うなら大丈夫なんだと思うけど……。それじゃリラはそれでいいとして、ノゾミはどうやってモンスターを狩るの?」
そしてもう一人の狩り初心者はというと……。
「ノゾは物理攻撃! ネメママからいっぱい体術教えてもらったからそれ使うの!!」
「ネメってば全くもう……流石にノゾミに体術教えるのはまだ早すぎるって……」
まだ生後1歳半にもなっていないというのにノゾミは既に武闘派となっていたようだ。
英才教育と呼ぶべきかなんと言うべきか……ミノリは少しだけ困惑した表情を浮かべたのであった。
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「さてと、いつもの狩り場に到着ー」
森を抜けたミノリ達はザルソバの小屋の前を通り過ぎ、いつもの狩り場へとやってきた。
「さて、獲物になりそうなのはー……あ、少し離れているけれどあそこにウマミニクジルボアがいるよ。リラ、試しにあれを狩ってみようか」
「うん」
ミノリが指さした方向に目標であるウマミニクジルボアを視認したリラは緊張しているようで顔がほんの少しだけ強ばった。これがリラにとって初の狩りになるのだから緊張するのも仕方ない。
「大丈夫だよリラ。ママにリラのすごいところ見せちゃえ!」
「う、うんっ、あたしがんばるねトーイラおねーちゃん」
そんなリラの緊張を解きほぐすかのようなトーイラからの励ましの言葉。それに背中を押された様子のリラは、拳を握って胸の前に掲げた。どうやら狩りをする決心がついたようだ。
「それでリラは一体どうやって狩るの? さっきは教えてくれなかったけど流石に教えてほしいなぁ……」
万が一狩りに失敗したときのためにあれこれ予防策を考える必要もあった事から、流石にリラがどうやって狩りをするのか知りたかったミノリがリラに教えるよう尋ねると、リラも今が見せ時だと判断したようで、ミノリに軽く微笑みながらその問いに答えた。
「うん、それじゃかーさまにも見せるね。……展開っ」
「て、展開って一体……って何!? わ、まぶしいっ!!」
リラが控え目な声で『展開』と叫びながら左手を高く掲げたその瞬間だった。リラの左手が突如まぶしく輝きだしたので、思わず咄嗟に目を細めたミノリ。
やがてその光が収縮していくのに併せてリラの左手には先程まで無かったはずの『光を放つ不思議な剣』が握られていたのであった。




